Strike工房 兼 迷子センター
工業街区の一角で不定期に開催される古物市場。
古物といっても全部が全部そうではない。
職人も集まりこぞって出店するこの会場には、丹精込めて製造された一点ものの銃火器、刃物、日用品まで質も様々なものが出揃う。
扱う物が物だけに、客層も上から下まで色々な人種が集まるこの日。客とのトラブルだって当たり前に起こる。
「どうせこんなナイフ、その辺からくすねたか拾ったかしたんだろぉ?お嬢ちゃん。値段がオカシイってもんだぜ」
「それは実用性を重視して作ったものなので装飾はつけてないんです。お買い上げにならないなら迷惑なので……」
「買うから値段下げろって言ってるのがわからへぶっ!」
「……人の店先で騒ぐんじゃないよ兄ちゃん。そいつは俺が鍛えた品だ、価値も分からんアンタみたいなのはこっちから願い下げだよ」
持っていた鉄工ハンマーを投げつけて面倒な客モドキを沈めておく。
それだけで意識が無くなった
既に同じような理由で他の店からも摘まみだされたのであろう、マーケットの入り口に積まれた塊の上に引き摺ってきたゴミを投げて自分の店に戻る。
やはり技術はあれど、未成年である彼女に店番をさせるとその見た目から気性の荒い客に嘗められやすいようだ。
「用事も済んだから代わるかね。他のとこ見てきていいぞ、クロハ」
「いいんですか?じゃあお願いしますね」
「変なやつに引っかかるなよ」
わかってます、と一人で出かけたクロハ。マーケットの出店を手伝わせるのも初めてではない。他の店の職人とも何人か顔見知りが居るし、もう一人にさせても問題ないだろうという判断だ。
クロハが座っていた折りたたみ椅子に腰かけ、手癖で咥えた紙巻タバコに火をつける。
吹き上げた空気に溶ける白煙を眺めて一息つく。
特にこちらから営業することもなく、客が品物を手に取って見ているものをそこはかとなく説明するだけ。
こういう場所では装飾品や小物がよく売れる。残ったものは持ち帰って鍛冶場で売るので特にノルマもなく、次の作品のことや素材の組み合わせを考える時間にあてた。
客の波も引いた頃、やけに背の高い男が何かを探すように周りを見ているのに気づいた。
接客も落ち着いたし野蛮な野郎の雰囲気にも見えなかった為、座ったままのStrikeが彼を手招く。
「よぉ、兄ちゃん。何か探し物か?」
「……人探し。連れとはぐれた」
「迷子かい、まあ確かに今日は人が多いからなぁ。トラブルがなきゃいいが」
迷子、と称するには些か大きすぎるような気もするが、どうにも背の高い彼が挙動不審なものでついからかうような形容詞をあてたくなる。
会場は出店ごとに簡易的なテントが張ってある店も多い。高さを生かして探そうとするも、視界が塞がれ見つけづらいのだろう。
「……あまりこの場所で一人にさせたくはない」
「気持ちは分かるが、迷子は大人しくしてるこったね……って、こらどこ行くんだ」
Strikeの忠告も聞かずまたはぐれた連れ探しに行ってしまった彼。
迷子はその場から動かないってのが鉄則だろうに、と溜息をついて咥えたタバコに新しく火をつける。
もくもくと白煙を吹かしていると今度はクロハが女の子を連れて帰ってきた。
「なんだか逞しくなったねクロハちゃん、とっても成長を感じる!」
「ふふ、ありがとう。灰田ちゃん今日は一人でここに?」
「んーん、一緒に来た人が居るんだけどいつの間にか居なくなっちゃったの」
「あー、……嬢ちゃん。もしかしてそれやたら背の高い男か?」
女子トークに口を挟むのも無粋かとは思ったが、思い当たる節があったので一言だけ質問する。
結果は当たり。彼女がさっきの男の探し人で間違いないようだ。
灰田はきょろきょろと辺りを見渡して携帯端末を取り出す。
メッセージに付かない既読に苦笑いを零した。
「暫くここに居てもいいですか?自分も端末持ってること忘れてるみたい。探してくれてるならそのうち会えると思いますし」
「嬢ちゃんの方が保護者って感じだな。さっきの兄ちゃんにも大人しくしてろって言ったんだが」
困りましたね、と人当たりの良さそうな顔で灰田は笑った。
大方はぐれたことに焦って連絡手段を持っている事を忘れているのだろう。専ら普段の連絡手段は仕事中の無線通信に慣れているせいもある。
手持無沙汰になった彼女がじっと並べた商品を眺めている。
