第434話 両面作戦

「なんでゴブリンは、わざわざ街に入りたがるのかね?」

『さて……街中の方が食料が豊富だと思うからではありませぬか?』


 夕食を終えた後、影の空間を通ってバッケンハイムまでやって来ました。

 バッケンハイムのことはバッケンハイムに任せておけば良いとクラウスさんにも言われましたが、それでも気になってノコノコ出て来てしまうのは悪いクセですよね。


 今、僕とラインハルトが潜んでいるのは、バッケンハイムの大きな通りの真ん中です。

 表では冒険者が3人、丁字路の中央で生きた鶏を傍らに置いて準備を進めていました。


 良く見ると、周囲の建物の二階にも、多くの冒険者が支度を整えています。

 普通の弓矢の他に、ボウガンを準備している人がいます。


 二階からだと通りの様子が一望できますし、狙い撃ちするには最適なのでしょう。

 それに、この位置ならば襲われる心配も無く、部屋の明かりを消してしまうと存在も気付かれにくいはずです。


 辺りを照らしている明かりが全て魔道具なのは、魔物が火の気を嫌うからでしょう。

 通りの上にいる冒険者は周囲の建物に合図をすると、鶏の首を斬り落として血を振り撒き始めました。


 同時に残る2人の冒険者が、風属性の魔術を発動させて、通りに沿って血の臭いを流し始めたようです。

 そのまま3人は、建物の入口に二枚の戸板を立て掛けた、簡単な囲いの中に身を隠しました。


「血の臭いで誘い出すなんて、あまりにも単純だと思うけど、効果あるのかね?」

『さぁて、それはゴブリン次第でしょうな』


 マスター・レーゼやラウさんは、自信たっぷりといった様子でしたが、こんな単純な作戦ではゴブリンも引っ掛からないだろうと思っていたら、3分と経たずに現れました。


「うん、やっぱりゴブリンってアホなんだと思うね」

『それか、思ったほど食い物にあり付けなかったのでしょうな』


 2頭のゴブリンは、キョロキョロと辺りを見回してはいるものの、警戒するというよりも餌の方に夢中の様子です。

 通りの真ん中に投げ出された鶏を見つけると、一目散に駆け寄って奪い合いを始めました。


「ギャギャァ!」

「ギィギャギャ!」


 ゴブリンが背中を見せた瞬間、隠れていた冒険者が戸板の囲いを開け、用意していた風の攻撃魔術を食らわせました。


「ギィィ!」


 冒険者はなかなかの使い手のようで、至近距離からでしたがゴブリンの首を切断してみせました。

 鶏を握り合ったまま、2頭のゴブリンは首の切断面から大量の血を噴出させながら倒れ込んでいきます。


 三人の冒険者は、再び戸板を閉めて隠れながら、また風属性の魔術で通りに臭いを流し始めたようです。


「なるほど、仕留めたゴブリンも餌にするつもりなんだ」

『ゴブリンを餌にゴブリンを引き寄せ、仕留めたら餌に使う……常に濃厚な血の臭いを流し続けることで誘い出すつもりなのでしょうな』

「でも、魔石を放置するのはマズいんじゃないの?」

『ケント様、もう次が来たようですぞ』

「えっ……うわっ、本当だ。放置したんじゃなくて、取り出している暇が無いのか」


 さっき2頭のゴブリンを倒したばかりなのに、もう次のゴブリンが姿を現し、仲間の死体を見つけると一目散に駆け寄り、隠れていた冒険者の攻撃魔法の餌食となりました。


