第509話 苦労人ジョーの苦労は絶えない

「Cランクですか……早くないですかね?」

「まぁ、何処かのポヤポヤした小僧を除けば異例な早さだな」


 マールブルグに向かうオーランド商店の馬車の護衛依頼を受諾した報告にギルドに出向くと、ドノバンさんに二階の応接室へと連れて来られた。

 そこで言い渡されたのが、俺、鷹山、新旧コンビの四人のランクアップだ。


「もしかして、オーランド商店から手が回っているとか?」

「心配するな、ギルドのランクは金じゃ買えない」

「そうですね。失礼しました」

「金では買えないが、前借り程度ならな……」

「えっ……?」


 一旦下げた頭を上げると、ドノバンさんが凄みのある笑みを浮かべていた。

 なるほど、普通なら昇格させるのは早いが、相応の実力があれば交渉に応じる余地はあるってところか。


「でも、良いんですか?」

「構わん、下手に城門の衛士に袖の下とか使われるよりは規律は乱れんからな。それに、一人でオークを倒せる実力があれば問題無いだろう」


 マールブルグまで向かう馬車の護衛だと、通常Dランクのみでの受注は出来ないし、城門を出る許可が下りない場合がある。

 そうした時に、衛士に賄賂を渡して通してもらうらしいが、衛士が賄賂に慣れて露骨に要求をしだす可能性がある。


 それならば、大本であるギルドで内密に処理をした方が、まだ規律を緩ませずに済むという事なのだろう。


「まぁ、Bランクに上がるのには少々骨が折れるだろうが、旨味のある仕事を先取り出来るんだから文句は言うなよ」

「分かっています。和樹と達也には、調子に乗らないように釘を刺しておきます」

「そうだな。薄汚い冒険者になると、女が近づいて来なくなるって脅しとけ」

「ははっ、そうですね。それが一番効果がありそうです」


 新旧コンビの新田と古田は、小ぎれいな格好をして黙っていれば、そこそこの素材だとは思うのだが、なぜか自分たちからオッサンの輪に加わりたがる。

 初対面の大人との距離の縮め方は上手いが、その分女性との距離の縮め方が絶望的に下手だ。


 だが、二人の生活態度を引き締めるには、一番効果的なので利用させてもらおう。


「そういえば、ギリクさんが若いパーティーと一緒にいたのを見掛けたんですけど……」

「あぁ、あれはギリクを言いくるめて面倒を見させている連中だ」

「何か問題があるパーティーなんですか?」

「自分たちの力を過信して、危うくオーガに殺されそうになったところをギリクが助けたんだ」

「なるほど……」

「驚かないのか?」

「えぇ、ギリクさん、意外と面倒見が良かったりしますからね。文句は多すぎですけど……」


 年下の冒険者から指導を頼まれると、腰を上げるまでに時間が掛かり、教え方はぶっきらぼうで、やたらと文句が多いのだが、ちゃんと指導はする。

 まぁ、普通に指導してくれる方が良いに決まっているが、そもそも教わる方が贅沢を言う方が間違っているのだろう。


「もうギリクぐらいになれば、後ろに続く者を意識し始めても良い頃だ。一から手取り足取り教えろなんて言っても無駄だろうから、四人を一定の強さまで引き上げろと言っておいた」

「でも、どんな指導をすんだか、ちょっと興味がありますね」

「今は、四人組が拠点にしている家に居候しながら、ひたすら体力作りに専念させているらしいぞ」

「へぇ……って、その指導って付きっ切りなんですか?」

「そうだ、一ヶ月限定だがな。まともに活動出来るレベルまで引き上げられたら、ギリクのランクアップも考慮すると言ってある」

「考慮はするけど、確約はしない……ってやつですね?」


 またドノバンさんは凄みのある笑みを浮かべてみせる。


「ジョー、あまり頭の切れるやつは長生き出来んぞ」

「いえいえ、何も考えずに冒険者をやるほど早死にはしませんよ」

「お前達には早死にされたら困る、あのぶっ壊れ気味の危険物が不安定になるとかなわんからな」

「別に早死にする気はないですけど、四人も嫁がいれば大丈夫でしょう」

「だと良いけどな……他の連中にも言っておけ、何事も慣れてきた頃が一番危ない。護衛の依頼は交代で休む時以外は気を抜くなよ」

「分かりました。良く言っておきます」


 ようやくドノバンさんに解放されたので、一階のカウンターに戻って護衛依頼受託の手続きを済ませたのだが、今度は受付嬢に捕まってしまった。


「ジョーさん、これは定員四人の依頼ですから仕方ありませんが、ユースケにも働くように言って下さい」

「うぇ? 八木ですか?」

「そうです、妹と籍を入れたのにダラダラして、ろくに働いていないみたいじゃないですか」

「あぁ……マリーデのお姉さんですか?」


 目の前にいるクマ獣人の受付嬢は、全然似ていないが八木の嫁マリーデの姉らしい。


「そうです、シェアハウスで一緒に暮らしているんですから、言ってやって下さい」

「いや、俺が言ったところで聞くようなタマじゃないですよ」

「言い聞かせられないとおっしゃるなら、責任を取って下さい」

「いや、責任って言われても……」

「妹のマリーデが学校卒業したと思ったら、すぐに結婚して、お腹には子供までいるって言うのに、姉の私はいつまでもギルドの受付嬢で、言いよって来るのはロクな男じゃなくて……」

