第716話 特定班

※今回は、凸凹シスターズ、桜井朱美目線の話になります。


 あたし達が日本に戻ってきてから時間が経過して、一時期ほど異世界ヴォルザードの話題が世間を賑わわせる事は少なくなっている。

 まぁ、あたし達を日本に帰還させた立役者である国分に関しては、その後もネット上で度々騒ぎになっている。


 最近、一番騒ぎになったのは、やはり小惑星の破壊だろう。

 地球に衝突する危険があった小惑星を国分が魔術を使って破壊したと言われているが、その真偽は今でも明らかになっていない。


 ただ、隕石群の落下に備えて、国際宇宙ステーションから乗組員を国分が避難させたのは事実のようで、日本政府から莫大な報酬が支払われたらしい。

 二百四十億円という金額を巡っては、国会で暫く論争が続いていた。


 当然、ネット上でも払い過ぎだと国分を妬む書き込みが横行していたが、それも今では下火になっている。

 そんな中、気になったのが綿貫早智子に関する書き込みだ。


 どこから情報が漏れ伝わったのか知らないが、出産を間近に控えた早智子の過去の行状があれこれと書き込まれていた。

 リーゼンブルグの兵士にレイプされ、その後は自分から体を開いて男を漁っていた……といった書き込みで、事実と嘘を混ぜ合わせた悪質なものだった。


 当然、誹謗中傷を許す訳にはいかないと、通報などの措置を始めたのだが、警告文を貼り付けて回っている存在に気付いた。

 最初は国分の仕業なのかと思ったが、警告文が貼り付けられている時間を見ると、ほぼ一日パソコンの前に張り付いているのではないかと思うほど、時間がバラバラだった。


 Sランク冒険者として忙しい日々を送っているであろう国分が、そんなに長時間ネットを監視しているとは思えない。

 国分じゃなければ誰がやっているのかと思い、ヴォルザードに残った本宮碧に連絡を取ってみると、どうやら国分がスポンサーとなり、八木を動かしているらしいことが分かった。


