第281話 ガセメガネの冒険 その1
冒険をしよう。いや、冒険をせねばなるまい。
異世界に召喚されたと分かった時、俺は自分の輝かしい未来を想像した。
日本に無事に帰還して、人類初の異世界レポートを発表すれば、ピューリッツァー賞受賞は間違いないと思ったからだ。
俺たちの学年で詳細なレポートを発表出来る人間は、新聞部の凄腕記者である俺様しかいないと自負していた。
だが、気まぐれな運命の女神が浮気しやがったのだ。
この俺様の目を盗んで、木沢のやつが先に帰国を果たした。
そして、身内のコネを最大限に活用し、俺様の手柄を横取りしやがった。
木沢の自伝は売れに売れて重版を重ね、海外で翻訳版も飛ぶように売れたらしい。
あの世界的なファンタジー小説に迫る勢いだとまで言われている。
ちょっと待て、それは俺様のポジションなはずだ。
なんで木沢が座っていやがる。
そこは、俺の……俺様の……。
記事は鮮度が肝心だ。
旬の過ぎた話題には、人々は関心を示さなくなってしまう。
それは根っからの記者である俺様にとって、当たり前の話だったが、改めて痛感させられている。
日本への帰還が確実となった時、俺様はヴォルザードに残る決断をした。
木沢が書いた、表面をサラっと撫でたようなレポートではなく、異世界に根を下ろした骨太のレポートを世に送り出そうと考えたからだ。
まぁ、富と名声は副産物のようなものだし、断るつもりは無い。
何よりも、ヴォルザードと日本の往来を実現させている国分は、俺様のマブダチだ。
日本とヴォルザードの両方に拠点を構え、長期的なレポートを実現出来るのは、俺様しかいないと思い込んでいた。
ところが、日本政府はヴォルザードへの再渡航を認めない方針を打ち出してきた。
その上、国分のヘタレは政府の言いなりになって、俺様への協力を拒否しやがった。
まぁ、それでもヴォルザードに残る覚悟は決めていたし、記者として世界的な成功を収めれば、日本政府や国分も俺様に協力するしかなくなるだろう。
その手始めとして、様々な出版社にレポートの売り込みを掛けたのだが、全くと言って良いほど相手にされない。
その最大の理由は、田山の死だ。
攻撃魔術を使って、城壁の上から魔物を倒して見せる。
田山達の行ったネット中継は、サイトの回線がパンクするほどの視聴者を集め、世界中の人間が注目する中、あの悲劇が起こった。
オークの投石が田山の頭を直撃する映像は、今でもネット上に存在している。
出版社にしてみれば、中学生とレポーターとしての契約を結び、取材の最中に事故が起こったりすれば、世間からのバッシングは免れない。
当たれば大きな儲けになるが、リスクが大きすぎると思われているのだろう。
それに、将来ピューリッツァー賞間違いなしの俺様だが、現時点では何の実績も残していないのも事実だ。
そして、もう一つ大きな理由がある。
それは、外務省の職員がヴォルザードのレポートを始めた事だ。
国分の嫁候補の一人、ヴォルザードの領主の娘を通じて話を通し、古舘先生を通訳として街を取材して回っているのだ。
レポート自体は素人くさいものなのだが、とにかくカメラを回しっぱなしにして記録したものを、日本の外務省が編集して公開しているのだ。
日本政府という確固たる後ろ盾、そしてプロの手による編集を経た映像は、信頼とクォリティを兼ね備えたものとして高い評価を受けている。
これに一介の中学生が対抗するのは、困難と言わざるを得ない。
だから俺様は冒険をするのだ。
未だに、地球の人間が足を踏み入れたことの無い領域……いや、正確には国分しか行ったことの無い場所。
ダンジョンに向かう決心をしたのだ。
ダンジョン、なんと人を惹き付ける言葉だろうか。
ダンジョンの出て来ないファンタジーなんて、肉抜きの牛丼みたいなものだ。
初めての実戦に参加させられた時、国分からダンジョンの存在を知らされた時の俺様たちの興奮が理解出来るだろうか。
それなのに、危険というだけで近付かないなど、ジャーナリストとしてあるまじき行為だ。
とは言え、俺様一人ではダンジョンに入る許可が下りない。