「いや、そんな事を俺に言われても……」

「簡単ですよ、ちょっと私と結婚していただければ……」


 マリーデの姉は、ただでさえ目立つ胸の膨らみを寄せてあげるから制服のボタンが悲鳴をあげている。


「いや、俺は付き合ってる人がいますから、達也か和樹にでも声を掛けてやって下さい」

「えぇぇぇ……あの二人は……」


 いや、何やったんだ新旧コンビ。

 何をやらかしたら、こんな嫌そうな顔をされるんだ。


「まぁ、八木には無理だと思うけど忠告しておきますから、じゃあ……」

「あっ、ちょっと、ジョーさん!」


 まだ何か言っていたが、聞かずにカウンターから離れる。

 あの胸は、ちょっと魅力的だが、間違いなく地雷案件だろう。


 では、ロレンサが地雷案件じゃないのかと聞かれれば、ちょっと返答に困ってしまうが、成り行きだったとはいえ関係を重ねているのに、一方的に手を切ったら国分以上の鬼畜になってしまう。


「今度の依頼でマールブルグまで行くんだ、すれ違いにならなければ……いかん、いかん、まずは護衛に専念しないと、邪念に囚われていたら足元を掬われる……」


 マールブルグに出発するのは明後日の早朝だが、今日のうちに用意を済ませておいて、明日は余裕をもって過ごしたい。

 シェアハウスに戻ろうとギルドの出入口に向かうと、丁度入って来た冒険者と目が合った。


「おぅ、ジョー、ちょうど良かった、良い依頼があるんだが嚙まないか?」


 上機嫌に話し掛けて来たのは、今一番会いたくないペデルだった。

 オーランド商店から護衛の話をもらった時に、今回からペデルとギリクは除外すると宣言されている。


 今後の手が足りなくなるような依頼については、オーランド商店の方で人選して用意するそうだ。

 つまり、ペデルとギリクについては戦力外通告が出された訳だ。


 それでも、ペデルが上機嫌で話し掛けて来たのは、別の商会などから依頼を取り付けたのだろう。


「良い依頼ですか?」

「おぅ、バッケンハイムまでの護衛だ」

「すみません、俺ら明後日から別件が入ってるんで……」

「別件? 護衛か?」

「えぇ、マールブルグまでですけどね」

「なんだ、そんな依頼は蹴とばしちまえよ」

「いや、そうはいきませんよ。もうギルドにも受諾の報告しちゃってますし……」

「そんなもん、取り下げちまえばいいだろう」


 しつこく食い下がってくる所を見ると、最初から俺達を当てにして話を進めてしまっているのだろう。


「駄目ですよ。冒険者は信用が第一だって言ったのはペデルさんじゃないですか」

「ちっ、そんなもん状況に応じて柔軟に対応出来なきゃ稼げないぞ」

「駄目ですって、今回は他を当たって下さい。俺と修一、和樹、達也の四人は駄目ですからね」

「どうしてもか? もう仕事回してやんねぇぞ」

「どうしてもです」

「ちっ、固ぇな……まぁいい、他を当たる」


 顔を合わせた時とは打って変わって、自分の不機嫌さを殊更に強調するように顔を歪め、舌打ちを繰り返しながらペデルはギルドの内部へと入って行った。

 カウンター前で暇そうにしている冒険者にでも声を掛けるつもりだろう。


「まったく……俺らはお前の手下じゃねぇつーの……」


 苦い思いを抱えながらシェアハウスに戻ると、新旧コンビの二人が国分の所のコボルトから、なにやら見覚えのあるダンボール箱を受け取っていた。


「お前らなぁ……」

「おぅ、おかえり、ジョー」

「次の依頼は野営になるんだろう。ちょうど良いじゃん」


 新旧コンビが受け取っていたのは、カップ麺の箱だ。


「こんな物を持って行ったら、依頼が終わった後でデルリッツさんに呼び出し食らうだろうが」

「いいじゃん、一個二千ヘルトぐらいで売れば儲かるぞ」

「そうそう達也の言う通り、何なら国分にマージン払えば良くね?」

「あのなぁ……それじゃ国分のヒモみたいだろう。それに国分が運搬差し止めるなんて言い出したらどうすんだよ」


 日本から持ち込んだ製品を横流しすれば、莫大な儲けに繋がる。

 だが、それは国分におんぶにだっこで頼りきりのやり方だ。


「分かってる、分かってるって、だから俺も和樹も大量に売ろうなんて考えてねぇよ」

「そうそう、売るのは一個か二個に限定して、後は参考にして工夫してくれ……みたいな?」

「それによぉ、沢山売ったらレア度が下がっちまうだろう?」

「そうそう、プレミア価格で売って、ちょっとだけ小遣い稼ぎ……みたいな?」

