第426話 真夜中の地震

  ズンっと突き上げるような縦揺れの後、大きな横揺れが来ました。

 窓がガタガタと音を立て、明かりの魔道具が大きく揺れています。


 震度にすると4か5弱ぐらいでしょうか、東京育ちの僕でも結構大きいと感じる揺れです。

 廊下の方か聞こえてくる悲鳴は、マノンやベアトリーチェ、セラフィマでしょう。


 地震は15秒ほど続いて、ようやく収まりました。

 廊下に出ると、ベアトリーチェが凄い勢いで抱き付いて来ました。


「ケント様!」

「うわぁ、危ないよ、リーチェ……」


 地震にかこつけてふざけているのかと思いきや、ベアトリーチェはブルブルと震えています。

 同じように抱き付いて来たマノンとセラフィマも、やっぱり震えています。


 地震に慣れていない人にとっては、強い揺れは恐ろしいんでしょうね。


「ケント……」

「ケント様……」

「大丈夫、もう収まったから大丈夫だよ」


 みんな寝巻一枚の姿だから、プニプニ、フニフニ、とても素晴らしい感触で、地震も悪くないかなぁ……なんて言ってる場合じゃないんだよね。


『ケント様、いかがいたしますか?』


 ラインハルトの切迫した声が、僕を現実へと引き戻します。


『まだ、夜明けまで時間がありそうだね』

『我々は夜目が利きますが、それでも昼間と較べると視界は制限されますな』

『ヴォルザードを中心にして、放射状に周囲を調べて、極端な魔物の群れが見つかったら知らせて』

『了解ですぞ!』


 ラインハルトに指揮を頼み、眷属のみんなに空間の歪みが生じていないか捜してもらいます。

 さっきの地震は、これまでよりも大きかったので、規模の大きな歪みが生じていないか心配です。


「健人、見回りに行くの……?」


 みんなより地震に慣れている分だけ出遅れてしまった唯香が、後ろから抱き付きながら尋ねてきました。

 おぉぅ、唯香も育って……なんて言ってる場合じゃないですね。


「うん、もう眷属のみんなが見回りに行ってくれてるし、僕も行ってくるけど……心配だったら身体は置いていくけど」

「えっ、身体を置いていくって……あっ、星属性?」

「うん、意識だけを飛ばして見て回る感じ」


 心配だから一緒にいてほしいというマノン達のリクエストに応えて、身体は迎賓館に残しておくことにしました。

 念のための用心棒にネロを召喚して、みんなにはネロに寄り掛かった僕の身体の周りにいてもらいます。


 まぁ、護衛の女性騎士もいますし、心配は要らないんだけど、ネロにも仕事してもらわないとね。


「じゃあ、行ってくるね。もし何かあったら、身体を揺さぶって呼び掛けて。ネロも頼むね」

「ここはネロに任せるにゃ」


 フカフカのネロのお腹に寄り掛かり、右に唯香とセラフィマ、左にマノンとベアトリーチェ……うーん、見回り行かなきゃ駄目ですかね。

 このまま朝まで、ふにゅんふにゅんのプニプニ……はい、行ってきます。


 星属性の魔術で、意識をヴォルザードの上空へと飛ばすと満天の星が輝いています。

 雲一つ無い晴天ですが、月は沈んでいるようで地上を照らすのは星明りだけでした。


 闇属性のおかげで僕も夜目は利きますが、それでも限界はあります。

 昼間のように広範囲を一度に見て回るのは、ちょっと難しいので少し時間が掛かりそうですね。


