第18話 マノンと庭師見習いの仕事
城壁工事に参加した翌日は、いつものようにギルドに仕事を探しに出掛けました。
今朝も依頼の内容が貼られた掲示板の前は大混雑で、みんな血眼になって仕事を奪い合っているように見えてしまいます。
そんなに必死になるほど日当が違うのかと思い、オットーさんに聞いてみたら、違っても200ヘルト程度の差だという話です。
その程度差だったら……と思わなくもないのですが、大人の男性にとっては、その晩に飲める酒の量が変わってくるから深刻な差なんだとか。
うん、僕は『残り物には福が来る』方式でいいや。
「お、おはよう、ケント」
壁際で朝の混雑が終わるのを待っていたら、声を掛けられました。
誰かと思ったら、水色のサラサラヘアーのイケメン、マノンでした。
「あっ……お、おはよう、マノン」
コクブ流フニャフニャ剣術を伝授してしまった手前、ちょっと気まずいっすね。
「ケ、ケントは仕事を探しに来たの?」
「うん、そうだけど、マノンも?」
「うん、前の仕事は昨日までだったから、今日から別の仕事を探そうと思ってね」
「そうなんだ……」
「うん、そう……」
うん、めっちゃ気まずいっすねぇ、会話が上手く繋がらないですよ。
「あ、あのさぁ、ケント」
「な、なにかな?」
「今日、一緒の仕事に行かない?」
「それは、別にいいけど……」
「それじゃ、一緒の仕事に行こう、うん、そうしよう、うん、うん」
「はぁ……」
何だかマノンは、握り拳を作って小さくガッツポーズしています。
僕なんかと同じ仕事するのが、そんなに楽しいのでしょうかね。
『ケント様、これは先日の一件の続きではありませぬか?』
『あぁ、なるほど、僕の成長の秘密を探りに来たって訳だね、ふむふむ、なるほど……』
「どうかしたの? ケント」
「い、いや……別に……その、掲示板の前は毎朝凄い混雑だなぁ……って思ってね」
「そうだよね、僕もあの中に入る勇気は……あっ」
「ん? どうかしたの……って、あれリドネルみたいだね、うわぁ揉みくちゃになってるよ……」
僕やマノンよりも背が高く、身体も大きいはずのリドネルも、大人の間に入ると身動きすら出来ないみたいです。
てか、あんな状態で、ちゃんと依頼の中身を確認できてるのかね。
良く見たらマールとタリクも芋洗い状態で揉まれてるじゃん、あれじゃ仕事する前に疲れちゃいそうだけど、大丈夫なのかな?
心配で三人の様子を窺っていたら、ふと横からの視線が気になって目を向けると、慌ててマノンが顔を逸らしましたね。
掲示板の方へ顔を戻すと、やっぱり視線を感じて顔を向けると、やっぱりマノンはとんでもない方向を向いていますね。
掲示板を見る振りをして、やっぱりマノンを見る……と、ばっちり目が合いました。
「なっ……な、なにかな? ケント、ど、どうかした?」
うん、挙動不審でもイケメンはイケメンなんですねぇ……僕なんか、キョドると変な子供になっちゃうのに、ズルいよねぇ……。
「いや、マノンは、どんな仕事が良いのかなぁ……って思って」
「ぼ、僕? いや、今日はケントが普段やってる仕事でいいよ」
「そうなの? まぁ、もう少しすれば空くから、それから見てみよう」
「うん、そ、そうだね……」
リドネル達は、混雑の終盤になってようやく仕事を決めたようで、依頼の紙を持ってカウンターへと走っていきました。
それでは、僕らも仕事を探しますかね。
混雑が終わってから残っている仕事は、日当の安い仕事と見習い仕事が殆どです。
見習い仕事というのは、その名の通り色んな仕事の見習いで、仕事が体験出来たり教えてもらえたりする一方で日当は安くなっています。
ヴォルザードの子供達は見習い仕事で色々な仕事を体験して、自分に合った仕事に就くのだそうです。
以前、治癒士の見習いは無いかと探したのですが、専門性が高く『魔眼の水晶』の判定で光属性を持っていると判定された人でなければ無理なんだってさ。
本当に腹立たしいよね、あの水晶球め。
