第152話 ケントの休日・前編
僕、国分健人の朝は早い。
安息の曜日とは言っても、アマンダさんの店が通常営業するから……ではありません。
身支度を整えて、委員長、マノンの順番で迎えに行き、クラウスさんの御屋敷で朝食をご馳走になる予定だからです。
そこから今日一日、四人で過ごす事が、セラフィマに押し切られてしまった事への罪滅ぼしの第一歩なのです。
珍しく朝シャンして、一張羅に着替え、マルセルさんから貰った靴を履いて、準備万端と言いたい所ですが、髪の毛がバサバサなんですよねぇ……
こちらの世界に来てから、一度も床屋に行っていないので、かなり髪が伸びています。
まとめて束ねるほどの長さは無いのですが、ぶっちゃけ結構鬱陶しいです。
日本に戻った時にでも床屋に行こうかな……なんて身バレしたら拙いですよね。
守備隊宿舎へ迎えに行くと、委員長は門の所で待っていました。
ダークブラウンのロングスカートに、臙脂を基調としたコート、足元はショートブーツです。
ふわふわなニットの帽子とマフラーもブラウンで統一したシックな装いです。
僕に気付いて嬉しそうに手を振ってくれて、笑顔がめっちゃ可愛いです。
「おはよう、健人……えっ」
「おはよう……唯香」
ごめんなさい、我慢出来ずにギュってハグしちゃいました。
「ちょ、健人、みんなが見てるよ」
「唯香は見られたら困るの?」
「もう……馬鹿……」
門を護衛している守備隊の方、低く低く詠唱のごとき怨嗟の呟きは止めてくださいね。
僕は禿げるのも、もげるのも御免ですから。
「行こうか?」
「うん!」
委員長は、僕の右腕を抱えると、肩に頭を預けてきました。
うんうん、こうしている時の委員長は、マジ天使ちゃんです。
昨日の夜叉ガールっぷりが嘘のようですよね。
「それは、健人が悪いんだからね……」
「ひゃう、ごもっともです……」
うん、絶対に委員長は読心術とか使えるよね。
ヴォルザードの目抜き通りは、安息の曜日ともなると多くの人で賑わいます。
ですが、まだ商店が開くには間がある時間なので、人通りは疎らです。
「ヴォルザードの街って本当に綺麗よねぇ」
「うん、清掃も行き届いているし、下水とかも整っているし、道も舗装されているし、日本よりも綺麗かも」
「何より自動車が走っていないから静かだし、空気も綺麗よね」
「そう、初めてこっちに来た時も、星空とか凄いって思ったよ」
「でも、健人はその後で大変な目にあったんでしょ?」
「あぁ……ホント、あの時は本当に駄目だと思った……」
たった一人で魔の森へと追いやられ、ゴブリンに食い殺されかけ、ラインハルト達に助けてもらったのが遥か昔のように感じます。
まだ三ヶ月ちょっとしか経っていないなんて信じられません。
てか、波乱万丈すぎだよね。
目抜き通りを抜け、クラウスさんの御屋敷の前を一旦通り過ぎ、マノンの家がある通りに出ると、家の前でそわそわしている女の子の姿がありました。
ネイビーブルーのフレアスカート、スカイブルーのショートコート、足元はブーツです。
ブルーを基調としたチェック柄のキャスケットをかぶったマノンは、手を振りながら駆け寄ってきました。
うんうん、マノンもめっちゃ可愛いです。という事で……
「おはよう、ケント……?」
「おはよう、マノン」
勿論、ギューってハグしちゃいましたよ。
「ケント……」
「可愛いよ、マノン」
「はうぅ……」
うんうん、マノンがグルグルしちゃってますね。
「健人、私は?」
「勿論、唯香も可愛いよ」
「うん、それなら良し」
そうだよね。未来のお嫁さんは平等に愛さなきゃいけないんだよね。
でも、という事は、ハグして、可愛いよって囁くパターンを、あの親馬鹿オヤジの前でやらないといけないって事ですよね。
うん、やっぱり僕は自分で墓穴を掘っている気がします。
