第536話 急ぎの仕事は報われない

 マールブルグ家で結構時間を食ってしまったので、ここからは巻いていきますよ。

 まずは、リバレー峠のマールブルグ側の麓にある、守備隊の駐屯地を訪ねました。


 ノルベルトさんから受け取った指示書とギルドカードを提示して、山賊57名を引き渡したいと告げると大騒ぎになりました。


「57人だって? ちょ、ちょっと待ってくれ。おい、隷属の腕輪はいくつある?」

「そんな人数、牢に入らないだろう」

「移送用に馬車は要るのか?」


 ノルベルトさんの放任主義の影響なんでしょうか、なんだか統率が取れていないというか、準備不足というか……頼りないですねぇ。


「すみません! ちょっと、どなたか代表で話を聞いて下さい! 山賊は既に拘束してありますし、僕の眷属が見張っているので逃げる心配も要りません。ですから、落ち着いて、まずは助けた人の保護からお願いします」

「わ、分かった。迎えの馬車を用意しよう」

「いえ、その必要は無いです。助けた皆さんも、捕縛した山賊も、僕が送還術を使ってここまで送り届けます。ですから、皆さんには現場の立ち会いと受け入れの準備をお願いします」

「わ、分かった。ちょ、ちょっと待ってくれ」


 バタバタと混乱があったものの、送還術の説明をして、受け入れる場所を確保してもらいました。

 続いて、同行してもらう二人を山賊のアジトへ僕も一緒に送還しました。


「うぉぉ……なんだ、どうなってる」

「ここは、もう山の中なのか?」


 山賊のアジトの位置を示した地図も見せて、瞬間的に移動すると説明しておいたのですが、それでも突然目の前の景色が変われば驚きますよね。

 アジトの前には、マルツェラに来てもらっています。


 山の中の洞窟にメイドさんが控えているのは、ちょっと異質な光景ですよね。

 マルツェラが、山賊が奪って貯め込んでいた財宝の目録作りを担当すると伝え、立ち会い担当の二人に紹介しました。


「マルツェラと申します。よろしくお願いいたします」

「ど、どうも……」

「こちらこそ、よろしく……」


 なんだか、マールブルグの守備隊の皆さんは、女性への耐性が低そうですね。

 いや、ヴォルザードの守備隊員も耐性は高そうではなかったから、こんなもんなんでしょうかね。


 アジトの中へ入ると、薬の効き目が切れた山賊どもが目を覚ましたらしく、何やら罵り声が聞こえてきました。

 野太い山賊共の声を耳にした途端、守備隊員の表情が引き締まりました。


「先に、囚われていた人達からお願いできますか?」

「あぁ、そうだったな。案内してもらえるか?」


 山賊に捕まっていた人達に休んでもらっていた部屋に二人を案内して、名前などの確認をしてもらいました。

 詳しい聞き取り作業は、麓の駐屯地へ移動してからにしてもらいます。


 続いて、山賊が奪った財宝の確認をしてもらっている間に、囚われていた人達を駐屯地へと送還して保護してもらいました。

 すぐさまアジトへとトンボ返りしようと闇の盾に潜ろうとしたら、一番年上の女性に呼び止められました。


「あの……ありがとうございました」

「いえ、僕は冒険者としての仕事をしただけなので……」

「それでも、ありがとうございます。自由になったら死んでしまおうと考えていましたが、もう少しだけ生きてみようと思っています」

「マールブルグの領主ノルベルトさんには支援をお願いしておきました。皆さんに、少しでも幸せな未来が来ますように祈ってます。では……」


 他の皆さんとも会釈を交わして、闇の盾を潜りました。

 続いて行ったのは、財宝の移送です。


 マルツェラには、コボルト隊と一緒に影の空間経由で移動してもらい、駐屯地側の担当者と運ばれてくる品物のチェックと目録作りを進めてもらいます。


「では、運んじゃいますね。みんな、よろしくね」

「わふぅ、任せて、ご主人様!」


 ゼータが作った闇の盾を通って、コボルト隊がドンドン財宝を運び出していきます。


「あの黒い門は、人は通れないのですか?」

「残念ながら、闇属性の持ち主は僕か僕の眷属と一緒ならば入れますが、その他の人は無理ですね。あっ、それと属性魔法を持たない人ならば、簡単な魔力譲渡で入れるようになりますよ」

「つまり、我々では入れない訳ですね?」

「そうなります」


 ではでは、山賊共の移送を済ませちゃいましょう。

 縛り上げた山賊共を転がしている部屋に守備隊員を連れて入ると、一瞬沈黙した山賊共が一斉に喚き出しました。


「手前ぇ、さっさと解きやがれ!」

「グズグズしてっと、まとめてぶっ殺してやるぞ!」

「守備隊なんざ怖くもなんともねぇんだぞ」


 いやはや、イモ虫みたいに転がされた状態で、よくそんな上から目線で話が出来るものだと、ある意味感心しちゃいますね。

 ではでは、部屋に入る前に守備隊の方と打合せた通りに事を進めさせていただきましょう。


「イッキ、よろしく……」

「お任せ下さい、若!」


 合図を送って闇の盾を展開すると、イッキからナツキまでの七人のアンデッド・ロックオーガが踏み出してきました。

 洞窟の天井に頭がつかえそうな巨躯、野武士のごとき出で立ち、漆黒の大長巻の刃は人間の体を小枝のように切り払ってしまいそうです。


 それまで口汚く喚き散らしていた山賊共は、息を飲んで震え上がりました。


「皆さん、こんにちは。僕はヴォルザードの冒険者でケント・コクブといいます」

「魔物使い……」

「えぇ、そんな風に呼ばれていますし、このイッキ達は僕の眷属です。早く解けとか言ってましたけど、折角縛った縄を解くなんて勿体ない真似はするつもりはありません。そのまま大人しく守備隊の駐屯地に送られるのを待つか、どうしても拘束を解いて欲しいと言う人は手足を切り飛ばして自由にして差し上げます。さぁ、どちらを選びますか?」

