第59話 正しいリボンの使い方

 拝啓

 名高き冒険者パーティー・フレイムハウンドの偉大なるリーダー、バルトロ様。


 突然の不躾なる手紙をお許し下さい。

 この度、手紙を書かせていただいた理由は、チョザリ様、トニー様が私の下宿先をご訪問いただいた件について、皆様方に誤解があるように思えたからで御座います。


 僕が魔物を使役しているから、魔物の群れを引き寄せているかのように短絡的かつ安直に誤解されてしまったようですが、そのような事実は一切御座いません。

 もし僕に魔物の群れを引き寄せる力があるとすれば、ヴォルザードから離れた場所に集めて討伐を行います。


 なぜならば、ヴォルザードには沢山のお世話になった皆様が暮らしており、手違いが起きれば、その方々に被害がおよびかねないからです。

 そのような危険な状況をわざわざ作ったりしない事ぐらいは、皆様の少し足りない頭でも御理解いただけると思います。


 今回のチョザリ様、トニー様の行動は、甚だしい勘違いと思い込み、事実確認を行わない杜撰さ、そして自分こそが正義だという一人よがりな考えが、組み合わさったために起こってしまった不幸な出来事だと考えます。


 ですが、名高き冒険者パーティーの皆様が、無名のしかも子供である僕に謝罪するのは、ちっぽけなプライドが邪魔をして難しい事でしょう。

 そこで明日、水の曜日の午後に僕の方から、わざわざ皆様の下へと訪問いたしまして、僕の方から和解を求めるという体裁を整えて差し上げます。


 ヴォルザードの住民の皆さんにも、僕の方から和解した事にして差し上げたと周知されるように手筈を整えて差し上げましょう。

 名高きフレイムハウンドの皆様におかれましては、僕との会談の席で、ただ頷いていれば済むようにして差し上げますので、ご面倒様とは存じますが、全員お揃いでお待ち下さいませ。


 敬具、ケントより



『うん、こんな感じかな? どうかな?』


 何枚も書き直して、ようやく完成した手紙をラインハルトに見てもらいます。


『ぶははは、ケント様、これはまた随分と丁寧な和解の手紙ですな』

『うん、だって、僕よりも歳上の皆さんへの手紙だから、言葉使いには気をつけないとね』

『ぶははは、それでケント様、この手紙はどのようにして届けるのですかな』

『うん、これから置いてこようと思ってるんだ、リボンを添えて……ね』


 アマンダさんから貰った赤いリボンを見せると、ラインハルトは首を傾げました。

 うん、久々の小首を傾げるスケルトン、やっぱり良いですね。


『ケント様、そのリボンは、どう使われるのです?』

『それは、見てのお楽しみだよ。あっ、そうだ書き忘れるところだった。追伸……』

『ほほう……それは、どこを……なんですかな?』

『それも、見てのお楽しみだよ』


 手紙の準備を終えたので、マルトが見張っているフレイムハウンドの連中の所へと移動しました。

 バルトロ達は、オーランド商店の離れのような建物を宛がわれているようです。


 昼間、チェザリとトニーが吊るし上げを食っていた部屋のテーブルには、酒瓶がゴロゴロと転がり、5人とも酔いの回った目付きで、嘘か本当か分からないような自慢話を繰り返しています。


「1番ヤバかったのは、サラマンダーとやりあった時じゃろ」


 酒をなみなみと注いだカップを口に運びながら、坊主頭の巨漢が呟いた言葉に、バルトロは顔を顰めてみせました。


「ジャルマ、そいつは言わねぇ約束だぜ」

「まぁそう言うな、バルトロの強さはトニーもチェザリも分かってる。だが、世の中には相性の悪い相手がいるって事も分からせておかんとな」

「けっ、とか言って、自分の武勇伝を語りたいだけなんだろ?」

「がははは、そうとも言うな……」


 魔の森で見かけた時、大盾を持っていたジャルマが言うには、炎を吐く地竜、サラマンダーとの戦いは困難を極めたそうです。

 当時、バルトロ、オレステ、ジャルマは、3人でパーティーを組んでいたそうですが、戦力の要であるバルトロの火属性の攻撃は、サラマンダーには全く効果が無かったのだとか。


「それで、どうやってサラマンダーを倒したんです?」

「まぁ、慌てるなチェザリ……」


 続きを聞きたがるチェザリとトニーを宥め、いかに自分が身体を張ってサラマンダーの攻撃から仲間を守ったのか、一頻り自慢話を語った後で、ジャルマは核心を話し始めました。


