第23話 性悪王女の思惑

 性悪王女ことカミラ・リーゼンブルグは、ラストック駐屯地の司令官室で、3人の騎士から報告を受けていました。

 カミラの執務机に向かって直立不動で整列している3人のうちの1人には見覚えがあります。


 昨日、土属性魔術の訓練場で、船山をボコっていた騎士です。


「ご指示の通りに死体の処理を終えました!」

「うむ、ご苦労……」


 死体の処理って、船山の事なのだろうか。


「ちゃんと見届けてきたのだろうな?」

「はい、間違い無くゴブリンどもの腹の中へ……」

「よし、それで良い」


 思わず影の中から飛び出して行こうとした僕を、ラインハルトが押さえ付けました。


『放して! 放してよ、ラインハルト。あのクソ女、ぶっ殺してやる!』

『駄目です、ケント様。今は、今はまだ堪えて下され』

『ぐぅぅあぁぁぁぁぁ……』


 奥歯が砕けそうなくらいに噛み締めて、影の中からカミラを睨み付けました。

 この女だけは許しません、ベッドの上で泣かせるぐらいじゃ足りない。


 いつか、いつか必ず、この手で殺してやります。

 死体処理の報告を終えた3人は、揃って頭を下げて謝罪しました。


「カミラ様、申し訳ありませんでした」

「それは何の謝罪だ」

「見せしめのために死なない程度に痛めつけろというカミラ様のご指示を、我々は守れませんでした」

「ふん、貴様らは心得違いをしているようだな」

「こ、心得違いでございますか?」

「そうだ。あんなサルが1匹死んだところで、何を嘆く必要がある? 何を反省する必要がある? そんな事は、取るに足らない些細な事だ」

「そ、そうなのですございますか……?」


 戸惑いの表情を浮かべる3人を前に、悠然と椅子から立ち上がったカミラが言い放ちました。


「貴様らが優先すべきは、リーゼンブルグ王国の利益だ。サルが死んだなら、その事実を最大限に利用しろ。見せしめが必要ならば、別のサルを使え。こんな些細な事で、貴様らを処分する気など無いぞ!」

「あ、ありがとうございます!」

「ふふん、そんなに固くなるな、肝心なのは、これからだ……」


 揃って頭を下げて3人に向かって、カミラは笑顔さえ浮かべてみせました。


「良いか。あのサルが死んで、サルどもに反発心が広がるだろうが、決して弱みなど見せるな。訓練をサボろうとするサルには、訓練が嫌ならば、すぐにでも魔の森での実戦に移らせてやると言ってやれ。生きたまま魔物どもに食われる自分の姿を想像させろ」

「畏まりました!」

「そうだな……それでも反発するサルは、5、6人まとめて魔の森での実戦を味わわせてやれ。手足の1本も食われれば、目が覚めるだろう」

「はっ、了解であります!」

「よし、持ち場に戻れ。リーゼンブルグのために何を成すべきか、良く考えて行動しろ。期待しているぞ」

「はっ、失礼いたしました!」


 退室していく三人を、カミラは満足そうな表情で見送っています。

 そこへ、委員長の世話役の女性が姿を現しました。


「失礼いたします。カミラ様、聖女様が倒れました」

「そうか……休息を取らせたら、治療を再開させろ」

「カミラ様、いくら何でも今の状況は厳しすぎます」

「ふむ、しょうのない奴だな、エルナ、いつも言っておるだろう……情けを掛けるなと」

「ですが……」


 委員長の世話役の女性は、エルナという名前のようです。

 カミラは、言い募るエルナの言葉を遮るように手を振りました。


「良いか。聖女や勇者は確かに優れた資質を持っている。持ってはいるが、あくまでも奴らは奴隷でしかない。言うなれば使い勝手の良い道具だ。能力を発揮できるように手入れは必要だが、使えないなら処分されるのだと理解させろ」

「で、ですが……カミラ様」

「聖女が駄々を捏ねるなら、お前と同じ様に逆らう奴らを纏めて実戦に送り込むことにしたと伝えろ。貴様がシッカリ治療の腕を磨かないならば、何人死ぬか分からんと言ってやれ」

