緊急任務「新型魔導AI・MAGUS戦」


イヅナ精密電子 法務部二課 シオン・フォックス

國民が思い浮かべるイヅナの保有部隊、法務部の顔として普段は拠点防衛や治安維持に努める彼は二課における小部隊の部隊長だ。

仲間思いの性格と部隊を率いる熱量が高く、無茶をするたびに上から注意されることもあるが部下からは好かれている男。

今日もイヅナの製造プラントの警備と周辺のパトロールを部隊であたる。


仲間内でいつものように終わったら飲みに行くか…なんて考えていた時、彼の持つ無線に連絡が入る。




「こちら総務部戦闘支援班、灰田です。応答願います。」

「こちらシオン・フォックス。なにかあったか」




総務部、しかも戦闘支援班より直々の連絡。緊急事態を想定させる声色から、隊長であるシオンを中心として部隊員にも緊張が走る。


下層街区、地下研究所において新型魔導AI『MAGUS』が暴走。

自分に声がかかったのはおそらく現場から一番近いところに居るからだろうか。

一刻も早い制圧が望まれる。


移動中に説明を行うとのことで、部隊内から近くにいた数人を連れて車に乗った。




「対象には國からスサノヲ小隊が接触、壊滅しましたがまだ地下研究所に留めることができています。現在、護帝機関アマテラスが”神威”を準備中。おそらく対象が地表に出現すれば周辺一帯に行使するでしょう」

「なっ…下層街区の住人ごと吹き飛ばすつもりか!?」




スサノヲ小隊が壊滅した事実でさえ衝撃的だというのに、國はさらに下層街区の住人を切り捨てるつもりのようだ。

相変わらずの國の采配に怒りすら湧くが、こうしている間にも神威の準備は進んでいる。

あれを使われたら一帯はさら地と化すだろう。


連れている部下たちに近隣住民の避難を任せ、オペレーターの灰田に避難個所を指示してもらう。

研究所入り口近くで車から降りれば、なぜか二課の隊員が一人先に立っていた。




「お前、ギル!また盗聴したのか!」

「スサノヲの武器さえ手に入ればあるいは…あぁ、隊長」




考え込んでいたようでやや遅れて自分の所属するところの隊長に気づく。

彼はギルティ・ハンター。最近シオンが直々にヘッドハンティングし部下として迎え入れた。

手癖の悪さが時々垣間見えるものの、戦闘時の頭の回転や応用力は光るものがある。



突入前に装備の最終確認をしていると、無線にもう一つ接続されるノイズが割り込む。




「あー、あー、聞こえてる?…なんだか楽しそうな祭りがあるって上から聞いてね。俺も混ぜてくれよ」




誰だ、と聞こうとするが言葉を発するより早くすぐ横に風と共に男が身軽に降り立つ。

風圧で跳ねた小石を叩き落してそちらを確認すれば予想外の男が参戦しに来たことに驚く。

オペレーターの灰田も無線の識別番号を見て、珍しいと呟いた。




「なァに、隊長殿の邪魔はしないさ。アンタがその盾で防いで俺が斬る…タイミングは任せるぜ?」

「一課のエースのご登場とはたまげたな…まさに”突風”ってか」




颯爽と現れた一課の『蒼き突風』、ブラスト。

危険な任務に就く彼ら一課もここに派遣された、となれば改めて今回の任務の危険度の高さを認知する。

部下のギルティにも気を引き締めるように発破をかけた。




「目標は計4機のAIの破壊もしくは無力化。それぞれ両手首、球体下部、球体内部に存在。単純計算一つの破壊で約25%の機能低下が見込めます。」




急造チームともすれば、まだ各々の戦い方が知れていない。

ここは危険だが実際の戦闘中に慣れるしかないか、と自然と盾のファランクスを握る手に力が入る。


だが彼女も伊達に戦闘支援班としてオペレーターをこなしてはいない。

すぐさま灰田が今のメンツに合わせて作戦を練り上げる。

シオンはタンクとして攻撃の引き付け、ブラストのスピードをもってかく乱し、ギルティによる攻撃を。

先行していたスサノヲ小隊の遺品も使えるとのことだ。




意を決して問題の地下へと踏み入れる。


部屋にはスサノヲの制服を着た死体が無残にも転がっている。

そのうち一人が、叩きつけられるのとは違う見慣れない殺され方をしていた。

まるで胴体だけ圧縮されたような…体が鋭角に、しかも構造上ありえない方向へ折れ曲がっていた。

宙に浮いた球体の周りを同じく宙に浮いた両手がそれぞれ漂っている。

こちらを警戒しているようだ。


中央の球体を見ていかにも本体と目星をつけたブラストが無線の向こうに声をかける。



「総務の…灰田ちゃんっていったか?こいつぁ、本体から片したらマズイのかい?」

「解析の結果、メインAIがなくなった後サブAIがどのような挙動をするのかは未知数です。それぞれが独立しているので停止することはありえません。難易度や様々な面から考えても非推奨です。」




