第18話 敗走

 同日――無限回廊に入ってから九時間後。


「はぁ……ありゃあ駄目だな」


「し、死ぬかと思ったにゃ」


 ネイルに背負われたヨミは息も絶え絶えで言葉を発することも出来ず。


 確かに地下五階までは行けた。だが、そこから六階へと続く階段の前で、その先にある気配を感じて動けなくなった。


 あれはヤバい。マジでヤバい。俺一人ならどうにかなったかもしれないが、さすがに疲弊した二人を守りながらでは無理だと判断して引き返してきた。


 命からがら――とはいえ、俺は無傷だが。


「お帰りなさい。まさか無事で戻ってくるとは思っていませんでしたが」


 無限回廊の上に建てられたゲートの建物を出れば、そこにエルフのメイドが立っていた。


「あなたはジョニーの……」


「ドロレスと申します。三人が無事に戻ってきたらクランにお連れするように仰せつかっております。どうぞ、こちらに」


「……どうする?」


「行きましょう。今の私達には、選り好みよりも……知ることが必要です」


「んにゃ」


「では、参りましょう」


 ドロレスと言うメイドに連れられて――疲労困憊のままクランへと向かう。徒歩で。


 中々に鞭を打たれている気もするが、そもそも移動するための手段が少ないこの世界では歩きが基本なんだろうが、だとしても無限回廊から帰ってきたばかりでは酷だ。緊張からの緩和で、とりあえず眠い。


「随分と郊外のほうまで来たが、どこまで行くんだ?」


 早朝ですら街の中にはそれなりに人が居たのに、ドロレスに連れられてきた場所には人影どころか建物の明かりすら減ってきた。


「もうすぐ――と言っている間に着きました。こちらです」


 辿り着いたのは西洋風の古びた建物。いや、まるきりお化け屋敷だな。


「ネイル、下ろしてください」


 体力が回復したヨミも地に足を付け。古びた屋敷に入っていくドロレスの後を追う。


「おっきいにゃ~」


「今日からここがあなた方の住まいです」


 階段の前を通り過ぎ、両開きの扉を開けて大広間に入れば――大量の酒瓶に埋もれるジョニーがいた。


「ジョニー様。お連れしました」


「ん? おぉ、やっぱり生きてたかぁ。これで晴れてお前らをうちのクランに招きいれることになったわけだが……まずは飯でも食うか?」


 その言葉に、ネイルとヨミが空いていた席に着くと、ドロレスがパンの入った籠とおそらく塩漬けされた肉とチーズを持ってきてテーブルに置いた。


「どうぞ。ご賞味ください」


 なんかわからないけど、酒飲みっぽい食事だな。ともあれ、俺も腰を下ろして。


 飯を食べて空腹を満たし、英気を養いつつ――今更、食事の感想はいいだろう。一欠けらのチーズを味わっていると、不意にジョニーが飲み切った酒瓶をドンッと音を立てて置いた。


「ふぅ~……そんじゃあ改めて言っておこう。生存おめでとう。今日のところは――ん? どうした?」


 ジョニーの視線は手を挙げているヨミへ。


「そもそも、私達はまだこのクランに入るとは言っていませんが」


「ああ、それな。そんなもんは明日にでも決めりゃあいい。今日は一夜の宿をタダで過ごせて儲けもんだとでも思っとけ。今からする話はクランに入るかどうかを決める判断材料にでもすりゃあいい。どうだ?」


「……私はそれでも構いませんが」


「ボクもいいにゃん」


 注がれる視線に、任せる、と手振りをして見せた。


「そんじゃあ――初めての無限回廊、どうだった?」


「どうだった、とは抽象的ですね? 単純に、大きくて強かった、と思いました」


「へぇ。戦闘回数は?」


「んにゃ~……七回、かにゃ?」


「少ねぇな。一つの階に掛けた時間は?」


「一時間から一時間半ってところだな」


「はぁん、なるほど。良いソナーと、索敵担当がいるっつうわけだな。俺の知る限り、初挑戦のチームは一つに階およそ三時間を掛けて、そこで三回以上の戦闘を行う。だが、お前らはその半分と半分以下だ。それだけでも優秀ってのがわかる。どこまで降りられた?」


「休まずに、六階の手前までです」


 そう言うと、ジョニーは持っていた酒瓶を半分ほどまで一気に飲み干した。


「っ――はっはぁ! 優秀優秀! んで、どう感じた? 触れたんだろ? 気配に」


「んにゃ?」


「気配、ですか?」


 二人は俺を見詰めてくる。確かに、あの時に戻ることを宣言したのは俺だった。ネイルもヨミも疲れ切っていたし、何よりも――その気配とやらに気が付いていたのが俺だけだったから。