ダンジョンに一人で入るには、ギルドの戦闘講習を修了する必要があるのだが、脳筋の新旧コンビや近藤ですらクリアー出来ていないのだ。
まぁ、俺様が本気を出せばクリアー出来るだろうが、講習を受けられるのは週に一回だけなので、最低でも六週間が必要だ。
残念ながら俺様には、そこまでの時間的な猶予は残されていない。
そこで、俺様は考えた。
とりあえず、ダンジョンの雰囲気だけでもレポートして、仕事を獲得してしまうのだ。
国分に聞いた話では、ダンジョン近くの集落は、魔物の襲撃に備えて地下深くまで建物を作っているらしい。
そうした特有の雰囲気をレポート出来れば、必ずや契約を勝ち取れるはずだ。
そのために必要なものは情報、そして取材費なのだが、ここでまた問題が発生した。
俺様が貴重なレポートの取材費として借り入れを申し込んでやったのに、あろうことか国分の野郎は断りやがった。
怪しい、間違いなく日本政府と何らかの密約を結んでいるに違いない。
だからと言って、記者たるもの巨悪に屈するわけにはいかないのだ。
不本意ながら、本当に不本意ながら記者以外の仕事で取材費を稼ぐしかなかった。
取材費の獲得は難航した。
そもそも頭脳労働が主たる俺様に、肉体労働など向いていないのだ。
だが、俺様の価値を分かっていないギルドのランクでは、他に選択肢が存在しないのだ。
一日働いて、せいぜい五百ヘルト、日本円にすれば五千円程度だ。
まぁ、生活に掛かる費用は払う必要がないので、全額を取材費に充てられるのだが、これだけでは心もとない。
だが、俺様の優れた脳細胞が、取材費の獲得先を弾き出した。
それは、日本に帰国する連中だ。
帰国を希望する連中は、そもそもヴォルザードで働く意思が無いのだが、生活以外に掛かる金、つまりは遊ぶ金は自分で稼ぐしかない。
帰還希望者でも、いくばくかの金は稼いで持っている。
そして、帰還作業が進むにつれて、優先して帰国させる必要のある者がいなくなり、くじ引きによって帰還する者が選ばれるようになった。
つまり、帰還する連中は、突然日本に帰る事になり、遊ぶために稼いだ金を残しているという訳だ。
その金をゆすり……いや、融通してもらう事にした。
俺様のレポートが世に出た時に、取材協力者として名前を書くと言えば、殆どの者は協力してくれた。
本当に、前島の仲間たちは、奥ゆかしい良い奴ばかりだ。
俺様は名前を書いてやると言っているのに、名前は出さなくて良いと言って、進んで、進んで取材費を提供してくれた。
まぁ、日ごろの行いなのだろう……。
取材費は手に入ったが、まだ問題が残っている。
どうやってダンジョンまで行くかだ。
ダンジョンは、ヴォルザードから魔の森とは逆の方向へ半日ほど歩いた場所にある。
道中は魔の森ほど危険ではないが、全く魔物が出ない訳ではない。
単独で行動するのは危険が伴うが、同級生を連れて行ったのでは意味が無い。
そこで俺様は、ヴォルザードの同年代の者に案内をさせる事にした。
スカウトの場所に選んだのは、ギルドの戦闘講習だ。
ヴォルザードでは、一年の始まりが年度の始まりでもある。
年明けと共に、学校を卒業し冒険者を目指す者が講習を受け始めている。
これまで以上に講習を受ける人数が増えているらしいので、適当な人間を見つけられるだろう。
参加したのは水の曜日の戦闘講習だが、前回は六人しかいなかった参加者が、今回は二十人もいる。
実際にはもっといたのだが、二十人集まった時点で締め切られたのだ。
こんなこともあろうかと、早めにギルドを訪れたのは大正解だった。
水の曜日の講習は、言うなれば第二段階だ。
ギルド裏手の訓練場に集められた参加者は、まずは木剣の素振りをやらされる。
ここで、まともに素振りすら出来ない者は、退場させられる。
このところ鍛錬をサボっていたツケで、危うく退場させられそうになったが、ギリギリでも残るのが俺様の真骨頂というものだ。
素振りのチェックが終わったら、即、立ち合いが行われる。
素振りをしている最中に、手強そうな相手を見極めていたのだが、この日の参加者で一番目立っていたのは体格の良い女だった。
百八十センチ近い長身で、体つきもガッシリをしていて、頑丈そうな顎のいかつい顔をしている。
