第2話 ラストチャンスは死出の旅?
「貴様に最後のチャンスをくれてやる。これから我々が進むのと反対方向に道を進め。荒れ地を抜け、森を抜けた先に町がある。その町の兵舎へ出頭出来たら配属を考えてやる」
金ピカ鎧に身を包んだ王女様は、荒れ地の向こうに続いている道を指さしました。
「えっと、僕、一人でですか?」
「そうだ、他に誰がいる?」
「あの、水とか食料とかは?」
「装備を無くして、身体一つで敗走する場合もある。まして、追っ手も来ない状況で道を歩くだけだぞ。その程度の事も出来ない役立たずなど不要だ」
王女様の九割は、厳しさで出来てるんじゃないのかと思うほど、取り付く島もありません。
日頃からエスカレーター、エレベーターを必ず使い、階段を使ったら負けだと思っている僕にとっては相当過酷な試練になりそうです。
でも判定員のお姉さんが気の毒そうな目で見てくるんだけど、それって何かヤバい事があるんじゃないの?
「せめて、水だけでも持たせてあげられませんか?」
おぉ、委員長、貴女は何と優しいのでしょう。
「ふん、泥水をすすってでも辿り着いてみせろ」
くそっ、くっそ~、この王女いつか泣かせてやる。
かくして僕は一人取り残され、みんなは馬車に揺られて去って行きました。
悔しいから、みんなが馬車で去って行く時にドナドナを歌ってやったよ。
さて、じっとしていても仕方が無いから歩きますかね。
空には地球の月よりも倍ぐらい大きな月が輝いていて、夜道といっても足元に不安はありません。
とは言っても街灯なんて一つも無いし、月が沈んだら真っ暗になるはずです。
町までどの位の距離があるのか分からないけど、ちょっと急いだ方が良いよね。
てかさ、まず森までが結構離れてないかい? 随分遠くに見えるのは気のせい?
とりあえず、ぼやきながらでも歩くけどね、もうマジ歩きですよ。
どのくらいマジかと言えば、普段は踵を踏み付けている上履きをキチンと履いてのマジ歩きですよ。
でも上履きって、長距離を歩く事なんて全く考慮されていないよね。
ソールめっちゃ薄いし、ちょっと歩いただけで足の裏が痛くなってきました。
それに舗装されている東京の綺麗な道と違って、石ころとか剥き出しの土の道だから歩き難いんだよね。
それでも必死に歩いて、感覚的には二時間以上は歩いたんじゃないかな。
召喚されたのが、三時間目の授業中だったから、普段だったら、とっくに昼飯の時間過ぎてるからお腹が減って死にそうだよ。
空腹と足の痛みに耐えながら、更に三十分ぐらい歩いて、ようやく森の入り口へと辿り着きました。
着いたのは良いんだけどさ、暗いよ、暗すぎ! もう月もかなり傾いてきちゃってるし、10mぐらい先がやっと見える程度かな。
20mまで離れたら全く見えない、てか、月が沈んだらアウトじゃない?
でも森を抜けたら町なんでしょ? お腹も減ってるから早く行くしかないでしょ。
という訳で、根性入れて歩くことにしたんだけど、都会育ちのモヤシっ子には厳しい、辛い、正直怖い、怖すぎる。
もうね、手探りで進んでいく感じで、完全にお化け屋敷レベルなんだよね。
五分歩いた時点で後悔したよ、なんで森の外で一夜を明かさなかったのかってね。
真っ暗だから、足元ばっかり気にして歩いていたら、聞こえたんだよね。
「ギャッ…」
「えっ? 何、何かいるの?」
慌てて顔を上げたらさ、光ってるんだよね、目が……。
「うわぁぁぁ…」
ビビって叫び声を上げながら来た道を戻ろうとしたら、そっちでも目が光ってた。
「ギャ!ギャギャギャーッ!」
あっと言う間に、何か分からない奴らが飛び掛って来た。
月の光に一瞬だけ見えたのは、僕と同じか少し小さい醜悪な化け物。
「ゴ、ゴブリンか……こっち来んな!」
「ギャーギャギャギャ!」
無我夢中で両手を振り回して、ゴブリンを払いのけようとしたけれど、何かで殴られたみたいで、後頭部に衝撃を受けて、あっさり意識を手放しちゃいました……てへっ。
何が、ただ道を歩くだけだよ性悪王女め、今度会ったらマジでぶっとばしてやるからな……。
ゴブリンらしき化け物に襲われ、あっさりと気を失った僕だけど、あっさりと意識を取り戻したよ。
何でかって? そりゃあさぁ~、食われてるからだよぉぉぉ!
