この花のことを忘れないように何度でも

とぉ

9月24日

「アーちゃんなんて大嫌い」

 突然のことに耳を疑う。

「え、今何て言った?」

「だから、アーちゃんなんて大っ嫌いって言ったの」

 なん…だと。

 何でいきなりそんなことを幼なじみの『シオン』に言われないといけないのだ。

 自分で言うのも何だがこれでも仲が良い方だと自負していた。

 ところが。昨日までは何ともなかったシオンから今日になり言われた言葉がこれだ。

「シオン、それ本当に言ってるのか…?」

 恐る恐る聞いてみる。

「…うん」

 うわあぁぁー!!

 なんて日だ。こんな何とも言い表せない気持ちになったのはいつぶりだろう。いや今までで一度もない。

 何で週の真ん中、一番憂鬱な水曜日にこんな気分にならないといけないのか。

「…もう学校休む」

「いや学校には行こ!?言った私が悪いのは分かっているんだけど」

「…じゃさっきの言葉は?」

「…取り消さないけど」

「今日俺学校休む!学校なんて行ってる場合か!」

「もう!早く学校行くよ。私まで遅れちゃう!」

 駄々をこねる俺に対してシオンは学校に到着するまで付き添ってくれる。

 とはいっても学校に到着したのは始業のチャイムギリギリであった。

「じゃあね。しっかり授業受けるんだよ」

 優しく俺の背中を押して教室に入れてくれた。

 足に力が入らず一歩がとても重く感じながら、何とか自分の席に向かい。

「俺は、おれは…どうすればいい?ランタ!」

「うるせぇな。教室入るなり何事よ、アサギリ」

 そう反応しつつ、我関せずといった風にランタは自分の机に顔を沈めた。

「シオンがな。シオンが俺のことを嫌いだなんて言うんだよー!」

「…そんな反応してるからじゃねぇ?」

「てめー今何て言った!言葉を考えてモノを言えよ!コラ」

「だー、うぜぇ」

 キーンコーンカーンコン。

 俺がランタに突っかかっていると、チャイムと同時に担任の先生が教室に入ってくる。

「ほら席に着けー。ホームルーム始めるぞ」

 俺の気持ちとは関係なく時間というものは過ぎ去っていく。もちろん学校での時間割も例外ではない。

 俺は渋々といった感じで席に着き、深い思考に耽ることとなった。


                  ☆


 時間というものはあっという間で気付くと昼休みの時間になっていた。

「なーランタ。俺何かしたか?」

「お前が生きているってだけで何かしたようなもんなのに何を今更」

「は?何それ哲学?」

「バカには一生分かんねぇよ」

 そう言いランタはいつものように買ってきたパンを食べ始める。

 俺も毎日母親が作ってくれる弁当を広げながら。

「そういえばお前いつもそれ食べているよな。好きなのそれ」

 ふと目について、特に気にもなってないことを口にする。

「あーこれな。普通に旨いだろコロッケパン」

「そうか?」

 別に嫌いではないけど、毎日買おうとは思わない。

 しかもコイツが手にしているそれは、この街のしがないパン屋のものだ。

「それに山神様との約束もあるしな」

「はぁ?山神様って裏山のか?」

「そうそう」

 それだけ言ってムシャムシャとコロッケパンを食べ続けるランタ。

 山神様と言えばこの街で知らない人はいないほどの認知度を誇るが、実際それを口にだす者は少ない。

 なぜなら裏山には神社や寺のようなものはなく、また隈無く探してもそれを指すものが見当たらないのだ。

 それ故に土地神の類いと認識されており、当然見えないものは話題になりにくい。

「土地神様ねぇ…望んだ者の前に現れるってのは本当なのかねぇ」

 半ば独り言のようにつぶやくとランタはスマホをいじりながら。

「あぁ、それ本当」

 つまらなそうに口を開いた。

「なんだよ?まるで目にしたことがあるって口ぶりじゃんか」

「…さっき約束したって言ったろ。突然現れたんだよ、社が」

「社って…。あそこにはそんなものの類いはないって調査されたはずだろ」

「まぁ信じられないだろうな。別にいいんだけど」

 別に親友のことを疑っているわけではないが、こればかりは素直に鵜呑みに出来なかった。

 あんまり突っかかると怒りだすので、追求はしないでおこう。

「ふーん。…あ、そんなことよりシオンが――」

 キーンコーンカーンコン。

 ちぃ。相談しようとしたところで昼休み終了のチャイムがなった。

「まぁ、頑張れよ」、

 俺が口にしようとした言葉を汲み取ってか、そんな曖昧なアドバイスだけ残してランタは机に突っ伏した。

「いや、頑張れって人事な…」

 実際にランタには関係がないことなので人事になるのは当然だがもうちょっと何かあったろうに。

 未だに胸に残ったモヤモヤが晴れないまま俺は午後の時間割を消費した。


「じゃあなアサギリ。あんま考え過ぎんなよ」

「おう。また明日」

