第21話 両手に花?モテ期到来?
リーゼンブルグのスパイ容疑も解け、救出作戦への協力も約束してもらい、無罪放免でございます。
ラインハルト達を登録する書類には、せっかくなので自分達で署名してもらいましょう。
僕が座ったソファーの影から三体の凶悪スケルトンが姿を現すと、さすがのドノバンさんも息を飲むのが分かりましたよ。
「紹介します。こちらのメタリックなゴツいスケルトンが、元騎士の分団長のラインハルト。隣の艶消しのチタンカラーのスケルトンが、元部隊長のバステン。反対隣のカーボンブラッグのスケルトンが、同じく元部隊長のフレッドです」
三人は揃って、右の拳を左胸にあてる騎士の敬礼をしました。
うん、さすがに堂に入っていて、めちゃめちゃ格好良いです。
ラインハルト達を目の当たりにして、二度三度と頷いたクラウスさんが話を持ち掛けてきました。
「ケント、勝手な事ばかり頼んで申し訳ねぇんだが、今日みたいに魔物の群れが襲って来た時は、協力してくれねぇか?」
「勿論、協力しますよ。もうヴォルザードは僕が住む大切な街なんですから、守るのは当たり前です」
「こんな言い方は、ケントにとっちゃ腹立たしいかもしれねぇが、俺はリーゼンブルグの王女に感謝したい気分だぜ」
「それは駄目です。あの性悪王女は、絶対に一度は泣かせてやらないと気が済みませんからね」
「ははは、だろうな……」
口には出しませんけど、絶対にベッドの上で鳴かせてやりますよ。
ラインハルト達もクラウスさん、ドノバンさんと握手を交わしました。
何て言うんでしょうか、歴戦の強者には相通ずるものがあるようですね。
僕も輪に加われるような、渋い大人になりたいものです。
ラインハルト達には、ギルドの紋章が入ったプレートを付けたベルトを作ってもらえるそうで、全員が左の上腕に巻く事になりました。
ただ、普通のテイマーが使役するのは馬の代わりをする魔物か伝書鳩のような通信目的が殆どで、ドノバンさんもスケルトンの前例は知らないそうです。
一般の人が目にすればパニックになりかねないので、登録はするけれど、これまで通り影に潜んでの行動を続けるもらいます。
『うーん……いつかラインハルト達も大手を振って街を歩けるようになれば良いのにね』
『ぶはははは、我々はケント様を守れるならば、影だろうと日向だろうと関係ありませんぞ』
『うん、ラインハルトなら、そう言ってくれると思ったけど、僕の気持ちとしては、みんなと一緒に街を散歩して、街の人にも普通に接してもらいたいんだ』
『そうですな、ご学友の救出が出来れば、ケント様も実力を隠す必要がなくなりますから、その時には考えますかな』
『うん、そうだね、そうしよう』
ラインハルト達と堂々と街を歩くためにも、クラスメイトの救出を成功させましょう。
打ち合わせがあるというクラウスさんとドノバンさんを残して、一足先に応接室から退散させていただきました。
ふぅ、やっぱり緊張していたし、肩の荷が少し下りて楽になりましたよ。
ギルドの一階へ下りると、マノンとミューエルさんが待っていました。
「ケント、大丈夫だった?」
「ごめんね、ギリクが酷い事しちゃって……」
「いいえ、僕こそ心配掛けてごめんなさい。骨折が治ったのは、商隊に居た時に掛けてもらった加護のおかげみたいで、ドノバンさんの誤解は解けました。それと、ギリクさんは本気でやってもらえたみたいで、むしろ感謝しています」
「ケント……でも、いくら何でも今回はギリクがやり過ぎたと思う」
確かにミューエルさんの言う通り、やり過ぎだろうと思うし、ここでギリクを悪く言うのは簡単だけど、それだと僕のポイントアップにならないよね。
「ミューエルさん、ギリクさんを悪く言うのではなくて、本気にさせられた僕を褒めてくれませんか?」
「ケント……うん、そうだね、ケントは頑張ったね」
ふぉぉぉぉぉ! ミューエルさんにハグされちゃいました!
