第424話 家族の意見

 梶川さんと打ち合わせをした後、ヴォルザードに戻って夕食を食べながら、賠償金の受け渡しについてクラウスさんからも意見を聞かせてもらいました。

 とは言っても、異世界間の往来なんて普通では有り得ない状況なので、あくまで参考程度のようです。


「その条件は、ケントが提示するから成立するものだろうが、普通では難しいだろうな」

「ディートヘルムを日本に呼び付けることですよね?」

「まぁ、それもあるが、もし俺がリーゼンブルグと交渉するのであれば、賠償金を支払わせることすら難しいだろうな」

「えっ、だって200人以上の人間が迷惑を被って、50人以上が命を落しているんですよ」

「それでもだ。仮に、リーゼンブルグが賠償金を支払わないと言い出した場合、俺では打つ手が無い。国境なんざ、元々魔の森で封鎖されているようなものだし、武力で解決しようとすれば、犠牲は50人どころじゃなくなるだろう」


 確かに、リーゼンブルグとヴォルザードの交渉となれば、僕の場合のように融通は利かない可能性が高いです。


「まぁ、ケントの場合はリーゼンブルグの立て直しにも貢献しているし、カミラ王女を始めとした国の重鎮からも信頼されている。何より、奴らが拒否出来ないほどの武力を持っているのだから、要求は飲み込むだろう。ただし、納得しているかまでは分からないぞ」


 クラウスさんの言う通り、僕が会いに行けばカミラは跪いて頭を下げようとしますが、他の人達はカミラの様子を見てから……という感じです。

 まぁ、僕には威厳なんてものは備わっていませんけど、カミラに対する敬意と僕に対する態度には違いを感じます。


「やっぱり、納得してもらった方が良いんですよね?」

「さぁな、お前とリーゼンブルグの関係だけじゃない、ニホンとリーゼンブルグの関係も考えなきゃならん。双方が納得するのが一番だろうが、全員が全ての事情を把握している訳でもないし、国の環境、価値観、死生観なども違う。完全なる合意なんてものを目指していたら、何年、何十年掛かるか分からなくなるぞ」

「確かに……」


 日本が第二次世界大戦の敗戦国となって70年以上の年月が経っていますが、未だに国内外に問題を残しています。

 そうした状況にならないように、今回の賠償で完全かつ不可逆的に問題を解決しなければなりません。


 でも不満の多くは、賠償を求める側が抱えているので、僕らの場合は日本の言い分をなるべく飲ませた方が良いのでしょうか。

 お金だけでは、遺族感情を抑えられないような気もします。


「まぁ、身内を殺された人間が金を貰っただけで、はいそうですか……とはいかんだろうな」

「やはり、誰かを処罰しないと納得できませんかね?」

「無理だろう。例えば、カミラ王女を処刑しても、死んだ人間が戻って来る訳じゃねぇ。そんなに簡単に割り切れるものじゃねぇよ」

「でしょうね……」

「それに、俺はニホンの法典は知らんが、他国の王族を罰するような項目はあるのか?」

「いえ……無いですね」


 そもそも、日本の法律では魔法とか超能力の存在が認められていません。

 召喚は確かに行われて、大きな被害を出しましたが、カミラが行ったと法的に証明するのは、現時点では不可能でしょう。


 日本の法律では、カミラを罪に問えませんが、それでは遺族は納得しない……ホントどうすれば良いんでしょうかね。


「ニホンには、カミラ王女ではなくディートヘルム王子が行くんだよな?」

「まだ了承は取り付けていませんが、その線で交渉する予定です」

「ディートヘルム王子が、次の国王になるんだよな?」

「はい、その予定です」

「だったら、カミラ王女を王族から除籍して蟄居させると発表させろ」

「えぇぇ! 除籍って……」

「何を驚いていやがる。いずれ、お前が攫ってくるつもりなんだろう?」

「いや、攫ってって……まぁ、そうですけど……」

「次期国王と噂されていた王女が、王族の地位を追われ、王都を追われて蟄居させられる……普通の王族ならば処刑に近い処分だぞ」


 確かに、王族の地位を奪われて蟄居となれば、一般人ならば無期懲役のような感じでしょう。


「くそ真面目に遺族や両国が納得するように……なんて考えてるんだろうが、そもそもケント、お前が居なけりゃ交渉自体出来ないんだぞ。除籍、蟄居で片を付けて、その後どうなったなんざ一切知らせなきゃ良いだけだろう」

「いや、でもヴォルザードには居残り組が居ますし、話が洩れれば……」

「そんなもん。知らぬ存ぜぬで通しちまえ。騒ぎ立てたところで、お前に手出し出来る奴なんかいないだろう」


 確かに、クラウスさんの言う通りだけど、それって僕にとって都合が良すぎるような気がします。


「そんなに、僕だけ恵まれちゃって良いんですかね?」

「何度も殺されそうになりながら、200人以上を助け出し、そいつらの生活を支え、元の世界に送り帰したんだぞ。それで、お前はニホンから何をしてもらった? どれだけの報酬を受け取った? どれほど感謝してもらった? お前がカミラ王女を手許に置く程度も許せない連中なら、スッパリと縁を切っちまえ」

