第373話 調査依頼

 南の大陸を偵察した翌日、今日はギルドに大ムカデの買取をしてもらう予定です。

 今日もクラウスさんの執務室へと向かうベアトリーチェやセラフィマと一緒なんですが、昨日とは違って二人の女性騎士が同行しています。


 セラフィマの護衛を担当しているナターシャとベアトリーチェ担当のネシュカの二人です。

 昨日はヴォルザードに無事に到着した翌日だったので、騎士全員に休暇が与えられていましたが、本日からは任務に復帰しています。


 というか、四人のお嫁さんを護衛する女性騎士や侍女、それに二人の料理人は僕が雇う形になるので、お給料も支払わなければなりません。

 まぁ、その辺りの事務的な手続きは、全部ベアトリーチェに丸投げしちゃってるんですけどね。


 右手にベアトリーチェ、左手にセラフィマという両手に花状態で街を歩くだけでも世間の注目を集めてしまうのに、今日は護衛の女性騎士まで連れているので更に目立ってしまっています。

 女性騎士の二人は、革製の防具を身に着けて、腰に剣を下げています。


 最初、胴金や手甲など金属鎧の一部まで着用していたので、余りにも目立ちすぎるので、革製の防具に変更してもらいました。

 今のところ四人が街の外に出る予定はありませんし、街の中ならばあるとしても対人戦です。


 護衛の騎士達は、ギガウルフやストームキャットならば城壁も超えて来ると、万が一のケースも想定しているようですが、その場合は僕の眷属が対応するし、金属鎧はコボルト隊が影の空間に保管しておいて、いざという時には直ぐ届けると約束してやっと納得してもらいました。


 護衛の女性騎士は単なる護衛だけでなく、日常生活での相談役としても期待しているので、出来る限りの要望には応えてあげるつもりではいます。

 ただ、目下の問題としては、セラフィマが一般人に混ざって働くことに、ナターシャが反対していることでしょうか。


 超箱入り娘として、これまでも宮殿の外に出る時には必ずナターシャ達の護衛付きだったセラフィマが、一般人と一緒の環境で働くのは不安なのでしょう。

 僕としてはセラフィマの希望も叶えてあげたいので、もう少し話し合ってもらい、ヴォルザードにも慣れたころにマノンに実際の現場に案内してもらおうかと思っています。


 ヴォルザードは、リーゼンブルグに較べればバルシャニアに対しての敵愾心が強くありませんので、その辺りを実感してもらえばナターシャの反対も軟化するんじゃないですかね。

 てかさ、ヴォルザードでの護衛初日だから張り切るのは分かるけど、ナターシャもネシュカも目つきが怖すぎ。


 さっきも一度声を掛けたのですが、その時には苦笑いを浮かべて肩の力を抜いていましたが、時間が経つにつれて目つきが鋭くなってしまっています。

 まぁ、この辺りも慣れが解決してくれるのでしょうね。


 クラウスさんからは、この状態で朝の混雑する時間にギルドに姿を見せると、集まっている人たちが迷惑するから、少し時間を遅らせて来るように言われています。

 なので、もう学校が始まっている時間なのに、オーランド商店の前にはナザリオと取り巻き共の姿がありました。


 僕らが近づいていく時には、ナザリオを含めた四人が刺々しい視線を送ってよこしていましたが、ナターシャとネシュカに睨みを利かされると、オドオドとした様子で視線を逸らしました。

 君ら四人じゃナターシャ一人に瞬殺されるだろうから、下手なことはしない方が良いよ。


「てか、こんな時間にフラフラしてないで学校行けよな……」

「ケント様。その事なんですが、ナザリオはバッケンハイムの上級学校へ行く予定だったそうですが……」

「あっ、そうか、イロスーン大森林が通れないから行けないんだ」

「はい、そうなんです」


 自分が影移動でどこにでも行けるのと、流通に関してはブライヒベルグとヴォルザードを影の空間経由で繋いでいるので忘れがちですが、人の往来は止まったままなんですよね。

 ちなみに、空間転移魔法で送り届けたベアトリーチェの兄バルディーニのことなんか、すっかり頭から抜け落ちていました。


「でもさ、上級学校へ進学する予定だったのは、ナザリオ一人なんじゃないの?」

「それは、たぶんそうだと思います」

「それに、学校に行けないなら、さっさと働かないと駄目なんじゃないの?」

「そうですね。それは仰る通りです」


 小遣いをもらっているのか、それとも何らかの理由をつけてオーランド商会が雇っている形にしているのかは知りませんが、定職にも付かずにウロウロしているのは感心しませんよね。

