第436話 噴火への備え

 ヴォルザードと南の大陸は陸続きではありますが、両者を繋ぐ陸地の一番狭い部分の幅は10キロもありません。

 この地続きになっている部分を吹き飛ばしてしまえば、南の大陸から移動してくる魔物がいなくなり、ヴォルザードは今よりも安全な街となるでしょう。


 ですが、こちらの人々にとって魔物は危険な存在である一方、魔道具の燃料となる魔石を供給してくれる存在でもあります。

 ヴォルザードで使われている魔道具は、明かりや火、水、浄化など多岐にわたり、生活とは切っても切れない存在です。


 もし仮に南の大陸との往来が途絶え、魔物の絶対量が減ってしまうと、魔石の価格が上昇して生活に影響が出かねません。

 地球で育った僕らからしてみれば、不安定なエネルギー事情だと思う時もありますが、魔道具は二酸化炭素や窒素酸化物も排出しないエコな存在でもあります。


 上手くバランスを保っていければ良いのでしょうが、なかなか難しいものがあります。

 最近、南の大陸での火山活動が活発になってきています。


 噴火がある度に空間の歪みが生じたりして、こちら側にも影響が出ています。

 今のところは限定的な噴火のようですが、これが大きな噴火となった場合には、空間の歪みからだけでなく、陸路を通って魔物が押し寄せる心配があります。


 空間の歪みと押し寄せる魔物に一度に対処しなければならない事態となれば、僕や眷属のみんなだけで手が足りなくなる恐れがあります。

 そこで、せめて陸路から押し寄せる魔物の数を予め制限しようと考えました。


 南の大陸との地続きの部分を更に狭くなるように抉り取り、有事の際には残っている部分も取り払って往来を遮断してしまおうと考えた訳です。

 どうせ吹き飛ばすなら、景気よく槍ゴーレムを降らせてドーンとやってしまおうと考えたのですが……。


「うん、これは駄目だね」

『ぶはははは、魔物どもが恐れをなして逃げて行きますぞ』

「ドーンだ、ドーン、ドーン……」


 槍ゴーレムを降らせて海岸線の一部を吹き飛ばしたのは良いけれど、近くにいた魔物達がパニックを起こして逃げ出しました。

 喜んでいるのは、マルト達だけですね。


「ごめん、ちょっとヴォルザードの方に影響が出ないように見ておいて」

『ぶはははは、了解ですぞ』


 魔物が押し寄せるのを防ぐために地続き部分を削るのに、僕が魔物を暴走させていたら意味無いですよね。

 仕方がないので、地道に送還術を使って抉り取っていきますかね。


 僕の計画では、幅が10キロ弱の地続き部分を削っていって、最終的には幅30メートルほどの魔物が通れる部分を何か所か残す予定でいます。

 森を切り開いて高速道路を通すときに、野生動物が渡れるトンネルを設置しておくような感じです。


 大規模な噴火が起こって、南の大陸から魔物が大量に移動しようとしても、通れる部分を狭くしておけば一度に渡れる数は制限されますし、吹き飛ばして往来を断つのも容易です。

