第302話 予期せぬ再会

 十一回目の帰還作業は、ヴォルザードの時間で朝九時に行いました。

 現在の時差は約十六時間で、東京は夕方の五時です。


「やぁ、国分君。お疲れ様」

「お疲れ様です、梶川さん」

「もう、帰還作業にはすっかり慣れた感じだね」

「そうですね。最初から較べると、使う魔力も少なくなってきています」

「それは何よりだけど、無理に帰還のペースを早めなくても良いからね。とにかく安全第一で進めてほしい」

「了解です。帰還作業だけは失敗できませんからね」


 藤井が魔落ちして、連続殺人事件を起こしてから、もうすぐ一ヶ月になります。

 日本政府は、魔石の人体への投与を全面的に禁止、ヴォルザードから戻った同級生達を使った実験も全面的に禁止すると発表しました。


 その一方で、魔石を使った実験は、厳重な管理下において継続するとも表明しています。

 密閉された空間での、魔石を使った魔道具の効率は、化石燃料や太陽電池、燃料電池などの効率を遥かに上回る数字が計測されているからです。


 実験で使われている魔道具も、既に日本で複製や改良が加えられています。

 魔道具は、魔力を通しやすい魔物の骨や角、牙などの素材を、魔法陣の形に彫り出したものが発動部位になっています。

 この発動部位を、精密な3D旋盤で加工したり、素材を一度粉末にした後で圧縮成形するなど、日本の加工技術を用いて作成すると、更に効率が上がっているそうです。


「まだ推測の域を出ていないけど、電気に例えるならば、抵抗が減るような感じらしいよ。日本の技術を使えば、大型の魔法陣や高効率の魔道具の大量生産なんかも夢じゃないよ」

「うわぁ、そこまでは考えていませんでした。でも、あまり地球側で大量に魔石を消費するのは……」

「勿論、環境問題についても考えているよ。例えば、魔石の形で日本に持ち込むのは難しいならば、エネルギーの形で持ち込むとかね」

「エネルギーで……ですか?」

「例えば、ヴォルザードに魔道具火力発電所を建設して、電気だけ日本に持ち込むとかだね」


 現在、東京の練馬とヴォルザードの間は、闇属性のゴーレムによって闇の盾を開きっぱなしの状態にして、電波が届くようになっています。

 影の空間には、生物以外の物であれば通過出来るので、ケーブルを引くことも可能です。

 ただし、闇属性のゴーレムが壊れた場合には、闇の盾があった場所でバッサリと切断されてしまうリスクはあります。


「だから、闇の盾の部分だけ、簡単に交換できるような設計にしておけば、万が一の事態でも楽に復旧出来るよね」

「そうですけど……もしそれを実現するとなると、影の空間に高電圧の送電線が通る事になりますよね? それは、ちょっと……」

「まぁ、あくまでも理論上の話だし、国分君がノーと言えば、そもそも実現できないからね」


 日本にとっても、ヴォルザードにとっても利益になることであれば、できるだけ協力したいと思っていますが、さすがに送電線を引くというのは考えてしまいます。


「それで、国分君。悪いんだけど……」

「魔石ですね。構いませんけど、ちゃんと賠償額に加算しておいて下さいよ」

「オーケー、オーケー、その点については、任せておいて。日本政府に対する風当たりは時々強くなったりしているけど、リーゼンブルグに対する世論は軟化しつつあるからね」 


 僕らが召喚された事件に関しても、最初の帰還者として木沢さんが日本に戻り、自伝を発表したあたりが、世間の関心のピークだったようです。

 異世界との往来が、制限付きとはいえ可能になり、剣と魔法の世界が実在すれば騒ぎになるのは当然です。


 田山が渡瀬と一緒に行った、ヴォルザードの城壁上から魔法を使ってゴブリンを仕留めるネット中継は、回線がパンクするぐらい視聴者を集めました。

 ですが、ヴォルザードに居る同級生達は、基本的に魔物と接触する機会の無い安全な場所に居ます。

 同級生達がアップした動画に映っているのは、ちょっと風変わりな平和な街なので、急速に関心が薄れたようです。


「たぶん、国分君が請け負っている依頼の様子などを映した動画なら、もの凄いアクセス数を稼げるとは思うけど、ヴォルザードの普通の風景では言い方は悪いけど飽きられちゃってるんだよね」

