第136話 野望の男

 関口さんが自ら命を断った翌朝、フレッドの知らせを受けて、第一王子派が集結しているドレヴィス公爵の領地へと足を運びました。

 侯爵の館がある街、ラウフの郊外に広がる草地では、夜も明け切らぬ前から兵たちが出立の準備を始めています。


 僕らは、その出立の様子を影の中から見守ることにしました。

 草地を見下ろす小高い丘の上には、金属鎧を身につけた騎士達に守られ、豪華な装飾が施された鎧を纏った男達の姿があります。


 その男達の一番後方には、第一王子アルフォンスの姿がありました。

 派閥の貴族らしき男達は、兜こそ被っていないものの、鎧の胴や籠手などは身に付けていますが、アルフォンスは狩りにでも出掛けるかのような軽装です。


 折り畳みの椅子に腰を下ろし、前方を見据えたまま動かない……ような振りをして、目玉だけで忙しなく周囲を窺っているようです。


「あれは、わざと鎧を着ていないの? それとも鎧の重さに耐えられないの?」

『耐えられないのでしょう。それを、わざと着ていないように装っているのでしょうな』

「だよねぇ……」


 アルフォンスは、病的に色白で鶴のように痩せていて、とても鎧の重さを支えて長時間歩き回れるとは思えません。

 と言うか、さっきからガタガタ脚が震えているし、しきりに手の平の汗をズボンで拭っています。


 寒いのか、怖いのか、緊張しているのか……いずれにしても大将の器には見えませんね。

 そのアルフォンスの横には、参謀役のトービルの姿がありますが、こちらは鎧を着てはいますが、何となく着られているという感じです。


 先程から、しきりに唇を舐めているのは、やはり緊張しているからなのでしょう。

 アルフォンスの斜め後には、ディートヘルムの姿があります。


 こちらも鎧は着けず、騎士服を豪華にしたような服装で、蒼ざめた顔で震えています。

 寒いのか、怖いのか、それとも演技なのか、ちょっと分かり難いですね。


 居並ぶ貴族の下には、伝令役の兵士が次々と出立の準備が整った知らせを持って来ます。

 貴族の人数は十二名、これが第一王子派の強硬派だそうです。


 アルフォンスの右斜め前に座っているのが、ここの領主、ドレヴィス公爵。

 その向かい側に腰を下ろしているのが、ラングハイン伯爵。

 その隣が、サルエール伯爵で、この三人が派閥の中心的な役割を果たしているそうです。


 ドレヴィス公爵は、カイゼル髭を蓄えた四十代後半ぐらいの太った男です。

 髭の端を捻り上げるのは、癖なのでしょう。


 ラングハイン伯爵は、アルフォンスほどではありませんが、細身で背が高く、頭頂部が禿げた初老の男性です。

 これから戦に出掛けるというのに、まるで他人事のように流れていく雲を見上げています。


 サルエール伯爵は、対照的に固太りで小柄な男で、口髭、顎鬚を蓄え、歳は三十代前半でしょうか、少々額が後退してきていますが、野生的な感じがします。

 こちらは腕組みをした状態で、次々に駆け込んでくる伝令に視線を走らせながら、苛立たしげに貧乏ゆすりを繰り返しています。


 そして、最後の伝令役が駆け込んで来た後、トービルが何事か耳打ちをすると、アルフォンスは鷹揚に頷いてみせました。

 頷き返したトービルは、もう一度唇を舐め回してから、諸侯に向かって口を開きました。


「それでは皆様、準備が整ったようですので、これよりラストックへ向けて出立していただきます。

 この度の挙兵は、ラストックへの救援と魔物の極大発生へ備えるためですが、道中にてベルンスト様の派閥との衝突が予想されます。

 王宮にて乱行を繰り返すベルンスト様、クリストフ様を、アルフォンス様は辛抱強く諭し続けてまいりました。

 ですが、そのお気持ちを踏み躙り、蔑ろにし続けるベルンスト様達の振る舞いに、アルフォンス様のご辛抱も限界を迎えました。

 リーゼンブルグ王国の危急存亡の時だと言うのに、王位を手にせんがために行く手を阻むならば誅するも已む無しと、アルフォンス様は御決断をなさいました。