 ヴォルザードの周囲は眷属のみんなに任せて、僕は魔の森の奥、南の大陸と陸続きの半島の方を見に行くことにしました。

 一旦高度を上げて、上空から南の大陸を眺めると、噴煙が立ち昇っているのが見えます。


 大きなカルデラの中、南寄りから噴煙が上がっているように見えますが、溶岩が吹き上がっているようには見えません。

 激しい噴火活動では、噴煙の中で雷が起こったりしますが、そうした現象も見受けられません。


 結構大きな地震でしたが、まだ本格的な噴火ではないのでしょうか。

 高度を下げて半島の様子を見て回りましたが、魔物がヴォルザードの方向へ押し寄せているような様子も見られません。


 ただ、ヒュドラを討伐した跡地では、魔物たちが興奮していました。

 普段ならあまり見ないオーク同士やゴブリン同士が本気で殺し合い、共食いまでしています。


 ヴォルザードへ向かう様子は見られませんが、この状況が続けば上位種が生まれてきますので、統率された群れがいくつも出来る可能性があります。

 また投石してくるオークの群れとかが現われると、城壁を守るのが大変になりますから、あとでコボルト隊に上位種を選んで討伐してもらいましょう。


 本格的な噴火が起こった場合、南の大陸から魔物が押し寄せるのと同時に、大規模な空間の歪みが発生する可能性もあるように感じました。

 その場合、二か所、または三か所を同時に対処しなきゃいけなくなり、果たして僕と眷属のみんなでカバー出来るのか不安になります。


「最悪、半島を吹き飛ばして、南の大陸を切り離しちゃおうか?」


 ヴォルザードやリーゼンブルグがある北の大陸でも魔物は繁殖しているそうですが、南の大陸から渡ってくる割合も少なくないそうです。

 もし、南の大陸が陸続きじゃなくなると、魔物の数が減って、冒険者の仕事も減ってしまう可能性があります。


「居残り組が仕事にあぶれたりするのは……マズいよねぇ……」

『ケント様……ヴォルザードの周りは異常なし……』

『ありがとう、フレッド。引き続き、リバレー峠の方も見てくれるかな』

『りょ……』


 東の空が明るくなり始めたので、ここからは見回りのペースも上がるでしょう。

 南の大陸のカルデラも気になりますが、一旦ヴォルザードに戻ります。


 てか、星属性で意識を空に飛ばしているけど、身体と感覚が切れている訳じゃないんだよね。

 ずーっと、ふにゅんふにゅんのプニプニなので、偵察を続けながら理性を保つのが大変です。


 これ、まだ戻らない方が良いのかなぁ……。

 でも、あてもなく空を漂っているのも寂しいので、身体に戻らせてもらいました。


 身体に意識を戻すと、唯香達は眠っているようです。

 護衛の女性騎士が掛けてくれたのか毛布に包まって、みんなで一塊になっているのでポカポカです。


『ケント様、リバレー峠も問題なさそうですぞ』

『ありがとう、ラインハルト。あとは、ダンジョンか……』

『そちらは、バステンがコボルト隊を連れて向かっております』

『じゃあ、そっちが終わったら、ヴォルザードの周囲と街道沿いの集落を警戒させておいて。まだ空間の歪みについては分からないことばかりだから、少し時間が経ってから発生する……なんてことが無いとも限らないからね』

