第327話 お裾分け
「国分君、ご注文の品物は全部揃っているよ」
「ありがとうございます、梶川さん。色々と頼んでしまって、すみませんでした」
「察するに、向こうで手巻きパーティーでも開くのかな?」
「うーん……ヴォルザードでは、生で魚を食べる習慣がないので、一部だけですね。ネタも日本みたいに豊富に揃わないので」
「なるほど、カルパッチョを和風にするのと、軍艦巻きにするのかな」
「まぁ、そんな感じです」
帰還作業を終えた後、梶川さんから頼んでおいた品物を受け取りました。
包丁、わさび、醤油、みりん、お酢、お米、海苔、かつおぶし、昆布、羽釜、飯台……などなど、今日の食事会に使う品物です。
昨日、試験航海の時にゲットした、マグロっぽい魚を使って、鉄火丼を作る予定です。
大トロ、中トロ、赤身、ヅケ、ネギトロを酢飯の上に盛り付けて、わさび醤油を垂らしてから、ワシワシ掻き込むつもりです。
ヴォルザードの人たちには、炙りにした方が食べやすいですかね。
梶川さんに、買い物の代金ではないですが、魔石を譲渡してからヴォルザードに戻りました。
本日の食事会は、夕方からの開催予定で、参加者は僕、唯香、マノン、ベアトリーチェ、アマンダさんに、メイサちゃん、クラウスさんに、マリアンヌさん、アンジェお姉ちゃん、ノエラさん、ハミル、メリーヌさん、本宮さん、綿貫さん、そしてカルツさんの予定です。
なぜカルツさんを招待したかなんて、言うまでもないですよね。
今日明日中には、バシっとプロポーズを決めてもらわないといけませんから、援護射撃と言う名のプレッシャーを掛けるためです。
メリーヌさんの弟ニコラを借金漬けにしたボレントについては、既に裏帳簿をクラウスさんに渡してありますし、あとは対決するだけです。
フレイムハウンドの三人についても、ボレントとの対決が終わり次第ギルドからランク降格とヴォルザードからの退去処分が下される予定です。
あとは、カルツさんがメリーヌさんと結婚すれば、ちょっかいを出そうなんて不届き者も居なくなるでしょう。
ニコラの今後については、少々不安が残りますが、ギルド経由で借金を背負う事になりますから、返済できなければ強制的に城壁工事です。
まぁ、何とかなるんじゃないですかね。
「ただいま戻りました」
「おかえり、健人。お米とか受け取って来た?」
「ばっちり。お釜も頼んでおいたよ」
「じゃあ、お魚も出してもらえるかな?」
「オッケー」
今日は、和風の味付けのものを多く出す予定なので、唯香が張り切っています。
梶川さんから受け取ってきた品物を出した後で、いよいよマグロっぽい魚の登場です。
「うわっ、大きい……」
「これ、どうやって切るの?」
大きすぎて調理場では作業出来そうもないので、店の裏の井戸端に土属性魔術で作った台の上にドーンと乗せたら、唯香もマノンも目を丸くして驚いています。
まぁ、ドーンと乗せたのはラインハルトで、僕ではとてもじゃないけど持ち上がらない大きさなんですけどね。
「送還術を使って小分けにしちゃうから大丈夫だよ。では送還」
築地などの魚市場で大きなマグロを解体する時には、日本刀みたいな包丁をつかいますが、送還術を使えばそれ以上の切れ味で解体できます。
バサバサっと三枚に下ろした後、小分けにしたら調理は唯香たちに任せて、僕はお裾分け行脚に出発です。
最初に向かったのは、リーブル農園のディーノお爺ちゃんのところです。
農園で収獲作業をしていた頃に聞いたのですが、今の時期はリーブルの木を休め、春からの実りに向けて力を蓄えさせる時期だそうです。
リーブルの木の幹には、防寒用の藁が巻かれています。
ヴォルザードでも、稀にですが極端に気温が下がる日があり、何もしていないと樹皮が凍って裂ける場合があるそうです。
末端の枝であれば、新しく生えてきますが、幹の樹皮が裂けると木が酷く弱ってしまうそうです。
藁は春になる直前に回収して、潜んでいる害虫ごと燃やし、燃やした灰は土壌の改良に使うそうです。
「こんにちは、ディーノさん」
「おぉ、ケント、よく来たな。さぁ、寒いから中に入れ」
「はい、お邪魔します。マイヤさん、こんにちは」
「いらっしゃい、さぁさぁ座って、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます。先日のランスフィッシュはどうでした?」
「おぉ、そうじゃそうじゃ、あれは美味かったぞ。あんなに美味い魚を食べたのは初めてだ」
「本当に、私もあんなに美味しいお魚は初めてだったわ」