「お前ら、異世界で転売ヤーをやるつもりかよ」

「そうそう、そんな感じ」

「でもよぉ、日本の転売ヤーみたいに迷惑掛けないし、良くね?」

「はぁ……後で揉めないように、国分には話しておけよ」

「オッケー、オッケー」

「次の依頼が終わったら、焼肉でもおごっておくよ」


 まったく、妙なところで頭が回るのは、才能と呼んでも良いのだろうか。


「あれ、八木は?」

「さぁ? 嫁と出掛けてんじゃね?」

「どうかしたのか?」

「ギルドでマリーデの姉ちゃんに、働くように言ってくれって文句言われた」

「マジで? フルールさんに?」

「ご褒美じゃん!」

「そう言えば、お前らあの人に何かやったのか? お前らの名前出したら凄い嫌な顔されたぞ」

「い、いや……別に何もしてねぇよな、和樹」

「あぁ、何もやった覚えはないなぁ……」


 明らかに新旧コンビの目が泳いでいる。


「で……何やったんだ? 正直に吐かないと依頼関連の手続き、自分でやらせるぞ」

「いや待った、そんな御大層な話じゃない。なぁ、和樹」

「そ、そうだな、ちょっと頼み事をしただけだな……」

「頼み事……?」

「あぁ、ちょっと土下座してお願いしただけだ」

「はぁ? 土下座?」

「お願いします! 乳揉ませてください!」

「お願いします! できれば生乳で……って、それだけだ」

「あぁ、勿論断られたぞ」

「そうそう、ゴミでも見るような目で……なっ!」

「なっ……じゃねぇよ。日本だったらセクハラで訴えられるぞ」

「いや、そこはヴォルザードだし……なっ!」

「冒険者ギルドだし……なっ!」


 本気で、こいつらとパーティーを組んでいて大丈夫だろか、考え直した方が良いかもしれない。

 次の依頼に不安を感じていると、鷹山が姿を見せた。


「おぅ、ジョー、戻ってきたのか」

「あぁ、さっきな。んでもって、鷹山が凄くまともに思えていたところだ」

「そうか、じゃあ次の依頼、俺は抜けてもいいかな?」

「何でだよ! オーランド商店からは四人でって言われてんだぞ」

「だってよぉ……うちの天使ちゃんと離れるなんて俺には無理だ!」


 元々、鷹山は重度の婿バカだったが、そこに極度の親バカが加わって面倒極まりないことになっている。


「はぁ……その天使ちゃんのためにも、しっかり稼がないと駄目なんじゃねぇの?」

「いや、だって、マールブルグまで往復だぞ、少なく見積もっても一週間だぞ、その間、リリサに会えないんだぞ、地獄かよ!」

「お前は、たとえ娘のためでも地獄に落ちたくないんだな? 我が身が可愛いいんだな?」

「馬鹿、そんな訳ねぇだろう。リリサのためなら世界だって滅ぼしてやるよ」

「仮にも勇者様なんて呼ばれた男が、世界を滅ぼしてどうする」

「いや、だって本当は召喚された勇者が魔王だったんだろ?」

「そうだけど……そうじゃねぇよ! ちゃんと仕事しろよ、稼ぎが無くなったら嫁さんが愛想尽かして、娘連れて出ていくかもしれないぞ」

「はっはっはっ、ありえない! なぜなら、俺とシーリアは愛し合ってるからな!」


 高らかに笑う鷹山の傍らで、新旧コンビが歯ぎしりしながらプルプルしている。

 このカオスな状況を俺一人で収めるなんて無理だろう。


 思わず頭を抱えたところで、鷹山達の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


「おぅ、リリサ! どうした、君を泣かせるものは全てパパが倒してしんぜよう!」

 

 正直、まだ目もロクに開かない赤ん坊は、サルみたいで可愛いとは思えない。

 でもまぁ、鷹山とシーリアさんの子供だから美形に育つのだろう。


「なぁ和樹、やっぱり今のうちから教育しておいた方が良いよな?」

「そうだな、めり込みってやつだな、ヒナのうちからの教育が大切だ」

「はぁ……お前ら、それを言うなら刷り込み……いやもう、勝手にしてくれ。明後日の準備だけは怠るなよ」

「任せろ、修一パパも連れていくようにしてやるよ」

「だよな、パパと結婚するとか言われると面倒だもんな」

「あぁ、好きにしてくれ……」


 新旧コンビをリビングに残して、自分の部屋に戻る。

 もう、こうなったら溺れてやる、マールブルグに行ったらロレンサに溺れてやる。

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