第670話 客寄せケント
「オープン初日と二日目は、一日中プールで過ごしてほしい?」
「お願いします、国分様」
台風被害の復旧作業の手伝いも一段落して久々に家でのんびりしていると、訪ねて来た相良さんに拝まれてしまいました。
「プールで遊ぶのは嫌いじゃないけど、二日連続で丸々一日というのは……」
「そこを何とか……お願い!」
「まぁ、そこまで頼まれたら……」
「ホント? ありがとう!」
「でも、なんで?」
「そりゃあ、私の知り合いの中で一番知名度が高いからだよ。史上最年少のSランク冒険者にして、ヴォルザードの危機を救った魔物使いケント・コクブの人気は絶大だよ」
つまり相良さんは、僕を客寄せパンダに使おうとしているようです。
「そうかなぁ……? あんまり実感無いけどなぁ……」
「それは、国分君があんまり出歩かないからじゃないの?」
「いや、そんなことは……あるか」
別に家に引きこもっている訳ではありませんが、どこかに移動するとなると、ついつい影を通って移動しちゃうので、自宅から直接目的地に着いちゃう感じですね。
買い物をする店も決まっていますし、言われてみれば確かに出歩いていない感じです。
「やっぱりさ、いきなりプールをオープンします……って告知しても、反応が今ひとつなのよねぇ」
「でも、関係者を招いたプレオープンは好評だったんでしょ?」
「うん、好評だったよ。でも、その関係者から先へ上手く広まっていくか心配なのよね」
相良さんにとっては初めての大きなプロジェクトだけに、成功させたいという思いも強いし不安も大きいのだろう。
「それで、僕はプールで遊んでればいいの?」
「基本的にはね。あとはヴォルザードの皆さんと、ちょっと触れ合ってもらえれば……」
「えっ、触れ合いって……駆け出しの冒険者が勝負を挑んでくるとかじゃないよね?」
近頃は、冒険者として活動してはいるものの、ギルドの掲示板を見て依頼を探すことは無くなっています。
ここぞとばかりに、駆け出しの連中が腕試し的に絡んできたら面倒ですよね。
「違う、違う、そういうんじゃなくて、もっと国分君的にも美味しいっていうか……」
「んん? 美味しい……?」
「そうそう、ヴォルザードの若い女の子って、大きい子が多いでしょ」
そう言うと、相良さんは自分の胸を寄せて上げて、ニヤっと笑ってみせました。
「なるほど、そっちの触れ合いならばウェルカム……じゃないよ! 駄目、駄目、そんな触れ合いしたら唯香やベアトリーチェに脇腹を思いっきり抓られて、下手したら肉を引き千切られちゃうかもしれないよ」
「そんなオーバーな……」
「それは実際に、唯香に抓られたことがないから言えるんだよ。あれは絶対に無意識で身体強化を使ってるよ。マジで自己治癒魔術を使わないと、青黒く内出血するんだからね」
一度、服の上から思いっきり抓られて、後で服を脱いだ時に内出血していて驚いた記憶があります。
これには相良さんもドン引きみたいです。
「うっそ……」
「嘘じゃないから、マジだから……」
「でも、国分君は自己治癒の魔術が使えるから、肉を引き千切られても治せるから大丈夫でしょ?」
「そうそう、僕は自己治癒が使えるから一瞬で……って、マジで痛いの! もんのすごく痛いんだから、駄目!」
「じゃあ、唯香に許可を取れば大丈夫だよね?」
「いやいや、無理でしょう」
ああ見えて、唯香は僕にぞっこんですからね、他の女の子とプールで触れ合いなんて許可するはずがありません。
というか、唯香がオッケーしてもベアトリーチェやマノンが許してくれるか分かりません。
「でもさぁ、ここだけの話、国分君だって触れ合いたい……って思わない?」
「い、いやぁ、そんなことは無い……ことも無いかなぁ……」
僕には現時点で四人もお嫁さんがいるのに、他の女の子の水着姿に鼻の下を伸ばしているなんて許されませんよ。
許されないんだけど、お嫁さんがオッケーしてくれるなら……なんて思わなくはないですよね。
てか、ベアトリーチェからは、マリアンヌさんやアンジェお姉ちゃんとの触れ合いも禁止されてますからね。
「そういう役目は、新旧コンビにやらせればいいんじゃない?」
「駄目、絶対に駄目! あいつらのフラヴィアさんへの態度を見たでしょ?」
「あぁ、確かに……」
プレオープンの時に、新旧コンビはハイレグTバックのフラヴィアさんに付きっ切りで、ずっと前かがみになってました。
あんな姿や視線はフラヴィアさんだから受け流してもらえたのであって、僕らと同年代の女性だとドン引きされるでしょうね。
「それに、新旧コンビだとネームバリューが足りないのよねぇ……」
「近藤、鷹山と一緒にオーランド商店の護衛を受けてるんだから、若手の中では有望株じゃないの?」
