第138話 役割分担

 目を覚ましたら、委員長とマノンが居ません。

 あぁ、僕の天使たちはいずこへ……?


「んぁ……そう言えば、チュってして仕事に戻って行っちゃったんだ……」


 結局、日が傾き始めるぐらいまで、がっつり昼寝しちゃいました。

 でも、そのおかげで、身体の芯に残っていたダルさが抜けた気がします。


「んーっ……みんな、ありがとうね」


 いくら日当たりが良い場所とは言え、一人で寝転がっていたら確実に風邪を引くような気温ですが、マルト達やネロのおかげでポカポカでした。

 マルト達を順番に撫でて、最後にネロも耳の後ろを撫でてあげて、さぁ動き出しましょう。


『ケント様、ラストックに向かわれるのですかな?』

「うん、カミラとグライスナー候爵に、アーブル・カルヴァインの情報を伝えないとね」

『さぞかし驚くのではないですかな』

「どうだろう、侯爵は予測してそうな気がするけどね」


 グライスナー侯爵は、カミラとの会談の後、暫くの間はラストックの駐屯地に留まると話していました。

 元第二王子派の兵力をラストックの駐屯地へと移動させ、極大発生への備えとするそうです。


 僕としても、この前のようにヴォルザードにもラストックにも魔物が押し寄せるような状況になると、さすがに手が足りなくないので、ありがたい措置です。

 と言うか、カミラが最初に応援を頼んだ時点で、この状況が作られなきゃ駄目なんだよね。


 ラストックへと移動すると、既に近衛騎士が防衛のための陣地構築を始めていました。

 この後、戦力が増えれば、当初予定していた川を使っての防衛体制が構築出来るはずです。


 強化した護岸を使って、第一の防衛線を敷き、そこで食い止められない場合には、砦に籠って戦うという二段構えのようです。


 一方、ラストックの住人達は、オークによって荒らされた街の復興に取り掛かっていました。

 住民には投石によって被害が出ていますし、住民が避難した街にはオークの群れが雪崩込み、建物などにも被害が出ているようです。


 中には、店が燃えてしまった時のマルセルさんのように、呆然と立ち尽くしている人の姿もありました。

 命があればやり直せる……なんて簡単には言えませんよね。


 それに、魔物の襲撃が、今回で終わりだとは限らないのですから、再建しても大丈夫なのか迷っているようです。


 ゼファロス・グライスナー侯爵の姿は、カミラの執務室にありました。

 他には、レビッチと第三王子クリストフ付きだった近衛騎士の隊長オズワルドの姿もあります。


 どうやら、この三人とカミラで調整を行い、ウォルター・グライスナーや第二王子付きだったネイサン辺りが現場で指揮を執るのでしょう。

 ラストックの地図を広げて意見を交わしているテーブルからは、少し離れた場所で表に出て声を掛けました。


「第一王子派は、ラウフの郊外を今朝出立しましたよ」

「おぉ、これはこれは魔王殿、随分ゆっくりとお出ましだな」


 ゼファロスが、玩具を見つけた子供みたいな目を向けてきますが、遊ばれるつもりはありません。

 おっさんの追及は、ネチネチしつこいから疲れるんですよねぇ。


「第一王子派は、バルシャニアへの押さえとなる兵力を残さず、全軍を東に進ませています」

「なんだと、それは本当の話なのか?」

「残念ながら本当の話ですし、アーブル・カルヴァインも動き出しました」

「ほう、その口振りでは、アーブルはアルフォンス様の動きを知ってから動いたようではないか」

「出立の日時は、昨日の時点で決まっていたそうですから、それを探り出して、何らかの方法で入手したのでしょう」

「だが、アーブルが動くには少々遅くは無いか? カルヴァイン領からの距離を考えると、当初の予定であった第一王子派との決戦には間に合わぬタイミングだろう」

「アーブルは、第一王子と第二王子の決戦では兵力を失わないように遅れて到着するようにして、最初から手柄を立てるつもりはなかったようです」


 僕の言葉を聞いたゼファロスは、不審そうに眉間に皺を寄せました。


「手柄を立てるつもりが無い? あの野心の塊のような男が?」

「そうです、手柄よりも大きなものを手に入れようと画策しています」

「手柄よりも大きなものだと……?」


 アーブルの目的が思い浮かばなかったのか、ゼファロスはレビッチとオズワルドに目配せをしました。