 完全に往来を断ってしまうと、こちら側の魔物が減ってしまう恐れはありますが、その場合には橋を架けて往来を復活させれば良いでしょう。


「ではでは、ザックリと抉り取っちゃいますかね」


 南の大陸と地続きになっている部分は、潮流の関係で荒い波が打ち寄せるからか断崖絶壁となっています。

 海面からの高さは15メートルほどあります。


 なので、1辺が30メートルほどの立方形をイメージして、送還術を発動します。


「よし、送還! うわぁ!」


 抉り取る部分の近くに立って送還術を発動すると、急に消滅した部分に一気に海水が流れ込み、高い波飛沫が上がりました。

 とっさに闇の盾を出して防ぎましたが、あやうくずぶ濡れになるところでした。


「うわぁ……なんか潮の流れが凄いなぁ。落ちたら確実に溺れそうだよ」


 送還術で抉り取った部分には、押し寄せた波が入り込んで渦が出来ています。

 この様子だと、今はナイフで切り取ったような滑らかな断面も、波に浸食されて自然の風景に埋もれていくのでしょう。


 もう一度同じように30メートル四方を抉り取った後、今度は幅30メートル程を残して、奥の部分を抉り取りました。

 更に、その奥を30メートル四方で抉り取った後、残しておいた部分の下がわ20メートルほどを送還術で抉り取りました。


「おぉぉ……来た来た、海水が入ってきたよ」


 抉り取った奥の部分と海が繋がったので、一気に海水が流れ込んできました。

 何となく、海岸の砂浜を掘って遊んでいるような気分になりますね。


 幅30メートル、厚さ10メートルほどの橋状に地面を残したのですが、予め整地などは行っていないので、普通に木が生えていますから変な光景です。


「これなら魔物も通れるよね?」

『そうですな。あの木がどのように育つか、少し気掛かりですな』

「あぁ、確かに……」


 橋状に残した部分には、少し大きめの木も残っています。

 その中の一本が、残した部分の端に立っているので、この先も成長を続けていけば豪雨などの時に、重さに耐えかねて崖下に転落するかもしれません。


「まぁ、その時は、その時で考えよう」


 この後、10ヶ所ほど送還術を使って地面を抉り取り、今日の作業は終了としました。

 あまり魔力を使い過ぎて消耗していると、何かあった時に対応出来なくなりますからね。


『ではではケント様、本日の鍛錬と参りましょう』

「いやいや、朝から働き通しで昼ご飯も食べてないからね。鍛錬は昼食と休憩を済ませてからだよ」


 一旦ヴォルザードへと戻り、今日はメリーヌさんのお店を訪ねてみました。

 ニコラを失ったショックで暫く休業していましたが、今は営業を再開して行列が出来るほどの人気店になっています。

 今も店の外に3人ほど並んでいたので、大人しく列の最後に加わりました。


「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」

「あっ、はい……」

「相席でもよろしいでしょうか?」

「はい、構いませんよ」


 てっきり本宮さんがいるものだと思っていましたが、フロアにいたのは兎獣人の女の子でした。

 茶髪のショートヘアーの頭の上で、ウサ耳がピョンピョンしています。


「相席よろしいでしょうか?」

「あぁ、いいぜ……」


 二人掛けのテーブルに座っていたのは、20代前半ぐらいの冒険者風の男で、ウサ耳の店員さんに格好つけて答えています。

 出来れば可愛い女の子と相席が良かったんですけどねぇ……。


「失礼します……」

「ふん……」


 軽く会釈をして席につくと、冒険者風の男は鼻息一つで答えて料理に視線を戻しました。


「ご注文は?」

「Aランチで……」

「ありがとうございます、メリーヌさん! Aランチでーす!」


 ウサ耳の店員さんは、厨房のメリーヌさんに声を掛けると、次のお客さんへ歩み寄って行きました。

 なかなかキビキビとした動きで、見どころ十分という感じですね。


 ウサ耳店員さんの姿を少し目で追った後で視線を正面に戻すと、冒険者風の男は目を伏せ、背中を丸めて身体を小さくして食事をしていました。

 さっきは椅子の背もたれが壊れるんじゃないかと思うほど、ふんぞり返っていたはずなのに何かあったのでしょうか。


 思わず眉間に皺を寄せて観察していると、チラリと顔を上げた男は僕と視線を合わせた途端、凄い勢いで俯きました。

 心なしか、ナイフとフォークを握る手が震えているようにも見えます。


『ぶはははは、こやつ、ケント様の正体に気付いたのでしょう』

『僕の正体?』

『先程、ケント様が座られた時には正体に気付かず、見下した態度をとっていましたが、途中で誰だか気付いて態度を急変させておりましたぞ』

『あぁ、そういう事か……別に取って食ったりしないのに』


 たまーにある事なんですけど、一部の冒険者から異常に恐れられてたりするんですよね。

 まぁ、ネロとかザーエ達とか、ゼータ達を使って絡んで来た冒険者を脅したりしてたんで、自業自得ではあるんですけどね。


 まぁ、僕に見られていると食事が喉を通らないみたいですから、店の中でも眺めていてあげますかね。

 満員の店内には、年配のお客さんの姿も目立ちます。  


 以前、ニコラが店を放り出して一時休業して、メリーヌさんがアマンダさんの店で修業をした後に再開した直後には、鼻の下を伸ばした若い男性客で一杯でしたが、今は幅広い年齢層のお客を掴んでいるようです。