「トニー、自分達の力が足りなかったらどうする?」

「そりゃー修行して、実力を底上げするしかないでしょう」

「アホめ、そんな事だから、お前はいつまでもCランクなのじゃよ」

「えぇぇ……それじゃあ、どうするって言うんですか……」


 ジャルマは、喉を鳴らして酒を飲み干し、歯を剥くような笑みを浮かべて語った。


「力が足りなければ、外から借りてくれば良い」

「あっ……共闘って事ですか?」

「そうだ、魔物によっては放置しておけば被害が広がる場合もある。 呑気に修行などしている暇など無いわい」

「それじゃあ、サラマンダーの時も?」

「そうじゃ、将来Sランク昇格間違い無しと言われていた、メッツァーという水属性の使い手と共闘して討ち果たしたのだ」

「メッツァー……聞かない名前ですけど、そんなに凄い使い手なんですか?」

「あぁ、それはそれは凄まじいまでの使い手じゃったな……だが、折角サラマンダーを倒したのに、不幸な事故に遭ってのぉ……」


 ジャルマが含みのある言い方をすると、バルトロとオレステも、同調するように口を開いた。


「あぁ、あれは本当に不幸な事故だったなぁ……」

「全くだ、メッツァーは将来有望な男だったのになぁ……本当に残念だったよ」


 ニタニタとした笑いを浮かべる3人を見て、鳥肌が立ちました。


『ラインハルト、あれって……』

『恐らく、そのメッツァーとかいう冒険者は、奴らに殺されたのでしょう』


 数千、数万の魔物が発生した時には、戦力になるだろうと思っていましたが、この連中は思っていた以上に悪辣なようです。


「いいか、チェザリ、トニー、冒険者ってのは死んだら負けだ。 生きていなけりゃ金も女も手に入らんのだぞ。 生き残っていりゃあ死んだ奴の手柄も手前らのものだ」

「つまり……不幸な事故には遭うな……って事っすね?」


 トニーはニタニタとした笑みを浮かべながら答え、その横でチェザリも同じ笑いを浮かべています。

 ですが、他の3人が浮かべた笑いは、ちょっと違っているように見えました。


 酔いのために目付きの悪くなった犬獣人のオレステが、やぶ睨みしながら問い掛けてきます。


「トニー、チェザリ……お前ら、その言葉の意味をちゃんと理解してるか?」

「えっ……意味って、当たり前じゃないっすか……」

「ふん、全然分かってなさそうだな……」

「ど、どういう意味っすか……」

「あぁん? お前ら、昼間みたいなドジを何度も踏んでっと……不幸が訪れるって言ってんだよ」

「ひぃ……」

「俺らも仲間が不幸な事故に遭うところなんざ、見たくはないが……ヘマを繰り返してる野郎には、どうしてか不幸な事故が降りかかるんだ……なぁ、バルトロ」

「あぁ、パーティーのメンバーや共闘した冒険者が、不幸な事故で死ぬってのは後味が悪いからなぁ……お前らも、気を付けろよ……」


 トニーとチェザリはガクガクと頷くと、逃げるようにして応接間を出て、自分の部屋へと戻って行きました。


「がははは、バルトロもオレステも、やり過ぎじゃないのか?」

「俺様は、パーティーの将来を思って、わざわざ嫌われ役を買って出てやったんだ、分かるだろうバルトロ?」

「ふん、面白がってただけだろうが……あの程度締めておかねぇと調子に乗りやがるからな」


 酒をあおりながら、バルトロは面白くもなさそうに答えた。


「ほう、その口振りじゃ、まだ置いておくつもりのようじゃな……」

「あぁ、ギガウルフにしろ、魔物の大量発生にしろ、囮が必要な場面がありそうだからな……」

「くっくっくっ、まったくバルトロはよぉ……」


 再びニタニタとした嫌な笑いを浮かべる3人は、トニーとチェザリは、正式なパーティーメンバーと認めていないどころか、魔物の囮に使う人員として置いているようです。


『こやつらの件、ドノバン殿に報告されておいた方が良いのではありませんか?』

『うん、明日の午後には、キャーン言わせてやる予定だけど、その後で一応報告しておくよ』


 バルトロ達は、3人になった後も暫く酒を飲み続けていましたが、重たい腰を上げて、それぞれの部屋へと戻るようです。


『まったく、ようやくか……待ちくたびれちゃったよ』

『さて、ケント様、どのようにして手紙を届けるのですかな?』

『まずは、バルトロの様子を見てから……』


 そのバルトロは、自分に割り当てられた部屋に戻ると、寝巻きに着替える事もなく、倒れ込むようにベッドに横になると、すぐに鼾をかき始めました。


