第251話 不穏な知らせ

 バッケンハイムにバルディーニを送り届けた後、ヴォルザードのマイホーム予定地へと戻って来ました。

 建設途中の家の前庭に出ると、コボルト隊にゼータ達が一斉に集まって来ます。


「わふぅ、おかえりなさい、ご主人様」

「お疲れ様でした、主殿」

「うわぁぁぁ、待って、待って、順番だからぁぁぁ……」


 熱烈歓迎は嬉しいけれど、結構ハードです。

 そんな中、ネロは陽だまりに寝転んだまま動きませんね。

 尻尾がパタパタと二回ほど動いたのが、ネロなりのおかえりの合図なんでしょう。


「そうだ、フラム、ここなら出て来ていいよ」

「ういっす、ここが兄貴の巣なんすね」

「違うよ。ここは、みんなの家だから、フラムの家でもあるんだからね」

「マジっすか。でも家の中に入ると壊しそうなんで、俺っちは庭でのんびりさせてもらうっすよ」

「うん、暖かいところ、涼しいところはネロに聞くといいよ」

「ういっす、分かったっす」


 ノソノソと歩み寄ったフラムは、ネロと一言、二言話をすると、並んで日向ぼっこを始めました。

 そんな眷族達の姿を見て、城壁の上に詰め掛けた人々がどよめいています。


「おい、あのデカイ黒トカゲは何なんだ?」

「サラマンダーじゃないわよね」

「ギガウルフが三頭にストームキャット……落ちたら絶対に助からねぇな」

「ねぇ、あの可愛いのは、コボルトなの?」


 安息の曜日の城壁上は、いわゆるデートスポットになっていて、集まっている人の多くはカップルのようです。

 うん、人の家を覗きながら、イチャイチャ、チューチューしてるんじゃないよ。


『ケント様、門はどちらに設置しますか?』

「そうだねぇ……あの辺りかな?」


 マイホーム予定地に来た理由は、敷地への出入り口となる門を設置するためです。

 梶川さんが探してくれた門は、取り壊しになる学校で使われていた物だそうで、高さは三メートル以上あるアーチ型で、中央から観音開きになります。


「先に門を設置しちゃって、その後城壁をくり抜くよ」

『了解ですぞ』


 鉄製の門は、相当な重さがあるようですが、ラインハルトやザーエ達は、あまり重さを感じさせずに運んでみせます。

 城壁に沿って門が立つように、門柱を土属性の魔術でガッチリと固めました。

 開閉してみて、建て付けを確認したら、次は城壁に穴を開ける作業です。


『ケント様、城壁はゼータ達に掘らせますか?』

「ううん、送還術で一気にくり抜いて、魔の森へと移動させちゃうよ。ゼータ、エータ、シータ、予め内部に硬化の魔術を掛けてくれるかな?」

「お安い御用です、お任せ下さい主殿」


 穴を開けたときに壁が崩れないように、ゼータ達に硬化の魔術を掛けてもらったら、城壁の外側に人が居ないのを確認して、送還術で一気にくり抜きました。


「ザーエ、この門の警備は、ザーエ達にお願いしても良いかな?」

「お任せ下さい、王よ。この身に替えても御守りいたします」

「明日からは、家の工事を始めてもらうから、ハーマンさんの会社の人は通して構わないからね」

「了解いたしました」


 門の向こう側に、屈強なリザードマンが居たら、誰も入って来ようとは思わないよね。


 門の設置が終わったので、迎えに行こうと思ったら、出来たばかりのトンネルを通ってくる人影が三つ。

 唯香、マノン、ベアトリーチェです。


「待たせちゃってゴメンね。門の設置が終わったんで、これから迎えに行こうと思ってたところなんだ」

「そうなんだ、マノンとリーチェが来たから様子を見に来たの」

「うん、そしたら急に城壁に穴が開いたって、街の人が言ってたんだ」

「ケント様、バッケンハイムで何かございましたか?」

「えっ、あぁ……ちょっとね」


 三人には、バルディーニを召喚した所を見られて、警備の人に事情を尋ねられていたと説明しました。

 うん、嘘は言っていない。


「それじゃあ、早速見てもらおうかな、ザーエ、開けてくれる?」

「ようこそ、奥方様」


 ザーエは、騎士の敬礼をした後で、閂を外して門を開けてくれました。

 三人の後ろに、様子を覗う街の人達がいましたが、勿論入ってもらうわけにはいきません。


「すみません、ここは私有地なので、立ち入りはご遠慮下さい」


 大きな声で断わりを入れたのですが、トンネルの外から様子を覗う人の数は増える一方に見えますね。

 まぁ、数日すれば飽きるでしょう。