 もしかすると、メリーヌさんの魅力に加えて、カルツさんという存在がプラスされたからかもしれませんね。

 仕上がった料理をカウンターに出したメリーヌさんと目が合ったので、会釈を返しておきます。


 今は忙しそうですから、魅惑のハグはお預けですね。


「ご、ごっそさん……勘定はここに置くぞ」

「はい、ありがとうございます」


 相席していた冒険者風の男は、テーブルに金を置くと逃げるようにして店を出ていきました。

 食器を下げに来たウサ耳の店員さんは、トレイに皿を重ねてテーブルを拭き終えるまでの間、チラチラと僕の顔を窺っていたようです。


 何でしょうか、そこはかとなく漂うSランク冒険者の威厳に気付いた……って感じでは無かったですね。


「おまたせしました、Aランチです」


 テーブルにAランチの皿を置く時も、ウサ耳店員さんは僕の顔をチラ見していたようです。

 まぁ、今はそれよりAランチですよ。


 Aランチの内容は、パンとスープ、サラダ、そして二種類のソーセージと目玉焼きです。

 まずは、スープを一口……うん、カボチャのスープは丁寧に裏ごししてあるのでしょう、滑らかな舌触りとコクのある味わいで美味しいです。

 続いてソーセージは、焼き目を付けた皮がパリっとして、噛みしめるとジュワーっと肉汁が溢れてきます。


 香草が肉の臭みを消して、旨味だけを引き立たせている感じです。

 もう一種類のソーセージは、ガーリックが程よく効いて、ピリっと辛い味付けになっています。


 ひき肉の配合も違っていて、こちらはドッシリとした食べ応えを感じる味付けになっていました。

 パンはフランスパンに近い感じで、外側は噛み応えがあり、中はモッチリとしていて噛みしめると小麦の香りが口一杯に広がります。


 味付けのベースには、ヴォルザードに来て以来食べ慣れているアマンダさんの味を感じますが、それとは別のメリーヌさんのオリジナルも感じます。

 もしかすると、これがメリーヌさんのお父さんの味付けなのかもしれませんね。


 お皿に残ったソーセージの肉汁も、カボチャのスープも、綺麗にパンで拭い取って完食しましたよ。

 もう大、大、大満足です。


「いらっしゃい、ケント」

「あっ、メリーヌさん、ご馳走様でした」

「どうだった? 美味しかった?」

「それはもう、このお皿を見ていただければ……」

「わぁ、嬉しい!」


 ふぉぉぉぉぉ、メリーヌさんのハグきたぁぁぁぁぁ!