 僕なんか毎日あちこち飛び回って、お嫁さんたちとゆっくりする時間も取れていないのに、けしからんよね。


 僕とベアトリーチェの話を聞いていた、セラフィマや護衛の二人も憤慨していました。

 そう言えば、セラフィマは超箱入り娘だったけど、皇族として忙しく働いていたもんね。


 ギルドに着くと、朝の喧騒は終わっていましたが、まだカウンター前には多くの人が残っていました。

 あまり目立たないように……なんて出来るはずもなく、注目を集めちゃってますね。


 セラフィマとベアトリーチェを階段下まで送り、カウンターへ行ってドノバンさんに取り次いでもらおうと思う間もなく声を掛けられました。


「両手に花で、余裕たっぷりに登場とは、さすがSランクは違うな……」

「いや、これは無用な混乱を避けるためでして……」

「まぁいい、さっさと行くぞ」


 これは例によって襟首を掴まれてプラーンの刑かと思いきや、ドノバンさんは先に立ってズンズンと歩いていきます。

 安心したような、ちょっと物足りないような気分を味わいつつ、急いで後を追いかけました。


 てか、フルールさんにロックオンされてますけど、見えてない、気付かない振りして訓練場へと向かいました。

 本来、買い取りの鑑定ならばカウンターですが、大ムカデの数が尋常ではないので、訓練場での鑑定アンド買い取りになります。


 訓練場には、二十人ほどの登録したての冒険者が集まっていました。

 ここにいるのは、昨日の初心者講習の時に、ドノバンさんから話を持ち掛けられた連中でしょう。


 僕よりも一つ年下、ベアトリーチェと同年代の少年少女ですが、一端に冒険者の雰囲気を漂わせている者もいれば、そこらの子供という感じの者もいて、随分と格差を感じます。

 しゃがみ込んだり、座り込んだり、ギルドの建物から出た時にはダラけた様子でしたが、ドノバンさんの姿を見た途端、全員が立って姿勢を正しました。


 うんうん、みんな昨日の講習で、ドノバンさんがどんな人なのかシッカリと記憶させられているみたいですね。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……二十人全員いるな。お前らの中には知っている者もいるだろうが、こいつがケント・コクブ、Sランクの冒険者だ」


 ドノバンさんが僕を紹介しましたが、集まった駆け出し冒険者は驚いた様子を見せませんでした。

 良く考えてみたら、昨年ギルドの見学に来ていた時に出会っているんですよね。


 確か、あの時はマスター・レーゼが来ていた時で、ベアトリーチェが僕を紹介したせいで握手会みたいになったんでした。

 あの時もそうでしたが、僕に向かってキラキラした目を向けてくる者がいる一方で、ギラギラと対抗意識を剥き出しにしてくる者もいます。


「これからお前らには、ケントが持ち込んだ大ムカデの解体作業を行ってもらう。ケント、出してくれ」

「分かりました……召喚」


 大ムカデの山を二つも運び込むのは時間が掛かりそうなので、事前に転送用の位置決めゴーレムを設置しておきました。

 一瞬にして訓練場に現れた大ムカデの山に、集まった駆け出し冒険者はポカーンと口を半開きにして度肝を抜かれています。


「ふん、時間の短縮が出来たのは良いが、これでは数が分からんぞ」

「査定は、解体が終わってからでも構いませんよ」

「そうか、なら問題は無いな。よし、大ムカデの解体の仕方を教えるから、良く聞け……」


 ドノバンさんは、大ムカデの山から一匹取り出し、集まった冒険者に腹の裂き方、中身の出し方などを細かくレクチャーしていきました。

 スカベンジャーの時よりも、解体する大ムカデ自体が大きく手間も掛かるようなので、解体する手数料は一匹あたり30ヘルトだそうです。


「ケント、お前に支払う金額は、一匹あたり400ヘルトの予定だ」

「はい、それで結構です」


 この値段は、バルシャニアに売却した値段よりも少し安いのですが、ヴォルザードではデザートスコルピオの殻が出回っているので、その分相場が安くなるのは仕方がないのでしょう。