あっ、マズいです、視界の端に夜叉が居ます。
マノンが自分の胸を、フカフカと確かめながら、夜叉のごとき目で睨んでますね。
ぐっぐぅぅぅ……きゅるるるぅぅぅぅ……
「うふふふ、ケントはいっつも腹ペコって感じだね」
「うっ、面目無いです……」
くぅ、折角ミューエルさんにハグしてもらっていたのに、今鳴らなくてもいいではないか、マイ・ストマックよ。
「じゃあ一緒にお昼にしようか? マノンも一緒に」
「はい、あの心配掛けたんで、今日は僕が……」
「めっ、お姉さんに恥かかせないのって教えたでしょ?」
「は、はい……」
ひゃっは――っ、またミューエルさんに、めっ、されちゃいました――っ!
うっ、またマノンに睨まれちゃってますね、ヤバイです、膨れっ面がちょー可愛いです。
それにしても、ミューエルさんとマノンと一緒にお昼って、両手に花じゃないですか。
ひゃっは――っ! とうとう僕にもモテ期到来ですか? いよいよハーレムイベントの開始ですか?
「おぅ、ケント、これから飯か? じゃあ一緒に飯にするか、ドノバン」
「そうですね、色々疑ってしまったんで、飯でもご馳走してやりましょう」
「えっ……いや、僕は気にしていないので……」
「さぁ行くぞ、ケント」
「どうした、行くぞ」
「は、はい……おともします……」
あれぇぇぇ、おかしいよね、絶対おかしいよね、両手に花は? ハーレムイベントは? えぇぇぇぇぇ……
結局、ギルドに併設された酒場でランチになったんだけど、何で僕は、クラウスさんとドノバンさんに挟まれているのでしょうか?
あれですね、イジメですね? そうでしょう、僕の事嫌いなんでしょ? ぐっすん。
しかも、食事中の話題といったら、ロックオーガの群れを謎のスケルトンが撃退した話なんですよ。
それも、大きな声で話してるから、他の冒険者達も回りに集まって来て、あれやこれやと話に加わって、もうむさ苦しいったらありゃしませんよ。
『ケント様、これは今回の事態は、こういう話で収めるというアピールでしょうな』
『なるほどねぇ……ラインハルト達に対する領主とギルドの公式見解って訳ね』
僕を挟み込んでいるのは、僕が不用意な発言しても、すかさず封殺する構えってやつなんですね。
いや、だから、そんな怖い目で見ないで下さいよドノバンさん、ちゃんと聞いてますって。
もう仕方無いから食べる事に専念しましょう……って思ったら、マノンがモリモリ食べてますね。
チラチラとミューエルさんの胸元に視線を投げて……どうして僕をジト目で見るんですか、マノンの胸がささやかなのは、僕のせいではないですよ。
てか、ヤケ食いして、余分なところにお肉が付いても知りませんよ。
でも、マノンの場合は、かなりスリムなんで、もう少しお肉が付いた方が良さそうだね。
「ケント、何か失礼な事を考えてるでしょ?」
「と、とんでもない、失礼な事なんか考えてませんよ」
「うぅ……ケントのバカ」
やっべぇぇぇ、何この可愛らしい生き物は、お持ち帰りしちゃ駄目ですかね?
駄目ですよね、アマンダさんに怒られちゃいますもんね。
「ケントとマノンは、仲良いんだねぇ……」
「えっ……えっと、この前、一緒に庭師見習いの仕事をしたから……」
「ケントはエッチだから、ミューエルさんも油断しない方がいいですよ」
「ちょ……マノン、だから、あれは事故と言うか、勘違いというか……」
「んふふふ、ケントは、何をやったのかなぁ?」
いきなりマノンは、何を言い出すのかなぁ、ミューエルさんがニマニマしながら追及してきちゃったじゃないか。
「ぼ、僕は何も……不可抗力というか……ちょっとしか見てないし……」
「ケントのエッチ!」
「ぐはっ……ごめんなさい」
「ケントー……何をやったか、お姉さんに話してみなさい」
あぅぅ、ミューエルさんがジト目で追及してくる……って、クラウスさんやドノバンさん、集まってる冒険者さん達まで生暖かい視線を送ってきてるじゃないですか。
てか、マノンは何で得意気なのかなぁ……何があったのかバレたら自爆行為になるんじゃないの?