「そんな……」

「エルナ、心得違いをするな。優先すべきはリーゼンブルグ王国の利益だ。奴隷に情を移すな」

「わ、分かりました……」


 エルナは完全に納得したという表情ではないものの、これ以上話しても無駄だと思ったのか、一礼して去って行きました。

 それを見送ったカミラは、壁に貼られた地図の前へと移動しました。


「急がねばならんのだ……」


 呟きを洩らしたカミラは、左の拳を地図の左側、リーゼンブルグ王国の西側へと押し当てました。

 影の中から視線を追ってみても、どうやら拳を当てた辺りを見ているようです。


『ラインハルト、リーゼンブルグの西側って、どんな国なの?』

『ワシらが生きていた頃は、バルシャニア帝国という国が、砂漠を挟んだ向こう側にありました』

『砂漠……? 砂漠があるの?』

『はい、ダビーラ砂漠と言って、岩と砂ばかりの痩せた土地が続き、作物は殆ど育たない場所です』

『そこは、結構広いのかな?』

『はい、一応馬車が通れる道はありますが、順調に進んでも四日、砂嵐に遭遇すれば一週間以上掛かる道程で、遭難する者も少なくありません』


 カミラは暫く地図を睨んでいましたが、机に戻ると何事も無かったように執務に戻りました。

 船山が死んでいるのに何事も無かったようなカミラの姿に、また怒りが込み上げてきます。


 何とか報復してやりたいけど、その為には弱みを握る必要があります。

 もう一度カミラが睨んでいた地図を良く見たら、ある事に気付きました。


『もしかして、これなのか……?』

『どうされました、ケント様』

『ラインハルトは、生きていた頃にリーゼンブルグの地図を見た事あるよね?』

『はい、ありますが、それが何か?』

『あの地図を見てみて。ダビーラ砂漠の境は、あんな形だった? どこのラインだった?』

『おぉ!  違いますぞケント様。ワシらが生きていた頃、砂漠との境はもっと西でしたぞ』

『西からの砂漠化が進んでるんだ……』


 カミラが睨んでいた地図の西側、ダビーラ砂漠との境を示す線は、何本も引かれています。

 これは、恐らく砂漠が広がった分を新たに引き直したのでしょう。


『そうか、このラストックの街も、ラインハルト達が生きていた頃には無かったんだもんね?』

『そうです、この辺りは荒れ地が広がっていて、魔物も現れる場所でした』

『ねぇ、リーゼンブルグの西側って、もしかして穀倉地帯?』

『そうです。麦や芋などの畑が広がっています』

『西側の砂漠化が進んだから、東側を開墾したんだよ。そして、また砂漠化が進行したから……』

『今度は、魔の森を切り開こうという魂胆ですか?』

『たぶんね……僕らは、そのための労働力として連れて来られたんだと思う』


 魔の森の開墾がカミラの目的だとすると、ヴォルザードが攻め込まれる確率は低くなります。

 ですが、それは同時に同級生達の救出に関して、ヴォルザードの助力が得られないという事でもあります。


 カミラの目的が分かりましたが、それを同級生達の救出に、どう利用すれば良いのかが分かりません。


『うーん……やっぱり情報が足りない気がする。ねぇ、ラインハルト達は、リーゼンブルグの王都に行った事はあるよね?』

『ありますぞ。ワシら三人は、王都だけでなく、ダビーラ砂漠の辺りにも何度も行ってます』

『よし、バステン。悪いんだけど、リーゼンブルグの今の状況を見て来てくれる? 砂漠化の進行具合とか、出来れば、王族とか貴族の状況も知りたいんだけど……』

『お任せ下さい。影に潜める今ならば、王城の奥までも覗いて来ましょう』

『フレッドは、今まで通り、ここの監視を頼むね。ラインハルトは護衛を続けて』

『任せて……何かあれば知らせる……』

『了解ですぞ』


 ここに居ても、出来る事は無さそうなので、一旦ヴォルザードに帰る事にしました。

 途中、演習場の様子を覗いてみると、これまでとの違いは感じられませんでしたが、叱責する騎士の言葉が変わっていました。


「おらっ! モタモタすんな、訓練が嫌なら実戦でも良いんだぞ、今の貴様らじゃ間違いなく魔物の餌だ! 生きたまま食われたいのか!」

「走れ、走れ! 使えない奴は処分するぞ! 貴様らの代わりなんか、いくらでも居るんだからな!」