「そうですか、良かったです。実は、ちょっと違う種類なんですけど、今日もお裾分けを持って来ましたので、皆さんで召し上がって下さい」
ディーノさんのところは、息子のブルーノさんの家族もいますので、中トロと赤身の部分をドーンと置いていきます。
「おぉ、こりゃ美味そうだ。いつもすまんのぉ」
「あなた、ケントにあれを持たせてあげれば?」
「おぉ、そうじゃな。ケント、ちょっと待っておれ。良いものを持ってきてやるぞ」
ディーノさんは、ニンマリと笑うと、裏口から外へと出て行きました。
これは、もしかして、もしかすると……期待しちゃっても良いのですかね。
「マイヤさん、膝の具合はいかがですか?」
「ケントのおかげで、もうすっかり良くなって、あれから全然痛まないわ」
「もし、どこか痛みが出るようでしたら、いつでも言って下さいね」
「ありがとうね。うちの人も腰の痛みが取れたおかげで、十歳ぐらい若返った感じよ。ブルーノは心配してるけど、元気すぎるぐらい元気なのがうちの人の取り得だから、本当に感謝してるわ」
「ここでお世話になったのは、ヴォルザードに来たばかりの頃で、一人でちゃんと暮らして行けるのか不安で一杯だったんです。皆さんに本当に良くしてもらって、仕事をして、お金を貰って、暮らしていく自信がついたので、僕の方こそ感謝しています」
「ケントの人生に、ほんの少しでも役に立てたなら嬉しいわ」
マイヤさんが出してくれたフルーツケーキには、ドライリーブルとナッツがいっぱい入っていて、芳醇なリーブル酒が香る絶品です。
銀座とかで売ったら、一切れ千円ぐらいでも飛ぶように売れるんじゃないですかね。
「ほい、ケント、待たせたのぉ、これを持っていけ」
「これは、リーブル酒ですよね?」
「そうじゃ、味見用に少し出してやろう」
ディーノさんは、持ってきた瓶とは別に、棚に置いてあった瓶から小さなグラスにリーブル酒を注いでくれました。
「ふわぁ、香りが……」
「どうじゃ、良い香りだろう」
「はい、これは何年ものなんですか?」
「十年物だ」
「十年ですか……?」
以前、もっと長い期間寝かせたものも飲ませてもらいましたが、それと較べても香りは遜色無いような気がします。
「まぁ、飲んでみろ」
「はい、いただきます。んん……えぇぇ……」
年代物のリーブル酒のトロリとした舌触りとは違って、スーっと喉を通っていくのですが、リーブルの香りとは別の香りが加わって、複雑な味わいがします。
「なんだか、森の中でリーブル酒を飲んでいるような……」
「ほぅほぅ、そうじゃな、確かにそんな感じがするのぉ」
「これは、何か特別なリーブル酒なんですか?」
「この年はのぉ、仕込みの樽の材質を変えてみたんじゃ」
「樽でこんなに味が変わるものなんですね」
「うむ、新酒の時や、五年目までは、これほどの違いは感じなかったのじゃが、これは面白い。あと十年、十五年と寝かせたら、どのような味になるのか味わってみたいが、それまでワシが生きておるかのぉ、ほっほっほっ」
「これは、是非とも確かめないとだめですよ。それを生き甲斐に長生きしてください」
「そうじゃな、その通りじゃな」
美味しいお茶とケーキをご馳走になり、お二人と楽しくお喋りをしてから次のお裾分け先へと向かいました。
今日いただいたリーブル酒は、クラウスさんに飲ませると、あっという間に無くなりそうなので、影収納に隠しておきましょう。
続いて向かった先は、薬屋のコーリーさんの店です。
「あら、ケント、いらっしゃい」
「こんにちは、ミューエルさん。コーリーさんはお出掛けですか?」
「うん、ちょっと近くまで買い物に出掛けてるけど、何か用?」
コーリーさんの店に入ると、カウンターの中にいたのはミューエルさんでした。
「えっと、また魚のお裾分けなんですが……」
「ほんとに! ランスフィッシュ?」
「いえ、ランスフィッシュじゃないんですが、たぶん美味しいですよ」
「やった、今夜は御馳走だわ」
ミューエルさんの尻尾が上機嫌に揺れているところ見ると、やはり前回のランスフィッシュは相当美味しかったみたいですね。
もう、ミューエルさん、まっしぐらって感じで、もしかして美味しい魚で餌付けできちゃったりしますかね。
大きな塊の切り身を取り出すと、ミューエルさんの目が爛々と輝きだしました。
「すっごい、これでほんの一部なんだよね? 全体だと、このぐらい?」
ミューエルさんが両手を大きく広げてみせると、魅惑のバストがたゆんと揺れて、すっごいです。
