第329話 成長?

 翌朝目覚めても、メイサちゃんはご機嫌斜めのままでした。

 珍しく涎は垂らしていなかったけど、眠ったまま流した涙で僕の寝巻が湿っています。


「ほらメイサ! シャンとしな!」

「むぅ……」


 着替えを終えて朝食の席についても、しょんぼりとしたままで、まるで水をやり忘れた朝顔みたいです。

 アマンダさんも処置なしという感じで、肩をすくめています。


「ごちそうさま……」

「メイサちゃん……待って、メイサちゃん」

「何? もう学校行くんだけど……」

「座って、メイサちゃん。座って、ちゃんと僕を見て」


 メイサちゃんは、渋々といった感じで席に戻り、僕に視線を向けて来ました。


「僕は今日、迎賓館へ引っ越すけど、ヴォルザードから居なくなっちゃう訳じゃないよ。新しい家が出来れば、そちらに引っ越して生活するようになるし、ここにもちょくちょくご飯を食べに来るつもりだよ」

「そんなの分かってる……」

「そう、引っ越したからといって、メイサちゃんやアマンダさんと会えなくなる訳じゃない……そう思うよね?」

「えっ……?」

「僕も、こっちの世界に来るまでは、死んだ母さんと会えなくなるなんて思ってもいなかったんだ」


 それまで興味無さそうに話を聞いていたメイサちゃんの目が、真ん丸に見開かれました。

 僕がカミラによって召喚され、日本に戻れなかった間に、母さんが命を断ってしまったことは、アマンダさんとメイサちゃんには話してあります。


「ケ、ケント……居なくなっちゃうの?」

「居なくなる気は無いし、僕には眷属のみんなが付いていてくれるから、滅多な事で死んだりもしないし、影移動が使えるから、別の世界に飛ばされたとしても戻って来られると思う……でもね、世の中に絶対は存在しないんだ。もし、僕よりも強力な魔術士が現われたら、眷属のみんなよりも強力な魔物が現われたら、僕が命を落とさないとは限らない。例えば、もしメイサちゃんが学校に出掛けた直後に、この店がグリフォンに襲われて、目茶目茶に壊されたら、僕は居なくなっちゃうかもしれないんだよ」

「やだ、やだ、そんなのやだっ!」


 もしもの話だったけど、昨夜からの動揺が続いているのか、メイサちゃんはボロボロと涙をこぼし始めました。


「勿論、僕だってメイサちゃんと会えなくなるのは嫌だよ。でも、そんな事が起こるかもしれない。だからね……ちょっとの間のお別れでも、それが最後の別れであっても良いように、ちゃんと向き合って、笑顔でお別れしよう。もし、もしそれが最後の別れになったとしても後悔しないように、自分の気持ちは素直に伝えて、笑顔で挨拶を交わして、お別れするんだよ」


 メイサちゃんは、パチパチと瞬きを繰り返した後で、ゴシゴシと涙を拭いました。


「メイサちゃん、僕はメイサちゃんを本当の妹みたいに思ってる。例え引っ越したって、お嫁さんを貰ったって、メイサちゃんを大好きだし、いつまでもいつまでも家族としての絆で繋がっているって思ってる」