 この度の一戦にて、我々が敗れるような事があれば、リーゼンブルグ王国は魔物に蹂躙され、多くの民の命が失われる事となりましょう。

 アルフォンス様は、皆様方の奮戦を期待されております。

 どうか、ご尽力賜りますように、切にお願い申し上げます。

 では、アルフォンス様、御出立の宣言をお願いいたします」


 トービルが下がると同時に、控えていた兵たちがワインの入った杯を諸侯へと手渡しました。

 一際豪華な細工のされた杯を手にしたアルフォンスが立ち上がると、居並ぶ諸侯も立ち上がり、杯を掲げました。


「こ、これより出立する! リーゼンブルグ王国に、栄光あれ!」

「リーゼンブルグ王国に、栄光あれ!」


 貴族達はワインを一息に飲み干すと、杯を地面へと叩き付け、自分達の隊列へと歩み出して行きました。

 アルフォンスも杯を投げ捨てましたが、杯は砕けず、ワインも半分以上が残っていたように見えました。


 出陣のラッパが吹き鳴らされ、足並みを揃えるための太鼓の音が響いて来ます。

 とは言っても、最後尾のアルフォンスの隊列が動き出すまでには、まだ暫くの時間が掛かりそうです。


「うーん……なんだか芝居じみていて、出立するまで随分と時間が掛かるんだね」

『さよう、総勢で三万を超える兵が動くともなれば、その調整には時間が掛かるものです』

「これで、実際の戦闘になった場合に、陣形の組み換えとかはスムーズに行えるものなの?」

『それは、兵の錬度次第ですが、これほどの大軍ともなると、戦端が開かれる以前に立てた作戦の差が、結果を大きく左右しますな』

「つまり、一度始まったら、やり直しは難しいって事だね」

『いかにも、その通りですぞ』


 遠くから、徐々に動き始めた隊列を見守っていると、カルヴァイン辺境伯爵を偵察していたバステンが声を掛けてきました。


『ケント様、アーブル・カルヴァインの元へ、第一王子派の情報が届いたようです』

『えっ? 今の出立の儀式みたいのが、もう伝わってるの?』

『いえ、そうではないでしょう。恐らくは、昨日出立の日時が決められたのを探り出し、鳥か何かの連絡手段を使って知らせたのでしょう』

『ケント様、見に行かれた方がよろしいですぞ』

「そうだね、フレッド、こっちはお願いね」

『了解……何かあったら知らせる……』


 第一王子派の監視をフレッドに頼み、僕とラインハルトはバステンと共に、カルヴァイン辺境伯爵の居館へと向かいました。

 カルヴァイン辺境伯爵領は、リーゼンブルグの北東部、高い山脈の山麓に位置しています。


 湖の畔に建てられている領主の館は、砦と呼ぶのが相応しい外観で、頑丈な石積みの城壁に守られている敷地は、ヴォルザードの縮小版といった感じです。

 城壁内部にあるのは、領主の館の他に騎士達が暮らす兵舎に馬のための厩舎、そして練兵場が広がっているのですが、どれも薄っすらと雪化粧されています。


 バステンに案内された食堂のような部屋では、大きなテーブルを十人ほどの男達が囲んでいました。

 部屋の調度品は壮麗な感じですが、居並ぶ男達は山賊の首領と言われても納得しそうな面々です。


『ケント様、ここに居る連中が、アーブルの側近連中になります』

「何だか山賊の集まりにしか見えないんだけど……」

『兵をまとめる隊長が三人、他は鉱山の元締めみたいなものですから、あながち間違いでもないですよ』


 男たちの話に耳を傾けても、第一王子派とかラストックなんて単語は全く聞こえず、酒、女、博打、喧嘩といった話ばかりです。


「アーブルは……?」

『もうそろそろ現れると思います』


 ゴロツキ共の自慢話にも飽きてきた頃、アーブル・カルヴァインが姿を現しました。

 アーブルを一言で表現するならば、タキシードを着たゴリラって感じです。


 無造作にカットした赤銅色の髪、顔の下半分は髭で埋め尽くされ、獣と言うのが相応しい風貌で、体格はドノバンさんを連想させる本物の筋肉で覆われています。

 それでいながら、キッチリと貴族らしい衣装を身に着け、それが違和感無く見える辺りは着慣れている証拠でしょう。