 敷地に入った三人は、前庭まで来たところで足を止めました。


「健人、あれは……?」

「新しい眷族、サラマンダーのフラムだよ。後で紹介するよ」


 フラムは、ネロの隣でスヤスヤと昼寝モードです。

 寝惚けてガブっなんて事になると洒落にならないので、起きてから声を掛けましょう。

 建築中の家に入ると、三人とも広さに驚いているようです。


「はぁーっ、広いだろうとは思っていたけど、これほどとは思わなかった」

「僕は時々、診療所の帰りに、城壁の上から眺めていたけど、中に入るとホントに広く感じるね」

「ケント様、このあたりの間取りは……」

「うん、領主の館を参考にしたらしい」


 一階の見物が終わると、三人のための部屋がある二階に上がりました。

 説明しなくても、同じ大きさ、同じ作りの部屋を見て、三人にも分かったようです。


「ねぇ、健人、なんで八部屋もあるのかな?」

「うぇっ、そ、それはお客さんが来た時とか、その……子供が生まれれば部屋数も必要じゃない?」

「ユイカの家族が来たら、今度はこっちに泊まってもらわないといけないね」

「今度は、ニホンがお休みの時がよろしいですね」


 二階のバルコニーからは、前庭と池が見下ろせます。

 池ではツーオとカーメが気持ち良さそうに泳いでいます。


「ねぇ健人、夏になったら池で泳げるの?」

「うん、そうだよ、今は冷たくて無理だけどね」


 勿論、みんなの水着姿にも期待しちゃってますよ。


「ケントとユイカは泳げるの?」

「あれ、マノンは泳げないの?」

「うん、泳ぐ場所が……リーチェは?」

「私も泳いだことはございません」


 ヴォルザードの学校にはプールは無いそうで、水泳の授業も無いそうです。

 これは、大きなプールとか作ったら、儲かるんじゃないですかね。


 服屋のフラヴィアさんとタイアップで水着とかも売り出せば、更に儲かっちゃうかも。

 夏までに、クラウスさんに相談してみましょうかね。


 続いて三階の大きなリビングと大きなお風呂場は、みんなにも好評でした。

 マイホームが完成して、みんなで一緒に住むようになれば、一緒に入るのもOKだよね。

 そしたら、あーんな事や、こーんな事もしちゃって良いんだよね。


「健人、エッチな事を考えてるでしょ?」

「うぇっ、そ、そ、そんな事は……ちょっとだけ」

「ケントのエッチ……」

「ごめんなさい……でも、ねぇ」

「私は、いつでも大丈夫ですよ、ケント様」


 おぉぅ、腕を絡めてきたリーチェが、また育っている気がします。

 この三人に、セラフィマが加わるんでしょ。

 ぶっちゃけ、ハーレム最高でーす。


「ケント様」

「むふふふ、何かなリーチェ」

「使用人のための部屋は?」

「うぇ? 使用人?」

「はい、確か、セラフィマさんと一緒に侍女と女性騎士、それに料理人が来るのですよね」

「そうだ……忘れてた」


 僕とお嫁さん達が暮らすスペースは十分ですが、使用人さんが暮らす場所がありません。


「リーチェ、領主の館ではどうなってるの?」

「使用人の住居は、館とは別棟になっております。こちらも別棟を建てればよろしいのでは?」

「そっか、別棟か、そうしよう」

『ケント様、ワシらにお任せ下され。この先、人が増えることも見越して、別棟を建てておきますぞ』


 三人からも意見を聞いて、門の脇から城壁沿いに別棟を建て、こちらとは渡り廊下で繋げることにします。

 幸い、セラフィマの一行がヴォルザードに到着するには、まだ日数が掛かります。

 その間に建設を進めれば間に合うでしょう。


「やっぱり色んな人に意見を聞かないと駄目だね」

「でも、健人、お金は大丈夫なの?」

「うん、同級生を帰還させた報酬の鉄をクラウスさんに引き取ってもらうし、バッケンハイムでの稼ぎもあるから大丈夫」

「でも、こんな大きな家が、僕の家になるなんて実感が沸かないな。買い物に出掛けたら、間違えて実家に戻っちゃうかも」


 まさか、そんな事は無いとは思うけど、結構マノンって天然だから、あるいは……。

 でも、お姉ちゃん大好きのハミルとか、遊びに来るのかな。

 それとも、これを機会に姉離れするんだろうか。


「そうだ、リーチェ。家具はどこで買えば良いのかな」

「我が家では、家具職人のマウリさんに頼んでいます。食堂の大きなテーブルですとか、それに合わせる椅子など、普通の家具ではないので注文して作っていただく形になりますね」