『うーん……これは必要なさそうな気もするけど、念の為……』


 バルトロの胃袋に、眠り薬を放り込んで、暫く待ちます。

 頃合を見計らって、バルトロの頬を突いてみますが、まるで起きる気配はありません。


 Aランクの冒険者と聞いていたので、あるいは……と思ったのですが、無駄な心配でした。


『ケント様、エール用のジョッキの出番ですかな?』

『ううん、今日は別の方法を使うんだ』


 バルトロの部屋へ出て、ベッドへと近付き、半分以上蹴飛ばしている布団をめくりました。

 ベルトを緩め、ボタンを外し、ズボンをずり下げ、ついでにパンツも下ろします。


『うわぁお! さすがに大きく……ないね。 ガォーって感じじゃなくて、ニャーンって感じだね』

『ケント様? 一体何をなさるつもり……ぶほぉ! ぶははは、そのような場所にリボンを飾り付けるとは……ぶははは!』


 ラインハルトが床に蹲って悶絶しています。

 うん、念話でしか会話出来なくて良かったよ、声が出ていたら、周りの連中が起きちゃうところだったよ。


 バルトロの股間をリボンで蝶々結びにして、サイドテーブルに目立つように手紙を置いておきます。

 手紙の追伸には、僕との和解を拒否したり、下宿に手出しするようならば、次は切り落しますと書いておきました。

 何処をなんて、言うまでもないよね。


 バルトロ達の監視を、ラインハルト達に預けたハルト、ヒルト、フルト、ヘルト、ホルトに頼み、下宿に戻りました。


 明日は、いや、もう日付が変わってしまっているので今日ですが、男子が初めて城壁工事に出るので、一応見届けるつもりです。

 あんまりゆっくり寝る時間はありませんが、モフモフタイムにしましょう。


「ごめんね、ベッドが狭いから一緒に寝るのは順番にして。今夜はミルト、お願いね」

「わふぅ、分かりました、ご主人様」


 ミルトは嬉しそうに尻尾を振り、マルトとムルトはしょんぼりしてるので、影の世界に戻す前に、たっぷり撫でてあげました。

 モフモフのミルトを抱えてベッドに横になれば、あっと言う間に眠りに落ちていきます。


 そして、あっと言う間に朝が来て、やっぱりベッドには、マルトとムルトも乗っていて……うん、順番とか無理なのね。

 と言うか、メイサちゃんに貸し出す予定なんだけど、勝手に戻って来ちゃったら、メイサちゃんに怨まれそうなんですが、何か良い方法は無いですかね。


「昨日のチンピラとは、今日中に話を付けておきますから……」


 朝食の後でアマンダさんに伝えると、渋い表情をされてしまいました。


「ケント、危ない事をする気じゃないだろうね?」

「とんでもない。ただ話をするだけですし、ちゃんとドノバンさんにも報告を入れますから大丈夫ですよ」

「そうかい、それなら良いんだけど、無茶するんじゃないよ」

「はい、大丈夫です」


 本当は、ドノバンさんへの報告も事後承諾に近いですし、ちょっとヤバめな会談になるのは決定的なのですが、そこは黙っておきましょう。


「お母さん……ケントが何か隠してそうだよ」

「ふぁ? な、何を言い出すのかなぁ、メイサちゃんは……もう、やだなぁ……」


 メイサちゃんは、子供のくせに妙に鋭いから困るんですよ。


「うふふふ、メイサちゃん、男の子には人には言えない秘密もあるのよ」

「むぅぅ……ケントは、エロいのも、危ないのも駄目なの、ケントなんだから!」

「はいはい、ちゃんとラインハルト達も付いててくれるから大丈夫だよ。メイサちゃんも、のんびりしてると学校に遅刻するよ」

「むぅ、ケントのくせに生意気!」


 膨れっ面のメイサちゃんの頭をポンポンと叩いて言ってみたのですが、ますます口がへの字になった感じですね。

 真剣に心配してくれているのだから、邪険にしたらいけないのでしょうが、そろそろ僕も出掛けないといけない時間です。


 メイサちゃんと一緒に下宿を出て、同級生達が城壁工事をする場所へと向かいました。

 同級生達が担当するのは、通常の城壁工事とは一区画ほど離れた場所で、基礎工事を担当します。


 基礎工事とは言っても、要するに穴掘りです。

 日本の工事現場と違って、パワーショベルやブルドーザーなどの重機は存在しないので、ひたすら人力によって地道に工事が進められます。


 同級生達は、守備隊の人に引率されて牢から連れて来られたようですが、守備隊の人はあくまで引率という姿勢らしく、帯剣もしていませんし、鞭のような物も携えていません。

