第371話 南の大陸

 リーゼンブルグをレホロスの侵略から守った最初の勇者は、戦果を上げるほどに色々な要求をするようになったそうです。

 富や名声など、自分たちの都合で召喚して国を守ってもらった手前、リーゼンブルグとしても出来る限り要求には応えたそうです。


 王城の一角に豪華な住まいを用意し、衣装や食事なども贅を尽くした品物を与えたそうですが、勇者はそれだけでは満足しなかったようです。

 勇者が求めたのは、見目麗しい女性達でした。


 王族、貴族、平民、既婚者、未婚者、成人、未成年……身分や環境には一切の区別をなさず、自分が気に入った女性は住まいへと連れて帰り、凌辱の限りを尽くしたらしいです。

 当然、王族、貴族、騎士などが振る舞いを諫め、思い留まらせようとしたそうですが、一騎当千、一人で戦局を変えるような勇者を止める手立ては無かったそうです。


 勇者は膨大な魔力を有し、全ての属性魔法を操ったと言われていますから、僕が使っている影移動や召喚術なども自由に使えたのでしょう。

 それでは王城の一室に押し込めることも出来ませんし、女性を攫うのを止める手立ても無いでしょう。


「あまり自慢になるような話ではありませんが、私の父親や歴代の王の中にも多くの女性を侍らせた者がおりました。ですが初代の勇者の振る舞いは、度を越えていたとされています」

「確か、有り余る体力で凌辱して、女性の身体が壊れたら治癒魔術で元通りにして、精神が崩壊するまで凌辱を繰り返したんだったよね?」

「はい、王家に伝わる話では、そのように書かれておりますが……」

「おりますが……?」

「果たして、どこまで本当の話なのか、今は疑わしく思っております」


 カミラは、王家に伝わる勇者が魔王となった話を鵜呑みにして、召喚した僕らも油断すれば魔王となると思い込んでいました。

 それ故に、抵抗出来ないように、自分たちの管理下に置けるように、魔力の暴走を防ぐためだと偽って隷属の腕輪を付けさせたのです。


「それじゃあ、カミラは初代の勇者の振る舞いには脚色が加えられていると思っているの?」

「はい。先程も申し上げた通り、女癖の悪い王は何人も存在しております。多数の女性と関係を持つ程度であれば、魔王と呼ぶには値せず、追放した理由にはならないかと……」


 女癖が悪い程度じゃ魔王と呼べないというのもどうなんだと思ってしまいますが、思い通りにならなくなった勇者を追い出す理由としては、伝承のように凌辱の限りを尽くすような存在でなければ、自分たちに非があるように思われかねません。


「勇者は、なんて名前だったの?」

「名前は伝わっておりません」

「えっ、ただ勇者としか書かれていないの?」

「いえ、伝承の殆どの部分では一人目の魔王と書かれています。名前を口にするのも汚らわしいというのが理由のようですが、それもまた王家の負い目のような気がします」


 以前カミラから話を聞いた時には、勇者として祭り上げられる過程で増長した召喚者には同情しましたが、実際に女性たちを凌辱していたと僕も思いました。

 ですが、王家に都合の良い伝承と考えると、本当に魔王のごとき振る舞いがあったのか疑わしく感じて来ます。


「最初の勇者に対して暗殺が試みられたそうですが、レホロスへと逃げ延び、魔物を従えて魔王として君臨し、リーゼンブルグへと攻め込んで来ました」

「その話も、裏読みすると違っているように感じるよね」

「おっしゃる通りです。命を狙われた勇者が逃げ延び、受け入れてくれたレホロスのために戦った……と考える方が自然な気がします」


 遥か昔に起こった事で、伝わっているのはリーゼンブルグ王家にとって都合の良い伝承のみだとすると、実際に何が起こっていたのか分からなくなってきます。

 勇者としてリーゼンブルグを救った時も、極力人を殺さないような戦いをしていたら、PTSDのような状態にはならなかったかもしれません。


 多くの女性を求めたという話も、勇者として国を救えば、色んな人達が繋がりを求めて接近してきます。

 その過程で、いわゆる色仕掛けが行われていたとしてもおかしくないでしょう。


 果たして、最初の勇者は魔王のごとき振る舞いをしていたのか、それとも単純に巻き込まれただけの善人だったのか、真相は闇の中という感じです。


「最初の勇者が、どんな人物だったのか分からないけど、攻め込まれたリーゼンブルグは再度の勇者召喚を行ったんだよね?」

「はい。二度目に召喚した勇者も膨大な魔力と複数の属性を所有したようですが、こちらは召喚直後から『チートだ! ひゃっはぁぁぁ!』などと奇声を上げながら女性を漁っていたそうです」