「ふざけんな! そんなの選べる……わけ……」


 喚いた山賊はサンキに大長巻の峰を頬に押し付けられ、強制的に沈黙させられました。

 まぁ、この七人に取り囲まれて逆らおうなんて気を起こせる人なら、そもそも山賊になんて落ちぶれていないですしね。


「では、これから皆さんを麓にある守備隊の駐屯地まで送還いたします。その場を動かないように。もし動いて送還範囲から出てしまうと、こうなります……」


 アジトに入る前に拾っておいた太い枝を使って送還術の注意を終えたら、山賊共に考える時間を与えずに送還しました。


「送還!」


 ちゃんと送還出来たか確認に行くと、山賊共は駐屯地の演習場で突然変わった周囲の様子を呆然と眺めていました。

 その周囲は、目印役を務めてくれたコボルト隊とマールブルグの守備隊員が取り囲んでいます。


「よしっ、問題無いみたいですね。それでは皆さん、くれぐれも暴れたりしないように、僕の眷属は影の中から皆さんを見守っていますからね」


 ちょっと前まで、あれほど喚き散らしていた山賊共は、絶望の表情を浮かべて天を仰いでいました。

 続けて、残りの2グループの山賊を送還し、最後のグループと一緒に立ち会ってもらった守備隊員も送り届けました。


 山賊共の処分はアールズが責任者、ザルーアが補佐となって処分を行う事を伝えて、報奨金の振り込み等をお願いし、引き渡し作業は完了です。

 守備隊の方に挨拶を終えたら、影に潜って移動します。


「それじゃあ、ゼータ。洞窟は埋めて、道は崩しておいてくれるかな?」

「お任せ下さい、主殿」

「うん、よろしくね」


 続いて向かうのは、リーベンシュタインの領主の館です。

 もう、時間が押せ押せになってしまって、またしても昼飯抜きですよ。


 今日はまともなお茶とお菓子が出ると助かるんですが……。


「行くよ、リーベルト」

「わぅ……」

「心配?」

「くぅーん……」


 前回あまり良い反応を貰えなかったので、ちょっとリーベルトは不安そうな表情を浮かべています。


「大丈夫だよ、もし歓迎されなかったら、リーベルトには別の仕事をしてもらうからね。僕にとって大切な眷属であることには何も変わりはないから心配は要らないよ」

「わぅ、ホントに?」

「ホント、ホント。リーベンシュタインの連中がグダグダ言うなら話を蹴とばして帰ってくるだけだよ」

「わふぅ、分かった!」


 ペロペロと顔を舐めてくるリーベルトをワシワシと撫でまくって、いざ領主の館に討ち入り……じゃなかった、お邪魔します。

 リーベンシュタインの領主の館には、前回と同じ面子が顔を揃えていました。


 今日は宣言通りに、門からではなく直接部屋に踏み込みます。


「こんにちは、アロイジアさん。結論は出ましたか?」

「えぇ、ケント・コクブ。どうぞ、そのまま出て行きなさい……そして、二度とリーベンシュタインの領地に立ち入る事を禁じます」


 これは、ちょっと予想外の展開ですけど、山賊相手にイキってきたので、あまり動じた様子を見せずに済んだと思います。


「理由を伺ってもよろしいですか?」

「これよ……」


 アロイジアさんが取り出したのは、前回隠し部屋に残していった僕の書置きです。


「許可なく他人の家を覗いて歩くような、胡乱な人物とは手を結びません。現状、リーベンシュタインはあなたのような人物と手を組まなくとも、何も不自由しておりませんから、どうぞ、お引き取り下さい」

「そうですか、仕方ありませんね。帰るよ、リーベルト」

「わぅ!」


 僕の腹立たしさが伝わったのか、リーベルトは一声大きく吠えてから、僕に続いて闇の盾を潜って来ました。


『いやはや、これほどまで頭の固い連中とは思いませんでしたな』


 影の空間から見守っていたラインハルトも呆れた様子です。


「本当だよ。でもいいや、おかげで話が早く済んだから、ヴォルザードに戻ってお昼にするよ」

『ぶははは、それがよろしいですな』

「よし、今からならば、アマンダさんのお店の賄いに間に合うはずだ。帰るよ、リーベルト」

「わふぅ!」


 そうだ、リーベルトには僕が引っ越してからモフモフ成分が不足しがちなメイサちゃんを担当してもらおうかな。

 ちょっとは成長しているみたいだし、下種い男とか、チャラい男が寄って来ないように目を光らせてもらいましょう。


 うんうん、大丈夫。おねしょ被害にあったら、お風呂で僕が洗ってあげるよ。

 おっと、おねしょの話題はメイサちゃん本人には禁止だね。

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