 レビッチは小さく首を振って見せ、オズワルドは視線を少し宙に彷徨わせた後で、僕へと向けました。


「もしや、カルヴァイン伯爵は、国の乗っ取りを考えておられるのか?」

「その通りです」


 僕がオズワルドの言葉を肯定すると、他の者達は驚きの声を上げました。


「魔王様、それは本当でございますか?」

「いや、いくらアーブルであっても、そんな無謀な事は……」

「両派が潰し合って、疲弊した所を突くつもりなのか?」

「アーブル・カルヴァインは、バルシャニアと密約を交わし、連動して第一王子派、第二王子派を挟撃するつもりです」

「なんだと!」


 バルシャニアとの連携の話には、オズワルドも驚きの声を上げました。

 第一王子派が、全軍を東へと向けた事が、何らかの方法でバルシャニアへと知らされているらしい事を話すと、ゼファロスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべました。


「魔王殿よ、今回、第一王子派が全軍を東に向かわせたのは、おそらくアーブルが裏で糸を引いた結果であろう」

「それでは、第一王子派の中にもアーブルと連携している者が居るのですか?」

「確たる証拠がある訳ではないが、いくら王位を巡る決戦とは言えども、他国への備えまで放棄するというのは奇異に感じる」


 ゼファロスの言葉には、オズワルドも頷いて同意を示した後で不安を口にしました。


「侯爵、これは少々拙いのではありませんか? こちらからの早馬が辿り着き、その場でアルフォンス様が戻られる御決断をなされば良いが、もしカミラ様の親書を信じずに東進を続けられた場合、バルシャニアに攻め込まれる事になります」

「そうだな……これまでの経緯を考えれば、そのような事態になる可能性は高いな……」

「かと言って、こちらから兵を差し向けるような事をすれば、対決する意思があると取られかねません」


 オズワルドの推察に、居合わせた全員が沈痛な面持ちとなった後、カミラが訴えるような視線を向けてきました。


「魔王様……」

「はいはい、僕がバルシャニアを止めてくれば良いんでしょ」


 まったく人使いが荒いよねぇ、けしからん。


「魔王殿の手勢だけで大丈夫なのですかな? バルシャニアも攻めて来るとなれば、相当な戦力を注ぎ込んでくるであろう」

「最後に確認した時で、1万5千人ほどの兵力で演習を行っていました。実際に攻めて来るならば、更に上積みしてくるんじゃないですかね」

「1万5千人で演習だと? それでは、アルフォンス様の勢力が戻ったとしても危ういのではないのか?」

「うーん……たぶん大丈夫でしょう。僕の眷属は、みんな強いですし、要はバルシャニアの連中に帰ってもらえば良いだけですからねぇ」


 実際、神出鬼没に動き回れる僕の眷属が、バルシャニアの兵隊に後れを取るとは思えませんが、オズワルドは信用していないようです。


「魔王よ、そなたの戦力は、それほどまでに強力なのか?」

「二百頭近いミノタウロスの群れを、無傷で殲滅しましたけど、それでは不足ですか?」

「うむ……だが、万を超える兵士の相手となると……」

「先日のオークも万を越える群れでしたし、バルシャニアの兵士なら、勝ち目が無いとか、リスクが大きすぎると判断すれば、撤退するんじゃないですか」


 1万5千人の兵士を皆殺しにするつもりはありません。

 趣向をこらして嫌がらせをして、お帰りいただく予定です。


「では魔王よ、そなたが一人でバルシャニアに対応するのだな?」

「勿論、僕一人ではなく眷属総出での対応になりますよ。と言うか、他に誰か出来る人が居るんですか? 第一王子派が戻らなければ、他に戦う人は居ないでしょう」


 僕や眷族のみんなは、影移動でバルシャニアとの国境に向かえますが、オズワルド達が向かおうとすれば第一王子派を追い抜いていかなけばなりません。

 オズワルドやゼファロスが思わず顔を顰める中で、すっと席を立ったカミラが僕の前に跪きました。


「魔王様、どうかリーゼンブルグを守るために御力を御貸し下さい」


 カミラの後ろに、渋い表情のレビッチも跪き、ゼファロスとオズワルドは思わず顔を見合わせて迷っているようでした。


「あぁ、無理しなくてもいいですよ。カミラ達には結構な迷惑を掛けられているけど、侯爵や近衛騎士団には関係の無い事ですからね。それに、リーゼンブルグのゴタゴタが終わらないと、僕もノンビリ出来ませんから……」