 そして、工事現場には、案の定クラウスさんの姿もありました。


「おはようございます、クラウスさん」

「おう、ケント、やっぱり来たか」

「そりゃあ気になりますし、クラウスさんも来てるんじゃないかと思って……」

「まぁ、今日は工事には参加しねぇが、一応領主として見届けておかねぇとな……」

「ありがとうございます」


 今朝のクラウスさんは、いつものチョイ悪オヤジという雰囲気なので、少し離れた場所に居る同級生達は、まさかこの人がヴォルザードの領主だとは思っていないでしょうね。


 同級生は、二つのグループに分かれてしまっていて、片方のグループは近藤を中心に、やる気溢れるグループ。

 もう一方は、鷹山や八木、新旧コンビ他、あからさまに不満そうな表情を浮かべています。


 クラウスさんは、対象的な二つのグループを眺めながら、ニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべています。

 そして、工事が始められる前に、クラウスさんが同級生達に向かって口を開きました。


「ヴォルザードに良く来たな、跳ねっ返りの小僧共! 俺がヴォルザードの領主、クラウスだ」


 やはりクラウスさんが領主だとは思っていなかったらしく、同級生達からはどよめきが起こりました。


「最初にお前達に言っておく、城壁工事は遊びじゃねぇ、真剣にやれ! じゃないと、必ず怪我人が出る。 自分が痛い思いをするだけでなく、場合によっては周りの人間の命を危険に晒す事になる。決して気を抜かず、真剣に取り組め」


 クラウスさんが、当たり前だけど大切な話をしているのに、鷹山達は不貞腐れた表情のままです。

 それを見て、クラウスさんは、また笑みを浮かべました。


「何で俺達が、こんな事をやらなきゃならねぇんだ……そう思ってるんだろう? そこ、お前だ、シューイチ・タカヤマ!」


 クラウスさんから名指しされ、指差され、鷹山は苦い表情を浮かべたものの、無言で返事すらしません。


「何で、こんな仕打ちを受けなきゃいけないのか……理由が分かるか?」


 鷹山は、無言のままで首を横に振りました。


「教えてやる……それは、お前が凄い才能を持ってるからだ」

「えっ?」


 クラウスさんの予想外の言葉に、鷹山はポカーンと口を開いて固まっています。


「ケントから聞いた話では、お前らがこっちの世界に来てから2ヶ月足らずだそうだな? リーゼンブルグでは、ろくに魔術の使い方も教えてもらえなかった、そうだな?」


 鷹山は、こんどは無言で頷き返しました。


「それなのに、一発で靴屋を半焼させちまうような魔術を放てるんだ、お前さんの才能は大したもんだぜ」

「あ、ありがとうございます……」


 褒められて態度を軟化させたのか、鷹山は丁寧な口調で礼を述べました。


「だがな、お前さんは、あれだけの魔術を扱うには精神的に未熟すぎる」


 鷹山が再び表情を硬化させましたが、クラウスさんは構わずに話を続けます。


「あれだけ威力の魔術を使うには、まず、味方や関係の無い者を絶対に巻き込まない配慮が必要だ。いいか、絶対にだ! 例え今回のように、発動の途中で敵に邪魔をされたとしても、絶対に味方や関係の無い者を巻き込んだら駄目だ!」


 さすがに鷹山も、関係の無い靴屋が燃えた事には負い目があるらしく、クラウスさんの話に耳を傾け始めました。


「だが、お前の魔術は、関係の無い靴屋に飛び込み、店を半焼させた。街の連中は、こう思うんだぜ、あいつは凄い魔術の才能を持っている……だが、凄く危険だ……ってな」


 鷹山以外の同級生達も、いつしか固唾を飲んでクラウスさんの話を聞いています。


「お前さん、リーゼンブルグでは勇者なんて呼ばれてたらしいが、魔術を使う時の心構えとか、ちゃんと教えてもらったか?」

「い、いいえ……」

「なら、ここで肝に銘じて覚えておけ、お前さんの魔術は、使い方を誤れば、簡単に人を殺してしまう暴力になるってな」


 軽薄そうな笑みを消したクラウスさんに睨まれて、鷹山はぎこちなく頷き返しました。


「シューイチ、お前の国にも、移民や外国人は居るよな?」

「えっ……は、はい、居ます」

「簡単に人を殺せるような魔術や武器を、考え無しにぶっ放す移民や外国人が居たら、お前の国の人達は、どんな反応をする? 笑顔で手を差し伸べるか? それとも、追い出そうとするか?」