「痛ってぇー!ちくしょう、離せ! 痛い、痛い、やめろーっ! 痛い、痛い、痛いって言ってんだろう、この野郎!」
もう、力の限りに喚き散らしたよ。
だってさ、両手両足どころか、腹にまで食い付かれてるんだよ。
しかも、何の手加減も無く、肉を食い千切られてるんだから痛いに決まってるじゃん。
「ぐあぁぁぁ! 痛い、痛い、いぎゃぁぁぁぁぁ!」
手足を押さえられて、身動きも出来ない状態で、お腹の中からズルっと何が引っ張られる感じがして見てみると、ゴブリンが血まみれの口で僕の腸をクチャクチャと食べていた。
「ごぶっ… ごほっ、ごほっ、げぼっ……」
喉元を生暖かいものが逆流してきて、これって、たぶん血なんだよね。
「いやだ、じにたくない……じにたくない……ごぶっ、じにたくない、じにたくない、たずけで……たずけでよ、げぶっ、げふっ……たずけで、たずけで、たずけでよ……ごふぅ……誰か、たずけで!」
内臓を食い漁られて、助かるはずなど無いのに、それでも祈らずにはいられなかった。
ブシュッ……。
突然、肉が潰れるような音がして、ゴブリンの首が宙を舞いました。
何? 何が起こったの?
「ギャッ? ギャギャギャッ?」
ブシュッ……ブシュッ……ブシュッ……。
混乱するゴブリンの鳴き声をかき消すように、肉が潰れるような音が続きました。
何か鋭利なもので、頭を串刺しにされているゴブリンも見えます。
カシャ……カシャ……カシャ……カシャ……
僕の体に纏わり付いていたゴブリンの気配が消えた後、姿を現したのはスケルトンの群れでした。
更に強力な魔物って……なんだよそれ、詰んだ……僕は再び意識を手放しまいました。
チュン、チュン、チュン……
翌朝、僕は鳥のさえずりで目を覚ましました。
「あぁ、これが有名な『朝チュン』ってやつですか、そうですか、昨夜はお楽しみでしたね……って、おいっ!」
自分でもビックリなセルフぼけ突っ込みで飛び起きると、円陣を組んだスケルトンの群れに取り囲まれています。
「うっそ~ん、何これ、どうなってんの? 誰か説明してよ」
『ワシがお答えいたしますぞ、マイ・ロード』
「うわぁ、返事来た――っ!」
いきなり頭の中に響いてきた声に驚くと、一体のスケルトンが跪いて控えています。
「えっと……今答えたのは貴方なのかな?」
『いかにもですぞ、マイ・ロード』
どうやら頭に響いてくる声は、スケルトンによる念話の類いのようです。
「マイ・ロード?」
確認のために、自分を指差してみると、スケルトンはカクンと頷きます。
『ワシらは、マイ・ロードの御命令に従い、御身を守護しております』
「えっと……それって、もしかして、僕が皆さんを呼び出したってこと?」
『その通りですぞ、マイ・ロード』
またスケルトンが頷くと、なぜか分からないけどニヤリと満足そうな笑みを浮かべたように見えました。
僕を取り囲んでいたスケルトンは十一体、少し離れた場所には七匹のゴブリンの死体が積み重ねてあります。
傷口とかが、生々しくてグロいよね。
スケルトンの話によると、彼らは随分と昔、この近くで待ち伏せにあって命を落とした騎士だったそうです。
主人を守りきれなかった無念さから、成仏できずに彷徨っていたところ、僕の救助命令を受けてゴブリンを討伐したらしいです。
「でもさ、僕は魔法なんて使ったこと無いし、昨晩、魔力判定を受けた時にはハズレとまで言われたんだよ」
『意識する事すら無く我々全員を召喚したのでしたら、ケント様は類い稀なる死霊術の素質をお持ちのはずですぞ』
『マイ・ロード』って呼ばれるのは仰々しいので、名前で呼んでもらう事にしました。
『様』付けされるのもちょっとなんだけど、そこは、まぁ、妥協の産物ですね。