「ホントに……?」

「勿論、ホントのホントだよ」


 メイサちゃんは椅子から立ち上がると、ロケットみたいな勢いで抱き付いてきました。


「大好き、あたしもケントが大好き! ずーっと、ずーっと、ずぅぅぅぅぅっと大好きだから!」

「ありがとう」

「うん……うん、うん……」


 頭を撫でてあげると、メイサちゃんは猫みたいに顔をグリグリと擦り付けてきました。

 そのまま暫く、ギューっと抱き付いていましたが、身体を離すと俯いたままでゴシゴシと目元を拭い、パンパンと両手で顔を叩きました。


 顔を上げたメイサちゃんは、ウサギみたいに真っ赤な目をしていたけど、大輪のヒマワリのような輝く笑顔を浮かべていました。


「お母さん、ケント、行ってきます!」

「はいよ、行っておいで」

「行ってらっしゃい、メイサちゃん」


 学校に向かうメイサちゃんを裏口から見送ると、アマンダさんにギュっと抱えられました。


「こんなに立派な息子を持って、あたしゃ幸せだよ。ケント、あんたの母さんも、きっと天国で喜んでいるはずさ」

「だと、いいですね……」

「いつでもご飯を食べに帰っておいで。子供が出来たら、真っ先に見せに来るんだよ。あたしにとっては孫なんだからさ」

「良いんですか、そんなに早くお婆ちゃんになっても」

「構うもんか。メイサは当分貰い手が見つかりそうもないし、孫の顔どころか婿の顔を見られるかも怪しいもんさ」

「そうですね。チャラい男が手を出したら、僕がキャーン言わせてやりますから」

「あははは、それじゃあ益々貰い手が居なくなっちまうよ」


 アマンダさんには申し訳ありませんが、お兄ちゃんとしてはカルツさん並にシッカリした男じゃなければ認めませんよ。

 八木みたいな男がヘラヘラしながら現われたとしたら、プチって潰してやりますよ、プチって、プチってね。


 アマンダさんとも挨拶をして、下宿を後にしました。

 来た時も手ぶらで、出て行く時も手ぶらですが、沢山の思い出が胸の中に仕舞ってあります。


 階段を上がったすぐ脇、ドアを開けると突き当たりの壁に小さな窓があるだけで、日当たりも良くない三畳ほどの小さな部屋。

 ベッドも、テーブルも、椅子も、戸棚も木箱を並べただけで、その木箱には元の下宿人さんの荷物が残されていました。


 アマンダさんには言ってませんが、木箱の中には元の荷物の他に、ナイフやロープ、天幕や鍋、革の防具やリュック、防寒用のローブや毛布などを残してきました。

 次に下宿するのは、どんな冒険者なのか分からないけど、あっさり死なれるとアマンダさんやメイサちゃんが悲しみますからね。


 この下宿での日々で、一人の人間として働いて、お金を稼いで、生きていくことを学びました。

 悲しいことや、辛いこともあったけど、それ以上に人と繋がる喜びや、安心感を教えてもらいました。


 これから、僕は長い人生を歩んで行くと思うけど、この食堂の二階の小さな部屋で暮した日々は、決して忘れることはないでしょう。

 本当にお世話になりました。ありがとうございます。


 路地の角で振り返ると、まだアマンダさんが見送っていました。

 危うく涙が零れそうになったけど、ぐっと堪えて深々と頭を下げてから、振り向かずに歩き出します。


 大丈夫、今生の別れではないし、いつでも帰って来られるから。

 ここは、ヴォルザードでの僕の実家なんだから。


 感傷的な気分を振り払うようにブルブルっと頭を振ってから路地を抜け、表通りに出ました。

 本日もヴォルザードの街は活気に溢れ、多くの人が開店準備に忙しく立ち働いています。


 商品を運び込む馬車や荷車が行き交い、商店主や番頭格と思われる人たちが大きな声で指示を飛ばしています。

 この辺りは商人が中心ですが、もう少し進んでギルドが近くなると、道行く人の感じが変わります。


 腰に剣を吊るし、肩で風を切って歩いて行くのは、美味しい護衛の仕事にありついた冒険者でしょう。

 イロスーン大森林が通行止めになって以来、マールブルグからの荷物は、全てヴォルザードを経由して送られています。

 その結果、護衛の依頼が増えて、ヴォルザードの冒険者が潤っているようです。


 小走りで西地区を目指すのは、倉庫での荷運びに向かう新人冒険者です。

 護衛の仕事が増えれば、そちらにベテランの冒険者達が取られ、必然的に荷運びなどする者が足りなくなります。

 新人冒険者にとっても、今年は仕事が豊富なようですね。


 本日も、ヴォルザードは平穏なり……なんて思っていたら、言い争う声が聞こえてきました。


「ふざけんな! 取り消せ!」