 うん、なんだか二人目の勇者については、王家の伝承が凄く正しいような気がする。


「その二人目の勇者を唆して、最初の勇者と戦わせたんだったよね?」

「はい。二人目の勇者は性格こそあれですが、こと戦闘に関しては無慈悲とも言える徹底さでレホロスの兵を退けたとあります」

「そのままリーゼンブルグの兵を率いて、レホロスへと攻め入ったの?」

「伝承では、最初の魔王を討伐するために、南の大陸深くまで攻め入ったとあります」

「その頃の大陸は、レホロスという王国があったんだから、今のような魔物だらけの大陸ではなかったんだよね?」

「おっしゃる通りです。南の大陸が魔物が支配する地となったのは、二人の勇者が戦った後です」


 勇者VS勇者の戦いは、膨大な魔力による強烈な攻撃魔術のぶつかり合いとなったようです。

 伝承には、一人目の魔王と二人目の魔王が戦いを繰り広げたことで天変地異が起こり、まともな人間が生きていられるような環境ではなくなったそうです。


 レホロスの住民は、海に出て難を逃れた者達を除いて、殆どの者が魔王同士の戦いに巻き込まれて帰らぬ人となったようです。


「地は割れ、大気が凍りつき、山は割れて溶岩が噴出したと伝承には記述されています」

「その伝承というか、勇者同士の戦いは、誰が見ていたんだろう」

「リーゼンブルグの前線の兵士だと思われますが、この戦いでは王立の騎士団ですら三分の二の騎士を失ったと書かれています」

「相当激しい戦いだったみたいだね。それで結局は一人目の勇者が勝ったんだよね?」


 勇者同士の戦いは、経験に勝る最初の勇者が辛うじて二人目の勇者を倒したそうですが、勝った最初の勇者はリーゼンブルグの騎士によって討ち取られたそうです。


「伝承では、二人目の勇者は討ち取られた際に、邪悪な魔力を撒き散らしながら最初の勇者を呪ったそうです。リーゼンブルグの騎士によって倒された時、最初の勇者はその呪いによって弱体化していたそうですが、死ぬ間際には同様の呪いを騎士達に向けて放ったとされています」

「確か、南の大陸が魔物に支配されるようになったのは、二人の勇者の魔力が澱みとなったからだったよね?」

「はい、この呪いによる魔力が魔物を大量に生み出し、南の大陸を支配するようになったとされています」


 事の真偽は分かりませんが、南の大陸が現在でも魔物が支配する地であることは事実です。


「その戦い以後に、リーゼンブルグは南の大陸への進出を考えなかったの?」

「何度か王国が調査を試みましたし、腕自慢の冒険者が足を踏み入れたりもしたようですが、魔の森よりも更に魔物の密度が高い状態で、拠点を築くことすら出来なかったようです」

「そのうちにトレントの大発生が起こって魔の森が出来上がり、余計に南の大陸には行きにくい状況が出来上がった」

「はい、その通りです」

「そのレホロスの王都は、かなり内陸にあったのかな?」

「そのようです。古い伝承によれば、リーゼンブルグとの国境からは馬車で二十日以上掛かったとされていますから、現在のリーゼンブルグを横断するぐらいの距離かと……」

「勇者同士の戦いは、その王都近くで行われたのかな?」

「さぁ、そこまでは記述がありませんが、リーゼンブルグ側からレホロスの王都までのどこか……なのでしょう」


 レホロスが滅びてから数百年の時間が経過し、さらに魔物が支配する土地となっているのでは、その痕跡がどれほど残されているのか分かりませんが、一度訪れてみる必要がありそうです。


「魔王様、南の大陸へ向かわれるのですか?」

「うん、現状を考えると、行ってみた方が良い……というか、見ておかないといけない気がする」

「ですが、空間の歪みが複数の属性魔法が集まった結果だとすれば、邪な何者かが存在している可能性が高いのではありませんか」

「そうだとしたら、なおさら早めに確認しておかないと駄目だよね」


 カミラは心配そうな表情で、僕の顔をじっと見詰めてきます。


「僕にしか出来ない事を、僕がやりたい事をすべきだ……って言ったのはカミラだよ」

「そうなのですが……それでも心配です」

「もしかして同級生を救出した時に、パウルに串刺しにされた事を思い出してるの?」

「はい、魔王様は誰かのために動く時には無茶をなさいます」

「でも、カミラは人の事は言えないと思うよ。ラストックでも刺されたし、アルダロスに戻ってからも第一王妃に刺されたよね」

「そうですが……魔王様も暗殺されかけた事がございました。数々の危難からリーゼンブルグをお救いいただいたのですから、魔王様のお力は良く存じておりますが、それでも……それでも私は心配です」