 アーブルが姿を現した途端、それまでだらしなく喋り続けていた男達が一斉に立ち上がり、姿勢を正しました。

 アーブルは、暖炉を背にした席に腰を下ろすと、軽く右手で押さえるような動作をし、それに従って男達は腰を下ろしました。


 先程までは、場末の酒場のような喧騒に包まれていましたが、今は衣擦れの音すらせず静まり返っています。

 その中で、アーブルがおもむろに口を開きました。


「先程知らせが届いた。第一王子派は、思惑通りに全軍を東に向かって進めるそうだ。無論、今回の戦に参加しない穏健派の貴族の兵が残ってはいるが、物の数ではないだろう。我々も、すぐにラストックへ向けて兵を進める」


 アーブルが言葉を切ると、テーブルの中程に座っていた男が、すっと手を上げました。


「話せ、トッド」

「アーブルさん、今から駆け付けたんじゃ、決戦に間に合わないじゃないですか?」

「ギリギリのタイミングで到着すれば良い。俺達は、派閥同士の戦いで手柄を立てるつもりは無い」


 アーブルの言葉を聞いて、さすがに側近達に動揺が走りました。

 ここに居並ぶ連中は、既にベルンストとクリストフが誅殺された事は知りません。


 これから向かう戦いは、言うなれば天下分け目の戦いであり、勝てば領地が増えたり、肥沃な土地への領地替えの可能性があります。


 とは言っても、褒賞は戦で功績をあげた者が優先されるはずです。

 手柄を立てるつもりが無いのは、褒美を得ようという気が無いという事なのでしょうか。


「アーブルさん、手柄を立てられなかったら、褒美も貰えず、参加するだけ損なんじゃないですか?」

「そう思うか?」


 アーブルの問いに、男達は一様に頷いてみせます。

 それを確かめた後で、アーブルはニヤリと笑みを浮かべ、腹の中を明かしました。


「いいか手前ら、今回の戦いは、褒美なんてチンケな物が狙いじゃねぇ……俺達は、このリーゼンブルグを丸ごといただく!」

「うえぇぇぇ……」


 両腕を大きく広げたアーブルは、側近たちが驚愕するのを楽しげに眺めながら、ゆっくりと席を立ちました。


「静まれ! これから手筈を話す。下手打つんじゃねぇぞ!」


 テーブルに両手を突いたアーブルに睨み付けられ、男達は一様に息を飲み、静まり返りました。


「既にバルシャニアとの話は付いている。アルフォンスの一派が動くという知らせが届き次第、バルシャニアは砂漠を渡ってアルフォンス一派を追撃する。俺達は、バルシャニアと連動して、馬鹿王子共が潰し合いをした所を挟み撃ちにして磨り潰す。王子三人は血祭りに上げ、カミラを俺の女にして、この国を俺のものにするぞ!」

「うおぉぉぉぉぉぉ!」


 アーブルが再び両腕を大きく広げて宣言すると、ゴロツキ共も立ち上がり雄叫びを上げました。


「飯を食ったら出立だ! 野郎共、ぬかるんじゃねぇぞ!」

「へい!」


 待機していた給仕達が料理を運び込み、食事の席が設えられると、アーブルは襟元を緩めて姿勢を崩しました。

 先程までの静けさは、あっと言う間に掻き消され、また場末の酒場に逆戻りです。


 あきれるほどに極端な光景ですが、その切り替えをさせるアーブルという人物は、やはり一筋縄ではいかない男と認めざるを得ません。


「まさか、リーゼンブルグを乗っ取るつもりだったとは思わなかったよ……まぁ、もう失敗は確定なんだけどね」

『全くですな。確かに国を乗っ取るつもりならば、馬鹿王子共が麻薬漬けで使い物にならなくなっても、何の問題も無いですな』

「ここまでの計画を側近にも洩らさずに立てたのかな?」

『さぁ、一部の者には洩らしていたかもしれませんが、この様子では殆どの者達は知らなかったのでしょうな』

「でもさぁ、国を乗っ取るって聞いて全員が喜ぶって事は、それだけ今の王家が支持されていないって事だよね?」

『いかにも、その通りですが、あの王族達の体たらくを見れば、それも当然でしょうな』


 とんでもない計画ですけど、前提条件は崩れてしまっていますし、カミラとグライスナー公爵が対策を講じれば未遂で終わりそうですが、アーブルという人間は、転んでもただでは起きない気がします。