「この調子ならば、本当に街に入り込んだ奴らは駆除できそうだね。でも、これなら周りの建物で待ち構えている連中とか必要無いのでは?」

『恐らく、集まってくる頭数が増えた時の対策なんでしょう』


 このラインハルトの推測は正解だったようで、一度に姿を現したゴブリンが4頭を超えた所で待ち構えていた冒険者が動きました。

 通りの冒険者が隠れている真上の窓で、魔道具の明かりが灯された瞬間、一斉にボウガンが撃ち出されました。


 この部屋にいる人間が、いわゆるスポッターのような役割を果たして、狙撃のタイミングを合わせているのでしょう。

 2階の窓から狙いを定めていた冒険者は20人以上いたようで、それこそ一瞬でゴブリンの頭に矢が生えたような形になり4頭は逃げることも出来ずに崩れ落ちました。


 すかさず隠れていた冒険者が、ゴブリンの首筋を剣で突き刺き、止めを刺しています。


「なるほど、数が多くなった時にも、確実に仕留めるための布陣なんだね」

『この他にも、通りの出口の方にも冒険者が潜んでいて、万が一打ち洩らした時にも逃がさないように待ち受けているようですぞ』

「なるほど、食い意地が張ると周囲の物が見えなくなる、ゴブリンの習性も考慮した作戦なんだね」


 街中のゴブリン掃討作戦は、どうやら上手くいきそうなので、街の外周の様子を見に移動しましょう。

 こちらには、フレッドとコボルト隊を配置しておきました。


「フレッド、どんな感じ?」

『苦戦はしてる……でも、持ち堪えている……』


 街の外側、特に森に面した南側からは、今夜もワラワラとゴブリンが湧いて出て来ています。

 街中のゴブリン掃討作戦に冒険者が取られてしまっているので、臨時の砦に詰めている人数もこれまでよりも少なくなっているようです。


「コボルト隊は、打ち合わせ通りにやってくれているかな?」

『任せて……完璧……』


 本当は手出ししてはいけないのでしょうが、事前にフレッドから人員が不足しそうだと報告を受けたので、コボルト隊に応援を指示しておきました。

 具体的には影の中で待機して、街に向かって突進するゴブリンの足の裏を刺して動きを鈍らせるという指示です。


 突進のスピードが緩まれば、砦に詰めている冒険者の攻撃も当たりやすくなりますし、こちらも仕留めたゴブリンは共食いの対象となり更なる足止めの役割を果たします。

 無傷で警戒線を突破されなければ、街に入ったあとも脅威の度合いは減ります。


 血を流し、弱ったゴブリンは、他のゴブリンにとっては餌でしかありません。

 この日、一晩で街の内外のゴブリンが全て片付くとも思えませんが、それでも大幅に数を減らせるでしょう。


『南の森が受容出来る程度までゴブリンが減れば、おのずと街への脅威度も下がるはずですぞ』

「でも、確かゴブリンが増えると、いずれオークやオーガの個体数が増えるんだよね?」

『そうですな。ゴブリンを餌にする魔物どもの食糧事情が良くなれば、繁殖行動が活発になって個体数が増えるとされていますが、それまでにはまだ時間が掛かるでしょう』

「それもそうか、生まれましたすぐ成体って訳じゃないもんね」

『ケント様……ロックオーガが来た……』

「えっ、どっち?」

『こっち……』


 フレッドに案内されたのはバッケンハイムの街の南西で、ロックオーガは悠々とした足取りで街に向かっていました。