 よく考えてみれば、両側に十人以上が座れるような長いテーブルとか、普通の家具屋に売ってるはずがないですよね。


 それに日本と違って、こちらの世界では大量生産で家具が作られているとも思えません。

 家具を選ぶというよりも、注文するというのが正しいのでしょう。


「ねぇ健人、この三階のリビングなんだけど、椅子ではなくて畳とか絨毯にして、靴を脱いで直接座る形に出来ないかな?」

「あっ、それいいかも。バルシャニアも寛ぐスペースは、絨毯に直接座ってるから、セラフィマもリラックス出来るんじゃないかな」

「ケントの国では、靴を脱いで過ごすの?」

「うん、玄関で靴を脱いで上がるのが一般的だね」

「へぇ、変わってるんだね」


 三人と相談した結果、一階は来客用に靴を履いたままで過ごせるように、二階から上のプライベートスペースでは靴を脱いで過ごすようにしました。

 二階に上がるところに、靴を脱げるスペースを作らないといけませんね。


 日本から畳とちゃぶ台、それと忘れちゃいけないコタツの輸入も検討しましょう。

 フルト、ヘルト、ホルトも、いつも通り三人と一緒に家の中をウロウロと見て歩いていて、マルト達も表に出て来ています。


 六頭がウロウロしていると、今度はコボルト隊が何事かとばかりに寄って来て。

 そうすると、ゼータ達も顔だけ出して覗きに来ます。


 普通の人なら卒倒しそうな状況だけど、もう三人は当たり前という感じで、驚く素振りもありません。

 三階のリビングを見ていたら、いつの間にかバルコニーはネロに占拠されていました。

 丁度良いので、お腹に寄り掛からせてもらって一休みしましょう。


「ネロは、この家は気に入った?」

「日当たりが良いし、森は近いし、水場もあるし、言うこと無いにゃ」


 パタ、パタっと揺れる尻尾が満足度の高さを物語っているようです。

 ポカポカの日差しに、フカフカのお腹で僕もみんなも言うこと無しなんですが、城壁の上からめっちゃ注目されてますよね。


 ほぼ同じ高さなので、見下ろされてはいないのですが、目隠しか何かを考えましょう。

 今日のお昼は何にしようかと、三人で相談を始めた時でした。

 突然ネロがビクっと身体を震わせたと思ったら、グラグラっと家が揺れました。


「ひゃぁ! 何っ?」


 隣にいたマノンがギューっとしがみ付いきましたし、リーチェも唯香の腕に掴まっています。


「きゃぁぁぁぁ!」

「何だ、揺れたぞ、何が起こったんだ!」


 城壁の上からも悲鳴が上がり、我先に地上に降りようと階段に人が殺到しているようです。


「ケントもユイカも、何でそんなに落ち着いてるの?」

「えっ、地震っていっても、震度は二か三ぐらいじゃない?」

「健人、ヴォルザードの近くには火山とか無いから、地震も無いんじゃない?」

「ニホンでは珍しくないのですか?」

「うん、日本はプレートの境界にある島国なんで、地震は珍しくないし、数年前には地震によって大きな被害も出たんだ」

「被害って、どうなっちゃうの? ヴォルザードは大丈夫なの?」

「マノン、落ち着いて。こっちの世界の地質とか分からないから確実な事は言えないけど、火山の噴火とか津波の心配はなさそうだから、大丈夫だよ」


 揺れは長くは続かずに、すぐに収まったようなので城壁の騒ぎも下火になってきたようです。


「でも健人、普段起こらない地域で地震とか、なんだが気味が悪いわね」

「そうだけど、さすがに地震まではどうにも出来ないし、様子を見るしかないよ」


 このまま一度きりならば問題ありませんが、頻繁に起こるならば、避難訓練とかの対策をクラウスさんに相談した方が良いかもしれませんね。

 我が家の家具は、倒れないように耐震補強をしようかな。


 昼ごはんはアマンダさんの店にしようという話になったので、三人と一緒に下宿に戻ろうとしたら、ムルトに呼び止められました。


「わふぅ、ご主人様、カジカワから電話」

「分かった、ありがとうね」


 もう普通に電話を取り次いでくれるし、梶川さんも普通に取り次ぎを頼んでいるのでしょうね。