何か気になる物があるか、と聞けば離れたところに置いてあるナイフとピアスを指さした。
「これ、同じ素材ですか?」
「ああ。サバイバルナイフ削り出ししたときに端材が余ったんでピアスにしたな。よく見つけたもんだ」
「この工房の商品は見ていて飽きませんね、デザインの素敵なものから機能的なものまでより取り見取り」
「Strikeさんはそういう人なんですよ」
一見無駄に見える装飾も実は何かの機能を持っていたりするので勉強になるとクロハは言う。クロハの向上心の高さに灰田はお姉さん気分でほっこりした。
両方買おうかな、と彼女は先ほど指さしたナイフとピアスを選ぶ。
耳が見えないのでピアスは分からないが、とても彼女はナイフや武器を扱う腕には見えない。
まして彼女が選んだサバイバルナイフは重めの素材を削り出して鍛えた一品。装飾を一切つけず、尾部をハンマーのように使えて背部は金属線を切断できる鋸刃。持ち手を含めた一体成形で剛性に重きを置いた一振り。
Strikeはタバコの灰を落としながら誰が使うのか聞いた。
「どっちも贈り物です。ナイフは特に手入れが二の次にされやすいので硬い方がいいかなぁって。最近壊れ始めたから買い替えようかって言ってましたし……ん?やっと気づいてくれたみたい」
「クロハ、ピアスの方簡単に包んでやんな」
着信に気づいた灰田がそれを耳に当てながら左手首を出す。
支払い端末に表示した金額を確認して手首を押し当てれば支払いは完了。近くにいたようでちょうどその頃に先ほどの背の高い男が合流した。
「はい、迷子の蓮さんにプレゼントです」
「迷子の兄ちゃん用かい。そいつまで壊されちゃたまらねぇから、偶にはウチの工房に持ってきな」
「……迷子?」
突然二人から迷子扱いされた蓮はよく分からず首を傾げる。
プレゼントされたサバイバルナイフを握って重さや手馴染みを確かめた。
蓮も灰田も合理的なものや洗練されたものを好む傾向にある。
ナイフも気に入ってもらえたようで、ケースも見繕わなくてはなと薄く笑ってくれた。
Strike工房はアフターサービスも充実している。普段の手入れの方法と、普段鎚を振るっている工房の場所を教えてもらう。
サバイバルナイフを布に包んでやりもうはぐれないように、と忠告して二人を送り出す。
本日何本目かのタバコを咥えて火をつけようとしたところでクロハがStrikeの腕を叩いた。
「あの子……どうしたんですかね?」
「ああ?」
クロハが指をさした方にはまだ成人してなさそうな年頃の男の子が泣きそうな顔で周りを見渡している。
今日はそういう日なのだろうか。Strikeは脱力するように深い溜息をつく。
見つけてしまったからには知らんぷりする訳にもいかない。
クロハに男の子を連れてくるように言って、火をつけたタバコの煙を含み遠くに吐き出した。
「………ウチは鍛冶屋だった気がするんだがなあ」
誰に嘆くでもなく、独りごちる本日一不憫な男、Strike。
「ハルさん、はいプレゼント」
「サンキュ。……へェ、ピアス。イイじゃん」
「蓮さんとお揃いだから、大事にしてね」
後日非番のハルに小さな包みが渡される。
開けてみれば少し重みのある鈍色の小さなリングピアス。アクセサリとしてはあまり見ない素材だ。
お揃い、と言われたハルは考えた。
蓮の耳はピアス穴が開いてないと思ったが、新たに開けたのか?
「午後、蓮さんとお礼しに行くつもりだけど一緒に行こうよ」
「おう、わかった」
自室でピアスを付け替えて、約束の時間に居住区エントランスで集合待ち。
後から来た蓮の耳を見て、やはり穴は開いておらず謎を深めたハル。
よくあるお菓子の詰め合わせを手にした灰田と先導する蓮についていけば辿り着くのはザフト地区の職人が仕事に集まるエリア。
金鎚を打ち付ける音に負けないように訪ねた工房の入り口で、灰田がニヤニヤしながら大きく息を吸い込んだ。
「Strike迷子センターはこちらでしょうか!」
「ウチは迷子センターじゃねえ!!!」
灰田の問いかけに間髪入れずに奥からStrikeが返答してくる。
隣で蓮が笑いを堪えているのを見て、また変な友好関係を広げたんだなぁと察したハルだった。
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