「まぁね、でも街中に名前が売れてる訳じゃ無いからね。国分君が新旧コンビみたいな態度だったとしたら、喜んでくっついてくる女の子が沢山いると思うけど、あの二人だと引かれて終わりかなぁ……」
「じゃあ、近藤は?」
「近藤君はリカルダが……」
「あぁ、上手くいってるの?」
「悪くないと思うけど、なかなか一緒の時間が取れないみたいだから、進展してないような……」
「まぁ、近藤は優良物件だから、放っておいても大丈夫でしょ」
「そうね。リカルダも、ああ見えて結構シッカリしてるのよ」
初めて会った頃のリカルダは、なんだか騒々しい子だなぁ……って感じでしたけど、最近は落ち着きも出てきて、出来る店員さんになりつつあるのだとか。
「へぇ、だったら結構お似合いなんじゃない。まぁ、周りがとやかく言うことじゃないんだろうけど」
「まぁね。それに、あんまり色恋沙汰に夢中になって、仕事が疎かになっても困るしね」
「てか、そういう相良さんはどうなの? いい相手はいないの?」
「国分君、それってセクハラだからね」
「えぇぇ……僕を人寄せパンダにしようとしている人がそれを言いますか」
「まぁ、そうなんだけど……今は仕事が忙しいし、出会いも無いしねぇ……」
「それこそ、近藤とか狙い目だったんじゃないの?」
「うーん……近藤君は一緒に住んでるから距離が近すぎるというか、新旧コンビとの話も聞こえちゃったりするからねぇ……」
「えっ、近藤に何かヤバいところでもあるの?」
「うーん……あるような……無いような……」
近藤だから特別におかしな所があるとは思えないのですが、何だか相良さんの歯切れが悪くて気になりますね。
「それって、リカルダにも影響あるんじゃないの?」
「うん、まぁ……リカルダなら大丈夫じゃないかなぁ……」
「えっ、新旧コンビと何を話してたの?」
「えー……近藤君が八発様だとか……」
「八発様……?」
「そう、一晩で……っていうか、一日で? 男の人って、そんなに出来るものなの?」
「えっ、八発って、そういう意味なの? いや、さすがに八回も……」
出来ないでしょうと言い掛けて、良く考えてみたら四人のお嫁さんと一度にいたした時には二周……もしくは三周したような……。
あれっ、相良さんにジト目で見詰められてますね。
「いやいや、そこはプライベートな部分だから……」
「うん、あとで唯香に聞いてみるよ」
「ちょっ、セクハラぁ!」
「そんなことより、オープンの二日間は、よろしく頼むわね」
「仕方ないなぁ……脇腹を引きちぎられる覚悟をしておくか」
「別に、女の子と触れ合っても紳士的な態度で、毅然と振舞っていれば問題無いんじゃないの?」
「あのねぇ、そんなことが可能ならば、抓られたり、噛まれたりしないんだよ」
「えっ、噛まれたりもするの? うー……やっぱりエッチだ」
「違うからね、僕から噛んだりは……」
ガブっと噛んだりはしないけど、セラフィマのトラ耳とかはハムっと甘噛みしたりはするとかしないとか……。
「するんだ、しちゃうんだ……やっぱり大人の階段上ると違うんだねぇ……」
「プライベートな件はノーコメントです」
「うん、それも唯香に聞いておく」
「ちょっ、僕で遊ばないでくれるかな」
「ごめん、ごめん、それじゃあオープン当日はよろしくね」
相良さんは、もう一度僕を拝んだ後で、そそくさと帰っていきました。
てか、本当に唯香を説得してくれるんでしょうかね。
いや、ここは先手を打って僕から唯香に相談しておいた方が良いでしょう。
相良さんから話が通っていない状態で、他の女の子と触れ合いタイムなんてことになったら、二時間ぐらい正座させられてお説教されそうです。
その日の夕食の席にみんなが揃ったところで、客寄せパンダの件を話したんですが、相良さんから話を聞いた唯香やマノンも良い顔はしませんでした。
プールの話を最初から聞いているベアトリーチェも、企画を成功させるためには仕方ないと思いつつも、あまり乗り気では無いようです。
「セラは、構わないの?」
「私も好ましい状況ではないと思いますが、ケント様を信頼していますから」
そう言ってニッコリ微笑んでみせるけど、目が笑ってないよねぇ……。
「やっぱり断ろうかなぁ……」
「それは駄目、貴子が頑張ってるんだから協力してあげて」
「でも、唯香が怒りそうだしぃ……」
「それは、健人がデレデレしなければ良いんだよ」
「そうだよ、ユイカの言う通りだよ」
「私もそう思います」
「ケント様、信頼しております」
「はい……」
事前通告しておけば大丈夫かと思ったんだけど、なんかハードルが上がっただけのような気がします。
こうなったら、お説教コースは回避できそうもありませんから、思いっきり触れ合いタイムを満喫しちゃおうかなぁ……。
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