『そうですな。ではイロスーンの工事を一旦中止して、今日一日様子を見ましょう』

『そうだね。そうしてくれるかな』

『了解ですぞ』


 僕がヴォルザードから動かなくても、眷属のみんなが偵察、警戒をしてくれるので本当に助かっています。

 唯香達が目を覚ます頃には、ダンジョンを含めてヴォルザードの周辺には空間の歪みは生じていないとラインハルトから報告が入りました。


「おはよう、ケント」

「おはよう、マノン……ふわぁぁぁ……」

「ケント、もしかしてずっと起きてたの?」

「んー……まぁ、空間の歪みが生じていたら、すぐに対処しないといけないからね」

「申し訳ございません、ケント様」

「ううん、セラ達が安心して眠ってくれるのが、僕の幸せだから……」

「ですが……」

「朝食の席でクラウスさんに報告したら、少し眠らせてもらうから大丈夫だよ」

「健人……」

「ケント様……」


 四人にギューってされちゃうと、色々と生理現象もマズいので、そろそろ起きましょうかね。

 ちょっと寝不足で、目をしょぼしょぼさせて食堂に行くと、マリアンヌさんにギューってハグされちゃいました。


 圧倒的量感に埋まってしまいます。

 たぶん、クラウスさんが鬼のような形相で睨んでいるのでしょうが、もう少し埋まっていましょう……いや、そろそろ息が……。


「ふぐぅ……むぐぅ……」

「ごめんなさいね、ケントさんばかり働かせてしまって」

「ぷはぁ……いいえ、後で休めば良いだけです」

「本当に、リーチェは良い旦那さんに巡り会えたわね」


 いえいえ、将来このようにたわわに育つと思うと、僕の方こそ……ひぃ、マノンとセラフィマがぁ……。


「ケント、お疲れさま」

「アンジェお姉ちゃ……ふぐぅ」

「んー……こんな可愛くて優秀な弟を持てて幸せよ」

「むがぁ……ふごぉ……」


 僕も幸せなんですが……そろそろ……。


「んんっ! ケント、俺が出掛ける前に報告が終わらなければ、ギルドまで報告に来させるぞ!」

「ぷはっ……いいえ、報告します!」


 苦虫を1ダースぐらい噛み潰したようなクラウスさんに、眷属のみんなが見回ってくれた結果を報告しました。

 と言っても、異常無し……って言うしかないんだけどね。


「そうか、リバレー峠もダンジョンも異常無しか」

「はい、今のところは……」

「その言い方じゃ、これから起こるとでも?」

「いいえ、空間の歪みは分からないことだらけなので、念のため……」

「そうか……分かった、何かあったら知らせてくれ」

「はい、了解しました」


 報告と朝食を終えたら、みんなそれぞれの仕事場へと出掛けて行きます。

 僕は、お昼まで眠らせてもらいましょうかね。


 何かあった時に報告がしやすいよう、影の空間で眠ります。


「ネロ、悪いけど、またお腹を貸してね」

「お安い御用にゃ」


 ネロのお腹に寄り掛かると、すかさずマルト、ミルト、ムルトが現れて、定位置をキープします。

 マルト達が配置に付くと、ネロの尻尾がフワリと掛けられて準備完了、いざ夢の国へレッツゴーです。


 何かあったら、遠慮なく起こしてほしいとラインハルトに伝えておきましたが、お昼まで起こされずにグッスリと眠れました。


『ケント様、昼の鐘が鳴りましたぞ』

「ん、うーん……もう昼かぁ……異常は?」

『ありませぬ。どこも静かなものですぞ』

「そうか……良い事なんだけど、静かすぎるのも不気味だね」

『そうですな。ですが、地震が起こった後も平穏だった時もございますぞ』

「そうだよね。何もないのに気を張っているなんて疲れるだけだね」

『いかにも、その通りですな』


 昼ご飯を食べにいく前に、偵察中に考えていたことをラインハルトに相談しました。


『なるほど、確かに両面作戦となれば、我々といえど手が足りなくなる可能性はございますな』

「でしょ。だから、いざという時は半島を吹き飛ばしちゃおうかと思ってるんだ」

『ぶはははは、さすがはケント様。普通は半島を吹き飛ばすなどと思い付きもしませんぞ』

「うん、でも吹き飛ばしたままにすると、魔物の数が極端に減ってしまいそうだから、橋を架けようと思っているんだ」

『橋……でございますか? まさか、魔物が渡るための橋でございますか?」

「うん、そのまさかだよ」


 陸続きでなければ魔物が減ってしまうなら、一度吹き飛ばした後で橋を架ければ魔物が渡って来られます。

 高速道路やバイパスを作った時に、野生動物のためのトンネルを作るようなものです。


 橋にしてしまえば、一度に渡れる数にも限りがありますし、極大発生のようなことが起こった場合には、落してしまえば良いでしょう。


『なるほど、大量の魔物が一度に押し寄せられにくくする効果も期待できますな』

「うん、吹き飛ばすには準備が必要だから、まだ先になるとは思うけど、準備が整ったら次の大量発生や極大発生が起こる前にやってしまおうと思ってるんだ」

『でしたらば、端から吹き飛ばして行って、最後はケント様の送還術で完成させるというのはいかがですかな。送還術の方が切断面が滑らかになりますし、何より橋の形に仕上げてしまえば、部材を作る必要はありませんぞ』

