第440話 リベンジ

「うん、俺はパス……」

「はぁ? 何言ってんの八木。パスって何しに来たんだよ」

「いやぁ、トウガラシを忘れちまってさ……ハハハ」


 本宮さんが華麗にオークを倒してミドリお姉さまにクラスチェンジした後は、八木の順番になったんですが、この体たらくですよ。

 パパになるって現実を受け入れていないクセに、普段の出掛ける支度とかはマリーデに任せていたらしいのです。


 そのマリーデが一時的に実家に戻っているので、今朝は自分で準備をして出掛けて来た結果、自分の得意技を支えるトウガラシを置いてきたようです。


「はぁ……そんなんで冒険者とかやってたら、コロっと死んじゃうからね」

「いやいや、俺だって本チャンの討伐に行く時にはビシっと準備を整えて出掛けるぜ、ビシっと、ビシっとな」

「なにがビシだよ。トウガラシを忘れたって言うなら、さっきの本宮さんのやり方を真似てみたら?」

「おぅ、なるほど……てか、あれって俺のパクりだよな。特許料とか貰ってもいいんじゃね?」

「馬鹿なことを言ってないで、さっさと準備しなよ。昼飯抜きにしちゃうよ」

「へぇ、へぇ、まったく人使いの荒い奴だよなぁ……」

「何でだよ。使われてるのは僕じゃないか……まったく」


 影に潜ってヒュドラの討伐跡地に移動して、とびきり活きの良いオークを送還してやろうかと思いましたが、余計に時間が掛かった挙句にギブアップしそうなので止めました。

 標準クラスのオークを選んで特訓場へ転送し、戻ってみると八木は黒い水球を手にして構えていましたが、そこに思わぬ人から声が掛けられました。


「酷い! お姉さまの技を勝手にマネするなんて!」

「うっせぇ! これは元々俺様が考えた技を……」

「八木ぃ! 来てるよ、前、前!」


 ミリエの言葉に反応して、八木が文句を言ってる間にオークが突進してきました。


「えっ……がはぁ!」


 慌てて振り返った時には、オークは目前まで迫っていて、大振りな右フックの直撃を食らって八木が吹っ飛ばされました。

 まさか、本当に構えもしないとは思っていなかったので、闇の盾で割り込みを掛けるのが遅れてしまいました。


「サヘル!」

「くるるぅぅぅぅぅ!」


 オークをサヘルに任せて、八木に駆け寄り、すぐに治療を始めます。


「がはっ……がはっ……ぐぁぁ……」


 左腕が曲がってはいけない方向に捻じれていますし、血を吐きながら咳き込んでいます。

 治癒魔術を流すと左側の肋骨がバッキバキに折れて、肺がひしゃげて潰れていました。


「オークを前にして、何やってんだよ。死にたいの?」

「がはっ……」

「喋らなくていいから、大人しくしてろ!」


 肋骨を元どおりに修復して、肺を修復、肋骨が刺さっていた心臓も修復し、破裂していた左の腎臓も修復しました。

 戒めのために、左腕は当分このままにしてやろうかと思いましたが、唯香の仕事を増やすのも申し訳ないので修復しましょう。


「腕の骨を元の位置に戻すからね……」

「がはっ……ちょっ、あぎゃぁぁぁぁぁ!」


 粉砕骨折した左腕をグイグイねじって元の位置に戻してから、治癒魔術を掛けて修復しました。


「お前なぁ、もっと優しく……」

「うるさい! ふざけるな! 僕がいなかったら死んでたんだぞ、分かってんのかよ!」

「わ、悪かったよ……でも、あの女が……」

「でもじゃない! いくら多少の失敗が許される訓練だからって気を抜き過ぎだよ」

「悪い……」


 一方的に八木を責めてしまいましたが、僕自身も『活きが良いオーク』とか、調子に乗ってたことは否めません。

 みんな腕を上げて、討伐出来て当たり前みたいに考えていましたが、ゴブリンやオークにしてみれば、それこそ命懸けで抗ってくるのですから油断なんて許されないんですよね。


「くるぅぅぅ……」