「ねぇ、マノン、この庭師の見習いって、やった事ある?」
「ううん、無いけど、ケントは庭師になりたいの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、この前クラウスさんに、自分の中に眠っている才能を見つけるために、色んな仕事をしてみろ……って言われたんで、ちょっと色んな仕事にチャレンジしてみようかと思ってね」
「そうなんだ……じゃあ、やってみる? 人数は随時だから、大丈夫だと思うよ」
「よし、それじゃあ今日は、この仕事にしてみよう!」
僕とマノンは、カウンターに依頼の紙を持っていき、庭師の人の家を教えてもらい早速向かいました。
「マノンは、ヴォルザード出身なんだよね?」
「そうだよ、僕は生まれも育ちもヴォルザードで、まだ他の街には行った事が無いんだ」
「そうなの? じゃあ、リドネル達は前から良く知ってたんじゃないの?」
「うん、顔とか名前は知ってたけど住んでる地域が違うから、そんなに良くは知らなかったんだ」
ヴォルザードは城壁を追加しながら広がってきた街なので、街が城壁によっていくつかに区切られています。
住む地域によって身分の差とかは無いそうだけど、やっぱり同じ地区に住んでる人の方が仲が良いらしい。
マノンとリドネル達も同じ学校に通っていたけど、休み時間などは同じ地区の子供同士で集まっていたそうです。
庭師のオーレンさんの家は、旧市街から一つ城壁を出た第2地区にありました。
ヴォルザードの街には、たくさんの街路樹が植えられていて、それらの管理や領主屋敷の庭の手入れなどが主な仕事だそうです。
「見習い希望か、丁度いい時に来てくれたなぁ。今日はクラウスさんの屋敷の剪定をやる予定で、せがれと二人じゃ手が足りないと思ってたところなんだよ」
「ケントです、よろしくお願いします」
「マノンです、お願いします」
「おう、もう準備は出来てるから、早速だが出掛けるぞ」
「はいっ!」
剪定のためのハサミや梯子などを載せた台車を押して、領主の館へと向かいます。
領主の館は旧市街の一番東側、オーレンさんの家からは目と鼻の先の近さです。
高い鉄柵の門の前には、守備隊の人が警備を行っていて、中に入るには身分証の提示を求められました。
僕とマノンのギルドカードを見た守備隊の人は、僕らが見習いだと分かったらしく、頑張れよと声を掛けてくれました。
台車を門の陰に置いて、早速仕事開始です。
「よし、じゃあケントとマノンは、まずは草むしりから始めてくれ」
麻袋と先が二股に分かれた雑草を抜くためのフォークを渡され、門から屋敷の玄関へと続く石畳の草むしりを始めます。
実は居眠りの罰として良くやらされてたもんで、草むしりは得意だったりするんだよねぇ。
生活指導の先生がネチネチ嫌味ったらしい性格で、小さな雑草を残しただけでもやり直しさせられてたからプロ級と言っても過言じゃないですよ。
もう徹底的に毟りますよ。根こそぎ、残さず、雑草フォークも活用して、ブチブチいきますよ~!
『ケント様、見られてますぞ』
『うん、もうどうでも良いや。草むしりを見られて困らないからね』
『そうですな……それにしてもケント様、随分と手慣れてますな』
『まぁねぇ……居眠りの罰則で、随分やらされたから……』
『ぶはははは、怪我の功名という奴ですな』
玄人はだしの草むしりテクを持つ僕と、僕をチラチラ観察しながらやってるマノンとでは、スピードも仕上がりも段違いですよ。
校舎裏、体育館裏を制覇した、僕の草むしりテクは伊達ではないのだよ。
「ケントは随分と早いな。仕上がりは……おぅ、問題ねぇ。この調子で頼むぜ」
「はいっ!」
「マノンの方は……あぁ、悪いが、こういう小さい奴も残さずに毟ってくれ、でないと直ぐに伸びちまうからな、ちょっと見直してくれ」
「はい、すみません……すぐやり直します」
「おう、最初はそんなもんだ、あんまり萎縮しなくて良いぞ」
「はい……」
雑草の毟り残しがあっても許される、ただしイケメンに限る?