クラウスさんの御屋敷に、両手に花の状態で到着すると、門を警備している守備隊の人は、ギルドカードも確認せずに通してくれました。
おぉ、いよいよ僕も顔パスで通れるほどになりましたか。
御屋敷の玄関では、執事さんが出迎えてくれました。
「おはようございます、ケント様、ユイカ様、マノン様、皆様がお待ちかねでございます」
「おはようございます。今日は、よろしくお願いいたします」
執事さんの案内で、食堂へと向かうと、今度はベアトリーチェが出迎えてくれました。
ワインレッドのスカートに、白いモコモコのセーターが暖かそうです。
奥には席に着いているクラウスさんと、マリアンヌさんの姿があります。
「おはようございます、ケント様」
「おはよう、リーチェ、今日も可愛いよ」
「まぁ、ケント様ったら……」
ベアトリーチェの場合は、自分からハグして来るのはデフォルトだからね。
可愛いよの一言を添えてあげれば、僕のミッションは完了です。
うん、当然クラウスさんは、歯軋りしそうな顔で睨んでます。
「おはようございます、クラウスさん、マリアンヌさん」
「ちっ、せっかくの休日の朝食が……」
「まぁまぁ、あなた、そんな事言わないの。それとケントさん、私達の事は、お義父さん、お義母さんと呼んで下さいよ」
「分かりました、お義母さん、お……」
「クラウスでいいぞ……ふんっ」
クラウスさんがテーブルの一番奥に座り、その右斜め前がマリアンヌさん、その隣がベアトリーチェ。
ベアトリーチェの向かい側に僕が座り、右に委員長、左にマノンが座りました。
委員長には、クラウスさんとの緩衝役という場所に座ってもらいましたが、マノンだとちょっと難しいからね。
「そう言えばケント、外務副大臣とやらは明日来るんだな?」
「はい、日本を十時、こちらの昼ぐらいに出立する予定でいます」
「それならば、直接迎賓館の方へと案内してくれるか? リーゼンブルグの使者が来た時に、中の様子は見ているから大丈夫だろう?」
「はい、では、迎賓館の玄関前に案内するようにします」
「あぁ、それでいいぞ。こちらも受け入れの準備をしておく」
こうした真面目な話をしている時には、本当にキレ者の領主様という風格があるんですけど、ベアトリーチェの事になると一気に精神年齢が下がるのは、どうしてなんでしょう……って聞くまでもないか。
「ケントさん、それで、バルシャニアの皇女殿下は、いつヴォルザードにいらっしゃるのかしら?」
「それは……リーゼンブルグの国内事情が安定次第でして、いつになるのか……」
「まぁ、随分と曖昧な話ねぇ……女性にとっては一大事なのに……」
マリアンヌさんに、バルシャニアの親馬鹿、兄馬鹿達の話をして、セラフィマが強引に話を進めるのは、そこから自立したい思いもあるのかもしれないと話すと、大きく頷いていました。
「そのセラフィマという皇女殿下は、うちのリーチェと良く似ているのね」
「えっ、でもリーチェにお兄さんは……」
「リーチェの兄二人と姉は、学術都市バッケンハイムの上級学校に行ってるのよ。あと二週間もすれば、新年の休暇で戻って来るし、長男は学術院、長女は上級学校を卒業して、年明けからはヴォルザードで暮らす事になるわ」
ヴォルザードには、いわゆる中学校程度までの学校しか無く、高校、大学にあたる学校に通う者は、バッケンハイムの寮で生活をするそうです。
あれ、ちょっと待って下さいよ。セラフィマとベアトリーチェが良く似ていると言うことは、兄二人は兄馬鹿って事ですよね。
あれあれ、もしかして、長女まで妹大好きの姉馬鹿だった場合、僕は大ピンチじゃないんですか?
「ケント、あと二週間ばかりだから、楽しみにしとけよ……」
「いや、楽しみって……」
くそっ、親馬鹿オヤジの援軍が加わるって事なのか? そうなのか?