「そう、ですね……でも、クラウスさんは反対するかと思ってました」

「ふん……まぁ、リーチェの父親としては気分の良いものじゃないが、ヴォルザードの領主としては歓迎だ。リーゼンブルグ王家の血が、ヴォルザードに根付くかもしれないんだからな」

「えっ、でもカミラは王族を除籍されるんじゃ……」

「そんなもの、ニホンに向けてだけ知らせれば良い。例えニホンで大きな話題になったところで、リーゼンブルグの国民は知る術も無いだろう?」

「あっ……確かに」


 日本を含め地球で発表した場合、マスコミやインターネット上で情報が流れていきますが、ネットも、テレビも、ラジオすらないリーゼンブルグには情報は伝わりません。


 日本では追放された元王女であっても、リーゼンブルグでは国を立て直した救国の王女のままで通せてしまう訳です。


「多くの国民から慕われているリーゼンブルグの王女がヴォルザードに輿入れする。相手はリーゼンブルグの危機を何度も救った魔王ケント・コクブ。しかも次のリーゼンブルグ国王は仲の良い弟。友好関係を強化するのに、これほど有用な方法が他にあるか?」

「アンジェお姉ちゃんがディートヘルムに……」

「却下だ!」


 まぁ、僕も本気で言った訳じゃないですが、そんなに必死に却下しなくても良いんじゃないですか。


「でも、僕がヴォルザードにいれば、政略結婚的なものは考えなくても……」

「それじゃあ、リーチェとの結婚も……」

「いえいえ、それは駄目です。いいじゃないですか政略結婚」

「ったく……何度も言ってるだろう。俺達が生きている間だけでなく、先の事も考えなきゃ駄目なんだよ。俺やお前が死んだ後でも、血は受け継がれていく。自分の親戚、血族がいる場所とは争いたくないと思うだろう。それとも、お前はヴォルザードに思い入れは無いのか? 自分が死んだ後はどうなっても構わないのか?」

「いえ、そんなことは無いです。ずっと平和であってもらいたいですよ」

「だったら悩む必要なんか無いだろう。それに、手許に置きたいんだろう?」

「ま、まぁ……それは……」


 うっ、唯香の視線が……そんなに深い溜息をつかなくても……いえ、ごめんなさい。


「ケント、お前はもっと図太くならないとハゲるぞ……」

「うっ、気を付けます……」


 夕食後、アルダロスまで出掛けようかと思いましたが、夜の訪問は色々誤解を招きそうなので、明日の昼間行く事にしました。

 今夜は、お嫁さん4人とノンビリしようと思ったのですが、やっぱり話題は賠償金絡みでした。


「それじゃあ、日本から大臣とかが行くんじゃなくて、リーゼンブルグから人を送るのね?」

「うん、梶川さんからは、そういう打診をされている」

「でも、属性魔術をもっているリーゼンブルグの人を送るより、日本の人に来てもらった方が楽じゃない?」

「うん、唯香の言う通り、リーゼンブルグの人を日本に送るには送還術を使わないといけないから、安全のマージンをとると一度に20人ぐらいが限界なんだよね。しかも、1日1回じゃないと失敗が怖いし……」

「だったら、日本から来てもらった方が……」

「色々あるみたいなんだ、大人の事情的なものが……」

「そっか、リーゼンブルグは加害者側だからね」

「唯香は、リーゼンブルグ側が訪問すべきとは思わないの?」

「うーん……そう言われれば、そうなんだけど……」


 僕の問いかけに、唯香は複雑そうな表情を浮かべています。


「日本人としての立場で考えるならば、リーゼンブルグから謝罪に出向くべきだと思う。でも、私個人としてはキッチリ片が付くのなら、どっちでも良いのかなぁ……むしろ健人が楽できる方が良いかなと思ってる」

「カミラに対する感情は……?」

「好きじゃないよ。好きではない。でもね……カルヴァイン領に行った頃にも話したけど、前ほど嫌いではなくなってる。それは多分、今の私が充実して幸せな日々を送れているからだと思う」


 ラストックに囚われている頃は、聖女なんて呼ばれて良い服、良い部屋、良い食事を与えられていたけれど、同級生との交流は限られていたし、とても幸せなんて呼べる状況ではなかったそうだ。


 今もやっている事はラストックにいた頃と変わらないけど、周囲の人々と自由に交流出来るし、自宅とも通信アプリで家族と顔を見ながら話せているので、ストレスも充実感もまるで違うらしい。


「たぶん、ヴォルザードに残っている本宮さん達も、日本に帰った同級生も、カミラと顔を合わせれば腹を立てると思うけど、そんな事よりも今の生活の方が大事だと思ってるんじゃないかな。一応、カミラの事情も伝わってるしね」