校舎裏でネチネチ嫌味を言われていた、あの頃の僕を思い出していたら、目頭が熱くなってきたよ。
あの頃の僕、君の頑張りは決して無駄にはならなかったからね。
一心不乱に草むしりに打ち込んでいると、頭の上から声を掛けられましたよ。
「おぉ、ケントじゃねぇか、なんだ今日は庭師か?」
「あっ、クラウスさん、おはようございます。はい、色んな仕事に挑戦中です」
「ふはははは、そうかそうか、良いぞ、今のうちに色んな仕事を経験しておけ。経験って奴は、必ず役に立ってくれるからな」
「はいっ、頑張ります」
「そうだ、ケント。俺の下の娘、ベアトリーチェだ」
「初めまして、ケントさん」
「は、は、初めまして、クラウスさんには、お世話になってます」
若草色のワンピースに、将来有望そうな発育の良い身体を包んだベアトリーチェは、燃えるような赤い髪で、少し釣り目のブラウンの瞳が勝気そうなな印象です。
うん、チョイ悪オヤジの血を引いているとは思えない可愛さですね。
「ベアトリーチェは、まだ学生だから、ケントよりは一つ年下になるのかな……どうだ、可愛いだろう」
「は、はい……とても……」
クラウスさんは、満足そうに頷くと、僕の耳元に口を寄せて、低い声で呟きました。
「手ぇ出したら殺すからな……」
「ひっ、ひゃい」
親バカきた――っ!
異世界でも、親バカは普通に存在するもんなんですね。
「ちょっとパパ! 変なこと言ってるんじゃないでしょうね」
「変なことなんか言う訳ないだろう……なぁ、ケント」
「ひゃい……」
ベアトリーチェに見えないようにして睨みを利かされては、もう全力で頷くしかないですよ。
もう、会津名物、赤べこ並みの頷きですよ。
「何だか怪しいわねぇ……」
腕組みしたベアトリーチェにジト目で見詰められても、クラウスさんにも睨まれてるので、プルプルと首を横に振って否定するしか出来ません。
それにしても、年下なのに貫禄ありますねぇ……貴族オーラに圧倒されちゃってます。
「ふっ……まぁいいわ、お仕事頑張って下さいね」
「ひゃい、が、頑張ります」
あぁ、余裕すら感じさせるベアトリーチェの笑顔に対して、小者感溢れる自分の対応が情けないっすね。
いやいや、手ぇ出そうとか考えてないですから、声に出さずに『殺すぞ。殺すぞ……』と呟くのは止めて下さい、クラウスさん。
クラウスさんはギルドに用事、ベアトリーチェは学校へと、父娘揃って出掛けていきました。
はぁ……なんだか凄く疲れましたよ……って、なんでマノンまで、ジト目で僕を見てるのかなぁ。
いいですよ、どうせ僕は小者感丸出しの一般庶民ですよ~だ。
僕とマノンが草むしりをしている間に、オーレンさん達は庭木の剪定作業を進めています。
草むしりが終わったら、今度は剪定で切り落した枝葉の片付けです。
マノンは、相変わらず僕の方をチラチラと観察しているようですが、構わずに全力で動き続けますよ。
しゃがんだ姿勢や中腰での作業は、めっちゃ足腰に負担が掛かりますけど、これって鍛えるのにも良いと思うんですよね。
ひたすら動き続けるのは、スタミナ強化にもなりますし、疲労や筋肉痛は、昼休みに自己治癒を掛ければ問題無しです。
昼休みを挟んで、草むしりと剪定屑の掃除を夕方まで繰り返しました。
「おーし、そろそろ仕舞うぞ。ケント、剪定屑を詰めた袋を台車に積んでくれ」
「はい、分かりました」
摘み取った雑草も、剪定屑もオーレンさんの家の庭に埋めて、後々肥料として使うそうです。
使えるものは、何でも再活用するのが、ヴォルザードのような最果ての街では重要なのだとか。
そう言えば、リーブル農園でも、リーブルの搾りかすは肥料に使うって言ってましたっけね。
「いやぁ、ケントが頑張ってくれたおかげで助かったよ。出来れば、明日もう一日頼めないかなぁ?」
「はい、いいですよ、明日もよろしくお願いします」
「本当か、いやぁ助かるなぁ、マノンはどうする?」
「ぼ、僕も……頑張ります」
「じゃあ、二人とも、明日もよろしく頼むな……そうだ、明日は着替え持参で来な。仕事が終わった後で、夕食をご馳走するから、汗を流して着替えられるようにな」
「はい、分かりました」
オーレンさんの家に台車を戻したら、疲労困憊の様子のマノンの代わりに、ギルドに報告に行き、それから下宿に戻りました。
夕食後は、いつものごとく魔の森で剣と魔法の特訓をして、日付が変わってから下宿に戻って、バタンキュー……そして、また新しい朝がやってきます。
いやぁ、我ながら良く身体が持つものだと感心しちゃいますよ。
朝食を済ませたら、マノンとの待ち合わせ場所へと向かいました。
姿を現したマノンは、見るからにダルそうで、昨日の疲れが抜けていないみたいです。
「おはよう……ケント」
「おはよう、マノン。昨日ちゃんとストレッチやった?」
「あぁ、忘れてた……」
「しょうがないなぁ……少しストレッチとマッサージをしてあげるよ」
「ありがとう……ごめんね、ケント」
「いいって……このぐらい」
ストレッチを手伝う振りをして、少し治癒魔術を掛けてあげると、マノンの顔色がだいぶ良くなりました。
「すごいやケント、筋肉痛も疲労もかなり抜けた気がする。これなら今日も頑張れそうだよ」
「うん、今日も一日頑張ろう!」
今日も仕事先は、クラウスさんのお屋敷です。
今日は朝から屋敷の裏手での作業となったので、クラウスさんやベアトリーチェには会えませんでした。
えっ? ベアトリーチェの発展途上のボディーを拝めなくて残念なんだろう?