「そうねぇ、アンジェまでケントさんに心惹かれてしまったら、どうしましょうかねぇ……」
「はぁ? 駄目に決まってんだろう。リーチェ一人だって許しがたいのに!」
「そうです、お母様。お姉様は駄目です!」
あれ? クラウスさんとベアトリーチェの駄目のニュアンスが、微妙に違うように感じるんですけど。
「そのアンジェさんとおっしゃる……」
「慣れ慣れしく呼ぶな。アンジェリーナだ!」
「はい、すみません、そのアンジェリーナさんは、どういう方なんですか?」
「ケント様、お姉さまには興味を持たなくても結構です」
「そうだ、リーチェの言う通りだ。知らんでいい!」
いや、どうして二人して、そんなに必死なんでしょうね。
「アンジェは、髪の色と耳の形は父親譲りで、顔付きと体型は私譲りという感じよ」
なんですと! ダイナマイツなお義姉様ですと。
これは、是非ともお近付きになっておかないと……。
「痛い、痛い、マノン、痛いよ。そんなに思いっきり抓らないで」
「ケント、鼻の下が伸びてる……」
「うっ……ごめんなさい」
「手前ぇ、ケント、アンジェにまで手ぇ出したら、マジで生かしておかねぇからな」
「分かってますよ。でも、義理の姉弟になるのですから、キチンとご挨拶は……って、マノン、痛い!」
「ふんっ! ケントのエッチ!」
あーっ……折角ご機嫌だったマノンが不機嫌になっちゃいましたねぇ……って、僕が悪いんですけど。
「あらあら、マノンさんも、ユイカさんもご機嫌斜めになっちゃったわね。ケントさん、あと一ヶ月で新年が来ますし、未来のお嫁さん達にドレスを仕立ててあげたらいかがです?」
「ドレス……ですか?」
「えぇ、新年には、ここでも祝賀パーティーを行いますし、ドレスは必要よ」
「なるほど……でも、どこで仕立てれば良いですかね?」
「それはリーチェに案内させますよ」
「お任せください、ケント様」
そうだよね。ベアトリーチェに任せれば……って、何かクラウスさんが、哀れむような視線で僕を見ているのは気のせいでしょうかね。
まぁ、予算的なものは全く心配ありませんけどね。
お店が開く時間まで、約一名を除いて、にこやかな歓談の時間が続きました。
「八木達の相談を受けなきゃいけないから、お昼には守備隊の門の所まで戻らないといけないけど、みんなも一緒に来てくれて構わないからね」
「八木君の相談って、何なの?」
「日本に戻る方法は見付かったけど、帰還するまでには時間が掛かるよね。特に男子は後回しにさせてもらっているから、帰るまでヴォルザードでの過ごし方とかを聞きたいんだってさ」
「でも、それって健人もマノンも面倒見てきたし、今更って感じがしない?」
「うん、そうなんだけどね。マノンが面倒見てくれたのは主に女子だったし、これまで男子は本気じゃなかったからじゃないかな。何にしても、やる気を出してくれたなら協力してあげたいからね」
「ケント様は、本当に面倒見が良い方ですよね」
「そうそう、ケントは優しすぎるぐらいだよ」
いつもは僕の右腕を委員長が、左腕をマノンが抱えていますけど、今は右にマノン、左にベアトリーチェが居て、委員長は振り向きつつ少し前を歩いています。
僕の腕は二本しかないけど、三人の未来のお嫁さんがいるので、ローテーションをすると決めたそうです。
うん、素晴らしきかな平等なる世界よ。
街角に立ち止まって、僕らの方を見ている同じ年頃の男の子達が、物凄い恨みのこもった視線を投げ掛けてきますけど、気にしません。
てか、拒むことなんか出来ませんし、拒む気も無いですからね。
「リーチェ、ドレスは何処で頼むの?」
「近頃、話題になっているお店に頼もうかと思っています」
「話題のお店?」
「はい、とても斬新なデザインの服を売り出して、人気なんですよ」
「斬新なデザイン……」
ベアトリーチェの案内で進んで行く方向は、僕が想像している店のある方向です。
開店したばかりの時間なのに、もう人だかりが出来ている店は、フラヴィアさんのお店です。
「やっぱりか……」
「ケント様、こちらのお店を御存知でしたの?」
「うん、僕が今着ている服は、フラヴィアさんの店で買ったものだよ」
「そうなのですか。でも、それにしては普通のデザインですね」
「まぁ、普通のデザインを選んだからね」
フラヴィアさんのお店となると、当然ドレスは露出度高めになるよねぇ。
いや待てよ、僕しか居ない場所なら良いけど、他の男も居る場所では拙いんじゃない。
「どうかなさいましたか? ケント様」
「い、いや、別に……そのぉ……他の店も見てみたらどうかなぁ……って思って」
「それは構いませんが、まだこちらのお店を見ておりませんわ」
「そ、そうだね、そうだったね。でも、混んでないかなぁ……」
「もう少しすると、もっと人が集まってくるでしょうから、今のうちに見てしまいましょう」
「そ、そうだね……」
三人の露出度高めのドレス姿は見てみたいけど、見せたくない。