「もう少し大きかったですね。胴回りもランスフィッシュよりも太かったですし」
「そんなに大きいんだ。でも、どこで、どうやって捕まえて来るの?」
「今回もジョベートから出航した船に乗って、沖に一時間ぐらい進んだところですね。捕まえ方は、送還術で海の中から船の上に放り上げる感じですね」
ミューエルさんに、昨日行った試験航海について、簡単に説明しました。
「へぇ、じゃあその船が無事に到着すれば、クラーケンは討伐されたことになるんだね?」
「はい、指名依頼完了の報酬も振り込まれる予定です」
「凄いねぇ、ケントはリーゼンブルグの端から端まで飛び回って依頼をこなしてるんだね」
「というか、あちこちで便利に使われているだけですよ」
「そんな事は無いでしょ。そもそも仕事の出来る人じゃなければ、依頼も来ないわよ」
「まぁ、そうかもしれませんね。そう言えば、ギリクさんってどうしてます?」
「うーん……ギリクはねぇ……」
一応、確認程度に聞いてみたのですが、何だかミューエルさんが微妙な表情を浮かべています。
「また、何かやらかしたんですか?」
「ううん、そうじゃないし、私にベッタリの状況は無くなったんだけど、家からも出て、先輩冒険者の所に居るみたいなの」
「それって、ペダルだか、サドルだか言う名前のおっさんですか?」
「そうそう、そんな感じの名前だったと思う。ケント、知ってるの?」
「以前、サラマンダーをギルドに持ち込んだ時に絡まれて、ゴブリンの極大発生の時にも嫌味を言われたことがあって、あまり良い印象は無いですね。二週間ぐらい前に、二人とギルドの近くで遭遇したけど、その時も友好的ではなかったです」
「そうなんだ。ギリクに他の冒険者と組むように言った方が良いのかな?」
「うーん……どうですかね。その冒険者に関しては、僕が稼いでるのを妬んでいるような感じでしたが、実際の働き振りとかは知らないので、何とも言い難いですね」
ミューエルさんは、ギリクに纏わり付かれると鬱陶しいけど、変な冒険者に騙されてたりしていないか心配でもあるようですね。
でも、ギリクには悪いけど、恋愛感情から心配しているというよりも、出来の悪い弟を心配する姉って感じですよね。
「何事も経験だから、多少の失敗はしても構わないと思うんだけど……」
「何かあったんですか?」
「三日ぐらい前に、ギリクが歩いているのを見掛けたんだけど、何か不精髭とか伸びてたし、着ているものも薄汚れていて、どうなのかなぁ……って思っちゃって」
「あーっ……確かに、僕が会った時も薄汚れてたような気がします」
「ううん、気がするどころじゃなくて、完全にばっちい状態だった」
言われてみれば、ミューエルさんにベッタリだった頃は、嫌われたら不味いと思って、身綺麗にしてたんでしょうね。
そう話すと、ミューエルさんは首を横に振りました。
「ギリクが身綺麗にしてたのは、ギリクのお姉さん達のせいだと思う」
「そう言えば、そんなような話をチラっと聞いたような……」
「うん、色々とトラウマものだから、詳しくは話せないけど、薬草の採取とかで汚れて帰ると強制的に風呂場に連行されて、ついでに色々させられてたみたい……」
「色々って、掃除とかですか?」
「まぁ……掃除と言えば掃除なんだけど、ご奉仕というか……」
何ですとぉ! お姉さんにトラウマ級のご奉仕させられるなんて、むしろご褒美じゃないですか。
いや、羨ましくなんかないですよ。
僕だって、昨晩リーゼンブルグの次期女王に、ご奉……げふんげふん、な、何でもないです。
「はぁ……ケントだったら逞しく生きていけそうだけど、ギリクには無理な環境だったの。でも、家を出たからといって、あれじゃねぇ……」
ミューエルさんは、溜め息をついて肩を落としました。
たぶん、ミューエルさんの考える理想のギリクみたいなものと、実際のギリクのギャップが大き過ぎるのでしょう。
「でも、ミューエルさんから独り立ちは出来たみたいですし、あとは世間に揉まれて色々経験するうちに、変わっていくんじゃないですか?」
「そうだと良い……というか、そうでないと困るんだけどねぇ……」
ミューエルさんが、もう一度大きな溜め息をついたところへ、店の主コーリーさんが帰ってきました。
「何だい何だい、溜め息なんかついて、また図体ばかりデカくなった甘ったれのことをかんがえてるのかい?」
「あっ、お邪魔してます、コーリーさん。また魚のお裾分けに来ました」
「はぁ、どうだいミューエル、この気遣いだよ。Sランクになっても変わらない、この腰の低さ。尻に敷くなら、こういう男にするんだよ」