「そうだよね。僕らからすれば、いつまでも召喚云々に拘ってられないもんね」

「うん、でも船山君や関口さんの家族は違うんじゃないかな」

「あぁ、そうだよね。忘れちゃいけないのに……」


 船山の父親とは、光が丘警察署で一度だけ顔を合わせています。

 脳卒中か脳内出血で倒れたのを治癒魔術で治療したのですが、意識が戻った途端首を絞められました。


 最近は日本からも足が遠のいていたので、船山の父親のことも忘れかけていました。


「船山君のお父さんは、SNSとかで息子を返せって活動を続けてるみたい」

「そうなんだ。マスコミとかは?」

「召喚に関する話題が少なくなっているから、船山君のお父さんが取り上げられる機会も減ってる……っていうか最近は見掛けない」


 船山の父親は、グリフォンに攫われた三田の家族と一緒に活動をしているらしいです。

 船山と良く一緒にいた田山もオークの投石を頭に食らって命を落としましたが、こちらは遺体が日本に戻っています。


 召喚される以前は、船山と田山は互いの家を行き来する仲だったようで、二人とも命を落しているのですが、遺体の有無で家族同士は仲違いをしているそうです。


「遺体が日本に戻ってくれば、嫌でも実感できるけど、船山君も三田君も遺体は見つかっていないから、日本に残された家族は納得できないみたい」


 船山の家族も、三田の家族も、死んだという事実を受け入れられないのでしょう。


「そう言えば、国沢さんって女の子が家出したまま戻らないって……」

「えぇぇ、国沢さんって、関口さんと仲が良かった?」

「うん、名前を聞いても顔を思い浮かばないんだけど……」

「あの最初の帰還の時に、足を切断しちゃった児島さんと一緒にいたのが国沢さんだよ」

「あっ、あの子か……大丈夫かなぁ」


 唯香に言われて思い出しましたが、送還範囲へ飛び込んで来た中川先生に突き飛ばされた児島さんを国沢さんが咄嗟に引き戻していなかったら、身体が真っ二つになっていたかもしれません。


 気丈なタイプというか、関口さんの一件で文句を言って来た時には、かなりキツイ性格のように見えました。


「ねぇ健人、何があったの?」

「うん、実は関口さんの両親から責められちゃって、悩んでたみたい……」

「えぇぇ、だってあれは関口さんが……」

「それでも、ご両親としたら、気持ちのやり場が無かったんじゃない」

「そっか……でも国沢さんは、落ち込んでる関口さんを親身になって支えてたんだよ」


 ラストックに囚われていた頃から、同級生達の支えとなっていた唯香は、精神的に落ち込んでいた関口さんの話も聞いていたそうです。


「なんか、そんな話を聞かされちゃうと、まだ終わっていないんだなぁ……って思わされちゃうね」

「うん、直接僕らとは関係は無いのかもしれないけど、やっぱり責任というのは違うけど、同じ事件に巻き込まれた者として考えちゃうよね」


 リーゼンブルグからディートヘルムを日本に連れて行き、賠償金を支払わせれば終わり……という訳にはいかなそうです。


「ねぇ、セラ。もし、僕らと同じような状況が、バルシャニアとリーゼンブルグの間で起こったら、どうなるかな?」

「それは勿論……報復するでしょうね」


 分かってますよね……といった口振りのセラフィマに、苦笑いで頷くしかありません。

 あの皇帝コンスタンが、自国民を攫われ、殺されたのに、何もしないはずがありませんね。


「賠償金で手を打つって可能性は?」

「ありません。たぶん、今現在のバルシャニアとリーゼンブルグであっても、必ずや報復しているはずです。私がリーゼンブルグの王都を訪れて和平をアピールした程度では、これまでの両国の関係は大きく変わりません」


 セラフィマの故郷のバルシャニアとリーゼンブルグは、長年に渡って敵対関係にあります。

 これまで全くリーゼンブルグと関わりの無かった日本と違い、50人以上の死者を出すような襲撃をされれば、報復を望む国民感情を抑えられないのでしょう。


「そう考えると、賠償金を持って謝罪に来るように求める日本は、まだ温厚なのかな?」

「そう思いますし、攻撃をしようにもケント様が反対すれば、それ以上は何も出来ない状況ですし、無理難題は言えないのだと思います」

「なるほど、それもそうか……」


 いくら自衛隊が戦闘機や戦車を所有していても、僕が手を貸さないことには、こちらの世界に持ち込めません。

 人員となる自衛隊員も、僕が連れて来なければ移動する手段がありません。


 てか、自衛隊って専守防衛だから、全員の救出を終えてしまったリーゼンブルグには攻め込めないんじゃない。

 とりあえず、全ては明日リーゼンブルグに行ってからですね。


 それにしても、右手に唯香、左手にマノン、背中にベアトリーチェがおぶさって、セラフィマが胸元に寄り掛かっている……うん、ここは天国だろうか。

 同級生が集まっている守備隊の食堂で、ハーレム宣言した時には物凄いブーイングを浴びせられたけど、決断して良かった。


 今はリビングだけど、マイホームが出来た暁には、お風呂で同じ体勢を楽しんじゃいましょう。


「ケントのエッチ……」

「ぐはっ、ごめんなさい……」


 マノンにしかられたけど、めげないもんね。

 甘い生活のために、明日も頑張りますよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る