でもフラヴィアさんの巫女コスプレみたいな服装を見れば、委員長が別の店にしようと言い出すよね。
お店には、女性客が押し掛けていて、男の客は僕だけのようです。
「相良さん?」
「あぁ、浅川さんじゃない。国分君もいらっしゃい!」
店で働いている相良さんは、今日はメイド服姿です。
メイド服と言っても、野暮ったい実用重視のものではありませんし、かと言って、露出度高めの超ミニ仕様といった感じでもありません。
ウエストを絞って、女性らしいラインを強調しつつも露出度は控えめにし、その分、綺麗な色使いやフリルをふんだんにあしらって、可愛らしさを前面に押し出した作りになっています。
「うわぁ、それ可愛い……」
「でしょ、でしょ。私のデザインを元にして、フラヴィアさんと一緒に仕上げたんだよ」
「いいなぁ……ねぇ、私達、新年のパーティーで着るドレスを探しに来たんだけど」
「そうなの? じゃあタイミング良かったかも。近頃、注文が増えていて、新年に間に合わせる分は、もうちょっとで締め切る予定だったから」
「じゃあじゃあ、私達三人の分、お願い出来るかな?」
「任せて! 浅川さんにはラストックで凄いお世話になったから、腕に縒りをかけて頑張っちゃうよ」
委員長と相良さんが話している間にも、マノンとベアトリーチェは展示してある服を見に行ってしまい、ポツーンと取り残されてしまいました。
て言うか、前回来た時と店の様子が全然変わっていて、展示してあるのは全て女性向けばかりになっています。
それも、フリフリの可愛いものがメインですし、下着のスペースも大きく取られています。
凄いアウェー感を感じていると、店主であるフラヴィアさんが姿を見せました。
前回は、巫女コスプレみたいな衣装に身を包んでいたフラヴィアさんですが、今回は打って変わって露出度の低い服装です。
黒いニットの長袖のワンピースで、襟元はタートルネック、スカートの丈も膝下まであります。
できる女性オーナーという感じがしますね。
にこやかに挨拶をしていたフラヴィアさんでしたが、僕の姿を目にとめると、お客さん達の間を縫うようにして歩み寄って来ました。
「いらっしゃいませ、魔物使いさん」
妖艶に微笑みながらフラヴィアさんが僕の名前を口にすると、お店に居るお客さんが、一斉に振り返りザワザワと囁き始めました。
「今日は何をお探しかしら?」
「えっと……新年のパーティーで着るドレスを……」
「ドレス? 貴方が?」
「いえいえ、僕じゃなくて、僕の恋人のです」
三人を指し示すと、フラヴィアさんが振り返ると同時に、店のざわめきが一層大きくなりました。
「ベアトリーチェちゃんは存じていたけど、あちらの二人がそうなのね、へぇ、お二人とも可愛らしいじゃない」
「はい、僕には勿体無いぐらいの……」
「そんな事はないわよ。店にいらっしゃるお客さん達の視線を御覧になって」
「えっ、お客さんですか……?」
訳が分からずに店の中を見回すと、僕が視線を向けたお客さんは、両手を口元にあてて頬を染めたり、小さく手を振ったりしながら、黄色い声をあげています。
それを聞いた委員長達三人は、足早に僕の所へと戻って来ると、腕を絡めたり、ハグしてきました。
「えっ、えっ、どういう事……?」
「あら、自覚していなかったみたいねぇ。ヴォルザードの危機を救い、巨万の富を手中にした史上最年少のSランク冒険者。若い女性達の憧れの的よ」
「えぇぇ……そう、なんですか?」
うっ……何だか、お客さんと委員長達の間で、視線が火花を散らしているような。
てか、僕に超モテ期が到来しちゃってるって事ですか?
「健人!」「ケント!」「ケント様!」
「は、はい……分かってます。勿論、心得てますよ……」
そんな至近距離から睨みを利かされて、ニヤニヤ、ヘラヘラしてられませんよね。
「あらあら、これじゃあ商売にならなくなりそうね。皆さんは、奥へどうぞ……」
僕らは、お店の邪魔にならないように、奥の別室にてドレスを注文する事になりました。
ついでに僕の新年用の服も作ってもらう事にして、寸法を測ってもらいました。
「へぇ、見た目よりもガッシリしてるのねぇ……」
「こちらに来てから、色々鍛えられましたから……」
ってか、フラヴィアさんの手付きが、何だかエッチぃんですけど。
胸囲やウエストを測るのに、さり気無くタッチしていくからゾクゾクってしちゃいます。
というか、ドレスを作るんだから、みんなも寸法を測るんだよねぇ。
それこそ、胸囲とか、胸囲とか、胸囲とか……でも、見せてもらえるはずが無いですよねぇ。
みんなが採寸をする間、僕は壁に向かって座らされちゃいました。
採寸、デザインの選択、生地の選択、細かい要望などを打ち合わせていたら、あっと言う間にお昼になってしまいました。
全員分の注文を終えて、フラヴィアさんの意味深なウインクに送られて、僕らはお店を後にしました。
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