「というか、そうなるように梶川さん達が仕向けてるんじゃ……?」

「はははは……まぁ、そうなんだけど、そこは内緒にしておいてよ」

「まぁ、僕としても、そっちの方が動きやすいですし、助かります」


 もう一つ、召喚事件が沈静化している理由は、日本政府が肩代りしている形ですが、被害者や遺族に対しての賠償が進められているからです。

 一時金という形だそうですが、支払いが行われる事で賠償を進める意思を感じ、不満が高まるのを抑えられているようです。


「そう言えば、船山のお父さんは……?」

「船山氏か……まぁ、相変わらずだね。ただ、帰還した生徒さんが増えてきて、その家族と揉めたりしていてね……」


 召喚に巻き込まれた同級生の中で、船山だけが生存の確認も、遺体の確認もされていないので、行方不明扱いのままです。

 死亡した後、魔の森に運ばれてゴブリン達の餌にされてしまい、骨も遺髪も残っていません。


 僕も船山の遺体が放置されたと思われる場所には行きましたが、血の跡と僅かな肉片が落ちていたのを見ただけで、それが本当に船山のものだという確証はありません。

 船山のお父さんの立場だったら、納得できないのも当然でしょう。


「他の家族と対立することで、過激な主張が抑え込まれるのは正直に言ってありがたいけれど、船山氏の孤立が心配なんだよね」


 日本に居た頃に、船山と行動を共にしていた二人、田山はネット中継中にオークの投石を食らって死亡、渡瀬も既に帰国しています。

 無事に帰って来た渡瀬の家族を妬むのは、まだ理解出来るとしても、同じく死亡している田山の家族とも揉めているそうです。

 カミラを日本に連行して処刑しろとか、自衛隊を送り込んでリーゼンブルグの騎士を皆殺しにしろといった船山のお父さんの発言は、解決の妨げになると思われているようです。


「梶川さん、リーゼンブルグと被害者遺族との和解を、更に進める方法とか無いですかね?」

「そうだね。カミラ王女の謝罪は、一応ビデオという形で行われているけど、被害者や遺族に対して個別の謝罪文とかがあると良いかもね」

「なるほど……直接本人に謝っているって感じが増すかもしれませんね」


 召喚された人、召喚後に死亡した人、校舎の崩壊で死亡した人、怪我をした人のリストを作ってもらう事にしました。

 被害者の総数は、四百名以上になります。

 その全員に謝罪の手紙を書くとなると、カミラの負担が大きくなりますが、少しずつでも構わないので書いてもらいましょう。

 べ、別に、けしからんボディーを、早く好き勝手にしたいからじゃないからね。


 被害者のリストは、既に作成されていたようで、梶川さんがパソコンを操作してプリントアウトしてくれました。

 とは言っても、これ日本語だからカミラは読めないんだよね。

 ヴォルザードに居る佐藤先生あたりに事情を話して翻訳してもらいましょう。


 受け取ったリストを持ってヴォルザードに戻り、守備隊の臨時宿舎を訪ねると、佐藤先生は授業の最中でした。

 守備隊の講堂を使って、半分が国語、半分は社会科の授業を行っています。

 国語が佐藤先生、社会科は千崎先生、どちらも本職です。


「国分君も参加しますか?」

「い、いえ、ちょっと先生にお願いがあって……」


 授業の様子を扉の外から覗いていたら、彩子先生に声を掛けられました。


「お願いというと……?」

「はい、被害者リストの翻訳をお願いしようかと……」


 カミラに謝罪文を書かせる話をすると、彩子先生はささやかな胸をドンっと叩いて、軽く咳き込んでから翻訳を請け負ってくれました。


「こほっ……わ、私に任せて。明日までにやっておいてあげるわ」

「でも、彩子先生も授業があるんじゃ?」

「ここでは、一日に二時限と、夕方までの補習だけだから大丈夫」


 授業は一日五時限で、六時限目は苦手科目の補修に充てているそうです。

 とにかく五教科の遅れを取り戻すために、先生も同級生のみんなも必死のようです。

 うん、ここに居ると、落ちこぼれ感がハンパ無いので、退散しましょう。


 時間が出来たので、ブライヒベルグに足を伸ばしてみます。

 クラーケンの魔石を売るなら、今はブライヒベルグのオークションが良いと、ドノバンさんから教えてもらいました。


 イロスーン大森林が魔物の増殖によって通行出来ない状態が続いているので、現状では荷物は影の空間を使った輸送に頼っている状態です。

 例えば、マールブルグから東の端のエーデリッヒまで鉱石を輸送する場合、これまではマールブルグの冒険者がエーデリッヒまで護衛を担当していました。


 ですが、現状ではマールブルグの冒険者が担当出来るのはヴォルザードまでで、ブライヒベルグからは別の冒険者が護衛を担当するしかありません。

 輸送の拠点となっているブライヒベルグでは、荷物が集まり、護衛の仕事も増え、景気が良くなっているという訳です。


 というか、荷物の量が目茶目茶増えてない?