胸の膨らみがあるから女だと判別出来るが、それ以外の身のこなしは男そのものだ。
焦げ茶色の髪の頭に、丸っこい耳が生えているのが酷く不似合いに見える。
剣に関しては素人の俺様でも注目するほどだから、講師を務めるドノバンのおっさんは当然のように目を付けていたようだ。
「これから立ち合いを始める。三人抜きが出来たら風の曜日の講習に参加してもいいぞ。マリーデ、前に出て相手を選べ」
メスゴリ……いや体格の良い女子の名前は、マリーデというらしい。
これまた似合わない可愛らしい名前だと思っていたら、相手を探して参加者を見回していたマリーデと目が合った。
「そこの黒い髪の男、お前だ」
「ユースケ、ご指名だ。前に出て立ち合え」
ちっ、ドノバンのおっさんめ、俺様のことなんか覚えてないだろうと思っていたのに、国分の奴が頭が上がらないと言う訳だ。
普段ならブルって腰が引けるところだが、今日はダンジョンへの道案内のスカウトという目的がある。
負けるのは確定だが、無様な負けっぷりを晒すつもりはない。
防具を身に着けて、五メートルほど離れて向かい合うと、マリーデが話し掛けて来た。
「あんた、魔物使いの仲間か?」
「魔物使い? あぁ、国分はダチだが、俺はあんなに強くはねぇぞ。俺は、こっちを使う専門だからな」
俺が右手の人差指で、自分の頭を指差してみせると、マリーデは意外そうな顔をした。
「そんな奴が、なんで戦闘講習に参加してるんだ?」
「さぁてね、そいつは俺に勝ったら教えてやるよ」
「ほう、面白い……」
マリーデとサシで向かい合ったら、もっとビビっちまうかと思ったが、馬鹿犬ギリクと立ち合いしたり、新旧コンビと近藤がオークを討伐する様子を見たりしていたから、思いのほか落ち着いて話が出来ている。
右手で木剣をダラリと下げたまま、無造作に歩み寄って来ようとするマリーデに対して、左肩を前にして木剣を担ぐように右の上段に構える。
国分を真似たハッタリの構えだが、マリーデは足を止めるとニヤリと笑みを浮かべた。
マリーデは、ダラリと下げていた木剣を右手一本で上段に構えると、ジリっジリっと距離を詰めて来た。
何か作戦があるのかもしれないが、全く予想もつかないし、予想をするつもりもない。
どうせ勝てないのだから、そんな事は考えるだけ無駄だ。
俺様の間合いに入ったと思ったら、思い切り踏み込み、思い切り木剣を振るだけだ。
俺様が全く反応を示さないのを見て、またマリーデが足を止める。
仕掛けるタイミングを計っているのだろうか。
こちらの様子を窺うマリーデを見ていて、ふと思いついた事があった。
それは、魔術の詠唱だ。
国分のアホは、やったら出来ちゃったなんて言って、無詠唱でホイホイ魔術を使ってみせるが、俺達は必死にイメージしたり、ポーズを変えても詠唱しないと魔術は使えない。
だが、一つ試していないことがあったのだ。
それは、発声せず頭の中で詠唱してみる方法だ。
試しに、マリーデを睨み付けながら、ネイティブな発音までイメージして、頭の中で身体強化の詠唱をしてみた。
『マナよ、マナよ、、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ!』
俺様が頭の中で詠唱を終えると同時に、マリーデが踏み込んで来たが、まだ遠い。
ほんの一瞬だけ遅れて踏み込みながら、無心で木剣を振り下ろした。
俺の木剣がマリーデの左肩を捉えた直後に、右の脇腹に衝撃が走った。
マリーデは木剣をフェイントに使って、本命は左拳のボディーブローだったのだ。
「がはっ……」
防具越しでも息が詰まり、後ずさりして片膝を付いた。
「勝者、ユースケ!」
ドノバンのおっさんの宣言に、他の参加者からどよめきが沸き起こったが、一番驚いているのは俺様自身だ。
口に出して詠唱した時ほどではないと思うが、確かに身体強化が使えていた。
身体強化を使った俺様と、ほぼ互角なのだからマリーデの実力も半端じゃないだろう。
「くっ、策に溺れたか……」
マリーデは悔しげに呟くと、左肩を抑えて引き下がっていった。