「……ああ、触れた。あのまま進めば、俺では勝てないと判断するほどには鋭い気配だった」


「その判断は正解だぁ。そのまま進めば、お前らは間違いなく死んでいた。一階から五階まで降りて、帰ってくるまでの大筋を説明してみろ、ヨミ」


 指名されたヨミは咄嗟に背筋を正していた。


「大筋ですか……役割りで言えば、ネイルの鼻と野生の勘を頼りに進み、フドーさんの気配読みでモンスターとの戦闘を回避しました。しかし、進むべき道にモンスターがいる場合にのみ戦闘をして――そして、六階へと続く階段へと」


「……ネイル。勘か?」


「勘にゃ」


「フドー。お前が無傷な理由は?」


「鈍い攻撃には当たらないだけだ」


「はっはぁ――そうか。戦闘の指揮は誰が執っている?」


「基本的には後方から全体を見ている私が。場合によってはフドーさんが」


「なるほどなるほどぉ……じゃあ、総括だ。何が足りない?」


 その問い掛けに、ネイルとヨミは首を傾げる。疲労感と飯を食った満足感で頭が働いていないらしい。なら、俺から言おうか。


「足りないのは情報と経験。それと――仲間、だろ?」


「さすが、わかってるじゃあねぇか。そんじゃあ、これ以上に俺が言えることはねぇな。ドールちゃんは? 何かあるか?」


 すると、ジョニーの後ろに立っていたドロレスが静かに溜め息を吐いた。


「そうですね……よく考えることです。無限回廊に入り何を望むのか。力か、富か名声か――目的の無い者に、手段は得られません」


「まぁ、何がしたいのかは正式にクランに入ると決めた時に話せばいい。今日はもう休め」


「では、空いている部屋に案内します」


 ドロレスに連れられ、それぞれの部屋に案内されるまで一言も交わすことは無く――そして、夜が明ける。



 部屋を出て、交わる視線だけで互いの思いがわかったのか、足並みを揃えて階段を降りていく。いや、まぁ、関係性の少ない俺は探り探りだけど。


 辿り着いたのはドロレスが待ち構えていたドアの先――昨日とは打って変わって酒の抜けているジョニーの前に立ち並んだ。


「来たな。それで、結論は出たのか?」


「にゃっはっは! ボクの能力は《大物喰らい》――とにかく、強い相手と戦いたいにゃ!」


「求めるのは強さか」


「私は、知りたいことが山ほどあります。そして、行方不明の父のことも、必ず見つけ出します」


「人捜しか。それも、またいい」


 視線が俺に向く。そういう宣言を用意しておくとは知らなかったんだが。


「あ~……武士の本分は守ることだ。俺自身は何も望まない。……だが、無限回廊のには少なからず興味がある」


「そして探求心か。良いだろう! 今この時より、正式に我がクランへの所属を許可する! 喜べ。記念すべき一人目――いや、一チーム目だ」


 それは逆に不安になる気もするが。


「とは言っても何も変わらないにゃん。昨日言っていた足りにゃい部分を補うんにゃら、もう一回無限回廊かにゃ?」


「昨日と今日とで何かが変わっているわけではありません。まずは装備の見直しとか……修業とか、ですかね?」


 そんな会話を聞いていると、ギシッとジョニーの座っている椅子が鳴った。


「いやいや、お前らの実力自体はそんなに問題じゃあねぇ。要は戦い方を覚えろってことだ。疲れねぇようにな」


「……なるほど。動きの最適化か」


「さっすが、やっぱドリフターは勘が良いな。ネイル、ヨミ。昨日のお前らは相当に疲弊していたわけだが、どうして同じだけ歩いて同じだけ戦闘を熟したフドーが疲れていないのか。まずはそこからだ――が、その前に。ヨミ。探してるっつう父親はクラスって名前か?」


 その言葉に、ヨミは驚いたように前のめりになった。


「そうです! 何か知っているんですか!?」


「知ってるかっつったら知らねぇな。ただ、昔お前と似たような能力を持っている男が居たのを思い出しただけだ。生きているかどうかってことならギルドに行け。あそこには冒険者の名簿があるからな」


「わ、わかりました! では早速行きましょう! ネイル、フドーさん」


 そう言ってヨミは部屋を駆け出していった。


「にゃっは~、ああなったヨミは止められにゃいにゃん」


「まぁ、父親捜しが第一目標なのは変わらないからな」


 手掛かりがあるかもしれない。いや、ジョニーの言い草からすると、冒険者名簿には生き死にも明記してあるということ。


 つまり、もしかしたら――




「……行ってしまいましたね」


「好きにやらせておきゃあいい。クランってのはただの後ろ盾――気に入った冒険者の面倒事を引き受けるところだ。だからこそ俺は――って、ギフトについての説明してなかったな」


「そもそも使ったことがありませんからね」


「ギルドだよなぁ……あそこは好きじゃあねぇから、戻ってきてから改めてでいいか」


「まぁ……お好きなように」


「な~んかドールちゃん冷たくない? 妬いてる?」


「妬いてません。少々――ほんの少しだけ、若さに中てられただけです」


「へぇ。んじゃあ、お使いを頼もうかね」


「お使い、ですか」


「ああ。簡単なお使いだよ」

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