 委員長の具合も気になりましたが、もう治療は済ませたので、フレッドに見守ってもらいます。

 そして、もう一つの気掛かりを片付けておきましょう。


 向かった先は、リーゼンブルグ側からの魔の森の入口です。

 周りに人がいないのを確認してから、ラインハルトと一緒に影の世界から表に出ました。


「こんな感じの森だったんだ……来た時は真っ暗だったからなぁ……」

『ケント様は、ただの森だと思われていたのですな?』

「うん、まさか魔物が出るなんて思ってもみなかった」


 良く見てみると、森の近くまで馬車の轍が残されていて、新しい蹄の跡、そして数人の足跡が残っています。

 森の中へ続く道を、足跡を辿りながら進みました。


 足跡は50メートルも進まないうちに途切れ、道の脇に草が踏まれた跡が続いています。

 それを辿って、更に20メートルほど進むと、血溜まりと肉片が残されていました。


『ゴブリンどもは意地汚いので、骨まで持って行ってしまいます』


 ラインハルトの言葉を聞きながら、跪いて手を合わせました。

 あんなに嫌な奴だったのに、涙が溢れて止まりません。


 闇属性と光属性、二つの属性に恵まれていなかったら、僕も同じ運命を辿っていたはずです。

 そして、昨日、船山に治癒魔術を掛けていれば、こんな事にはなっていなかったという思いが頭に浮かんでしまいます。


「必ず仇は討つよ、必ずみんなを助け出してみせるよ、だから、だから……ゆっくりと休んで……」


 船山に黙祷を捧げた後、魔の森の特訓場へと影移動しました。


『ケント様、今日は休まれるのでは……』

「うん、そのつもりだったけど、もう、そんな余裕無いからね……」


 影収納から防具を出そうとして、ふと思い付きました。


「そうだ……闇の盾……」


 これまでは、自分の影や建物などの影を使っていた影収納へのアクセスを、何も無い目の前の空間に繋げるようにイメージします。

 丸い穴が開いて、それが収納に繋がるようにイメージし、右手を突き出すと、黒い穴が出現しました。


 イメージ通りに、防具を置いた空間へと繋がっています。

 これなら盾も作れそうですし、それ以上の物も作れそうな気がします。


 でも、その練習はまた今度にして、今は身体を動かさないと気が狂いそうです。

 防具を身に着けて、ラインハルトと向かい合いました。


「じゃあ、ラインハルト、よろしくお願いします」

『ケント様、怒りに身を任せても、強くはなれませんぞ』

「うん、分かってる、どこまで実践できるかは分からないけど、ラインハルトが言いたい事は理解出来てる」

『そうですか、ならば、これ以上申す事は無いですな……始めましょう』

「やぁぁぁぁぁ!」


 木剣を振上げて、思い切り踏み込んで行きました。

 カミラへの怒りに任せた打ち込みは、ラインハルトには掠りもしません。


 いつものように何本にも見えるラインハルトの打ち込みを受け損ね、叩かれ、蹴られ、転がされ……昼の休息を挟んで、夕方まで特訓を続けました。

 気力、体力、自己治癒のための魔力が底をつきそうになった所で切り上げました。


 結局、今日もラインハルトには、一度も有効打を打ち込めていません。

 特訓場で大の字になって、夕焼けに染まる空を見上げながら、ラインハルトに尋ねました。


「はぁ……はぁ……ねぇ、ラインハルト。このまま特訓して、リーゼンブルグの騎士に勝てるようになるまで、どのぐらい掛かるかな?」

『難しい質問ですなぁ……今のケント様の実力は、駆け出しの冒険者に毛が生えた程度です。まだ特訓を始めてから2週間も経っていませんので、かなりの進歩ではありますが、特訓を続ければ順調に実力が伸びるとは限りません』

「それって、伸び悩んだり、限界だったりって事?」

『そうです。一気に伸びる事もあれば、努力を重ねても頭打ちになる事もあります』

「じゃあ、僕の素質が普通だったとしたら?」

『以前にも話した通り、普通の兵士として使い物になるまで、三年ほどは掛かります。どんなに頑張っても2年、そして、ケント様のように自己治癒をフル活用しても、最低1年は掛かるでしょう』