 王族が跪いているのに、その家臣とも言える侯爵が座ったままなのは変な状況ですが、無理強いしてまで跪かせる気もありません。

 余計な恨みとか……もう買ってるかもしれなけど、増やすつもりもないですからね。


「バルシャニアの対応は僕がやりましょう。その代わり、第一王子派とアーブル・カルヴァインへの対応はお願いしますね?」

「良かろう……と言うよりも、それこそ我々の仕事だ」


 力強く言い切ったゼファロスに、オズワルドも頷いて同意を示しました。

 そもそも、第一王子とアーブル・カルヴァインの問題は、リーゼンブルグの国内問題ですし、今後を考えるなら、カミラが指導力を発揮しなければならない問題です。


「恐らく、アーブルは貴族連中に切り崩しの工作も行っているはずだ。カミラ様、我々も派閥の貴族のみならず、一代貴族への働きかけも行いましょう」

「資金提供を持ちかけるつもりか?」

「いいえ、そうではございません。現状を知らせ、カミラ様への支持を取り付けるのです」

「支持を取り付けると言っても、私には彼等に報いる術は無いぞ」

「そのような必要は無いでしょう。失礼ながら男性王族の皆様の振る舞いは、一代貴族の連中にも伝わっております。同じように、カミラ様が砂漠化で土地を失った者の保護や開拓に尽力なさっている事も伝わっております。カミラ様がベルンスト様に代わり、リーゼンブルグの為に尽力すると伝えるだけで、一代貴族の支持は得られるはずです」


 一代貴族とは、貴族の地位を金銭によって手に入れた者達の事で、殆どが商売で財産を築いた者達です。

 貴族としての地位は、子孫に残す事は出来ませんが、財産は当然相続されます。


 自分達の商売を考えた時、誰が王位に就くのが都合が良いかと考えるならば、砂漠化を放置し続けてきたアルフォンスよりも、民衆に目を向けてくれるカミラを望むに決まっています。


 問題は、アーブル・カルヴァインが、どのような手を打ってくるのかです。

 鉱山を牛耳るぐらいですから、商売に関する造詣も深く、多くが商人である一代貴族に対しても、魅力的な状況を約束してくる可能性があります。


 リーゼンブルグにおける王族への支持度合い、その中でカミラの人気がどの程度なのか、アーブルが王国乗っ取りを標榜した場合、どの程度の支持が得られそうなのか……こちらの世界に来て日の浅い僕では読みきれません。


「僕には、カミラへの支持を広げるような力は無いからね。それと、アーブルは、王子を血祭りにあげたら、カミラを自分のものにして国を乗っ取る……みたいな事を言ってたよ」


 僕の言葉に、カミラが形の良い眉を吊り上げて断言しました。


「私は、あのような男のものになる気は毛頭ございません!」

「アーブルも、カミラ様の人気をあてにしている表れでしょうな」


 ゼファロスの言う通りでしょうし、王族であるカミラを自分の嫁に出来れば、乗っ取りを正当化できるという狙いもあるのでしょう。


「この身は、血の一滴、骨の一片までも魔王様に捧げたもの……他の男のものになるなど……」

「う、うん……その話は、謝罪とか賠償とかが全部済んでからね……」

「分かっております……」


 カミラが頬を膨らませて、恨みがましい視線を送ってきて……ちょっと可愛いじゃないですか、けしからん。

 でも、ニヤけている場合じゃないよね。


「その謝罪や賠償にも関わる事だけど、同級生の女子が一人自殺した」

「えっ、それは……」


 関口さんの自殺の件を話すと、カミラは沈痛な面持ちで俯きました。


「これで五十人……私に、償う事が出来るのでしょうか?」

「先日の映像と、魔石や角を贈ったことで、少し前進するはずだったけど、大きく後退したと言うしかないね」


 項垂れるカミラを見かねたのか、ゼファロスが訊ねてきました。


「魔王殿、そのカミラ様の罪を、ベルンスト様達に被ってもらうというのは……」

「無理でしょう。ヴォルザードに居る二百人の同級生と先生が、カミラが主導していたと証言してしまいますし、既に召喚について家族に書いた手紙に記している者も居るはずです」

「それでは、極力早く、賠償を進めるしか方法は無いのか」

「そうなりますね。とりあえず、第一王子派やアーブルの動きに関して、僕が仕入れた情報は知らせますから、上手く活用して内紛を収めて下さい」


 バルシャニアは僕が、アルフォンスとアーブルにはカミラ達が対処する事を決め、ヴォルザードへと戻ります。

 影に潜って移動しようとしたら、バルシャニアの偵察を頼んでいたフレッドに声を掛けられました。


『ケント様……国境にバルシャニア皇帝が来た……』

「もう知らせが届いたって事かな?」

『それは不明……だけど約二万人の兵が一緒……』

「完全に攻めてくるつもりなんだね」

『ほぼ間違いない……』


 バルシャニアの皇帝、コンスタン・リフォロスは、五十代に入った今も筋骨隆々の偉丈夫で、更には風属性の魔術を操る術士でもあるそうです。


 フレッドが拾ってきた噂では、二十代半ばで皇帝の座を引き継いだ後も、国内各地を巡視して回り民の声に耳を傾ける寛容さと、不正や汚職に対しては容赦をしない峻厳さを併せ持ち、後の歴史に名を残す名君と言われているそうです。