 僕の眷族を参加させれば、武力勝負では負けないとは思いますが、武力衝突が起これば犠牲者が出る事になります。

 戦争で犠牲になるのは、女性や子ども、お年寄りなのは、こちらの世界でも一緒でしょう。


「アーブルは、手強い相手だとは思うけど、情報戦では圧倒的に優位な状況が築けているから、出来る限り流血沙汰にはしたくないね」

『まぁ、これだけの計画を立てられる男ですから、勝ち目があるか無いかの判断は出来るでしょう。全滅覚悟の勝負を挑んでくるような愚は犯さないでしょうな』

「そうだと良いけどね……」


 アーブルの元にも、いずれカミラからの知らせが届く事になっていますので、とりあえずはバステンに監視を続けてもらう事にしました。


 カルヴァイン領から、もう一度、第一王子達の所へと戻り、フレッドにはバルシャニアの監視を頼み、第一王子派の所には位置を把握するためのマーカー役として、ハルトに追跡をさせる事にしました。


『ケント様……バルシャニアはどうなさるつもり……?』

「うん、途中で帰ってもらう予定」

『帰らせる……殲滅ではなく……?』

「うん、バルシャニアも勝ち目が薄いと感じれば、撤退するんじゃないかな?」

『また、死の雨を降らせるのかと……』

「やらないからね。人間相手に、あれはちょっと……」

『ぶははは、ケント様がお望みとあれば、いつでも準備をいたしますぞ』

「いやいや、あれは当分の間は封印するからね。さて、僕も帰って朝食にするよ」


 下宿に戻ると、メイサちゃんが、アマンダさんに叩き起こされている所でした。

 寝る子は育つって言うけど、あんまりメイサちゃんは育っていないような……。


 メリーヌさんも含めた四人で平和な朝食を済ませたら、今度は守備隊の宿舎に移動です。

 現場検証が終わったら、森田さんを捜査本部まで送って行かなければなりません。


 森田さんは、事情聴取を終えた後、昨夜は先生達が居る宿舎に泊まりました。

 現場検証を行うには、日が暮れた後のヴォルザードは暗すぎて、撮影すらも侭ならず、今朝から改めて行う予定になっています。


 森田さんと待ち合わせをしている食堂へと向かうと、何やら不穏な空気が漂っていました。

 今日は、授業が行われる日ではないはずですが、かなりの数の同級生達が残っていて、皆一様に暗い表情に沈んでいます。


 僕が食堂へと入って行くと、ひそひそと囁く声が広がって行き、視線が向けられて来たのですが、同情的というか哀れみを含んでいるというか変な感じです。

 小田先生と森田さんの姿を見付けて歩み寄ろうとすると、慌てて道を開けるような感じで、妙に気を使われているような気がします。


 たぶん、関口さんの自殺が関係しているのだと思いますが、何だか居心地が悪いですね。


「おはようございます」

「やぁ国分君、おはよう。今日も、よろしくお願いするね」

「国分、朝食は食べたのか?」

「はい、下宿でシッカリ食べてきましたよ」

「そう言えば、国分君はここじゃなくて、下宿で暮らしているんだってね」

「はい、僕が来た時は一人だったんで、ギルドで下宿を紹介してもらったんです」

「へぇ、いきなり異世界で一人暮らしとか、国分君は逞しいねぇ」

「いえ、ヴォルザードの皆さんが親切にしてくれたおかげですよ。実際、料理は下宿のアマンダさんに頼りきりですし、来た当初は洗濯の仕方すら分からなかったんですから」

「いやいや、大したもんだ……」

「何ヘラヘラしてんのよ!」

「えっ?」


 突然投げ掛けられた刺々しい言葉に驚いて振り向くと、数人の女子が僕を睨んでいました。


「あんたがモタモタしていたせいで、詩織は死んだのよ。なのに、何ヘラヘラしてんのよ!」