 鳴き声に振り向くと、オークを討伐したサヘルが、取り出した魔石を手にしていました。

 あーあー……血まみれだけど、みんなを真似して魔石の取り出しまで終えたのでしょう。


「ありがとうね、サヘル」

「くー……くー……」


 頭を撫でた後で、水属性魔法で血の付いた手や身体を洗ってあげると、サヘルは喉を鳴らしながらユラユラと上機嫌に身体を揺らしていました。


『ケント様、丁度昼ですから休憩になされませ』

「分かった。みんなお昼休憩にしようか」


 みんなが昼食の準備を始める中、真っ青な顔をしたミリエが本宮さんに付き添われて八木の方へと歩み寄って行きます。

 それに気付いた八木が、眉間に皺を寄せて口を開こうとした瞬間、ガバっと音がしそうな勢いでミリエが頭を下げました。


「す、すみませんでした。私、知らなかったから……」

「お前、知らなかったで済むと思ってんのかよ!」

「そこまでよ」


 八木が喚き散らした途端、ミリエとの間に本宮さんが割って入りました。


「確かにミリエは、八木の集中力を乱すような事を言ったわ。でも、オークを目の前にして視線を背けたらどうなるかなんて分かり切ってるわよね」

「ふざけんなよ、俺は死にかけたんだぞ。国分が居なかったら、マジで死んでたんだぞ」

「そうね、でも自業自得でしょ? ミリエはちゃんと謝罪したわ、これ以上文句を言うなら、あたしが相手になる」

「お姉さま……」


 本宮さんも、自分の世界に入っちゃうと結構残念な人だったりするんですけど、今日は格好良いですね。


「八木、そのくらいにしておきなよ。嫌だって言うなら、治療費請求するよ」

「ちっ……分かったよ」


 てか、なんで八木が偉そうなんですかね。

 本宮さんが言う通り、自業自得でしかないんですけどね。


 昼食は、巨木をスパっと半分にして、安定するように少し埋めたテーブルで頂きます。

 当然といえば当然ですけど、ミリエと八木は離れて座っています。


 仏頂面の八木の正面に座ったのは、綿貫さんでした。


「きししし……やらかしてるな、八木ぃ」

「うっせぇな……放っとけ」

「なになに、なにをそんなに不機嫌になってんだよ」

「うっせぇな……危うく死にかけたのに笑ってられっかよ」

「えぇぇ……八木的には超~美味しい展開じゃん。オークに殺されかけて魔法の治療であっと言う間に全快なんて、他に経験した奴いないっしょ。いいネタになるんじゃないの?」

「あっ……そうだよ、そうだよなぁ。うわっ、これ物になるんじゃねぇ?」

「きししし……しっかりしなよ、八木ぃ。パパになるんだからさ」

「パパって言うなぁぁぁぁぁ!」

「きししし!」


 うわぁ、凄いなぁ……綿貫さんの八木いじり。なんか最強レベルだね。

 冒険者になってたら、軽くAランクに到達しそうな気がするよ。


「犬の兄ちゃんもやらかしてたねぇ……」

「だから、俺は犬の兄ちゃんじゃねぇ! ギリクって名前があるって言ってんだろうが!」


 おぉぅ、すかさずギリクをいじりにいきますか。


「で……ギリクはミューエル姉さんを意識しすぎぃ」

「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ、別に意識なんかしてねぇし……」

「えぇぇ……新旧コンビに聞いてるよぉ」

「なっ……手前ら、なに喋ってやがんだ!」

「あぁ、違う違う……ギリクはもっと出来るって聞いてたのに、駄目駄目じゃん」

「う、うっせぇな。今日はたまたま上手くいかなかっただけだ。別に意識なんかしてねぇ……」


 そう言いながら、一体どこをチラチラ見てるんですかねぇ。


「きししし……そういう事にしておこうかねぇ。でもさぁ、ギリクは一番年上なんだし、ワチャワチャしないでドーンと構えてるところを見せてもらいたいもんだねぇ。今だと、国分におんぶにだっこだしぃ……」