「はぁ? 間抜けを間抜けと言って何が悪い」

「テンゼマは、間抜けなんかじゃない!」

「けっ、魔物使いの頭脳を真似て、観光気分でダンジョンに行く途中でオーガに食われた奴が、間抜けじゃなくて何だって言うんだよ!」


 うわぁ、何だか耳にしたくないフレーズが聞えて来ちゃったよ。

 声の方へと視線を向けると、僕と同じ年ぐらいの少年が四人います。

 言い争っているのは、そのうちの二人で、残りの二人は片方の仲間という感じで、三対一の状況のようです。


 ここまで聞いただけでは、八木が深く関わっているような感じじゃないけど、聞かなかった振りをして通り過ぎるのも気が引けちゃいますね。


「ふざけんな。俺達が襲われたのは、街道から分岐の道に少し入った辺りだぞ。あの辺りは、行楽に出かける人だって居る場所だ」

「それは、春から秋に掛けての話だろう? 餌が減って、魔物が凶暴化する今の時期に出掛けるなんて、食われにいくようなもんだろう」

「そもそも俺たちは、観光気分でダンジョンに向かった訳じゃねぇ! いずれダンジョンで活動する日のために、現地の状況を確かめ、俺達に足りないものを確認するために向かったんだ」


 話の感じからすると、八木とマリーデがダンジョンに行った話が流れていたりするみたいですね。

 八木達の話に感化されて、ダンジョンに向かう途中でオーガに襲われて、誰か犠牲になったのでしょう。

 良く見ると、一人の少年は、腕に包帯を巻いているようです。


「何が俺達に足りないものだよ。一歩城壁の外に出れば、いつオークやオーガに襲われたっておかしくねぇんだ。その備えすら出来ない奴が、ダンジョン云々なんてぬかしてんな、ばーか!」

「うるさい! 塀の中に閉じこもって守られているだけの臆病者が、偉そうなこと言ってんじゃねぇ!」

「自分の身も守れないくせに、ノコノコ塀の外に出て行くから食われたんだろう。そんで手前は、仲間が食われたおかげで助かった。いいや、仲間を見殺しにしたから助かったんだろう」

「なんだと、この野郎!」


 激昂した少年が拳を繰り出したものの、一番左に立っていた少年の盾にあっさりと防がれ、口論の相手をしていた正面の少年から前蹴りを食らいました。

 残る一人の少年も、ナイフの柄に手を掛けて、油断なく構えています。


 だいぶ嫌味な言い方をしていましたが、こちらの三人は連携も取れているように見えます。

 腹に前蹴りを食らった少年は、ゴロゴロと道の上を転がり、這い蹲った姿勢で悔しげに三人を見上げました。


「卑怯とかぬかすなよ。こっちが三人だと分かっていて殴り掛かってきたんだからな。今みたいに考え無しで行動してるから、仲間が死ぬんだよ」

「くそっ……」

「おぅ、行こうぜ……」


 這い蹲った少年が顔を俯けたのを見て、三人組はその場を後にしようと背中を向けました。


『ケント様、あやつ詠唱してますぞ!』

「えっ?」


 ラインハルトが警告してきた通り、跳ね起きた少年が掲げた右手には、直径15センチぐらいの火球が姿を現しました。


「危ない! 伏せろ!」

「食らぇぇぇぇぇ!」


 僕の警告に三人組が振り返るのと、少年が火球を投げつけたのは殆ど同時でした。


「うわぁ!」


 三人の回避は間に合わないとみて、火球を上空へと弾き飛ばすように闇の盾を斜めに形成。

 闇の盾にぶつかって形の崩れた火球は、上昇しながら燃え尽きました。。


「誰だ、邪魔しやがった……ぶはぁ」


 火球を防いだ相手を探して、道の真ん中でキョロキョロしている少年の前に、闇の盾を使って瞬間移動し、思いっきりビンタを食らわせてやりました。


「な、何だお前……」

「何だじゃないだろう。こんな街中で火属性の魔術を使って、関係の無い人を巻き込んだらどうするんだ!」

「お、お前さえ邪魔しなければ、ちゃんと命中していた」

「それが、君の目指す冒険者か?」

「えっ……?」

「口論で勝てなかったら、暴力を振るう。暴力で敵わなかったら、不意打ちやだまし討ちを食らわす。そんな奴が、君の目指す理想の冒険者なのか」

「くっ……」


 僕の問い掛けに、返答に困った少年は黙り込みました。

 僕と少年の双方が黙り込んだことで、周囲のざわめきが耳に入ってきます。


「おい、あれって魔物使いだよな?」

「間違いねぇよ。空中に黒い壁が現われて、そこから出て来たのを見たぞ」

「やべえぞ、あいつ殺されちまうんじゃないのか?」

「守備隊を呼んで来た方が……」

「馬鹿、それで守備隊と戦闘になったら街が無くなるぞ」


 いやいや、そんな物騒な事はしません……って、何でみんなジリジリと離れていくのかな?