「いや……別にヘラヘラなんて……」

「してたじゃない! 何が大したものよ。下宿暮らしぐらい誰だって出来るわよ!」

「お前達、よさないか。国分は十分頑張って……」

「またそうやって先生は、そいつだけ特別扱いするんですか?」


 小田先生が割って入っても、女子達の抗議は止まりませんでした。

 たぶん昨日、関口さんを追いかけて行った人達なのでしょう。


「全員一緒に連れてこられて、そこで特別な力を貰ったなら、みんなの為に使うのなんて当然じゃないんですか?」

「そうよ。ちょっと活躍したからって調子に乗り過ぎよ」

「金稼ぎなんかしてないで、さっさと帰還を進めなさいよ」

「女とイチャイチャする事しか頭に無いんじゃないの?」


 ぶつけられる言葉が、ドロドロと胸の底に溜まっていき、心が凍り付いていくようです。


 一人帰還させる度に、魔の森で胃の中身を全部吐き散らし、のたうち回った挙句に気絶するように眠り込んでいるのに、それでも非難されなきゃいけないのかと思った時でした。


「お前ら、久保を日本に送っていった時の国分を見てねぇのに、何イキってんだよ」

「そうだよ。死にそうな面して、目が逝ってる感じでよぉ、見るからにヤバかったぜ」

「あれ見たら、さっさと帰還を進めろとか言えねぇぞ……」


 庇ってくれているのは、見学していた男子だと思うのですが、僕って、そんなにヤバい状態だったんでしょうか?

 思わず小田先生に視線を向けると、頷いていますね。


「てかよぉ、みんな置かれている状況は同じなのに、自分だけ不幸だなんて思う方がどうかしてんじゃねぇの?」

「ちょっと、詩織は死んだのよ。なんでそんな酷い事言われなきゃいけないのよ」

「はぁ? あんだけ頑張ってる国分に暴言吐いといて、何ほざいてんだよ」

「収容所から助けてもらって、住む所世話してもらって、生活費もらって、どんだけ世話になってる思ってんだ」

「そ、そんなのチート能力を貰ったんだから当然でしょ」

「ばっかじゃねぇの? 国分にお前ら養う義務なんかねぇだろう、国分はお前らのお父さんか?」

「あんた達だって、ろくに働いてもいないじゃないのよ」

「だからって、自分だけ不幸ですぅ……なんて言わねぇし」

「てかよぉ、お前らだって関口の自殺を止められなかったくせに、国分に八つ当たりしてんじゃねぇよ」


 関口さんの友人達の気持ちは分からなくも無いけど、言ってる事は理不尽だと感じてしまいます。

 男子が庇ってくれるのは有り難いのですが、ちょっと言い過ぎという気もします。

 何より、こんな険悪な雰囲気は、悪循環の原因になりそうです。


「ねぇ、もうやめよう。僕らが言い争いをしたって良い事なんか何も無いよ」

「あんた、誰のせいで詩織が……」

「僕だけの責任じゃない。僕は完璧な人間じゃないけど、出来る限りの事はやってるつもりだよ。それにチートな能力を貰ったけど、使い方まで教わったわけじゃないし、何でも出来る訳じゃないよ」

「だけど、詩織は……」

「関口さんは可哀相な事をしたと思うけど、僕らが言い争う事が、彼女の死に報いることだとは思えないよ」


 関口さんの友人達は、暫く黙り込んだ後、聞き取れないような小さな声で、捨て台詞を残して食堂を出て行きました。


「じゃあ森田さん、行きましょうか」

「大丈夫かい?」

「ええ、理解してくれる人も増えたみたいですし、やらなきゃいけない事は、さっさと片付けましょう」

「分かった、じゃあ行こう」


 カメラなどが入ったバッグを肩に掛けた森田さんと一緒に、食堂を出て城壁へと向かいました。

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