「ケントよぉ……諦めて吐いちまいな」
「ぐぅ……じ、実は……」
ヴォルザードの領主様から追及されたら、白状するしかないですよね。
マノンが女の子だと思わずに、仕事終わりに一緒にお風呂に入ろうとして、お湯ぶっかけられた挙句、頭に桶をぶつけられたって打ち明けたら、爆笑されちゃいましたよ。
ほら、マノンも生暖かい視線を向けられて、思いっきり赤面する羽目になっちゃってるじゃないか。
てかさ、僕は悪目立ちしちゃ駄目なんじゃないの?
「うはははは、そいつはケント、お前が悪い」
「クラウスさんから言われなくても分かってますよ……」
「よし、ケント、後でたっぷり稽古付けてやるから楽しみにしとけ」
「うぅ……何で、こんな事に……あぁ、ドノバンさん、稽古はマノンも一緒にお願いしますね」
「ちょっと、ケント! なんで僕の名前が出て来るんだよ」
「えっ? お詫びの意味で、マノンが早く強くなれるようにって思っただけだよ」
「よし、そういう事なら、マノンにも稽古つけてやる」
「えぇぇ、僕はそんな……」
「何だ、なにか不服なのか? マノン」
「い、いえ……よ、よろしくお願いします」
うひゃひゃひゃ、ほらね、人を呪わば何とやらなんだよ、マノンちゃん。
ぐふふふ、そんな涙目で睨んでも駄目ですよ、ドノバンさんからは逃げられないよ……てか、僕も逃げられないんだけどねぇ……とほほ。
「ドノバン、稽古も良いが、今日は魔物の襲撃もあったから、一旦家に帰らせて無事な顔を見せるようにさせとけよ」
「あぁ、そうですね。ロックオーガの襲撃があったというのに、何もせずに片付いてしまったんで、忘れてましたよ」
「何の被害も出なかったが、避難指示は出したからな、いつまでも帰らないと心配するだろう。お前らもフラフラしてないで、一度家や下宿に顔出しておけよ」
おぉ、ラッキーです、今日の稽古は取り止めのようですね。
「ケント、心配しなくて良いぞ、日を改めて、じっくり扱いてやるからな」
「は、はい……ありがとうございます」
うぇぇ……やっぱり逃げられないよぉ。
それでも今日のところは下宿に戻って、アマンダさんに無事を知らせておきましょう。
マノンやミューエルさんとはギルドの前で別れて、下宿へと戻りました。
避難指示が解除になったので、お店は再び営業を始めていましたし、通りにも人の姿が戻って来ています。
アマンダさんの食堂も営業したようで、ようやくお昼の混雑が下火になった所でした。
「アマンダさん、ただいまです」
「あぁ、ケント、無事だったみたいだね」
「はい、ギルドに居たので、何の危険もありませんでした」
「そうかい、あぁ、お昼は食べたのかい?」
「はい、ギルドで皆と一緒に済ませました。それでアマンダさん、ちょっとリーブル農園の方に被害が出てないか見に行ってきたいんですが」
「そう言えば、随分と世話になってたね。分かったよ、気を付けて行っておいで」
「はい、夕食までには戻ります、じゃあ、行って来ます!」
アマンダさんに断りを入れて僕が向かった先は、リーブル農園ではなくラストックの駐屯地です。
先週偵察に行ったきりで、あれから一度も様子を見に行っていないので、委員長の様子が気掛かりです。
もう一つは、彩子先生と連絡を取る方法やタイミングを考えるためです。
人通りの無い路地裏から影に沈んでしまえば、あっと言う間にラストックに到着です。
もう一度来ているので、フレッドの目印も必要ありません。
駐屯地の訓練場では、騎士タイプ、術士タイプに分かれて、先週来た時と同様に訓練が続けられています。
ぱっと見ただけですが、一週間では大きく変わった様子は見受けられませんでした。
『どう、ラインハルト、何か変わった感じはある?』