「一匹400ヘルトって、俺たちの手間の十倍以上だぞ」

「しかも、この山……いったいいくら稼ぐんだ?」

「100万ヘルト? いや150万ヘルトか?」


 ドノバンさんが提示した価格を聞いて、僕が今回稼ぐ金額を計算し始めた者もいて、計算結果を聞いた者は羨望の眼差しを向けてきました。

 自分たちは、ノルマの二百匹を解体し終えても、手にする金額は6000ヘルト。


 それに対して、僕は何もしないでその250倍以上の金額を手にすると思われているようです。

 実際にはカバサ峠の麓の集落を護るために、眷属たちと一緒に働いていたんだけど、知る由もないのですよね。


「よし、ケント。中で受け取りの書類を作るから来い……」

「ちょっと待った!」


 ドノバンさんに続いてギルドの中へと戻ろうとすると、待ったを掛けられました。

 振り返ると体格の良い一団が、腕組みをして僕を睨みつけています。


「ケント・コクブ! 俺たちと剣で勝負しろ!」

「勝負だ、勝負!」

「正々堂々と勝負しろ!」


 マッチョ予備軍が二人と、生活習慣病予備軍のデブが一人の三人組のようです。


「どうする? 一丁揉んでやるか?」

「攻撃魔術を使っても良いなら、まとめて相手しますよ」

「ま、魔術は駄目に決まってんだろう! Sランクなんだから、剣だけで勝負しろ!」

「そうだ、そうだ! 勝負しろ!」


 たぶん、この三人は魔術の腕はからっきしなんでしょう。


「それのどこが正々堂々なんだよ。術士に勝負を挑むんだから、魔術を使われる覚悟ぐらいしなよ。でもそうだね、僕は全属性の魔術が使えるけど、今日は風属性に限定してあげるよ。まぁ、それでもオーガぐらいなら真っ二つに出来るけどね。あぁ、怪我の心配なら要らないよ。僕は治癒魔術も得意だから……腕の一本、足の一本千切れたぐらいなら治してあげるから」


 軽く脅したつもりでしたが、本気にしてしまったらしく三人とも蒼褪めて黙り込んでしまいました。


「別に魔術を使わなくても、お前の鈍った腕前でも勝負になるぞ」

「嫌ですよ。これからまた南の大陸の偵察をするつもりなんですから、余計な力とか使いたくないです」

「南の大陸に行ったのか?」

「行ったと言っても、まだちょっと覗いた程度ですよ。あっ、そうだ! ドノバンさんに見てもらいたい物があったんだ」

「俺に見せたい物?」

「はい、南の大陸の魔物です」


 闇の盾を出して、マルト達に影の空間に仕舞っておいた、巨大な蟻の死骸を出してもらいました。

 鮮やかな青色の殻を持つ、僕の身長ぐらいある巨大な蟻の死骸を見て、駆け出し冒険者達だけでなくドノバンさんまで驚きの表情を浮かべています。


「何だこれは……こんな蟻は見たことがないぞ」


 ドノバンさんがゴツい拳で叩いても、蟻の外殻は金属のような音を立て、全く壊れる気配がありません。

 勝負を申し込んできた三人組も、突然現れた巨大な蟻に言葉を失っています。


「南の大陸には、こんな奴が普通にいるのか?」

「そうですね。どのくらいの生息数かは分かりませんが、行ってすぐに遭遇しましたから、希少種ではないと思います」

「こいつは、お前が仕留めたのか?」

「いえ、魔物同士の戦いで死んだものです」


 イモ虫の魔物を襲った巨大な蟻の魔物達が返り討ちにされる様子を話すと、ドノバンさんは眩暈を抑えるように、こめかみに手を添えた。


「俊敏に動き回る巨大な蟻の群れに、水を掛けても薄まらないような溶解液を噴出する巨大な芋虫……ちょっと覗いた程度でそんな奴に遭遇するのか。いったい南の大陸はどうなってるんだ」

