第471話 シャルターンの実情

『よろしいのですか、ケント様?』


 フィーデリアがマルツェラと共に部屋に戻るのを見送ると、ラインハルトが話し掛けてきました。


「うん、違う結果になったとしても、今は僕らでも見通せない状況だし、余計な心配をさせても仕方ないと思う」

『そうですか、確かに耳に入れてしまえば思い悩まれるでしょうな』


 フィーデリアには、大公シスネロス・ダムスクの軍勢が王都に向かっていると説明しましたが、実はそれ以外の勢力も王都を目指して動き始めています。

 一つは、王都の直轄領の西側に位置するタルラゴス家、もう一つは南側のオロスコ家の軍勢です。


 この二つの家の軍勢が王都陥落の知らせを受けて、自領から王家の直轄地へと兵を進め、革命勢力を駆逐しながら王城を目指しています。

 革命勢力側から見れば、いきなり三つの勢力と対峙する事になった上に、軍師が行方不明のままで、まともな戦術を整えられずに敗走を続けている有様のようです。


「タイミング的には、西のタルラゴス勢が一番早く王都に辿り着きそうなんだよね?」

『そうです、その次が南のオロスコ勢。大公の軍勢が最後になりそうです』

「でも、先に王都に辿り着いても、革命勢力が城に立てこもっていれば、戦っている間に他の勢力が到着することもあり得るんだよね?」

『王都マダリアーガは縦横に水路が走る水郷都市ですから、大軍を一度に送り込むのは難しいですが、逆に一度立てこもってしまうと逃げ落ちるのが難しくなります』

「ラインハルトならば、籠城する?」

『ワシが軍勢を率いているのであれば、籠城はせず東に退却しますな』

「立て籠もっていても、援軍が来る見込みが無いから?」

『その通りです』


 革命を起こした勢力は、シャルターン王国の東側にある領地で起こり、王都に向かって勢いを増しながら進んで来たようですが、勢い任せの進軍だったために補給体制が全く整っていないらしいのです。


「でも、東に退却したところで、三方から攻め立てられるのは一緒じゃないの?」

『包囲されてしまうよりはマシですし、最悪、隣国の軍勢を引き入れれば、補給を受けられる可能性がありますぞ』

「うわぁ、保身のために国を売るって……そこまでは落ちぶれたくないね」

『まったくですが、生き残るためには何でもする輩もいますからな』

「でも、東隣のバスクデーロ帝国に向かうには、深い森と険しい峠を越えないといけないんだよね? あまり現実的ではないと思うけど……」

『そうですな。東に退却したところで、体制を立て直せなければ押し込まれ、バスクデーロに逃げ落ちるのがせいぜいでしょうな』

「この先は、どう転がっていくんだろう?」

『さて……それぞれの陣営が、どのような思惑で動いているか次第でしょうな』


 ダムスク公、タルラゴス家、オロスコ家、革命勢力……四つの勢力を比較すると、兵士の数が一番多そうなのは革命勢力のようです。

 ただし、正規の訓練を受けた兵士ではなく、革命に参加した一般市民の集まりのようなもので、更には指揮命令系統が混乱している状態なので、実数の半分も力を発揮できないでしょう。


 二番目に兵力を保有しているのはダムスク公のようですが、こちらは北の隣国エスラドリャへの抑えに兵力を割いています。

 途中で革命勢力に支配されていた領地の私兵を取り込んでいるようですが、どの程度まで兵力を増やせているかは不明です。


 三番目に兵力を保有しているのは、西のタルラゴス家のようです。

 ただし、ダムスク公の総兵力の半分程度しか保有していないようなので、単独で対抗するのは難しいでしょう。


 最後に南のオロスコ家ですが、こちらはタルラゴス家よりも更に兵力は少ないようですが、王都までは船を使った補給路が確保出来ているようです。


『一番すんなりと事が収まるのは、タルラゴス、オロスコの両家がダムスク公を次の王として認めて従う場合です。三家が共同で戦えば、軍師を失っている革命勢力を一掃するまで、然程時間は掛からないでしょう』

「まぁ、それが一番現実的な解決策だよね?」

『そうなのですが、問題がございます』

「ダムスク公が王として認められないって事?」

『それもございますが、ダムスク公が王として認められた場合でも、戦後の処理で揉める恐れがありますぞ』

「戦後の処理……?」

『東の領地の扱いですな』


 ダムスク公が次の王となる場合、恐らくですが現在の領地に加えて王都までの領地と王都周辺の直轄地の所有権を主張すると思われます。

 革命勢力の手に落ちていたものを取り返したのですから、当然の主張と言えるでしょう。


 この場合、タルラゴス家とオロスコ家で東側の領地を分割所有という形になるのでしょうが、南のオロスコ家はまだしもタルラゴス家にとっては新しい領地との間に王家の直轄地が挟まり、飛び地を所有する形になってしまいます。