『いえ、別段前回と変わった様子はありませんな。と言うか、ケント様のように自己治癒が使える訳ではありませんから、そんなに簡単に強くなったりしませんぞ』
『そっか、普通は筋肉痛や打ち身が直ぐに治ったり、疲れが簡単に抜けたりしないもんね』
『稽古をするにも限界がありますからな、当然進歩にも限界があります』
『じゃあ、あのヘナチョコ勇者の魔術は、素質のなせる技なのかな?』
『そうですな。あの者は、かなりの素質を持っているように見えました』
くっそぉ、あれもイケメン補正なのか? まぁ、魔術に関しては、僕も相当恵まれている状況なので、文句を言える立場ではないよね。
それよりも、今日の目的を果たしましょう。
訓練場を通るついでに、先に彩子先生の様子を見に行きました。
土属性の術士タイプの綾子先生は、今日も土木現場のような訓練場で魔術の訓練を受けています。
先週と同様に、水で捏ねた粘土状の土を型枠に詰め、形を整えたら魔術の詠唱を行っていました。
「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて土へと染みよ、染みよ、染みよ、土に染み渡り、硬化せよ!」
さすが英語の教師を目指す教育実習生の面目躍如といったところでしょうか、スムーズな詠唱で魔術を発動させていますね。
効果が終わったら、リーゼンブルグの騎士がハンマーで叩いて出来栄えをチェックしていますが、コン、コンっと乾いた硬質な音がしました。
「うむ、硬化の度合いも均一さも問題ない、良い仕上がりだ。後はもう少し仕事を早くしろ」
「は、はい、分かりました」
ぐぬぬ……何だろうね、あの上から目線の嫌味な言い方は。
むちゃくちゃ腹が立ちますよ、一体何様のつもりなんでしょうね。
そう言えば、ここには船山も居たはずですが……あっ、居た。
うわぁ、何か一週間で更にやつれた感じで、もうデブというイメージはありませんね。
「マ、マナよ、マナよ……よ、よ、世を、司りしマナよ……つ、集え、集え……我が、手に集い、て……つ、土へと染みよ、し、染みよ、染みよ……つ、土に染み渡り、こ、こ、硬化せよ!」
僕は魔術を使うのに、詠唱なんて一度もしていないけど、たどたどしい船山の詠唱では上手く発動しないと分かっちゃいましたよ。
案の定、検品した騎士のハンマーは、ドスっと湿った音を残してめり込んでしまいました。
「手前、この役立たずがぁ! 何遍言ったら分かるんだ! その頭は飾りなのか? もぎ取ってやろうか? ごらぁ!」
「ぎゃ……うがぁ……すみません、すみません、ぐぁ……許して下さい、許して……」
うわぁ……あれ、本当に船山なんでしょうかね。
騎士に木の棒で滅多打ちにされて、亀になって弱々しく許しを請うてますね。
先週来た時には、まだ反骨心が残ってましたけど、今は欠片も見当たりませんよ。
船山を更正させてくれって願いましたけど、ちょっと仕事が早すぎませんかね。
この一週間の間に、一体何があったんでしょうか。
『恐らく見せしめにされているのでしょう』
『見せしめ?』
『恐らくあの者が一番反発し、一番目立つ存在だったのではありませぬか?』
『そうだね学年で一番の問題児だし、召喚された直後には、あの性悪王女にも掴み掛かってたよ』
『そうした者でさえもリーゼンブルグの者には逆らえず、反抗すれば痛い目をみるのだと、他の者達に知らしめる意味で、ああして暴力を振るわれているのですな』
『それにしても、あの船山が一週間でこんな風になるもんかなぁ……』
『ケント様、それは『隷属の腕輪』の効果も加わっているのかもしれませんな』
『あっ、そうか……腕輪のせいで、逆らって暴力を振るう事も出来ないのか』
『おそらくは、反抗できるのは言葉ぐらいなのでしょう』
なるほどね。船山なら身体強化しなくても普通の人よりは力が強いから、ある程度は反抗出来るはずなのに、腕輪の効果で暴力が振るえない。