 ヤバいです。上目使いの涙目で頬を膨らませてみせるカミラは、いつもよりも幼く見えてメッチャ可愛いです。

 メイドさんが見ていなかったら、席を立って抱きしめてるところです。


「大丈夫だよ。いくら僕がアホでも、正体の分からない相手にいきなり戦いを挑むようなことはしないよ」

「本当ですか?」

「約束するよ」

「私が止めても、一度決めたら魔王様は前に進んで行かれてしまうと分かっておりますが、南の大陸については分からないことばかりですから、くれぐれも慎重に行動なさって下さい」

「そうだね。偵察や調査を進めるにしても、十分な支度を整えてからにするよ」

「はい、そうなさってくださいませ」


 いつまでも長居を続けると、カミラの仕事が溜まる一方になりそうなので、ヴォルザードへ戻ると告げて席を立ちました。

 ハルトをモフってから、カミラを抱きしめて、頬にキスしてから影に潜りました。


『ケント様、南の大陸に向かわれるおつもりですな』

「うっ、どうして分かったの?」

『ぶははは、それは眷属ですからな』


 影に潜った途端、待ち構えていたラインハルトに胸の内を言い当てられました。


「まぁ、南の大陸に行ってみるつもりだけど、まずは星属性の魔術を使って空から偵察をして、実際に足を踏み入れるのはその後だよ」

『さようですか、それならば安心ですな。もっとも、ヒュドラさえ一撃で倒すケント様ですし、我ら眷属がお守りいたしますから何の心配も要りませんぞ』

「そうだね、頼りにしてるよ。マルト、ミルト、ムルト、僕の身体を見ておいてね」

「わふぅ、ご主人様任せて」

「帰ってきたら、一杯撫でてね」

「うちも、うちも」

「はいはい、じゃあ行ってくるね」


 星属性の魔術を使って、意識をヴォルザードから空へと飛び立たせます。

 うん、お色直しした城壁が、テカテカに輝いて見えますね。

 