「なんかさぁ……バルシャニアに征服されちゃった方が良いような気がしてきたよ」

『ぶははは、現在のリーゼンブルグの王族と見比べてしまうと、ケント様がそう思われるのも仕方ないでしょうな』

「だよねぇ……いっそ何もせずに通しちゃおうか?」

『ケント様、お気持ちは分かりますが、バルシャニアを通せば確実に血が流れ、弱き者が辛き目に遭いますぞ』

「そうなんだよねぇ……罪も無い民衆が傷付くのは駄目だよね」


 無血開城みたいに、戦争なしに権利の委譲が行えれば、バルシャニアの皇族に任せた方が良いような気もするけど、自分達の権利が脅かされる貴族達が、抵抗しない訳がないよね。


『それではケント様、どのようにしてバルシャニアを撃退いたしますか?』

「うん、基本的には嫌がらせだね」

『戦うのではなく、嫌がらせですか?』

『死の雨は……?』

「使わないからね、あれは封印! それに、バルシャニアの兵士だって家族が居るだろうし、ここで兵力を大幅に削ってしまうと、更に西の国に対する備えがなくなっちゃうよ」


 クラウスさんから聞いた話では、バルシャニアの更に西で国同士の戦が起こっているそうです。

 戦火がそこで止まれば良いですが、更に東を目指して侵攻なんて事になれば、バルシャニアも戦火に巻き込まれる可能性があります。


 そこで簡単にバルシャニアが敗退すれば、次はリーゼンブルグ、その次は……なんて事にならないとも限りません。


『つまりケント様は、バルシャニアを西への備えとする為に、兵力を削らずに撃退する……という事ですな?』

「うん、そのつもりだよ」

『ですが、嫌がらせ程度で、バルシャニアが引きますかな?』

『リボンを……大量に準備する?』

「あははは……3万5千人に結ぶのは大変だからやらないけど、基本的な考えはそんな感じかな……」


 ラインハルトとフレッドは、顔を見合わせて首を傾げていますが、僕はバルシャニア撃退の為に、漫画やアニメなどで養った知識を総動員するつもりです。


「まずは、ヴォルザードに戻って腹ごしらえして、それからバルシャニアに偵察に出掛けよう」

『そうですな。実際に相手を見ない事には、作戦も立てられませぬ』

『それに、バルシャニアは攻められると思ってない……油断してる……』


 そうなんです。バルシャニアは、リーゼンブルグを出し抜いているつもりでしょうが、僕には動向が筒抜けですし、まさか自分達が先手を打たれるとは思ってもいないでしょう。


 それは僕らにとって、何よりの強みでしょうし、僕らの正体も分からないはずです。

 バルシャニアには怨みはありませんが、キャーン言わせちゃいますよ。


 下宿に戻って、アマンダさん、メリーヌさん、メイサちゃんと楽しく夕食を囲んで、メイサちゃんの算術の宿題を見終えたら、バルシャニア出発です。

 と思ったのですが、マルトに留守番を頼んで出掛けようとしたら、メイサちゃんがご機嫌斜めです。


「むぅ、またケントは、悪い事しに行くんでしょ!」

「またメイサちゃんは、人聞きの悪い事を言う……」

「夜ちゃんと寝ないから倒れるんだからね」

「ぐぅ、た、倒れたんじゃなくて、ちょっと起きていられなかっただけだから」

「そんな事言って、夜更かししてちゃ駄目なんだからね」

「はいはい、ちょっと行って来るだけだし、マルトに留守番してもらうから大丈夫だよ。それともメイサちゃんは、僕が居ないと寂しくて眠れないのかなぁ?」

「そ、そんな事ないもん! モフモフが居れば大丈夫だもん!」

「はいはい、おねしょしないように、トイレに行くのも忘れないでね」

「きぃぃぃ! しないもん! おねしょなんかしないもん!」


 プンスコ怒るメイサちゃんを残して、フレッドの案内でバルシャニアへと移動しました。

 さてさて、皇帝一家の様子を覗かせていただきましょうかね。

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