「それは、普通の兵士になるまでだよね? だとしたら、強い騎士に勝てるようになるには、最低でも3年程度の修行は必要って感じかな?」

『そうですな。最低でも、その程度は必要でしょうな』


 ラインハルトを相手に目一杯身体を動かしたおかげで、かなり冷静さを取り戻せたような気がします。

 カミラは僕らを人だと思わず、サルだとか、道具だと思っていると、嫌になるほど思い知らされました。


 そして、それに対して腹を立てて冷静さを失っていたら、勝てない相手だとも分かりました。


「カミラ・リーゼンブルグの弱みか……」

『あの者の言動を見ると、王国の不利益こそが弱みだと思えますな』

「うん、それは間違いないよね。でもさ、何も知らない市民まで巻き込むのは気が進まないんだよね」

『ワシらから見れば、ケント様達は、その何も知らない市民に見えますぞ』

「それもそうなんだけど、相手がやったから、こちらも同じレベルでやり返していたら、際限の無い殺し合いになっちゃう気がするんだよね」

『そうですな。一番簡単なのは、あの者を討ち取る事でしょうが、ケント様達が元の世界に戻る方法を握られている現状では、それもままなりませんな』

「そうなんだよね。でも……もし一緒に来た皆が、帰らなくても良いって決断したら、僕は迷わずカミラを殺すと思う……」


 僕は魔の森に追放され、船山は見せしめとして衰弱死させられ、同級生達は今も過酷な状況に置かれています。

 全部カミラの責任だし、報いは必ず受けさせるつもりです。


『ケント様は、これまでに人を殺した経験がございますかな?』

「えっ? 無い無い、ある訳無いよ、僕らが住んでいた国は、『平和ボケ』なんて言葉があるくらい平和な国だからね」

『でしたら、あの王女を殺す役目は、ワシに任せて下され』

「ありがとう、ラインハルト。でも駄目だよ、その役目はね、ゴブリンにやってもらうつもりだから」

『そうですか……まぁ、その時になったら、またお聞きします』


 ラインハルトは、いわゆる暗黒面に僕が落ちないように気を使ってくれているのでしょう。

 ですが頭を冷やしてみても、カミラは許せるレベルじゃないんだよね。


 特訓を切り上げ、水浴びをしてから着替えて下宿に戻り、夕食後は早めに休みますとアマンダさんに断りを入れて自室に籠もりました。

 ラインハルトに留守番を頼み、影移動でラストックの駐屯地にいるフレッドと合流します。


 一番気になっていた委員長の様子を見に、診療所へと向かいました。

 委員長は、訓練で怪我をした同級生達を治療していました。


「大丈夫? 他に痛い所や具合の悪い所は無い?」

「私は打ち身だけだから、大丈夫だよ。浅川さんこそ無理しちゃ駄目だよ」

「うん、ありがとう、絶対に生きて帰ろうね」

「うん、うん……」


 昼間、能面のように無表情だった委員長は、同級生の女子と抱き合って涙を流していました。

 その後も、一人一人丁寧に、声を掛けて治療を進めていきます。


 見た限りでは顔色も良く、精神的にも安定しているように見えますが、どことなく危うげな感じもします。

 そして、最後の一人の治療が終わった途端、委員長の顔から表情が抜け落ちました。


「お疲れ様でした、聖女様」


 世話役のエルナが声を掛けても、委員長は返事をしないばかりか視線すら向けようとしません。

 無言で片付けを進める委員長に、エルナの表情が曇らせています。


 カミラと委員長の間で板挟みになって、どうしたら良いか悩んでいるのでしょう。


「聖女……ユイカ、話を聞いて、私は……」


 何かを訴えようとするエルナに、委員長はぞっとするほど冷たい一瞥を向けた後、診察室を出て行ってしまいました。

 残されたエルナは、両手で顔を覆って嗚咽を洩らし始めました。


 この駐屯地に居る人の中でも、エルナはまともな考えの持ち主のように見えますが、カミラの命令にも逆らえないのでしょう。

 先週偵察に来た時には、委員長と良好な関係を築けていたようにも見えたのですが、船山の死が二人の関係に決定的な亀裂を入れてしまったのでしょうね。


 診察室を後にして、同級生達の宿舎を覗いてみました。

 宿舎には沈鬱な空気が漂っています。


 修学旅行とか、自習時間とか、同じ年代の者が一緒にいれば、もっと賑やかなのが普通だと思うのですが、ぼそぼそと話す声が聞こえて来るだけです。

 話の中身に耳を傾けてみても、諦めや、後ろ向きな話しか聞こえてきません。


「今の俺らじゃゴブリンにも負けるって、生き残っていけるのか?」