 ちゃんと国分が事態を把握しているのは心強いが、指示されて動いているのが八木では不安しか感じられない。

 国分の小惑星破壊に関するインタビュー記事はまともだったが、八木といえば信用できないゴシップネタばかりという印象が強すぎるのだ。


 そこで、八木が使っていると思われるSNSのアカウントにダイレクトメールを送信してみた。


『凸凹シスターズの桜井よ。八木、進捗状況を教えなさい』

『断る! 仕事の邪魔すんな!』

『答えないつもりなら、ヴォルザードの女の子を騙して孕ませた件を実名付きで広めるわよ』

『ふざけんな! 騙されたのは俺の方だ!』

『ネットの世論は何を信じるかしらね』

『悪魔め! だが国分から依頼されてっから邪魔させねぇぞ!』

『国分がスポンサーなのは知ってるわよ。あたし達が動いて邪魔しないように状況をおしえなさいって言ってんの!』

『国分からの報酬を横取りする気じゃないんだな?』

『横取りなんかしないわよ。ただ、早智子に対する誹謗中傷が許せないだけよ!』


 八木から聞き出した話によれば、現状やっているのは誹謗中傷の書き込みの監視と記録、それに警告文の貼り付けだけらしい。


『開示請求して追い詰めないの?』

『それは俺の仕事じゃねぇし、そこまでやるかは綿貫次第だ』


 どうやら国分の考えでは、書き込みをした人物を特定して賠償請求をするかどうかは、綿貫早智子の意思を尊重するつもりらしい。

 国分の処置としては、このやり方が正しいのだろう。


 だが、早智子の性格を考えたら、裁判を起こしてまで相手を追い込むことはしないだろう。

 そこまでやらなくても時間が経てば、世間の関心も、あたし達召喚された人間も忘れてしまうはずだ。


 でも、それで良いのだろうか。

 他人の古傷を開いて、塩を塗り込むような真似をした人間が、このまま許されてしまって良いのだろうか。


 否、断じて否、許される訳がないし、許してしまったら凸凹シスターズの名が廃る。

 という訳で、八木の行動は邪魔しないが、あたし達はあたし達で開示請求には頼らない個人の特定を進めることにした。


 凸凹シスターズの相棒、小林智子を始めとして女子のネットワークに声を掛け、誹謗中傷を繰り返しているSNSアカウントを監視することにした。

 当然、誹謗中傷を行っているのは、捨て垢と呼ばれる本アカウントとは別に取得したアカウントなのだが、監視を続けていると疑わしい人物が浮上してくる。


 誹謗中傷にSNSを利用する人間は、当然のことながら日常的にSNSを利用している人間だ。

 そこで、同級生たちのSNSアカウントを集めて、同じ様な時刻に書き込みを行っている人間を絞り込んでいく。


 誹謗中傷用のアカウントで書き込みを行った後、本アカウントに切り替えて書き込みを行う。

 もしくは、本アカウントから誹謗中傷アカウントに切り替えて書き込みを行っていると考えたのだ。


 ただ、あたし達の世代では、SNSを使うのが当り前だし、誹謗中傷を行っていなくても、依存状態で書き込みを繰り返している人物もいる。

 あたし達が把握した、誹謗中傷を繰り返しているアカウントは七つ。


 そのアカウントと同じような時刻に書き込みを行っている同級生は、男子だけでも三十人以上に及んだ。

 その中には、前島啓太の名前もあった。


 アカウントに実名は使っていないが、前島本人であるのは分かっている。

 ただし、前島が誹謗中傷を行っているという確証は無い。


 前島については、帰国した直後に国分に殴られた件で、早智子との関係を取りざたされて軽く炎上したことがあった。

 あの経験を考えれば、また炎上を招く誹謗中傷をするのかどうか疑問だ。


 不味いことに、先走った女子の一部が前島を糾弾したことで、アカウントに鍵を掛けられてしまった。

 女子へのフォローも全て外されてしまって、これ以後監視が出来なくなってしまった。


 その後、怪しい人物を二十人程度まで絞り込んだが、そこから先は手立てが無くなってしまった。

 結局、あたし達にできる事には限界があって、やっぱり開示請求に頼るしかないと思い始めた頃だった。


 誹謗中傷を行っているアカウントの一つが、動画をアップロードした。

 動画の内容は、飼い犬の散歩の様子を写したもので、どうやらアカウントの切り替えを忘れたらしい。


 SNSの書き込み自体は、すぐに削除されてしまったが、動画は動画投稿サイトに残されていた。

 動画投稿サイトの同一アカウントに残されている別の動画を閲覧していくと、アカウントの主は日常的に犬を連れて光ヶ丘公園を散歩しているのが分かった。


 アカウントの主は動画には写っていないが、飼い犬の特徴は分かるし、散歩コースや時間も大体把握できた。

 こうなれば、あとは光ヶ丘公園に人員を配置して待ち伏せるだけだ。


「見つけたわよ、誹謗中傷野郎!」

「な、何の話だ……俺は書き込みなんかしてない!」

「あら、書き込みなんて一言も言ってないんだけど」


 招集した女子四十人に周囲を取り囲まれて、真っ青になっているのは優等生の市村だった。

 特定した経緯を説明すると、市村はその場に膝から崩れ落ちた。


「お願いします。もう書き込みはしませんから、親や学校に言うのだけは許して下さい!」


 這いつくばるように土下座した市村を、飼い犬のコーギーが首を傾げて眺めていた。


「報告されたくなかったら、書き込みをしている他の連中が誰なのか教えなさい」


 そこからは、芋蔓式に七人を特定し、全員を光ヶ丘公園に呼び出した。

 意外だったのは、誹謗中傷の書き込みをしているのは早智子と関係を持った男子だと思っていたのだが、実際に書き込みをしていたのは関係を持たなかった男子だった。


 正確には、関係を持ちたかったのだが、その機会を得られなかった野郎どもだ。

 要するに、自分達もエロい事をしたかったのに、出来なかったのを妬んで、早智子を糾弾することで憂さ晴らしをしようとしたらしい。


「信じられない……クズじゃん!」

「さいてー、そんなんだからモテないんだよ」


 夜の光ヶ丘公園の芝生広場に正座させられ、周りを取り囲んだ女子から罵られるのはトラウマものだろう。

 全員に、その場で謝罪と賠償に応じるという旨の書き込みをさせ、今後同様の書き込みを行った場合には、実名での情報拡散を受け入れると約束させた。


 学校や保護者への報告、ネット上への拡散は勘弁してやったが、女子のネットワークに広まるのは防げないだろう。

 少なくとも同級生の女子が、こいつらの告白を受け入れて付き合うなんてことは起こらないはずだ。


 主要な人物を捕まえたおかげで、早智子に対する誹謗中傷は目に見えて減った。

 あたし達の追及を逃れた奴がいるのは残念だが、場所や顔を分からないようにして、正座させた七人の写真を見せつけてやったから、特定された時に何が起こるか分かったはずだ。


 そもそも、なんで召喚の被害に遭った者同士でいがみ合わないといけないのだ。

 少しは考えろ、馬鹿どもめ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る