 ゼータ達が闇の盾を維持して、コボルト隊が運んでいるんだけど、これって大変すぎるよね。

 早速、眷族のみんなの労働条件改善に取り掛かりましょう。


 まず初めに作ったのは、闇の盾を維持する闇属性のゴーレムを四つ。

 ブライヒベルグ側に搬入口と搬出口、ヴォルザード側にも搬入口と搬出口を作りました。

 続いて、梶川さんに電話を入れます。


「国分君、何か問題でも起こった?」

「いえ、ちょっと取り寄せていただきたい物がありまして」

「またマイホームで使うものかい?」

「いえ、配送倉庫とかで使う、ローラーが梯子状に並んでいて、荷物をガラガラーって感じで軽く移動できる……」

「あぁ、ローラーコンベアだね。荷物の重量と、大きさ、あとコンベアの長さはどの位必要かな?」

「そうですね……重さは二百キロぐらいまで、大きさは二メートル四方ぐらいまで、コンベアの長さは十メートルを四本ぐらいあれば大丈夫だと思います」

「了解、すぐ手配するから、明日には用意出来ると思うよ」

「よろしくお願いします」


 影の空間経由で、ヴォルザードとブライヒベルグをローラーコンベアで繋いでしまえば、コボルト隊の労力は大幅に減らせるはずです。

 明日までは、みんなにもう一頑張りしてもらいましょう。

 ブライヒベルグの集荷場に居たアウグストさんに、ローラーコンベアの計画を話しておきました。


「なるほど、コロを使って移動させるような感じだな?」

「はい。この先、更に荷物の量が増えるでしょうし、今のうちに対策をしておいた方が良いかと思いまして」

「そうだな。実際、ここも人手を増やしたばかりだ」

「でも、あんまり人を増やしても、イロスーン大森林の通行が再開すれば、荷物の扱い量はガクンと減っちゃいますもんね」

「いや、それはどうかな……」

「えっ、減らないんですか?」

「ここで取っている輸送料と護衛の依頼費、それと運搬に掛かる時間を考えると、人が一緒に移動する必要が無いならば、こちらを利用するだろうな」


 ブライヒベルグからマールブルグまでは、馬車を使って七日から八日掛かります。

 それも、天候に恵まれて順調に行けばの話です。

 ヴォルザードからマールブルグまでは馬車で四日、大体半分の時間で到着出来ます。

 輸送の時間が半分ならば、護衛に支払う報酬も半分で済むので、こちらを利用する価値は十分にある訳です。


 まぁ、優秀なアウグストさんに、僕が助言するなんて釈迦に説法でしょうし、ローラーコンベアが手に入ったら設置すると伝えて集荷場を出ました。

 ブライヒベルグの領主の娘、カロリーナさんがアウグストさんを補佐して良い雰囲気でしたから、お邪魔虫は退散するに限ります。


 ブライヒベルグのギルドに向かう前に、昼ご飯を済ませていきましょう。

 大通りから路地へと入り、記憶を頼りに進んで行きます。

 武器屋が並ぶ通りを抜け、歓楽街の片隅の店へと無事に到着しました。


「こんにちは、一人なんですが……」

「いらっしゃい、さぁ入りな……おや、坊やは……」

「はい、クラウスさんの娘婿になるケントです」

「そうだそうだ、ヴォルザードのSランク冒険者様だったね」

「いえいえ、そんな御大層な者じゃないのですよ」

「注文は、ブライヒ豚のステーキでいいのかい?」

「はい、お願いします」

「ちょっと待っておいで、腕によりをかけて焼いてあげるよ」


 クラウスさんの馴染みの店は、本日も変わらずに営業中です。

 女主人のダナさんは、クラウスさんを坊や扱いですから、結構な御歳だとは思うのですが、年齢を感じさせない貫禄があります。

 ダナさんが厨房に戻り、暫くするとジューっと脂が焦げる音と共に、香ばしい匂いが漂って来ました。


 ダナさんの息子さんなんでしょうか、巨漢で無口なイバンさんが黒パンとポタージュスープを持って来てくれました。

 僕の後にも、次々とお客さんが入ってきて、イバンさんは無言で応対して席へと案内します。

 注文を聞く時も頷くだけですが、お客さんの殆どは常連さんのようで、何の問題もないようです。


「はいよ、ブライヒ豚のステーキ、お待ちどうさま」

「おぉ、美味しそう……いただきます!」


 ドカっと皿に盛られた肉の塊は、前回よりも五割増しぐらいの大きさです。

 これって、僕の食べっぷりを見越してなんでしょうね。

 今回も、すっとナイフが入るほど肉が柔らかく、外はカリカリ、中はジューシーな見事な焼き加減です。


 塩加減も香草のバランスも絶妙で、文句の付けどころがありません。

 最初に肉だけ三分の一ほど一気に食べて、その後は、溢れた肉汁を黒パンに吸わせながら、ポタージュスープとのコラボを楽しみました。


「んーっ! もう幸せ……」

「ふっふっふっ。坊やは本当に幸せそうに食べるねぇ、腕をふるった甲斐があるってもんだよ」

「今日も、めちゃめちゃ美味しいです。ありがとうございます」


 そのうち、機会があれば居残り三人組や鷹山を連れて来てあげましょうかね。

 このボリュームと美味しさには、きっと虜になるはずです。

 皿に残った肉汁もポタージュスープも、黒パンで綺麗に拭い取って食べ終えると、さすがにお腹がパンパンです。

 ギルドに向かうのは、ちょっとネロと昼寝してからにしようかと思っていた時でした。


「姐御、ここのステーキが美味いんですよ」

「本当だろうな? あまり美味そうな店には見えんぞ」

「俺は戦いは今いちですが、飯にはうるさいですから信用して下さい」

「馬鹿め。何の自慢にも……」

 