 短い挨拶ではあるが、ランタは帰る前に必ず言葉をかけてくる。それが当たり前となっていた。

「と…俺も急がないと」

 ランタとは家の方向が違うので学校で解散となるが、俺には自宅が隣の幼なじみがいる。

 早くしないと先に帰ってしまうかもしれない。

俺は帰り支度を終えて自分の教室を飛び出し、二個隣の教室に向かった。

そして閉まっている扉を開け、お目当ての人物を発見する。

「おーいシオン。一緒に帰ろうぜ」

「アーちゃん!?何で教室まで来てるの!」

 いつもは廊下で待ち合わせているが、今日は朝あんなことを言われた手前不安で教室まで押しかけてしまった。

 そんなイレギュラーにシオンは驚いたようだ。

「愛しのアーちゃんが来たから私たちは去りますか」

「そうね。二人の邪魔をしたら悪いものね」

「もう!二人ともそんなんじゃないから。変に気を使わないで!」

 俺がシオンの少し離れた位置から声を掛けたことにより、一緒にいた友達に気を使わせてしまったらしい。

 それは別に悪いとは思わないが、シオンの友達にもアーちゃんって呼ばれてるの?俺。

「ごめんね。まだ話してる感じだった?」

 一応シオンの友達に確認しておく。

「全然。という訳で後はごゆっくり~」

 そう言い残して二人はシオンから離れていく。

 そんな二人を目で見送った後、いつものように。

「じゃ帰るか」

「…うん」

 同じ道を辿ることにした。

 ただいつもと違うのはシオンの雰囲気というか心情というかが暗いことである。

 下駄箱で靴を履き替え、満を持して聞いてみることにした。

「なぁ、シオン。何か俺、怒らせることしちまったか?」

 それはいつものトーンで発したはずなのに、シオンの耳にはまるで違ったトーンで聞こえていたような反応をする。

「別に何もしてないよ」

 絶対何かあるやつだ。いくら周りのことに無頓着な俺でもそれはハッキリと理解することが出来た。

「そうか。じゃ何か嫌なことでもあったのか?」

「別に何も」

「じゃ――」

「もうしつこいよ。何もないって言ってるでしょ」

 俺の言葉を遮るようにシオンは少し早口でそんな言葉を口にする。そして。

「そういうところも…大嫌いなの」

 !!?

本日二度目の大嫌い、頂きました。そして俺は膝から崩れ落ちていた。

 この衝撃に耐えられる人類はいないだろうと心から思えるほどのショック。

 放心している俺を見てシオンは話題を変えてくる。

「そんなことより前にアーちゃんが読みたいって言ってたマンガ、貸してあげるから家に取りに来て」

 マンガ…そんなことも前に言っていたような気がするが、今はとてもそんな気分ではない。

 しかしこのままの体勢でいつまでもいると、シオンに愛想をつかされそうなので何とか立ち上がり懸命にさっきの言葉の返答を模索する。

「あぁ、是非とも貸してくれ」

 とても変な解答になった気がするが、これが俺の限界だったようだ。

 そう俺が返事をしたのを合図にしたのか、シオンは小さく頷き小さな歩幅で歩きだした。

 そして目を合わせようとせずにつぶやく。

「ねぇ、アーちゃん。もし…もしもだよ。明日死ぬって分かっていたのなら…アーちゃんはどうする?」

 そんなことを突然言い出す。しかし俺の答えは決まっていた。

「そんなの、シオンとずっと一緒にいるに決まっている」

 シオンからの質問に考えもなくすぐにそう返す。

 それを聞いてシオンはふふっと笑い。

「そっか。それはうれしいな…。うれしいなぁ」

 語尾にいくほど力が抜けていき、震えた声になっていった。

 前に歩くシオンの顔を見なくてもどういう表情をしているのか俺には分かった。

「シオン泣いてるのか?」

 聞かずにはいられなかった。

 そんな俺の問いにシオンは。

「ううん。泣いてない」

 分かりやすい嘘をついた。

 服の袖で目元を拭い、シオンは振り返る。

「アーちゃんごめんね。今朝言ったこと嘘。…本当はね。大好きだよ!」

 軽く沈んでいく夕焼けをバックにシオンの表情はハッキリとは見えなかったが、おそらく悩み事が吹っ切れた笑顔だった。

 その言葉を聞き、またしても俺は膝から崩れ落ちる。

「よがぁった~!」

「ちょ、ちょっとアーちゃん!大丈夫!?」

 俺もまた今朝からのモヤモヤが吹っ切れたことで緊張の糸が切れたかのように全身から力が抜けていった。

 多分今、鏡を見たらひどい顔になっていると思う。

 そんな俺に対してシオンは優しく手を伸ばす。

「帰ろう。アーちゃん」

 そんな細く、か弱い手を掴むと力強く引っ張られる。

 もう大丈夫。

 今日は何か様子がおかしかったが、明日からも何気ない日常が続いていく。

 シオンの隣で歩いて帰っていると不思議とそう思えたんだ。

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