 タルラゴス家が新たに所有する分だけ、オロスコ家の領地を東に移せば飛び地の状況は解消されますが、東の領地は水害で疲弊しているはずですから、被害の無い領地や領民をオロスコ家が手放すはずがありません。


「うわっ、面倒くさっ! 揉める未来しか見えないよ」

『いいえ、丸く収める方法が無い訳ではありませぬぞ』

「でも、どうやってもダムスク公が王都を手に入れるのと、タルラゴス家が飛び地以外で新たな領地を獲得するのとは両立しない気がするけど……」

『ダムスク公が取り戻した、北側の領地をタルラゴス家に与えれば良いのです』

「それだとダムスク公というか新たな王家の直轄地が歪な形にならない?」


 地図にすると、元々所有していた北の国境線に加えて東側の領地の一部、それに王都周辺の直轄地となると、アルファベットのCを左右反転させたような形になるはずです。


『かなり歪になりますな。元の領地と王都との往来には、タルラゴス家の領地を通る必要も出てきます』

「それよりも、北の領地の一部も与えて、食い込みを少なくすれば良いんじゃない?」

『その方法ですと、隣国との国境の一部をタルラゴス家が守ることになります。エスラドリャ王国と内通しないか、信用をおけるならば良い手立てですな』

「結局、ダムスク公が新たな王として認められるか、一つの国としてまとまり続けるかが問われているのか」

『タルラゴス家とオロスコ家が手を組んで、ダムスク公を攻める可能性も考えられますし、そうなるとエスラドリャが攻め込んで来る可能性も無いと限りませぬ』

「革命勢力も完全に瓦解した訳じゃなさそうだし……やっぱり面倒だね」


 それぞれの勢力が、どんな思惑を持って、どんな動きをするかによっては情勢が大きく変わりそうです。

 戦乱が長引いて、三家が潰し合いを続けていれば、革命勢力が力を盛り返す可能性だってゼロではありません。


 それに、この四つの勢力以外にも、まだシャルターン王国には貴族が残っています。

 コクリナを治めているドミンゲス侯爵などは、地理的に王都周辺の争いには加われないでしょうが、自分の領地を拡大するために隣接する貴族の領地に侵攻するかもしれません。


「そろそろ、沿岸警備隊の船がコクリナに戻る頃だろうし、ジョベート絡みの補償問題を早く進めた方が良さそうだね」

『そうですが、王都の状況を耳にしたら、交渉に応じないかもしれませんぞ』

「領地拡大に動くってこと?」

『その通りですが、単に領地というよりも……』

「あっ、クアデールの港を奪うのか」

『どさくさ紛れに領地拡大を計り、ついでに懸案事項も潰してしまう……十分に考えられますな』

「うーん……ランズヘルト共和国としては、どう動けば良いのだろう」

『利益のみを追求なさるのであれば、やる事は決まってますぞ』

「えっ、そうなの?」

『ケント様の送還術で兵を送り込み、一気に制圧するのみです』

「いやぁ……そんなどさくさ紛れの火事場泥棒みたいなことは……どうなの?」

『ですがケント様、先に仕掛けて来たのは向こうですぞ。それに、ドミンゲス侯爵と家族を押さえてしまえば、血を流すことなくドミンゲス領を手に入れることだって可能でしょう』


 出来るか出来ないかと問われれば、たぶん可能です。

 僕や眷属のみんなの能力を使えば、ドミンゲス侯爵の屋敷を掌握することは難しくありません。


 ただ、掌握したところで、住民の支持を取り付けて領地を経営していけるのかと問われれば、現状では無理と答えるしかありません。


「僕らにとっては利益になると思うけど、コクリナの住民にとっては迷惑な話じゃないかな」

『どうですかな、ドミンゲス侯爵に任せておくより良くなるかもしれませんぞ』

「うーん……アルナートさんあたりは、賠償させるよりも手っ取り早いと賛成するかもしれないけど……何か気乗りしないんだよね。血を流すことなくドミンゲス領を手に入れられるかもしれないけど、失敗すれば沢山の血が流れて、沢山の恨みを買うことになる。確かに仕掛けて来たのは向こうが先だけど、報復の繰り返しはやりたくないなぁ……」


 戦争は始めるよりも、終わらせる方が難しいと聞きます。

 ジョベートへの襲撃が戦争の始まりだとしたら、僕の立場ではキッチリ賠償金を支払わせて終わりとしたいです。


『確かに、ケント様が好まれる方法ではありませんな。ですが、実際問題として依頼を受ける可能性がある以上、心構えだけはなさっておいた方がよろしいですぞ』

「そうだね、依頼を断るにしても、キチンと理由を説明出来なければ説得力が無いもんね」


 とりあえず、シャルターン王国の王都を巡る争いに関しては、余程非人道的な虐殺行為などが行われない限りは静観し、ドミンゲス侯爵に対しては賠償交渉のみ手伝い、侵略行為には手を貸さないことにします。