 というか、殴り飛ばした少年も、僕の正体に気付いたらしくガタガタと震えだしてます。


「あ……た……たす……」

「あたたす?」


 何か呟いたみたいだけど良く聞こえなかったので、一歩近づいて耳を傾けると、蚊の鳴くような声で懇願されました。


「たす……助けて、こ、殺さないで……」

「はぁ……こんな事で殺さないよ。警告しても、警告しても悪事を止めない山賊とかは、まとめてプチってやっちゃうけどね……」

「ひぃ……」


 いや、脅すつもりじゃなかったんだけど、小さく悲鳴を漏らした少年の股間に染みが広がっていきます。

 いや、待って待って、そんなチビっちゃうほど僕は怖くないよね。


 同意を得ようと三人組の方を振り向くと、マッチ棒みたいな直立不動で横一列にならんでガタガタと震えています。

 えぇぇ……ボクハ、コワクナイヨー……


「あ、危ないところを助けていただき、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 三人揃って、バネ仕掛けみたいな勢いで、身体が90度になるまで頭を下げてきます。

 いったい、どこの軍隊なんですか。


「あぁ……うん、ちょっと聞かせてもらっただけで、詳しい事情は分からないけど、亡くなった人の尊厳を傷付けるような言い方は、控えた方がいいかなぁ……」

「は、はい! 以後十分に気を付けます。申し訳ありませんでした!」

「君達は、これから仕事なんだよね? もう行って良いよ」

「はい、ありがとうございます! 失礼します!」


 三人組は、米つきバッタみたいにペコペコと頭を下げると、駆け足で去っていきました。


「さてと……って、居ないよ!」


 二度と街中で火属性魔術をぶっ放そうなんて思わないように、お灸を据えてやろうと思っていたのに、もう一人の少年は、道の上に水跡を残して姿を消していました。

 野次馬の皆さんが指差す方向を見ると、ギルドに駆け込んで行く少年の姿があります。


『いかがいたしますか、ケント様』

「うん……追いかけるのは面倒だなぁ」


 今日から迎賓館に間借りするので、クラウスさんとマリアンヌさんが出勤する前に挨拶しようかと思っていたのですが、既に行き違いになりそうな時間です。

 少年は放置して、影に潜って領主の館に移動しようかと思ったら、マルトがひょっこり顔を出しました。


「わふぅ、御主人様、あいつ、魔物使いに殺される……って叫んでるよ」

「クソガキめぇぇぇ! もう、マジで面倒臭いなぁ……」


 思わず悪態をついて駆け出したら、野次馬の皆さんが引き攣った表情で一斉に後退りして人垣が割れました。

 また変な噂になってしまうのは確実でしょうが、今はクソガキの追跡を優先します。


 ギルドの入口を少し乱暴に開けて中へと踏み込むと、廊下を歩いていた人が短い悲鳴を上げて壁際まで飛び退りました。

 あぁ、何でこんな事に……と、思わず頭をかかえてしまうと、受付カウンターの方から悲鳴のような声が聞えてきます。


「お願いします、助けて下さい。お願いします……」


 とにかくクソガキをとっ捕まえて、黙らせないといけません。

 早足で廊下を歩き始めると、騒動の火に油を注ぐ輩が現れました。


「来たーっ! 魔物使いが来たぞ!」

「やべぇ、巻き込まれるぞ!」


 誰だか知らないけど、余計な一言のおかげで、悲鳴を上げて逃げ惑う人まで現れて、カウンター前はプチパニックになっています。

 こうなると、フルールさんを筆頭に受付の皆さんの視線が向けられていますし、腕組みをしたドノバンさんの姿もあります。


 はいはい、二階の応接室ですね、ドノバンさんの顎の動きで理解しちゃいました。

 僕の代わりじゃないですけど、クソガキをプラーンして連れて来てもらうようにジェスチャーで伝えると、ドノバンさんは頷きました。