そ、そんな事……全力で思ってるに決まってるじゃないですか。
『ケント様、どうやら今日は観察しないようですぞ』
『うん、マノンもそんな余裕は無いんじゃない?』
『でしょうな……』
昨日は、僕の動きをチラチラと観察していたマノンですが、今日は自分の仕事に専念しているようです。
そのため、昨日と較べれば格段に仕事の能率も上がっているように見えますね。
ただ、その分だけ運動量も増えて、疲れも溜まっているように見えます。
仕事が終わったら、治癒魔術付きのストレッチでもやってあげますかね。
今日は着替えも持って来ているので、思い切り這いつくばって、草むしり、剪定屑の掃除に取り組みました。
その甲斐あって夕方までには、全ての作業を終らせられました。
お屋敷の選定作業は、オーレンさん達だけで作業すると、3日4日、場合によっては5日掛かる場合もあるそうです。
その作業が2日で終わったとあって、オーレンさんも息子のファルドさんもホクホク顔です。
「よーし、帰って道具を片付けたら、一風呂浴びて飯にしよう!」
「はい、お疲れ様でした」
マノンも疲れてはいるけれど、仕事が上手く進んで充実感を覚えているようです。
道具の片付けは、僕が代わりにやってあげましょう。
「マノン、片付けは僕がやってあげるから、先にお風呂に入っていいよ」
「えぇぇ、そんなの悪いよ、ケントの方が沢山働いているのに……」
「いいよ、いいよ、今日はマノンも頑張ってたし、僕はまだ余力あるから大丈夫だよ」
「うーん……じゃあ、お先に失礼するね」
片付けと言っても、台車から剪定屑を入れた麻袋を下ろして、僕らが使った雑草フォークを洗う程度です。
剪定用のハサミとかは、オーレンさん達が手入れをしてから片付けるそうです。
「おう、もういいぞ、ケントも一緒に風呂に入っちまえ、後は俺らがやる仕事だ」
「はい、それじゃあ、お先に失礼します」
オーレンさんの家の風呂場は、大人数での仕事をする場合に備えて、普通の家の風呂よりも広く作られています。
脱衣所も広くて、小さめの銭湯というか、旅館の風呂場といった感じです。
着替えを入れてきた鞄を持って脱衣所に行き、汗と埃にまみれた服を脱ぎ捨てました。
お風呂場からは、ちゃぽちゃぽとお湯の音がしています。
「お疲れさま、マノン」
タオルで股間だけ隠して風呂場に入ると、丁度マノンが湯船から立ち上がったところでした。
「えっ……」
「へっ……?」
一瞬時間が止まった感じで、マノンも僕も固まってしまいました。
マノンの胸には、ささやかな膨らみが……そして、付いてないです。
「きゃっ、きゃあぁぁぁぁぁ!」
「うわっ、たっ、ご、ごめん……えっ、えぇぇぇぇ!」
「やだ見ないでよ、ケントのエッチ! スケベ! 変態ぃぃぃ!」
「うわっ、ごめん……えぇぇぇ!」
マノンにお湯をぶっ掛けられて、慌ててて脱衣所に退散した僕は、思わず叫んでしまいました。
「うっそぉぉぉん! 女の子だったなんて、ぜんぜん気付かなかったよ! ふぎゃ!」
「ケント、それは失礼すぎるでしょ! バカ!」
止めとばかりに、マノンに桶をぶつけられました。
えぇぇぇ……ずっとイケメン君だと思い込んでたから、まさか僕っ娘だなんて思わなかったよ。
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