 翌日、ギルドの執務室を訪ねて、クラウスさんに状況を説明しました。

 ついでに、僕の方針も伝えました。


「面倒くせぇ事になってやがるな。だが、そっちはシャルターンの東部と北部の問題で収まっているんだな。だったら賠償の交渉をさっさと終わらせちまえ」

「はい、コクリナの沿岸警備隊の船が戻って、ドミンゲス侯爵に報告を入れて証拠が掴めたら、一気に話を進めてしまおうかと思っています」

「それでも構わないが、シャルターンが内戦状態になって、戦火が南部や西部にまで飛び火するようなら、そっちへの介入も必要になるかもしれねぇぞ」

「何か理由があるんですか?」

「コクリナとの交易で扱っている品物、タバコ、蒸留酒、穀物、香料……それらが作られているのが主に南部と西部になる。東部や北部でも作られているだろうが、戦乱がひろがれば当然生産量は落ちるだろうし、品質も低下するだろう」


 クラウスさんが指を折って例にあげたのがシャルターンからの輸入品で、ランズヘルトからは織物や陶磁器などが輸出されているそうです。


「なるほど、交易を維持しても仕入れる品物が無くなってしまう訳ですね?」

「そうだ、こちらの品物を持って行くだけじゃ儲けは半分だ。別にアルナートの爺ぃを儲けさせたい訳じゃないが、エーデリッヒの景気が落ち込めば、それはランズヘルト全体に影響を及ぼす。シャルターンの王位がどうなろうと知ったこっちゃねぇが、ランズヘルトの儲けが減るのは容認出来ねぇ」

「では、サクっと話をまとめて、サクっと支払わせる事を第一に考えた方が良い訳ですね?」

「それには、何が必要か分かっているか?」

「動かぬ証拠……だけじゃ駄目なんですよね?」


 以前クラウスさんと話した時に、証拠を押さえたとしても相手に開き直られてしまったら意味が無くなると聞きました。


「証拠だけじゃ駄目だとしたら、何が必要だと思う?」

「賠償をした方が、最終的には得になると思わせる……とかですか?」

「そうだな、それも悪くはねぇが、手っ取り早く話を終わらせるには、相手の心を折る演出だ」

「脅すってことですか?」

「簡単に言うならそうなんだが、単に脅すだけじゃ駄目だ。相手に戦意を失わせる、こいつと戦っても絶対に敵わないと思わせる演出が要る」

「絶対に敵わない……それって難しいのでは?」

「何言ってやがる、コクリナの軍船をサラマンダーを使って追い払ったのと同じだ。お前の能力を上手く使えば、大して難しい話じゃねぇだろう。どの能力を、どう使ってシャルターンの連中を追い込むか……演出だ、演出!」

「なるほど……影移動とか、眷属の力を活用すれば良いんですね?」

「奴らの度肝を抜いてやれ」

「分かりました、アルナートさんとも相談して、サクっと終わらせるようにします」


 どんな演出を行えば、ドミンゲス侯爵達の心を折れるか……たぶんクラウスさんの頭の中にはアイデアがありそうですが、それを超えるようなものを考えましょう。

 ヴォルザードのギルドから影に潜って、シャルターンの王都周辺を偵察しているフレッドを呼び戻して、コクリナに専念してもらいます。


 シャルターンの動きは、バステンに大まかな状況を探ってもらいます。

 全てはランズヘルトの利益のため……なんて考えると、僕らを召喚した当時のカミラみたいになりそうなので、視野狭窄しないように柔軟な対応を心掛けましょう。


 ジョベートに移動して、アルナートさんにもシャルターンの状況を説明し、交渉の打ち合わせをしました。


「では、賠償金は4億ヘルト相当の金塊ということでよろしいですね?」

「こちらで、ドミンゲス侯爵が署名すれば効力を発揮する公式の文書を作成しておく、必ず本人に署名させるようにしてくれ。本来は、両者が揃って署名を交換する形が望ましいのだがな……」

「なるほど、本来なら共同文書への署名は、アルナートさんとドミンゲス侯爵が一緒に署名するものですもんね」

「そうなんだが、今の状況ではワシがコクリナに乗り込む訳にもいかぬ」


 アルナートさんと話をしているうちに、ある演出が頭に浮かびました。

 ドミンゲス侯爵の心を折るのに適していそうですが、アルナートさん達の協力が必要です。


 演出のアイデアをアルナートさんに告げると、二つ返事で賛成してくれました。

 あとは、必要なものを準備して、エドベリがコクリナに戻り、侯爵に報告を入れるのを待ちましょう。

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