 店に入って来た四人ほどの一団の、中心にいる大柄な女と目が合いました。


「どうも、お久しぶりです、グラシエラさん」

「ケント……ここで会ったが運の尽きだ、表に出ろ!」

「そんなに怒鳴らなくても聞えてますよ。他のお客さんの迷惑になりますから、先に出て待っていて下さい」

「いいだろう、逃げるなよ卑怯者……」


 どっちが卑怯者なんだと突っ込む間も無く、グラシエラ達は店の外に出て行きました。


「ダナさん、ごちそうさまでした。お勘定、ここに置きますね」

「坊や、大丈夫なのかい? あんな連中は相手にしないで裏口から出てお行き」

「いえ、いずれケリを付けないといけない相手なんで、ちょいちょいっと畳んでやりますから、ご心配なく」

「本当に大丈夫なのかい?」

「大丈夫ですって、こう見えてもSランクですからね。十人だろうが、百人だろうが、軽く畳んでやりますよ」

「はぁ……怪我だけはするんじゃないよ」

「はい、また寄らせてもらいます」


 軽く会釈をしてから、闇の盾を出して影に潜ると、ダナさんは目を丸くして驚いていました。

 さて、腹ごなしに一丁揉んでやりますかね。


『ケント様、奴ら待ち伏せしていますぞ』

「そんな事だろうと思ったよ」


 店を出たグラシエラ達は、入口をグルリと取り囲み、すでに剣を抜いて待ち構えています。

 馬鹿正直に店を出ていたら、一斉に斬りかかられて殺されていたかもしれません。

 まぁ、僕に剣が届く以前にラインハルト達が割って入っていたでしょうけど。


「主様、今度こそ斬りますね?」

「まだだよ、サヘル。こういう場合でも、相手を殺さずに圧倒し力の差を思い知らせるのが本当の強者だからね」

「殺さずに圧倒……なるほど」

『ケント様、いががいたしますか?』

「クラーケンの時の応用だね。フレッド、念のために撮影しておいて」

『了解……任せて……』


 観察していると、グラシエラと手下共は、焦れてきた様子です。


「姐御、出て来ませんぜ」

「あいつ、裏口から逃げやがったんじゃ?」

「静かにしろ、気取られる……」


 いやいや、もうバレバレだからね。

 グラシエラ達の後ろ、十メートルほど離れた壁に闇の盾を出して表に出ました。

 闇の盾を消すと、壁を背負って立っている状態です。


「随分と物々しいですね」

「貴様、どこから……」

「随分と物騒な物を準備してますけど、何でそんなに怒ってるんですか?」

「ふざけるな! あたしらを陥れたくせに、とぼけてんじゃねぇ!」

「あぁ、ランクを剥奪された件ですか? だって、これが原因ですよね……」


 タブレットを使って、フレッドが撮影したグラシエラ達の悪企みの様子を再生しました。


「な、何だそれは……」

「これは、僕らの世界の録画技術です。身に覚えが無いなんて言わせませんよ」

「くそっ、そいつを使ってギルドに告げ口しやがったのか」

「告げ口も何も、自分達の悪行が招いた結果ですよね。僕を恨むなんてお門違いですよ」

「おい……」


 グラシエラは、手下共に目配せをして、僕を包囲させました。


「いいんですか? いくら昼間は人通りの少ない歓楽街でも、野次馬が集まって来てますよ」

「うるさい! 貴様のような小僧に舐められてたまるか!」