「師匠、ケントのところは、もう先約で一杯ですよ」
というかコーリーさん、尻に敷くのが前提というのは、ちょっと変じゃないですかね。
まぁ、たぶん敷かれるんでしょうけど……。
てか、ミューエルさん一人ぐらいでしたら、まだ……いや、カミラにミューエルさんも加わると、比率的なものが崩れてしまってマノンとセラフィマが、むにゃむにゃ……。
「坊や、この魚はジョベートの沖で捕って来たんじゃないのかい?」
「はい、そうですけど……」
「ってことは、エーデリッヒからの指名依頼ってことだろう?」
「はい、その通りです」
「ミューエル、この坊やなら、ギリクが一年掛かっても稼げないような金を数日で稼いじまうよ。他に四人五人嫁がいたって、気にすることじゃないさ」
「いやいや、コーリーさん、そんなお金だけの問題じゃないですから」
「何だい坊や、ミューエルじゃ物足りないのかい?」
「とんでもない。ミューエルさんなら、いつでもウェルカムですよ」
「ケント……ユイカ、マノン、ベアトリーチェの三人をお嫁さんに貰うのに、フラフラしてたら駄目でしょ、めっ!」
「はい、ごめんなさい」
ひゃっは――っ! 久々にミューエルさんに、めっされたった――っ!
「はぁ、何とも締まらないSランク冒険者だねぇ……まぁ良いさ、今はミューエルにも結婚願望は無いらしいから、行き遅れて焦りまくった頃には拾ってやっておくれ」
「はい、その時は、僕が責任を持って……」
「ケント! それじゃあ私が行き遅れるのが決まってるみたいじゃないの、めっ!」
「うひぃ、ごめんなさい……」
ひゃっは――っ! またまたミューエルさんに、めっされたった――っ!
おっと、いけない、奥歯を食いしばっていないと、ニヤけまくっちゃいそうです。
ていうか、ミューエルさんが行き遅れるなんて、あり得ないでしょう。
メイサちゃんは、貰い手が現れるかマジで心配になりますけどね。
「そう言えば、新旧コンビと近藤は、ちゃんと護衛の役目を果たしてますか?」
「うん、三人とも本当に良くやってくれているよ。この前も、薬草採取の途中でオークに出くわしたけど、用意していた松明に火をつけて、それを振り回して追い払ったんだよ」
「えっ、討伐しなかったんですか?」
「うん、護衛の仕事は、魔物の討伐ではなくて、依頼者の身の安全を守ることだってさ」
「その台詞は、ぜったいに近藤が言った言葉ですよね」
新旧コンビにとって、問題はどっちが先に仕掛けるかだけで、余程強力な魔物が相手でなければ、討伐を思い留まるはずがないですね。
てか、近藤一人で、よく二人を止められたもんだ。
「そうだよ、タツヤとカズキは、あれだからねぇ……」
「ははっ、そうですねとしか言いようが無いです」
さすがミューエルさん、よく分かっていらっしゃる。
「私が居ない三人の時でも、良い条件じゃなければ討伐はしないみたいだよ。オーク、オーガクラスを無条件で討伐するのは、ケントかシューイチが一緒の時だけだって」
「なるほど……近藤が残ってくれて、本当に良かったと思いますね」
人の力を当てにして、ちゃっかりしてると思う反面、死んでもらいたくないので、賢明な判断だとも思いました。
「さて、ミューエル、そろそろ調合を始めるよ」
「はい、師匠。そういうことなので、ケント、またね。魚ありがとうね」
「そうだった、坊や、いつもすまないね。式が終ったら、夜に良く効く薬を分けてあげるよ。ひっひっひっ……」
「たぶん、僕には必要ないと思いますけど、長期保存が出来るなら……」
あっちの方って、自己治癒魔術で回復したりするんですかね。
でも、お嫁さんが四人ともなると、備えはしておいた方が良いですよねぇ。
「ひっひっひっ……生憎、長期の保存は出来ないから、必要になったら取りにおいで」
「はい、その時は、よろしくお願いします」
「もう、ケントも師匠も、めっ! 調合を始めるんですよね。ケントは邪魔になるから帰って!」
「はーい……退散しまーす」
ひゃっは――っ! 頬を赤らめたミューエルさんに、めっされたった――っ!
ミューエルさんは、ちょっと大人なお姉さんというイメージなんですが、意外にアダルトな話は駄目みたいな感じです。
ちょっと膨れっ面でのめっは、レア度高いです。
でも、どうせなら、ベッドの上とかお風呂場で、めっされたいですよねぇ。
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