「街に突っ込むつもりかな?」

『たぶん、血の臭いに惹かれているだけ……』


 ロックオーガは、殺された仲間の死体を引っ張って持ち帰ってきたゴブリンの前に立ち塞がると、威嚇の唸り声を上げました。

 威嚇されたゴブリンは、手元の戦利品と自分の命を天秤に掛けて少しだけ迷ったような仕草を見せましたが、すごすごと逃げ去って行きました。


 ロックオーガは、放置されたゴブリンの死骸をボリボリと貪り始めました。


「これで満足して帰るかな?」

『普通なら……ただ、周囲が騒がしいから分からない……』


 ロックオーガがゴブリンを咀嚼しながら、暗い目を街の方向へ向けているのが気掛かりです。

 僕らは影の中から出ていないので、あまり感じていませんが、周囲にはゴブリンの血の臭いが濃密に漂っているはずです。


 街を防衛する冒険者の怒号や、ゴブリンの叫び声も聞こえて来て、何もしていなくても気分が落ち着かなくなってくるのは確かです。

 ロックオーガは、ゴブリンを食べ終えると暫く街の方向を眺めたまま動きを止めていましたが、やがてゆっくりと背中を向けると森の方向へと移動を始めました。


「どうやら、満足したみたいだね」

『このまま……森に戻れば問題無し……』


 と思った時でした、突然闇の中から飛んできた火球が、ロックオーガの頭を直撃しました。


「ウボァァァァ!」


 ロックオーガは叫び声を上げながら転げ回って、頭に点いた火を消しました。

 不意打ちを食らった形になったロックオーガは、街の方角を睨みつけています。


「えっ、なに今の……狙ったの?」

『たぶん流れ弾……街の明かりは届いていない……』


 フレッドが言う通り、ロックオーガがいた場所は投光器の明かりが届かない場所でした。

 恐らく、手前にいたゴブリンを狙った火球が逸れて、たまたまそこにいたロックオーガに当たったのでしょう。


「ヴゥゥゥゥゥ……」


 ロックオーガは低く唸り声を上げながら、火球の飛んで来た方角を睨み付けています。

 その迫力に、少し離れた場所にいたゴブリンが驚いて動きを止めていたほどです。


「これ、ちょっとマズいよね?」

『突っ込まれたら……砦が壊されるかも……』


 街の外周に設置されている臨時の砦は、土属性の魔術によって作られたもので、ゴブリン程度が突っ込んだ程度ではビクともしませんが、ロックオーガクラスでは分かりません。

 もし砦の壁が壊されてロックオーガが侵入すれば、中にいる冒険者だけでは対処できず大きな被害を出す恐れがあります。


 更に、ロックオーガが街の中にまで侵入するような事態になれば、それに続くようにゴブリン共まで大挙して入り込んでしまう恐れがあります。


「ヴゥゥゥゥゥ……」


 低く唸り声を上げるロックオーガが見詰める先で、火球が打ち出されゴブリンを焼き焦がしているのが見えました。

 やはり、さっきのは間の悪い流れ弾だったのでしょう。


 ジーっと街を眺めていたロックオーガでしたが、唸り声を止めると、ゆっくりと背を向けようとしました。

 そこへ、また火球が飛んでくるのが見えました。


「危ない……闇の盾!」


 ロックオーガへ直撃コースで飛んでいた火球の前に闇の盾を出して遮りました。

 あれっ? なんでロックオーガを庇ってるんだ?