「けっ、くそチ……ケントなんざ、すぐに追い越してやんよ」

「だといいけどねぇ……」

「けっ、まったく可愛げのねぇ女だな。冒険者でもねぇんだから黙ってろ」

「きししし……偉そうに……そのバクバク食べてるサンドイッチ、一体誰が作ったか分かって言ってんの?」

「ぐふっ……なっ……」


 うん、きょうのお昼は綿貫さんが作ってくれたって言ってました。


「と言う訳で、シッカリ食べたんだから、午後はいいところ見せてよね」

「ふん、言われなくてもやってやらぁ」

「まぁ、あたしとミューエル姉さんは、薬草探しに行くから見てないけどね」

「なっ……勝手にしろ!」

「きししし……」


 あと10年ぐらいしたら、綿貫さんってアマンダさんみたいになってそうだよねぇ。

 今お腹にいる子供は、メイサちゃんみたいになってそうな気がするよ。


 その頃、僕は何人のパパになってるんだろう。

 お嫁さん達の尻に敷かれているんだろうなぁ……なんて妄想していたら、近藤に肩を揺すぶられました。


「国分、聞いてるか?」

「えっ? あっ、ゴメン、ちょっと考え事してた」

「午後の訓練はどうするんだ?」

「逆に近藤達はどうしたい?」

「ギリクさんじゃないけど、ロックオーガとリベンジマッチといきたいな」


 近藤の一言に、ギリクも鷹山も新旧コンビも頷いています。


「いいけど、午前中みたいな浮ついた気持ちが透けて見えたら、サクっと僕が倒して訓練中止するからね」

「大丈夫だ。さすがにロックオーガ相手に舐めプなんて出来ないからな」

「で、メンバーはどうするの? 全員でやる?」


 僕の言葉に、今度はみんなの視線が八木に集まりました。


「あー……俺はパスだ。気持ちの切り替えが出来てないから足を引っ張りそうだからパス」

「まぁ、オークでもヤバかったけど、ロックオーガじゃ即死しちゃうかもしれないからね」

「ばーか、お前はホントに馬鹿だな、国分。これからロックオーガとやりあう人間の気持ちにもなれ」

「えっ? あっ……ごめん、じゃあ、今日の訓練が無事に終わったら……」

「言ってるそばからフラグ立てんな、アホ!」


 まぁ、冗談は八木だけにして、午後の訓練はロックオーガの討伐と決まりました。

 みんなには、昼食の後に十分な休憩をとってもらいます。


 さすがにロックオーガが相手では、万全の状態で臨んでもらわないといけませんからね。

 俺はいつだって構わないぜ……なんてギリクの言葉は、全員がジト目で睨んで封殺しましたよ。


「ねぇ、ケント。本当にロックオーガの討伐をするの?」

「あれ、ミューエルさん、薬草を摘みに行ったんじゃ……?」

「うん……心配で行ってられないよ。ギリクもだけど、タツヤやカズキも頼りなくって」

「あぁ、うーん……午前中の様子を見たら、そう感じるのも仕方ないですけど、駄目そうだったら早めにストップ掛けますから」

「でもさ……」

「ミューエルさん、みんなの集中力を切らすような事は言わないでもらえますか」

「うっ……ゴメン。分かった、みんなを信じるよ」


 何だかんだ言って、ミューエルさんも過保護なんですよねぇ……。

 ギリクなんて、少々痛い目にあったところで壊れたりしないから大丈夫なんですよ。


 分かっているとは思うけど、念のためにミリエにも釘を刺してから、みんなに準備するように声を掛けました。


「じゃあ、そろそろ午後の訓練を始めようか。それで、誰が指揮を執るの?」


 チラリとギリクに視線を送ってみると、あっさりとした答えが戻ってきました。


「ジョー……やってくれ」

「うっす」

「じゃあ、指揮を執るのは近藤で、フォーメーションは?」


 今度は近藤に視線を向けると、こちらもスラスラと答えを返して来ました。


「前衛と後衛三人ずつで、三組に分かれて攻めようと思う……」


 近藤が中心となって、全員が集まってブリーフィングを始めました。

 近藤とギリク、鷹山と新田、本宮さんと古田という形で組んで、三方から攻める形にするようです。


 それは良いとして、後衛の三人の属性がバラバラなのが気になります。

 鷹山が火属性、近藤が風属性、そして本宮さんは水属性です。


 風属性の近藤は、他の2人に合わせられますが、火の鷹山と水の本宮さんとでは互いを打ち消し合う形になってしまいます。

 この後、前衛の3人と、後衛の3人が話し合い、最終的な作戦が決まったようです。


「用意はいいかな? 近藤」

「あぁ、準備OKだ」


 送還地点を囲むようにして6人が配置に付いたのを確認して、影の世界に潜りました。


『ケント様……こっち……』

「ありがとう、フレッド」


