第40話 乱入者
目の前の異形なる化け物、イフリート――奴が動かないのは油断か誘っているのか、はたまた俺たちのことを敵とすら認識していないのか。
不動流は後手の技。しかし、人ならざる格上が相手ならば先手は貰う。
「鈍刀!」
無銘刀を仕舞うのと同時に取り出した鈍刀を放り投げてイフリートの立つ地面に突き刺せば、広がった沼地に沈み始めた。
俺の能力、《
ルール一、刀を二本取り出すことはできない。
ルール二、俺の手から離れた刀は、次の刀を出さない限り二十秒間だけその場に存在し続ける。
「《空白の目録》!」
ヨミが本を取り出すのと同時に、地面から生えてきた食獣植物がイフリートに絡み付いて噛み付いた。
「畳み掛けろ!」
「ボクの爪は痛いにゃっ!」
グローブから突き出た爪を立てながら腕を振ったネイルから斬撃が飛んでイフリートの体に爪痕を刻んだ。
「すぅ――《
グランのブレスに含まれる風の鎌がイフリートの肌を撫で、ステラの放った矢が肌を弾く。やはり、目に見えてダメージが入っているのはネイルだけか。だが、それでいい。一瞬でも気が逸れれば俺が近付く隙として十分だ。
「黒刀――天の型」
このまま首を頂く。
上段構えから刀を振り下ろそうとした時――足元から熱気を感じた。
「フゴォオオオオッ!」
熱波と共に巻き上げられた炎が絡み付く食獣植物を燃やしながら、俺の体を吹き飛ばした。
「っ――炎を操るタイプか」
だとすればどっちだ? 炎を纏うのか、それとも外に放つのか……炎は斬れるのか? 刀で。
「フドーさん! 刀が……」
ステラの言葉に視線を下ろせば、イフリートの熱を受けた上で衝撃を与えられたせいか刀身が曲がって折れ掛かっていた。
ルール三、破壊された刀は一定時間(約三時間)が経たないと再び複製することができない。
持っている中で最も硬度の高い黒刀が使えないとなると、あとは無銘刀しかない。
さて――どう倒す?
グランのブレスは効かず、ステラの矢も通らない。ヨミの能力なら動きを止めることはできるだろうが、蔓だと炎とは相性が悪い。
唯一効いたのかネイルの攻撃、それと俺の刀も受けないように炎を纏ったと思えなくもない。
「ふぅ……つまり、いつも通りと言うことだ。ヨミ、霧を張れ!」
「はい!」
返事と同時に、本から吐き出された煙が周囲を包み込んだ。
イフリートには目がある。視覚を失えば少なからず隙が生まれるはずだ。鼻が利くネイルと、空気の流れで敵のいる場所がわかる俺なら、霧の中でも関係ない。
飛び跳ね回るネイルに翻弄されるイフリートの足元まで一気に距離を詰め、腱を斬るように刀を振り抜いた。
「っ――かってぇな」
だが、斬れる。完全に脱力し切っていない一振りでも、薄皮一枚は斬ることができた。
そうとわかれば、あとはヒットアンドアウェイでじわじわと削っていくだけだ。
離れて――距離を詰めて――斬って――また、離れる。欲張らずに少しずつ、確実に斬る。ネイルと違ってヨミの防御力付与がされていない俺はイフリートから一撃でも食らえばそこで終わりだ。故に、慎重且つ大胆に。
ネイルの爪と、俺の刀――それなりに傷付けられてきたと思うが、厄介なのはこの熱さだな。近付く度に、焼けるように熱い。だが、幸いと言うべきか肌が焼ける痛みや、呼吸する度に喉が焼ける痛みもあるが、全状態変化無効のおかげで火傷にはなっていない。
とはいえ、長引けばそれだけ体力は失われていく。ネイルと合わせて、一気に終わらせるか。
「ネイル!}
「んにゃっ!」
言葉は要らず、意図は通じる。
霧の中で、ネイルは右から爪を俺は左から刀で――一気に。
「っ――」違う。この熱さ、さっきよりも範囲が広がっている。「ダメだ! 下がれ!」
「フンッ!」地面を踏み締める音と同時に、熱波が広がった。「――ゴハッハァ!」
そして、その衝撃で霧が晴れた。
全身の切り傷から血を流すイフリートだが、浮かべる笑みから余裕が窺える。……遊んでやがったのか。
俺と同様にネイルも汗だくで消耗しているが、今のところ怪我は無い。他の三人も、近寄らない限りは問題ない。
「フドー! 来るぞ!」
グランの声に視線を戻せば、腕に炎を纏ったイフリートが駆け出してきていた。
炎を纏っていようとも素手ならば、その腕を貰おう。
「ふぅ――陣の型」
殴り掛かってくる腕が間合いに入った瞬間、身を屈めながら刀を振り抜いた。
――今の感覚、斬れていないどころか、当たってすらいない。渦巻く炎に防がれた? いや、空気と炎の熱波で弾かれたってことか。
「次はボクにゃ!」
飛び掛かったネイルがイフリートと殴り合う。あれは防御力が付与されているから出来る芸当だ。とはいえ、離れたところではヨミとグランが何かをやっているから、俺もイフリートの気を引くとしよう。
ネイルの爪が皮膚を裂き、イフリートが腕を振った時にできる死角を突いて斬り付ける。やっていることは霧の中と同じだが、明らかに違うのは確実にこちらを殺りに来ているということ。
「ネイル! フドーさん!」
ヨミの声に一瞥して、イフリートから距離を取った。
「すぅ――《
吐き出された水がイフリートの纏った炎を蒸発させた。その瞬間に、俺とネイルは示し合わせたかのように体が動いていた。
「んんっ――にゃあっ!」
「不動流――無の型」
下段からの一閃斬り上げ。
ネイルと同時に殺す気の一撃はそれぞれ腕で防がれたが、そのおかげでおそらくは致命傷を与えられた。
「フゴォオオッ!」
追い打ちしようとしたところで、雄叫びと共に放たれた熱波と炎に飛び退いた。
悪くない。悪くは無いが――今の一連の流れのせいで、イフリートの視線がグランに向いた。
「グランさん!」
「わかっている!」
盾を最大にまで巨大化させたグランだが、イフリートの強さを肌で感じた限り、それで防げるとは思えない。
「ッ――フンッ!」
振り下ろした拳の先から衝撃が地面に走り、炎が噴き出しながらグランたちのほうへ向かっていく。
間に合わない。いや、間に合ったところで俺には何も――その時、突然現れた一つの気配が空から落ちてきて、イフリートの攻撃を相殺した。
「おいおいおい! なんだぁ、こりゃあ! どういう状況だぁ!?」
その男には見覚えがある。
「お前は確か、女帝のところの――」
銀髪、銀尾の狼の獣人。名前かウォルフ、だったか。
「あぁん? 特異点? テメェ――こりゃあお前らの仕業か!?」
「いや、違ぇよ」
イフリートは突然現れた乱入者に動きを止めて、ウォルフは確認するように周囲を見回した。
「……なるほどなぁ。どっかの馬鹿が召喚したモンスターの後始末ってところか。それも炎を扱う召喚獣ときたもんだ。いいぜぇ、遊んでやる」
なぜ空から振ってきたのか、とか、他の仲間はどうしたのか、とか色々と訊きたいことはあるが、後回しだ。
一人が増えたところで状況が好転したとは言い難いが、空気は変わった。
気合いで実力差が埋まるわけでは無いんだ。俺一人で勝てないのならば、存分に頼らせてもらおうか。
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