 飛んで来た火球は、闇の盾の表面で弾けてロックオーガには届いていません。

 火球の接近に気付いていたらしく、突然消える形となってロックオーガはキョロキョロと辺りを見回しています。


 一発目の火球でも、ロックオーガは後頭部の毛が少し焦げてハゲが出来た程度ですから、二発目の直撃を食らったところでダメージなど殆ど感じないでしょう。

 それだけに、怒り狂って街を襲われたら大変です。


 暫く辺りを見回していたロックオーガですが、首を捻りながらも街に背を向けて森の方向へと歩み去って行きました。


「ふぅ、咄嗟だったからロックオーガを守る格好になっちゃったよ」

『ぶははは、眷属以外でケント様に守られた魔物は、奴が初めてではありませぬか?』

『でも、結果的に街を守った……さすケン……』

「手出し無用って言われてたけど、この程度はいいよね」


 それにしても、さっきから飛んでくる火球が気になりますよね。

 結果的にロックオーガを刺激しちゃいましたけど、本来はゴブリンしかいないと思って攻撃しているのですから、別に落ち度がある訳ではありません。


「さっきから飛んでくる火球、けっこう威力あるよね?」

『そうですな。良く圧縮されているので、遠くまで威力を落とさずに飛んでいるようですな』


 今も1頭のゴブリンに火球が命中し、身体を炎が包み込んでいます。

 悲鳴を上げるゴブリンに、容赦なくボウガンの矢が次々と撃ち込まれました。


「火属性の魔術一発で仕留めるというよりも、動きを止めてボウガンの集中攻撃で止めって感じに見えるね」

『その通りでしょうな。それに燃え上がっていれば、暗がりでも目立って狙いが付けやすくなりますな』


 火属性魔術の使い手がいる砦へと近付いてみると、かなりの数のゴブリンが死体となって転がっていました。

 どれどれ、ちょっと使い手の顔を拝んでおきましょうかね。


 影に潜って砦へと移動して中の様子を覗いてみると、女性の声が響いていました。


「次だ、来るぞ! マナよマナよ、世を司りしマナよ……たぁぁぁ! よし、撃て!」


 砦の中央に陣取り、次々に攻撃魔術を撃ち出し、他の冒険者を叱咤しているのは猫耳の女性の冒険者でした。

 てか、あれって……。


『先日、我らの工事の邪魔をしに来た者ですな』

「あぁ、スラッカの現場でコボルト隊に遊んでもらってた、ロー……シェ、だったかな?」


 確か、まだCランクの冒険者だと思ったけど、見る限りでは砦を仕切っている感じです。


『街中のゴブリン討伐に駆り出されて、こちらの人員が足りていないのでしょうな』

「人の話を聞かないタイプだったけど、大丈夫なのかねぇ……」


 人の質問に質問で返したり、質問しておきながら答える暇も与えない面倒なタイプですが、戦闘状態に入って一方的に指示を送る状況では上手くいっているようです。


「次っ、準備しろ! 外しても慌てず次の矢を用意しろ、来るぞ。マナよマナよ……」


 素早く詠唱を終えたローシェの手元には、3発の火球が生み出されています。

 それを次々に、接近してくるゴブリン目掛けて撃ち出しているようです。


「あれって、結構高度な魔術じゃないの?」

『そうですな。魔術の扱いに関しては、かなり器用に見えますな』


 ボウガンを構えている冒険者たちとの連携を計算しているからか、一発の威力よりも外した後の次弾をすぐに撃てることを重視しているのでしょう。


「へぇ……あの時は、また面倒な奴が現れたと思ったけど、真面目にやれば出来るタイプだったみたいだね」

『これだけの働きが出来るのであれば、Bランクに昇格する日も遠くないでしょうな』


 ローシェの活躍ぶりを眺めていると、タルトがひょっこり現れました。


「ご主人様、もう森からは出て来ないみたいだよ」

「それじゃあ、今押し寄せてる連中が最後かな?」

「うん、そんな感じ」

「じゃあ、ゴブリン共の突進が止んだら、少し様子を確認して戻っていいよ」

「わふぅ、分かった!」


 どうやら、今夜のゴブリンによる侵攻は、そろそろ終わりのようです。

 ちょっと見ただけなので、確かなことは言えませんが、そろそろゴブリンの増加もピークのようですし、騒動の終わりが見え始めたように感じますね。


「フレッド、バッケンハイムが落ち着きそうだから、ブライヒベルグの周りも適当に間引いて片付けちゃって。街道も通常の護衛がいれば大丈夫な程度にしておいて」

『りょ……』


 結構、面倒で贅沢なお願いですが、苦もなく引き受けてくれちゃいますし、しっかり実行してくれるんだよね。


『それではケント様、そろそろ我々も戻りますか?』

「そうだね、そろそろヴォルザードに戻ろうか」

『いえいえ、その前に本日の訓練をお忘れですぞ』

「えっ? いや、今夜はもう時間も遅いことだし……」

『いやいや、またサボり癖が付くといけません。ささっ、ささっ!」

「えぇぇ……やる気出しすぎだよぉ……」


 この後、ラインハルトに特訓場へと連行され、めちゃめちゃ扱かれましたとさ……。

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