「そうか、うん、そのやり方でいこう」


 お昼は、アマンダさんのお店に食べに出掛けました。

 お昼の営業は終わっているようなので、勝手知ったる元下宿に我が物顔で入らせてもらいました。


「アマンダさーん、何か食べさせて下さい」

「ケントかい? そっちで座って待っておいで」


 アマンダさんは厨房から声だけ聞こえて、代わりに顔を出したのは綿貫さんでした。


「おっ、来たな、腹ぺこSランク」

「いやいや、綿貫さん、それじゃあ僕の腹ペコ度合いがSランクみたいじゃん」

「ん? 違うのか?」

「まぁ、違わなくもないけど、ちゃんと働いてるんだからね」

「あぁ、もしかして、夜中の地震絡みか?」

「そうそう、異常が無いか、朝まで偵察してたんだよ」

「とか言って、偵察は眷属頼みで、嫁とイチャついてたんじゃねぇ?」

「いや、そんな事はなくもなくないけど……」

「にししし……眷属様々だな」

「一応、僕だって起きてはいたんだからね」

「おっ、そうなんだ、そいつはご苦労さんだったね」


 綿貫さんは、僕と雑談をしながらも、テキパキと食器を片付けてテーブルを拭いています。

 なんだかんだ言って、けっこうスペック高いよねぇ。


「サチコ、そっちは片付いたかい?」

「はーい、もう終わりです」

「じゃあ、こっちのを運んでおくれ」

「はーい!」

「あっ、僕も手伝うよ」

「いいから、いいから、Sランクの冒険者様は座ってなよ」

「いやいや、そんな御大層なものじゃ」

「てか、邪魔だから座っとけ」

「はい……」


 うん、先日のギリクいじりもそうだけど、何となくラスボス感が漂い始めてるよね。

 女は弱し、されど母は強し……ってやつなんですかね。


 食事をしながら地震の話をすると、やはりヴォルザード育ちのアマンダさんは、目を覚ましてから暫く眠れなかったそうです。


「メイサちゃんは大丈夫でしたか?」

「あぁ、メイサはあんだけ揺れたのに、ぐーすか眠ったままさ。朝になって地震があったって話しても、ふーん……って感じさ」

「大物なんだか、鈍いんだか……」

「ははっ、ただの寝ぼすけだよ」


 綿貫さんが暮らしてるシェアハウスでも、ヴォルザードやリーゼンブルグ生まれの人達は、眠れなくなるほど驚いていたそうです。


「あたしは二度寝したから知らなかったけど、なんだか八木とマリーデが盛り上がってたみたいで、朝から新旧コンビの機嫌が悪かったよ、にししし……」

「まったく八木は……」

「いいんじゃないの、ラブラブで。新旧コンビも早く恋人作ればいいんだよ」

「いやいや、それが出来たら苦労しないんじゃないの? ちょっと前に、僕の名前を使わせてくれとか言ってきたし」

「マジで? あれか、八木方式か。うーん……それって、どうなん?」

「いや、僕に聞かれても……でも、ミリエに引かれてたから、推して知るべしじゃない?」

「まっ、新旧コンビだしね」

「綿貫さん、それを言っちゃぁ……」

「にししし……分かってるって」


 綿貫さんが店を手伝うようになって、メリーヌさんが抜けてから少し落ちた売り上げが戻っているそうです。

 メリーヌさんがいた頃は、いわゆる下心丸出しの男どもが押し寄せていたけど、今はお年寄りから若い女性まで、幅広くご新規さんが増えているようです。


「サチコは商売に向いてるよ。あたしが保証してあげるよ」

「ありがとうございます」

「おぉ、アマンダさんのお墨付きなら間違いないね」

「いやいや、いくら商売に向いていても、肝心の売り物が出来なきゃ駄目だし……大きなイベントが控えてるからね」


 言われてみると、綿貫さんのお腹が少し大きくなって来たような気がします。

 あんまり体型の目立たないワンピース姿だから気付きにくいし、アマンダさんの賄い飯が美味しいから食べ過ぎて……。


「国分、何か失礼なことを考えてないか?」

「と、と、とんでもない。母子ともに健康に生まれてほしいなぁ……」

「ホントかぁ……? まぁ、出産の時には国分には世話にならないで済むことを祈ってるよ」

「大丈夫。唯香とマノンは助産婦さんからも色々習ってるみたいだから、がっちりサポートしてくれるよ」

「マジで? うーん、ありがたいねぇ……じゃあ、あたしはお腹の子の分まで食べることに専念するよ。いただき!」

「あっ、それ僕のミートボール……はぁ、やっぱり母は強しか……」

「にししし……そういう事」


 たわいのない話で笑いながら、美味しいものを食べる。

 あたりまえで普通の生活を守れるならば、少々寝不足は我慢しましょうかね。

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