船山でも逆らえないとなれば、反発しようとする者は例のイケメンか委員長ぐらいだけど、ハニートラップやら診療所で縛り付けているという訳か。
あの性悪王女め、性格は最悪だけど頭は切れるよね。
そんな事を考えている間も、船山は痛め付けられていていました。
「もうやめて下さい! そんなに叩いても詠唱は上手くなりません」
「何だ貴様も、口ごたえするつもりか?」
おぅ、彩子先生、初めての授業の時に船山にベソかかされたのに、身を挺して庇おうというのですか。
彩子先生、あなたもリアル天使に昇華してしまうのですか。
「お願いします。船山君は、食事もろくに与えてもらえず、肉体的にも精神的にも弱っています。今の状態では上手く魔術を発動させるのは無理です」
「甘ったれた事をぬかすな! 魔物と戦う者達は、それこそ命の懸かったギリギリの状況でも魔術を発動させて戦うんだぞ。この程度で魔術が使えなくなるなら、魔物に食われる覚悟をしておくんだな。おらっ、手前はさっさとやり直せ」
「ぐぎゃぁ……」
また見張りの騎士は、木の棒で思い切り船山の背中を叩きました。
あれ絶対痛いよ、全然手加減している感じしないもの。
「わ、私が詠唱をして、船山君は型枠に土を詰める作業に専念するというのはどうでしょう?」
なるほど、チビっ子の彩子先生は肉体労働が苦手、でも詠唱はキチンと出来る。
片や船山は、詠唱が苦手だけど、体は無駄にデカいから、二人がコンビを組むっていうのは良いアイデアじゃないの?
「貴様は馬鹿か? そんなやり方をしていたら、片方が動けなくなっただけで、もう片方も満足に働けなくなるだろうが。必要なのは、一人前の術士だ。半人前などい必要無い! 貴様もさっさと作業に戻れ!」
「ひゃ、ひゃい……」
くっそぉ、マジでムカつく騎士だなぁ……でも、言ってる事は一理あるような気もするな。
その方法だと、彩子先生が居なくなったら、船山の価値無くなっちゃうもんね。
てか、反骨心を失った船山なんて、今の時点でも殆ど存在価値無いんじゃないの。
『ラインハルト、術士はやっぱり分業はしないものなの?』
『時と場合によりますな。例えば、大きな建物を建てる場合などは、作業する場所を決めて分業で完成を目指しますが、あのような部材の制作は、各自が作業するのが普通です』
『そうか……てか、魔術が使えなきゃ術士じゃないもんね』
リーゼンブルグのやり方は、手法に問題はあっても、術士の訓練としては正しいのかもしれません。
それにしても、彩子先生への接触を試みる場合、この訓練場は見通しが利きすぎて、騎士に発見されてしまいますね。
やはり、宿舎に戻って一人になるタイミングを見極めるしかなさそうです。
『ケント様。この者に接触する方法ですが、手紙を使うというのはどうですかな?』
『あっ、そうか、手紙を手渡すだけなら、長い時間は必要ないもんね』
『手紙ならば、フレッドに持たせておいて、タイミングを計って見える場所に置く事も出来ますぞ』
『なるほど、それなら僕がずっとタイミングを見計らっている必要も無いか』
『それに、ケント様の世界の文字は、こちらの文字とは違っておるのでしょう?』
『そうだ! 日本語で書けば、万が一発覚しても内容までは読まれないで済むよ』
『ですが露見すれば、あの者が目を付けられるでしょうし、救出計画に齟齬を来たすやもしれませんぞ』
『そうか、手紙なんか届かない場所にいるんだもんね、うん、見つからなようにしないと駄目だね』
彩子先生への接触は、まずは手紙で行います。
ヴォルザードに戻ったら、内容を吟味して、手紙を書くところから始めましょう。
でも良く考えたら、手紙を書いた事が無いんですけど、どうしましょうかね。
最初は、何から書くんだっけ? 季節の挨拶? 本日はお日柄も良く……は、違うよね。