 オークよりオーガ、オーガよりロックオーガの方が個体数が少なく、遭遇する機会は減ります。

 午後の訓練がロックオーガの討伐と聞いて、フレッドが先回りして見つけていてくれたようです。


 こげ茶色の髪、3メートル近い赤褐色の巨体、間違いなくロックオーガです。

 ではでは、午後の訓練を始めますかね。


「送還!」


 ロックオーガを特訓場へと送還し、急いで影に潜って戻ります。

 近藤達6人がロックオーガを取り囲み、ミューエルさん達4人は昼食を食べた椅子に腰を下ろして討伐の様子を眺めています。


 4人の前には、マルト、ミルト、ムルトが並んで立ち、もしもの時に備えています。

 いきなり周囲の風景が変わって、ロックオーガは戸惑っていたようですが、周りを囲む6人の闘志を感じ取ったのか、牙を剥いて咆哮しました。


「ウボァァァァァ!」

「鷹山!」


 近藤の合図と同時に鷹山が用意していた火球を、ロックオーガの左の後頭部にぶつけました。


「ウバァァァァァ!」


 いきなり髪を燃やされたロックオーガは、頭を掻きむしりながら鷹山の方へと向き直ります。


「本宮!」

「オッケー!」


 近藤の合図を受けて、本宮さんが用意していた薄く黄色味がかった水球をロックオーガの後頭部にぶつけました。

 さらに、何事が起こったのかと辺りを見回すロックオーガの右後方から近藤が風の刃をぶつけましたが、僅かに血が飛んだものの致命傷には程遠いようです。


 それでも浅いとは言え傷を負ったロックオーガは、近藤の方へと向き直ります。

 そこへ再び鷹山が火球をぶつけると、ロックオーガの上半身が燃え上がりました。


「ウバァァァァァ!」


 ロックオーガが悲鳴を上げると、今度は前衛の3人が動き出しました。

 最初に仕掛けたのは、元野球部の新田です。


 ロックオーガの左後方へと素早く駆け寄ると、バッティングフォームで構えた長剣を渾身のフルスイングでアキレス腱へと叩きつけました。


「ウボァァァァァ!」


 悲鳴と共に左足を上げたロックオーガはバランスを崩して倒れかけ、咄嗟に両足を付いて踏ん張った瞬間、ブチーンと何かが切れる音が響きました。


「しゃー! 来たぁ、ぶった斬ったぞ!」


 新田が一撃で切り裂いた訳ではありませんが、その一撃がアキレス腱の断裂を誘ったのは間違いないでしょう。

 ガックリと膝をついたロックオーガに、本宮さんが再度淡黄色の水球を叩きつけると、消えかけていた炎が大きく燃え上がりました。


 たぶん、可燃性の強い油なのでしょう。

 ロックオーガは本能的に地面を転がって火を消そうと試みますが、本宮さんと鷹山が連携して火を絶やしません。


 さすがのロックオーガも炎に包まれたままでは呼吸もままならず、息を吸おうとすれば気管や鼻腔、そして肺を焼かれて動きを鈍らせていきました。

 四つん這いの姿勢でロックオーガが動きを止めると、満を持してギリクと古田が襲い掛かります。


 ギリクは手槍を左の首筋に突き入れ、古田も渾身の突きを右の首筋へと見舞いました。

 2人が飛び退ると首筋から血飛沫が飛び、ロックオーガは俯せに倒れ、そのまま動き止めました。


「うらぁぁぁぁ、どんなもんだぁ!」


 ギリクが手槍を天高く突き上げると、他の5人も両手を突き上げて喜びを爆発させました。

 見物していたミューエルさんも、手を叩いて飛び上がって喜んでいます。

 おぉぉ、たゆんたゆんですよ、たゆんたゆん……。


「はいはい、皆さんお疲れ様です。さぁさぁ、喜ぶのはその辺にして魔石の取り出しをしましょうか」

「お前、やっとロックオーガを倒して喜びに浸ってるんだぞ」

「そうだぞ、国分。達也の言う通りだ。やっとリベンジしたんだからな」

「うんうん、そうだね。でもさ、折角倒しても手早く魔石を取り出せないと、実際の討伐では他の魔物が寄って来ちゃうよ」

「けっ、倒しちまえばこっちのもんだ。もう動かないんだから何てことねぇよ」

「はいはい、それじゃあギリクさんにやってもらいましょうかね」

「ふん、上等だ……」


 大見得切ってみせたギリクでしたが、ロックオーガの巨体をひっくり返すのに四苦八苦し、腹を割こうとしたけど固い皮膚に阻まれ、結局6人掛かりで大騒ぎした挙句、ようやく魔石の取り出しを終えました。


「ではでは、魔石の取り出しも終わりましたので、ロックオーガのおかわり行ってみますか?」

「おいっ!」


 うわぁ、6人に息ピッタリで突っ込まれたよ。

 まぁ、今日はこの辺にしておいてやりますかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る