 って、なぜにウサ耳店員さんに睨まれているんでしょう。


「メリーヌさん、まだカルツさんと式は挙げられないんですか?」

「うん、ニコラが他界したばかりだからね……」

「あぁ、そうでした。ごめんなさい……」

「ううん、ケントのおかげで遺品も見つかったし、何より私とカルツさんの命を救ってくれたんだもの、謝ることなんてないよ」

「じゃあ、年が変わって落ち着いた頃ですね」

「うん、そうなると思う」


 まったく、最後の最後まで迷惑掛け通しだと思ったけど、メリーヌさんの前では口にしませんでしたよ。

 メリーヌさんが厨房に戻った後、お金を払って店を出ましたが、ウサ耳店員さんに怪訝な表情で見送られてしまいました。


 別に怪しくなんてないと思うけど、メリーヌさんにちょっかい出しているとでも思われたんでしょうかね。

 食後は、マイホームの建築現場を警備している? ネロのお腹に寄り掛かって一休みしました。


 出来れば夕方までグッスリ眠っていたかったんだけど、凶悪なスケルトン目覚ましに起こされてしまいました。


『さぁさぁケント様、鍛錬を始めますぞ。いつまでも眠っていると身体が鈍りますぞ』

「はぁ……しょうがないねぇ」


 ラウさんに雷を落とされて以来、特訓場での鍛錬を再開しています。

 まぁ、Sランクの冒険者の腹が、ポヨポヨしてたらみっともないですからね。


 まだ再開してから1週間にもなりませんが、僕の場合は自己治癒魔術を使ったドーピングみたいなものなので、既に効果が出始めています。

 ついでに食事制限も行いましたから、ポヨポヨしていた腹も引き締まり、腹筋が浮き始めています。


 たぶん、八木や新旧コンビに知られると、チートだチートだと言われるのでしょう。

 確かに、筋肉痛になってもすぐに回復させられますけど、筋肉痛になるまで追い込む苦しさは一緒なんだからね。


 筋トレ、打ち込み、手合せ……一通りのメニューをこなしたら、もうヘトヘトですよ。

 ラインハルトには、ただの一撃すら届いていませんけどね。


「はぁ……はぁ……しんどい」

『だいぶ錆が落とせたようですが、まだまだ、これからですぞケント様』

「はぁ……分かってる」


 ラインハルトとの手合せを終えて、呼吸を整えてから影の空間に置いてある武器を物色しました。


『いかがなされましたか、ケント様』

「うん、僕も専用の剣を持っておこうかと思ってね」

『専用の剣でございますか?』


 僕専用の剣と言ったら、すすっとサヘルが近付いて来ました。


「あぁ、そういう意味じゃなくて、僕が身に着けておく剣ってことね」


 我こそは、僕専用の剣だとアピールしたかったんでしょうが、アテが外れてサヘルは残念そうな表情を浮かべていましたが、頭を撫でてあげると機嫌を直してくーくーと喉を鳴らしていました。


『ケント様、どのような剣をお望みですかな?』

「うーん……それもハッキリとしないんだよね。ただ、あまり長い剣だと僕には邪魔になりそうな気はする」

『確かにケント様は攻撃魔法の使い手ですから、少し距離を取れれば剣など不要でしょうな。だとすると、ごく近い間合いで使う短剣のようなものがよろしいでしょう』

「なるほど、短剣か……」


 影の空間をゴソゴソと探してみましたが、アーブルの残党などから奪ってきた武器は、殆どが長剣や槍などで目ぼしい短剣はありませんでした。


「まぁ、今すぐ必要になる訳でもないし、折を見て武器屋でも覗いてみようかな」

『今しばらく鍛錬を続ければ、また身体の感覚も変わってくるでしょう。もう少し力を着けられてからの方がよろしいでしょうな』

「分かった。じゃあ、それとは別に、剣を一本選んでくれないかな? 僕には良し悪しが分からないから」

『普通の長剣でよろしいのですか?』

「うん、普通の剣でいいよ。たぶん、今の僕には重たいと感じるだろうけど」

『では……これがよろしいかと』


 何本もの剣を鞘から抜いては目を凝らして見分し、ラインハルトが選んだのは少し幅広の両手持ちの剣でした。

 自身が大剣の使い手なので、好みが現れたのかもしれませんね。


 実際の剣は、木剣とはちがってズッシリとした重みがあります。

 木剣での素振りは苦にならなくなってきましたが、実剣を使うと重みでフラ付きそうになります。


「この剣を選んだのは、なぜ?」

『刃筋が真っ直ぐで、バランスが良く、刃紋が美しい……良く鍛えられたものですぞ』

「なるほど……暫くは、この剣を自在に振れるように鍛錬を続けるよ」


 僕を鬼畜呼ばわりする奴らの鼻をあかしてやるために、攻撃魔術無しでもロックオーガを倒せるぐらいまで鍛えちゃいますかね。

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