ちなみにスケルトンを代表して質問に答えてくれているのは、騎士だった当時に分団長を務めていたラインハルトさんです。
「死霊術っていうのは、何属性の魔法なの?」
『死霊術は闇属性の魔法ですが、闇属性の適正を持つ魔術士自体が非常に少ないので、あまり一般的な魔法ではありませんな』
こちらの世界では、人が詠唱して発動させる現象を魔術、魔法陣や魔道具を用いて発動させる現象を魔法と呼んでいるそうです。
「やっぱり闇属性なんだ。だとしたら『魔眼の水晶』が光らなかったのは正しい反応だったのかな?」
『いいえ、ケント様ほどの資質をお持ちならば、間違いなく『魔眼の水晶』は黒く染まったはずですぞ』
「でもさ、『魔眼の水晶』は透明なままだったよ、あれって何でなんでだろう? 壊れてたのかな?」
『さぁ、私はケント様の魔力判定の場に居合わせておりませんので、何とも……』
スケルトンが首を捻って考えているのは、何ともシュールな絵面です。
「てか、大事な事を忘れてたよ、僕は何で生きてるんだろう?」
昨晩、確かにゴブリン達に食い千切られて、腸まで引き吊り出されていたはずなのに、一夜明けたらピンピンしています。
まぁ、着ていた制服はビリビリに破れて、血まみれのボロ布みたいになっているんだけど、体の方は傷一つ付いていません。
ちなみに、起きたら滅茶苦茶お腹が空いていて、スケルトンの皆さんに木の実を採って来てもらいました。
一種類は、マンゴーみたいだけど味はオレンジっぽいのと、もう一種類バナナとアボカドを足して二で割ったようなやつです。
見た目と味が一致しなくて、最初は戸惑ったけど、獲りたてフルーツめっちゃ美味いっす。
『ワシが見た限りでは、ケント様は御自身に治癒魔術を使われていたようですぞ』
ラインハルトさんが答えてくれたけど、何となく自信なさげに見えます。
「治癒魔術って光属性だよね?」
『いかにも、光属性の他に水属性でも使える者がおりますが、内臓にまで達する傷を治すとなると光属性の治癒魔術しか考えられません。普通は……』
「普通は……って事は、普通じゃない水属性の魔術が使われたかもしれないって事?」
『いいえ、そうではなくて、闇属性と光属性の魔術は相反すると言われていて、普通、闇属性の適性を持つ者が、光属性の魔術を使う事は考えられないのです』
周りにいるスケルトンも話を聞いているらしく、揃って首をかしげている姿は、ちょっと可愛いかも。
『ちょっと、宜しいでしょうか? ケント様』
「はい、いいですよ、えっと……」
『部隊長のバステンです』
微妙に違うんだろうけど、骨だから個人の見分けが付けにくいんだよね。
『これは推測なんですが、もしかするとケント様は光属性と闇属性の両方の魔力適正をお持ちで、それが打ち消し合って『魔眼の水晶』が反応しなかったのではないでしょうか』
「あぁ、言われてみれば、それっぽいかも……」
スケルトン達も、なるほどと手の平に拳を打ち付けたり、カクカク頷いたりしてるよ。
「でも、それって両方の魔力が全く同じ強さで釣り合っていないと、どちらかの反応が出ちゃうんじゃない?」
僕が疑問を投げ掛けると、またスケルトン達は一斉に首を捻って考えだしたね。
うん、これ、かなり可愛い。
『両方が全く同じで釣り合っているか、或は両方の属性を持つ想定外の属性なので反応しなかったのか、いずれにせよ『魔眼の水晶』ですら判定が出来なかった事は確かでしょう』
「うん、想定外で反応しなかったって考える方が自然だよね」
役立たずのハズレかと思いましたが、これでまたチートへの道が開かれましたよ。
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