「それは、追い出そうとするかと……」

「ここヴォルザードだって一緒だ、大きな力を持たない普通の市民から見れば、お前さんは恐ろしいと感じる存在になっちまってるんだぜ」


 ようやく鷹山は、自分がヴォルザードの人から、どう見られているのか考え始めたようです。


「このまま、お前さんらに何の処分も下さずに街に出したら、間違いなく排斥運動が起こるだろう」


 クラウスさんは、他の連中を眺めながら話し続けます。


「シューイチだけじゃねぇ、他の連中だって同年代のヴォルザードの連中と比べれば、間違いなく高い魔力を有している。余所から来たばかりのそんな素質を持った連中が騒動を起こせば、街の連中がどう思うよ」


 クラウスさんが話し始めた時には、不貞腐れた表情を浮かべていた連中も、神妙な顔付きで話を聞いています。


「だから、お前さんらには、この城壁工事をやってもらうんだ。 壁の外、魔の森がどんな場所なのかは、今更言うまでもねぇよな? ヴォルザードにとって城壁ってのは平穏な生活を続けるために大切な壁だ。お前さんらが街のための工事に真剣に取り組んでいれば、街の連中の見方も変わってくる」


 恥ずかしながら、城壁工事はきついから懲罰的な意味でやらせるものだと思っていましたが、ちゃんとした意味があるのですね。


「シューイチ、お前さんだけを長く工事に携わらせるのも、お前さんが飛び抜けた才能の持ち主で、その分だけヴォルザードの住民から厳しい目で見られるからだ。今は凄い才能を持った物凄く危険な奴でも、お前さんが真剣に工事に取り組み続けていれば、貴重な才能、得難い才能と思われるようになる。簡単に魔術に頼らないようになるためにも、その腕輪で魔術の使用を禁じているんだぜ」


 鷹山は驚いたような表情で、隷属の腕輪に視線を落としました。


「シューイチ、お前さんには凄い才能がある。だがな、その才能に安易に頼っていたら駄目だ。強い魔術を行使するには、それだけ高い倫理観を求められる。今のままじゃ、お前さんは周囲の者からは認めてもらえねぇぞ。いいか、今よりも十歳年上の大人な考えが出来るようになれ。そうすりゃ、お前さんの前に本物の勇者への道筋が開けるかもしれねぇぞ。他の連中も一緒だ、勇者には試練が付き物だ。この程度の試練から逃げるな、正面からぶつかって打破してみせろ」


 クラウスさんが、言葉を切った時には、全員の顔にやる気が漲っていました。

 悔しいですが、今の僕には到底出来ない芸当です。


 それこそ、後十年先、二十年先ぐらいには、クラウスさんに負けない大人になれるように、今の僕がやるべき事に、正面から取り組みましょう。


 フレイムハウンドの連中との会談があるので、途中までギルドに戻るクラウスさんと同道しました。

 不貞腐れていた同級生を導いてくれた事に、感謝の言葉を伝えます。


「ありがとうございました。 一部の連中には正直手を焼いていたので助かりました」


 ところが、戻って来たのは、含みのある笑いと予想外の言葉でした。


「ふふん、あの手のガキは、ちょいと虚栄心をくすぐってやりゃイチコロよ、チョロいもんだろ……ドノバンは睨みは利くが、おだてて動かすのは苦手だからな」

「えっ……じゃあ、さっきの話は?」

「あぁ、全部嘘とは言わねぇが、ケントよぉ、ランズヘルトには、サルはおだてて使えって諺があんだよ……意味は、まぁ分かるよな?」

「は、はぁ……えっ、もしかして僕もですか?」

「お前は、おだてなくても勝手に働いてくれっから助かってるぜ、はっはっはっ」


 上機嫌な笑い声を残して、ギルドへと歩み去るクラウスさんを呆然と見送るしかできませんでした。


 ちくしょー! 大人はやっぱりズルいです。

 話を聞いていて、ちょっとウルウルしちゃった、僕の感動を返せ!

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