 不精をして影移動で先に二階に上がると、やがて重たい足音が階段を上って来ました。

 ドノバンさんに襟首を掴まれて大人しくしていたクソガキですが、僕の姿を見ると、また喚き始めました。


「黙れ……」


 クソガキは、ドノバンさんの一言で沈黙。

 そうそう、黙ってればいいんだよ、黙ってれば……って、はい、僕も黙ってますから、そんなに睨まないで下さい、ドノバンさん。


 応接室に入ると、ドノバンさんの向かい側に座らされ、クソガキは僕の横に立たされています。

 座るとソファーが汚れるからだそうです。なるほど……。


「それで、どういう事なんだ、ケント。あぁ、ケイロス、お前は黙ってろ」


 どうやらクソガキの名前は、ケイロスと言うらしいですね。

 事の顛末を語って聞かせると、ドノバンさんは大きな溜め息をついてから、ケイロスに射抜くような視線を向けました。


「ケントの話に間違いは無いんだろう? それで、なんで殺されるなんて思った?」

「それは……俺がケントさんの生き様に泥を塗っちまったから……」

「はぁ? 生き様だぁ……?」


 思わずドノバンさんと顔を見合わせちゃいましたよ。

 てか、僕の生き様って……何?


「ケントさんは、たった一人でリーゼンブルグに戦いを挑んで、囚われた仲間を救い出したり、ロックオーガの大軍や、サラマンダー、グリフォン、デザート・スコルピオなんて凄い魔物を平然と倒しちゃう、凄ぇ、凄ぇ、ホントに凄ぇ冒険者で、俺達の憧れなんです。それなのに……それなのに俺は、テンゼマ一人助けられなくて……馬鹿にされたからって暴力で解決しようとして、街中で火の魔術まで使っちまって……俺なんか、ケントさんに殺されたって当然です。でも、それでも、死ぬのが怖くてぇ……ううっ、うぅぅぅ……」


 ケイロスは跪いて両手で顔を覆い、ベソベソと泣きはじめました。

 あぁ、分かった……こいつ、マジで面倒臭い奴だ。


「えっと……ドノバンさん、帰っていいですか?」

「まぁ待て、どうせ今日は引越しぐらいしか用事は無いんだろう?」

「どうしてそれを……って、いやいや、これでも結構忙しいんですよ。明日のボレント達との対決の準備もありますし」

「何すか、それ? ボレントって、歓楽街のボスの事っすよね? ケントさん、対決するんすか?」

「うわぁ、面倒臭い奴に、余計な事を聞かれちゃったよ」


 てっきり自分の世界に浸っていると思ったのに、ケイロスはボレントとの対決というフレーズに食いついてきました。


「酷ぇ……面倒臭いって、いや、すみません。俺、面倒臭いっすよね。それで、ボレントとの対決って……」

「うるさい……黙れ」

「ぴっ……」


 ドノバンさんを真似て、ちょっと凄んで言ってみると、ケイロスは面白いようにフリーズしました。

 まぁ、一分も持たない気はするけどね。


「この話には、僕の大切な人達のこれからが掛かってるんだ。余計な事をペラペラと喋って回り、ボレント達に気付かれたら……マジで、お前消えてもらうからな」

「ひぃ……」


 ケイロスは、短く悲鳴を漏らした後で、ガクガクと頷きました。


「それで、ドノバンさん、こいつを僕にどうしろと……?」

「いや、やっぱり止めておこう。お前に後進の育成なんかやらせたら、俺の面倒事が増えるばかりだ」

「なんだか、僕が面倒事の種みたい言われている気がしますけど……まぁ、否定はしませんけど……」

「そう思うなら、この程度のヒヨっ子は、俺の手を煩わせないように締めておけ」

「はぁ……努力はしてみます」


 てか、またちょっとチビってるし、そのくせ物欲しげな視線を向けて来るし……この馬鹿な子犬みたいな生き物には、金輪際関わりたくないですねぇ。

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