「国分です、こんにち……いや、こんばんは?」

「こんばんはだね、そちらはお昼ぐらいかな?」

「はい、これからお昼ご飯を食べに行くところです」

「そうか、では手短に用件を伝えるね。明日の帰還作業は一旦中止にしてもらえるかな」

「えっ、何かあったんですか?」

「まぁ、秘密にしていても、いずれ分かってしまう事だから話すけど、まだ詳細が分かっていないから、そのつもりで聞いてくれるかな」

「分かりました」

「実は、送還術で最初に帰国した生徒さんが亡くなった」

「えぇぇぇ、それって送還術が原因なんですか?」

「いや、原因は調査中だが、送還術の影響では無いと思う……」


 死亡したのは、三田雅史がグリフォンに攫われた時に、一緒にいた藤井太一です。

 藤井は、日本に帰った後、政府の実験に協力していたそうです。


 実験の内容は、どうすれば日本でも魔術を使えるようになるかで、藤井の魔力を回復させる試みがなされていたようです。


「魔力を回復させるって、魔素の無い日本では無理なのでは?」

「僕も知らなかったんだけど、それには成功していたそうだ」


 実験は、研究施設で秘密裏に行われていたそうです。

 部屋の中で魔石を崩壊させて空気中を魔素で満たし、そこで過ごさせることで魔力の回復を実現させたそうです。


 ただし、この方法だと魔石の消費量が多すぎるので、別の方法も試されていたようです。

 藤井の帰国と同時に始められた実験は三週間を超え、慣れない環境からか、藤井は情緒不安定になってきました。


 そこで、週末を利用して、一時帰宅をさせたそうですが、事件は、その間に起こりました。


「観光客でごった返す原宿竹下通りで、突然、藤井君が大暴れを始めたらしい」

「大暴れって、まさか魔術を使って暴れたんですか?」

「そうだとしか考えられない状況で、次々と通行人を襲ったという話だ」

「喧嘩が乱闘に発展した……みたいな感じなんですかね?」

「うーん……その程度なら良かったんだけど、複数の死者が出ているんだ」

「そう言えば、藤井も死亡したって……」

「そう、警察官によって射殺された」

「えぇぇぇ! 射殺って……何で」

「拘束しようとした警察官を殺害したんだ」


 藤井は、人間離れした力を発揮して、通行人を殺害、更に通報を受けて駆けつけた警察官も殺害、警告に従わなかった為に発砲され、死亡が確認されたそうです。


「身体強化を使ったんだ……でも、何で」

「まだ詳しい事は調査中だけど、例によって動画が流れちゃってね」


 相手の腕を圧し折り、引き千切り、拳で頭を叩きつぶす。

 貫き手が腹から背中に突き抜け、内臓を引き摺り出す。


 投稿された当初は特撮動画と思われたものが、実際に人が殺害される様子だと分かり、あっと言う間に拡散されていったようです。

 現在、元となった動画は削除されているようですが、転載が繰り返され、世界中に拡散しています。


「もしかして、藤井の個人情報も特定されてしまったのですか?」

「そうなんだ。それで、帰還者は危険なのでは、日本で魔術が使えないというのは嘘だという意見が主流になってしまっている。これまでに帰国した人には身辺警護を付けているけど、ちょっと情勢が落ち着くまでは、追加の帰還を控えたい」

「分かりました。もう少し詳しい内容が分かりましたら、知らせて下さい」

「了解した。先生方への連絡は、こちらでやっておくよ」

「お願いします」


 梶川さんとの電話を切ると、唯香が沈痛な面持ちで話し掛けてきました。


「健人、藤井君が亡くなったって本当なの?」

「たぶん、梶川さんに聞いただけだから何とも言えないけど……」

「健人、ネットを見てみよう」


 普段コボルト隊が遊んでいるタブレットには、SIMカードが入っているようで、そのままでネットに接続が可能です。

 ちょっと貸してもらって検索すると、投稿されていた動画は僕らの想像よりも酷いものでした。

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