 グラシエラ達は、剣を構えて間合いを詰めて来ました。


「はぁ……しょうがないですねぇ。召喚!」


 ガシャガシャーンっと大きな音を立てて、僕の足元に剣身が転がりました。


「な、何だと……」

「姐御! 剣が……」

「ど、ど、どうなってるんすか……」


 召喚術を使って、グラシエラ達の剣を鍔元から切り飛ばすように召喚してやりました。


「まだやるって言うなら、次は腕ごと斬り飛ばしますけど、どうしますか?」

「くそっ、マナよ、マナよ、世を司りしマナよ……ぐはっ」


 詠唱を始めたグラシエラの鳩尾に無詠唱で風の砲弾をお見舞いしてやると、ダナさんの店の壁に背中を打ちつけてズルズルと座り込みました。


「姐御っ!」

「遅いですよ。詠唱なんかさせるとでも思ってるんですか?」


 身構えた手下共の足元を、同じく無詠唱の風の刃で切り裂いてやると、顔色を変えて飛び退りました。


「グラシエラさん、別に、こちらから手出しする気なんて無いですが、黙ってやられる気も無いですからね。この先も下らないチョッカイを出して来るならば、手加減しませんから、そのつもりでいて下さい」

「うるさい、貴様のような卑怯者に屈するとでも……がふっ……ぐぅ」


 腹の立つ減らず口を閉じさせるために、もう二発ほど風の砲弾をお見舞いしてやりました。


「薄汚い悪企みをしたり、店の前で待ち伏せしたり、どっちが卑怯なんですか。ゼータ、エータ、シータ、おいで!」

「グルゥゥゥゥゥ……」


 闇の盾を出して呼び出したゼータ達は、僕の意思を感じ取ってグラシエラ達を取り囲み、牙を剥いて唸り声を上げました。


「あ、姐御、ヤバいっすよ!」

「謝っちゃいましょうよ。死にたくないっすよ!」

「うるさい! こんなのは脅しだ。こんな小僧になめられて……」

「今後一切グラシエラさんに関わらないなら、お引取りいただいて結構ですよ。さっきも言った通り、僕から手出しする気は無いです。グラシエラさんと関わっていると、いずれまた今日みたいな状況になるでしょう。その時は手加減しませんから、腕の一本ぐらい無くなる覚悟はしておいて下さいね」


 シータに合図をして道を開けると、少し迷うような素振りを見せた後で、手下の一人が言い放ちました。


「もぅ、うんざりだ! ランクを剥奪されたのはグラシエラ、あんたのせいだ! 俺は、これ以上魔物使いの恨みを買いたくない。あんたとは、もう縁を切る!」

「俺も抜けさせてもらうぜ」

「す、すんません、姐御!」


 三人の手下は、それぞれの言葉を残して、グラシエラの元を去っていきました。

 ゼータ達の首筋をポンポンと叩いて、影の空間へと戻しました。


「警告はしましたよ。これ以上僕に関わるなら、覚悟しておいて下さい」


 斬り落としたグラシエラの剣を拾い上げ、召喚術を使って細切れにしてやりました。

 グラシエラは目を見開いて、剣がバラバラになるのを見詰めています。

 これだけやれば、敵対するのは割りに合わないと思うでしょう。

 座り込んだままのグラシエラを置き去りにして、ギルドを目指して影に潜りました。

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