こんな時、ネット検索が使えれば楽なのに……まぁ、手紙の文面はヴォルザードに戻ってから考えましょう。
続いて、委員長がいる診療所へと移動したのですが、何やらただならぬ気配が漂っていました。
「どうしてよ、なんでうちの子は助けてくれないの? マリーの子供は助けたのに、なんで、どうして……助けてよ、うちの子も助けてよぉぉぉ……」
「無理を言うな、聖女様は倒れるまで治療して下さったのだぞ」
「いやぁぁぁ……返して、うちの子、返してぇぇぇ、いやぁぁぁぁぁぁ!」
診療所の中に、女性の絶叫が響き渡っています。
急いで診察室の中を覗くと、委員長は真っ青な顔でソファーに横たわっていて、診察台の上には三、四歳ぐらいの女の子が寝かされていました。
影を伝って女の子の背中に触れてみましたが、心臓の鼓動が感じられません。
急いで治癒魔法を流し込んでみたのですが、女の子の身体の中を巡っていく感じがしません。
まだ女の子の身体には温もりが残っていますが、心臓が止まってしまっているのがいけないのでしょうか。
だったら心臓マッサージを……と思ったのですが、そのためには影から出ないといけません。
委員長は気を失ってしまっているようですが、助手を務める女性達に姿を見られる訳には行きません。
『くそっ、折角力を手に入れても、女の子一人助けられないのかよ!』
『ケント様。心臓が止まってしまっては、もはや手の施しようが無いかと……』
『何か、何か手は無いかな……心臓が動けば、まだ望みが……』
『ケント様……いくらケント様が凄い魔術を使えても……』
『そうだ! この手があった!』
僕は影の中ならば、何処にだって入り込めます。
だから、女の子身体の中へと手を差し入れ、直接心臓を握って動かしました。
『戻って来い! まだ行っちゃ駄目だ! 戻って来い!』
心臓を握る手に全力の治癒魔術を流し、まだ近くで彷徨っているはずの女の子の魂に呼び掛けました。
人間の内臓に直接触れる感触は、恐ろしくもありましたが、治療に意識を集中しました。
心臓マッサージを続けながら、ふと視線を向けた先、診療室の扉をすり抜けて女の子が姿を現しました。
この女の子の霊体なのでしょう、闇属性の死霊術が使えるようになったから見えるようになったのでしょうか?
『お兄ちゃんが私を呼んだの?』
『そうだよ、さぁ、身体に戻ろうか?』
すぐに戻ってくれるかと思ったら、女の子は顔を顰めて首を横に振りました。
『嫌だよ……戻ると、また苦しくなるんでしょ?』
『戻らないと、ママに会えなくなっちゃうよ』
『えぇぇ、それは嫌っ!』
『じゃあ、身体に戻ろうか、僕が直ぐに苦しくなくなるようにするからさ』
『本当に……?』
『約束する、早く良くなって、ママにいっぱい甘えちゃおう』
『うーん……うん、じゃあ戻る、約束だよ、苦しいの治してよ』
力強く頷いて見せると、女の子はすーっと身体の中へと戻っていき、その直後に僕の手の中で心臓が鼓動を打ちました。
『よーし、良く頑張ったね、すぐに治すよ!』
女の子の身体から手を抜き出して、両手を背中へ添えて、全力で治癒魔術を流し込みました。
先程とは違い、ハッキリと女の子の体内を治癒魔術が巡っていくのが感じられます。
心臓の鼓動も、呼吸も安定していくのが手に取るように分かりました。
これならば、もう大丈夫でしょう。
『ケント様……』
『ごめん、ちょっと無理したみたい……ヴォルザードに戻る……』
治療で魔力を使い果たしてしまったみたいで、物凄い倦怠感が襲ってきます。
ヴォルザードの路地裏に戻ったものの、下宿まで帰れずに、蹲ったまま意識を失ってしまいました。
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