「それを聞かれても答えられないんで、調べに行くんですけどね」


 右手を口元に宛がい、思案しているような格好で、ドノバンさんが声を落として尋ねてきました。


「こんな連中が、こっちに出て来る可能性は?」

「分かりませんが、無いとは言い切れませんね」


 ドノバンさんは大きく息を吐くと、声のトーンを戻しました。


「ケント。こいつは少し調べるから預からせてくれ、買い取る場合には別途査定額を知らせる」

「分かりました」

「じゃあ、大ムカデの書類を作るから付いて来い。お前ら、ぼーっとしてないでさっさと作業を始めろ。見ているだけじゃ稼ぎにならんぞ」


 ドノバンさんにどやされて、僕に絡んできた三人組を含めた全員が作業に取り掛かりました。

 カウンター裏の職員スペースで書類を作るのかと思いきや、こっちだと顎で示してドノバンさんは階段を昇って行きます。


 向かった先は、二階の奥にあるクラウスさんの執務室でした。


「ドノバンです、よろしいですか?」

「おぅ、入ってくれ」

「失礼します」


 執務室には、クラウスさんの他にベアトリーチェとセラフィマ、それにアンジェお姉ちゃんがいました。

 うん、なんだかアットホームな感じだよね。


「どうした、何かあったか?」

「はい、ケントが南の大陸から持ってきた魔物の死骸なんですが……」

「おぅ、デカい蟻だって話だったが……」

「相当危険です。まだ詳しく調べてはいませんが、普通の刃物は通りませんね」

「大ムカデよりも硬いのか?」

「たぶん……大ムカデは腹の殻は薄いですが、あいつは腹まで硬い殻に覆われています。それに、脚の関節部分にも柔らかい場所を覆うような殻が付いていました」

「形は違えども、小型のデザートスコルピオみたいなもんか?」

「はい、そう思っていただいた方が良いでしょう。今は南の大陸にしかいませんが……」

「例の空間の歪みが繋がっているとすると、こちらに来る可能性があるってことだな?」

「その通りです」


 一般の人にとっては、起こるかどうかも分からない危機ですが、街を預かる領主の立場では、想定しておかなければならない事態なのでしょう。

 クラウスさんは、腕組みをして考え込んでいましたが、目線を上げて尋ねました。


「ケント抜きで対処する方法はありそうか?」

「それは、実物を調べてみないことには、何とも言いかねます」

「だろうな……それで?」

「はい、ケントに南の大陸の魔物について情報収集をするように指名依頼を出すべきです」


 指名依頼という言葉を聞いて、クラウスさんは口元を歪め、ベアトリーチェは笑みを浮かべました。

 うん、ある意味似た者親子だよね。


「確かに、このままでは俺達が遭遇したことの無い魔物といきなり戦わなきゃいけない状況になるかもしれねぇな」

「はい、ケントの話では、分厚い殻を溶かすほどの体液を噴出する魔物もいるそうです。話の内容から推察するに、そいつは自分の身を守るために溶解液を噴射したようですが、それを知らない者が不用意に攻撃を仕掛ければ命を落とす事になります」

「いずれにしても情報が足りなすぎる訳だな?」

「はい、その通りです」

「はぁぁ……何だってこう次から次に厄介事が起こりやがるんだ」


 クラウスさんは大きな溜息を洩らすと、ガシガシと頭を掻き毟りました。


「ケント、指名依頼だ。南の大陸にいる未知の魔物の情報を集めてくれ。生態、攻撃方法、防御方法、出来れば弱点も探ってくれ。それと、仕留めた現物は標本として買い取る」

「報酬は?」

「そいつは……リーチェとやり合って決める」

「了解です。指名依頼を受諾いたします」


 ベアトリーチェが踊り出しそうだけど、ちょっとだけ釘を刺しておこうかな。


「リーチェ」

「はい、なんでしょう、ケント様」

「報酬は、あんまり高くなくて良いからね」

「はい、今回の依頼はヴォルザードのみならず、大陸全体に関わる問題であるのは十分に理解しております。高額すぎず……それでいてSランク冒険者に相応しい金額を請求するつもりです」

「まぁ、お手柔らかにね」

「はい、心得ております」


 ちゃんと依頼の意味は理解しているようなので、これ以上は言わなくても大丈夫だよね。

 クラウスさんがもっと釘を刺せって目で合図してるけど、見なかったことにしましょう。


 てか、あなたの娘なんですから諦めて下さい。

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