ドノバンのおっさんが、俺様の次の相手を指名する。
「次、エドベリ、前に出ろ!」
出て来たのは、俺様と同じぐらいの背丈の男だった。
おそらく一つ年下なのだろう、顔付きは幼そうに見えるが、体付きは俺様よりもガッチリしている。
だが、ビビっているのか、視線に落ち着きが無い。
マリーデよりは二段ぐらい落ちる感じだろうか。
幸いマリーデのボディブローも防具越しだったので、ダメージは残っていない。
「始め!」
開始の合図とともに、ゆっくりと同じ構えをとってエドベリを睨みつける。
エドベリは、木剣を正眼に構えながら、ジリジリと俺様の左側へと回り込んで来た。
俺様は武士になったつもりで、エドベリから目線を外さず、摺り足で体を回しながら、またしても頭の中で身体強化の詠唱をした。
「や、やぁ!」
エドベリが木剣を上段に振り上げながら踏み込んで来るが、マリーデに較べると全然遅い。
猛然と踏み込みながら、したたかに胴を叩いてやった。
「勝者、ユースケ!」
おっといけねぇ、またしても溢れる俺様の才能が花開いちまったみたいだ。
エドベリも、本調子ならばもっと強いのだろうが、勝手にビビって、勝手に自滅したような感じだ。
それよりも、ドノバンのおっさんが向けて来る、品定めするような視線がヤバくねぇか。
「次、マリーデ、前に出ろ!」
あっさり三人抜き出来そうだと思っていたが、そうきやがったか。
マリーデは、俺様に打たれた左肩をグルグルと回しながら、歯を剥き出しにして笑っていやがる。
まるで獲物を見つけて、嬉しくてたまらない熊だな。
「ユースケ、礼を言わせてもらうよ。よくぞ調子に乗っていた、あたしの鼻っ柱を折ってくれた。ありがとうよ」
「別に礼を言われるようなことじゃないさ」
「あんたに勝てれば、魔物使いに掠らせるぐらいは出来るかね?」
「あぁ、魔術無しなら掠るどころか勝てるかもしれねぇぜ」
「へぇ……じゃあ、魔術有りならどうだい?」
「何もさせてもらえないだろうぜ」
「凄い! Sランクはそうでなくっちゃ!」
「後がつかえてる。お前ら、さっさと始めろ!」
ドノバンのおっさんの合図と同時に、今度はマリーデは構えをとった。
左半身になると、木剣を横に寝かせる。
俺様の構えが袈裟懸けで肩口を狙う構えなら、マリーデは胴を薙ぐことしか考えていないような構えだ。
マリーデは、俺様の右側へと回り込みながら、少しずつ距離を詰めてくる。
先程の立ち合いの時に垣間見えた、油断というか隙のようなものは微塵も感じられない。
俺様は、また同じ構えをしながら、摺り足で体を回しながら、頭の中で身体強化の詠唱を始めた。
俺様の右へ右へと回り込みながら、マリーデは力を溜め込むように姿勢を下げていく。
マリーデが仕掛けてくるタイミングは読めていた。
俺様が正面から日の光を受け、目を細めた瞬間、予想通りにマリーデは踏み込んで来た。
「やぁっ!」「つぁ!」
今度はマリーデと同時に踏み込み、先程とは頭一つ分右に向かって木剣を振り下ろす。
マリーデは木剣を振り抜きながら、俺様の右側をすり抜けようとすると予測したのだ。
予測はドンピシャ、木剣がマリーデの脳天を捉えると思った直前、すさまじい衝撃が俺様の胴体を直撃し、文字通りふっ飛ばされた。
「ぐへぇぇぇ……」
「勝者、マリーデ」
ドノバンのおっさんがマリーデの勝利を告げる声を聞きながら、訓練場をのたうち回る。
よくボクシングで脳を揺らされると、ストーンと気持ち良くダウンし、ボディーブローでダウンすると地獄の苦しみを味わうなんて聞いていたが、まさか自分で味わう日が来るとは思ってもみなかった。
「すまん、ユースケ。大丈夫か?」
マリーデの気遣う声に、返事を返す余裕もなく、ただ右手を挙げて大丈夫だとアピールした。
木剣を杖代りにして無理やり体を起こして、立ち合いの邪魔にならないように列へと戻る。
ぶっちゃけ、悲鳴を上げて転げまわりたい所なのだが、今は格好付け続けるところだ。
折角見つけたダンジョンへの案内役に、逃げられる訳にはいかないのだ。
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