 そのまま上空高く上がってみようかと思いましたが、薄い雲が広がっていて上からの視界は遮られそうです。

 30メートルぐらいの高さを保って魔の森の上を飛んでいくと、やがて大きな丸い池が見えてきました。


 ヒュドラを討伐した跡地には、今日もたくさんの魔物の姿がありますが、サラマンダーやギガースのような大型の魔物は見あたりませんね。

 おっ、水を飲みに来ていたゴブリンが、大蛇に水の中へと引き摺り込まれて行きました。


 あいつら、水の中だけでなく陸地を移動したりするんですかね。

 あんまり数が増えているようならば、ザーエ達に間引いてもらっておいた方が良いかもしれませんね。


 ヒュドラを討伐した跡地を抜けると半島の幅は徐々に狭くなり、ぱっと見で2~3キロ程度しかなくなります。

 海流が現在進行形で陸地を浸食しているようで、いずれは離れ離れになるのかもしれません。


 一番狭い辺りを通り過ぎても、鬱蒼とした森が続いていますが、木がなぎ倒されている所はヒュドラが通った跡なのでしょう。

 ヒュドラの痕跡を辿っていくと、細い半島は陸地に繋がり、広大な森が広がっていました。


「なんだか、辺り一面が魔の森って感じだね」


 現在の魔の森は、南の大陸から押し寄せたトレントが基となっているそうで、こちら側が発生源ですから、より一層深い森が広がっているのは当たり前の話です。

 少し高度を下げ、速度も落として飛んでいくと、確かに魔物の数は多く感じます。


 ゴブリンやコボルトも、一つの群れが五十頭ぐらいいるようですし、サラマンダーや形の違う大型の魔物の姿も頻繁に見るようになりました。

 ただし、見かけるのは魔物か野生動物ばかりで、人間の痕跡のようなものは見あたりません。


「昔は街道が通っていたんだろうけど、トレントに踏み荒らされちゃったんだろうな」


 数百年の月日と魔物達が、人間の痕跡すらも駆逐してしまったのでしょう。

 更に奥へと進んでいくと、森が途切れて草原が現れました。


 草原と言っても、牧草地のような綺麗な草原ではなく、背の高い草が茫々と生えているだけです。

 その中をモソモソと動く緑色の物体が見えたので、近づいてみるとイモ虫でした。


 イモ虫と言っても、普通のサイズではありません。

 胴体の一番太い辺りは、直径が1メートル以上ありそうです。


 これが羽化して蝶とか蛾になったら、一体どれほどの大きさになるのでしょう。

 想像すると、背筋が寒くなりましたけど、とりあえず食べているのは草のようです。


 肉食でなくて一安心と思っていたら、周囲からガサガサと草を掻き分けて何かが接近してきました。

 今は星属性で意識だけを飛ばしているので、万が一にも襲われる心配はないのですが、思わず上空へと避難すると草の間に青い甲羅のようなものが見えます。


「ギシャァァァァァ!」


 草の間から飛び出して来たのは、鮮やかな青色をした大きな蟻の群れです。

 鋭く巨大な顎は、僕の両腕ほどもあり、十匹以上が一斉に巨大なイモ虫に襲い掛かりました。


「うへぇ……星属性の状態で良かったよ」


 蟻に襲われた巨大なイモ虫は身を縮め、身体の表面から赤い液体が蟻達へと降り注ぎました。


「ギシャァァァァァ!」


 蟻たちに降り注いだ赤い液体は、ドロドロとした粘り気があるようで、蟻たちが身体を震わせても落ちる気配がありません。

 そして、ジュウジュウという音と白い煙を噴き上げながら、蟻の身体を溶かしているようです。


「うげぇ……強酸なのか、強アルカリなのか分からないけど、えげつねぇ……てか、イモ虫は大丈夫なん?」


 そんな強力な液体を噴出したら、自分自身も溶けてしまうだろうと思いきや、驚いたことにイモ虫は脱皮して逃走を続けていました。

 脱ぎ捨てた皮の下には、皮下脂肪のようなものがあるらしく、新しい身体はヌルヌルとしているように見えます。


 たぶん、あのヌルヌルが僅かな液体からも身体を守っているのでしょう。

 イモ虫の液体を食らった蟻達は、ジタバタともがいていましたが、次第に動きを止めていきます。


 頭の中まで溶かされてしまったら、さすがに生きてはいられないでしょうね。

 初めてみた魔物同士の戦いに目を奪われていましたが、こちらの大陸では珍しい光景ではないのかもしれません。


 溶けてしまった蟻の頭を覗いてみましたが、昨日討伐した大ムカデよりも更に殻が厚く見えます。

 動きも恐ろしく俊敏に見えました。


「こんなのが大量発生したら、ヴォルザードの城壁でも食い荒らされそうな気がするよ。てか、これは持って帰って見てドノバンさんに見てもらった方が良いかな?」


 蟻の死骸を回収するために、一旦影の空間においた身体に戻りました。


「ただいま。みんなちょっと手伝って」

『おかえりなさいませ、ケント様。手伝うとは、何か運ぶのですかな?』

「うん、そうなんだけど、ちょっと危ないから僕が良いって言うまでは触らないでね」

『ほほう、なにやら訳ありのようですな』


 影移動を使って、イモ虫と蟻が戦った場所へと戻ると、辺りには強烈な酸の匂いが漂っています。


「うわっ、こりゃ駄目だ……」


 とりあえず、酸を中和させるために、水属性魔法で大量の水を蟻の死骸へ浴びせました。


『ケント様、ここは南の大陸なのですな』

「うん、そうだよ。さっき、この大きな蟻が、もっと大きなイモ虫を襲ったんだけど……」

『返り討ちにされたのですな? 凄まじい酸の匂いが漂っておりましたが、これではイモ虫も無事では済まないのでは?』

「あっちで溶けかけてるのが見える?」

『おぉ、脱皮して逃れたのですか……しかし、このように大きな蟻も、あのようなイモ虫も見たことも聞いたこともありませんぞ』

「うん、だから蟻の死骸は持って帰って、ドノバンさんに見てもらおうかと思ってね……」


 ラインハルトと話しながらも、蟻の死骸にジャバジャバと水を浴びせ続けたのですが、赤い液体は薄まっていかないようです。

 液体自体に粘り気があり、しかも油分のようなものを含んでいるのか水を弾いてしまうようです。


 何とか蟻の死骸の中で、比較的状態が良いものを選んで影の空間へと持ち込みましたが、それは赤い液体が蟻の身体を貫通して地面に落ちてからでした。

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