「そんなのわかんねぇけど、やるしかねぇだろ?」

「なんとか逃げられねぇかなぁ……」

「馬鹿、逃げてどうすんだよ」

「えっ? 冒険者……とか?」

「この腕輪を嵌めている限り、冒険者の登録なんか出来ないって言われただろう」

「あぁ……これ外せねぇのかな?」

「壊そうとするだけで動けなくなるのに、どうやって外すんだよ? 腕を切り落すか?」

「冗談言うな、俺は左利きだぞ、利き手切り落されてたまるかよ」

「なぁ……本当に帰れるのかな?」

「何か、無理ゲーって感じするな……」

「くそっ……俺も鷹山みたないレアな能力があればな」

「シーリアちゃんだっけ? やり放題ってマジなのか?」

「くそっ……」

「おい、どこ行くんだよ?」

「便所だ、便所!」

「お、俺も……」


 チートな能力を手に入れたのに、あんまり恵まれていない僕にとっては、ちょっとホッとするような会話だけど、やっぱり隷属の腕輪は救出作戦の障害になりそうな気がします。


『ねぇ、フレッド。みんなが着けている隷属の腕輪の予備がどこかに有ると思うんだ、探して盗み出して来てくれない?』

『お任せを……』

『あっ、ちょっと待って……そうか盗むか……』

『ケント様……?』

『フレッド、隷属の腕輪を探すついでに、この駐屯地の見取り図を作って、どんな品物が、何処に置かれているのかリストアップしてくれない?』

『了解……ばっちり調べる……』

『それと、昼間の3人を含めて騎士の役割とか、性格の特徴とかも調べてみて』

『ケント様……反撃ですね……』

『うん、出来ればね』


 男子用の宿舎を後にして、今度は女子用の宿舎も覗いてみました。

 彩子先生が気になったからですが、女子のみんなに慰められていますね。


「うぇえぇぇぇ……ごめんなざぃ、ごべんなざぃぃぃ……」

「彩ちゃんのせいじゃないよ、彩ちゃんは悪くないって」

「そうだよ、あいつらが悪いんだって、彩ちゃん、一生懸命やってたよ」

「だってぇ、だってぇぇぇ、船山君がぁぁぁ……」

「彩ちゃん、頑張ったって」

「そうだよ、頑張ったよ、ね、泣かないで……」

「ごめんなざぃぃ……うぅぅ……」


 彩子先生は、たぶん僕らよりも五つぐらいは年上だと思うけど、小柄で童顔なこともあって、慰めている女子の方が年上に見えちゃいます。

 船山と同じ訓練場に居た彩子先生としては、やっぱり責任を感じちゃうよね。


 教育実習生とは言っても、本来は教える側だから余計だろうね。

 彩子先生には連絡係を頼む予定だったんだけど、今の状態だとちよっと難しそうだよね。


『どう思う? フレッド』

『少し様子見るべき……』

『だよねぇ……』


 へなちょこ勇者の様子も、ほんのちょっとだけ気になったけど、能天気にイチャついていたら腹が立つので今日はパス。

 カミラの顔も今夜は見たくないので、こちらもパスしてヴォルザードに戻りました。


『ただいま、ラインハルト』

『おかえりなさい、アマンダ殿たちは休まれたようですぞ』

『アマンダさんは、朝が早いからね』

『ケント様も休まれますか?』

『うーん……ちょっとだけ魔術の練習をしようかな』

『では、特訓場へ行きますか?』

『いや、ここでいいや、闇の盾をね……』


 昼間、試してみた感じでは、どこにでも影の空間に繋がる入口を開けそうです。

 影の空間に向かって入口を開いても、そこには別属性の攻撃魔術はは入れないから盾として機能するのでしょう。


『なるほど、さすがはケント様』

『いやいや、まだやり方が分かった程度で、発動させる速度とか範囲とか場所とか、練習しないと使えないと思うよ』

『なるほど。ですがケント様は、術士としての技の修得が早いですから、すぐに使いこなせるでしょう』

『そうだと良いんだけどね』


 その晩は、日付が変わるまで、闇の盾の練習を続けました。

 最初は、場所や大きさをシッカリと指定しないと上手く作れませんでしたが、一定の大きさを一定の場所に作るだけならば、スムーズに作れるようになりました。


 発動させるまでに、まだ5秒ぐらいは掛かりますが、詠唱するよりは早いです。

 これをノータイムで、好きな位置に、好きな大きさで出せるようになるまで練習するつもりです。


 騎士としての成長には時間が掛かりそうですので、救出作戦に備えて、術士としてチートなレベルを更に上げる予定です。

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