屋内用に切り替わったのか一瞬のラグを挟み、先ほどとは違う音質で彼女の声が聞こえてきた。

指示を聞いた一同が素早く的確な解析に舌を巻く。

要は簡単な攻略を望むなら脇から剥がせということだ。やることは何も変わらない。




「へへっ、何にせよ俺に防げねぇものは無い!攻撃は任せたぜ、ギル!弾が足りないなら俺のを使え!」




終わったら全員奢ってやるぜ!

宴会好きのシオンの言葉を皮切りにブラストとギルティが動き出す。

何やら無線の向こうから菓子パンの名前が聞こえたのは気のせいだろうか?


シオンが携帯していたハンドガンで牽制も兼ねて中央球体に向けて射撃する。

弾道はまっすぐ球体に吸い込まれる…かのように思われたが、小さく空間が歪んだその場所でピタリと停止した。

本体や両手が浮いている念力の類だろう。




シオン達を敵と判断したMAGUSが30もの数の氷の塊を作り出す。

射出されるアイスミサイルは3人それぞれに牙を剥いた。


念動力による射出かと思ったが、氷と共にひやりとした風圧を感じる。

魔導AIと形容されるにふさわしく、何種類かの魔法を同時使役ができるようだ。

自前の盾で防ぎ切ったシオンが面倒な敵だと奥歯を噛み締める。

アイスミサイルの多くはシオンを狙ったようで、ブラストとギルティは負傷した様子はない。



ブラストが俊足で右手に近づき両手にそれぞれ持った二刀で手首側にあるサブAIを狙う。

振った刀はサブAIを両断、切りつけた金属の感触が刀を通して握る手に伝わる。

機能を停止した右手がパーツごとに床に散らばった。


ブラストの頭上から左手が物理で押しつぶそうと襲い掛かる。




「ブラスト、上だ!」

「俺はいい!おいお前、そこを退け!」




シオンの呼びかけと同時に手の下から抜け出したブラスト。

ブラストはギルティに向かって怒号を飛ばす。

指示を聞いたギルティは半ば反射的に横に転がり緊急回避。

今まで彼の立っていた場所が目視で分かるほど空間がその場所だけ大きく歪む。

その動きはまるで一点に圧縮される空間の動きだ。あのスサノヲ隊員の不可解な死体はこの念動力により圧殺されたものだろう。

今のに捉まれたら最後。非常に危険な攻撃だ。


早く片をつけるべきだ。

そう感じた一同は再びシオンのもとに集まる。




「ギル!何してたんだ?」

「これ、スサノヲの遺品。使えると思って」

「そりゃぁNWK放出する銃か!」




一生懸命何かを探しているとは思ったが、スサノヲの携行品の武器を漁っていたようだ。

なんとか使えそうだということでシオンの盾に身を隠しギルティが銃にエネルギーを充填する。

アイスミサイルをシオンが防ぐ間にブラストが攻撃を掻い潜り左手のAIを叩き切る。


どうやら複数のAIで攻撃を統制しているが、攻撃と防御は同時に処理できないらしい。

ならば、とその位置から少し無理をして双銃にて本体下部のサブAIも狙う。

その頃にはアイスミサイルが途切れ弾丸は防がれてしまった。


ギルティから準備が出来たと呼びかけられ急ぎブラストがその場から退く。




「行け……!!」




ギルティの構える銃、虚空から最大限溜められたNWK粒子が束となり射出される。

弾丸は止められても虚空のNWKは止められない。

軌道上にしっかりと球体下部のAIを巻き込み残すところはメインのAIのみとなる。

部屋の隅には同じ形の銃がもう一丁落ちていた。あれを使えば確実にMAGUSは落ちる。


それにすでにメインを支えていたサブのAIは3つとも無い。

処理速度が50%以上落ち込んだ魔導AIなど、戦闘の場数を踏んだ彼らにはよもや敵ではない。


3人で確実にメインAIを沈め、それぞれが安堵の息を漏らす。

今日は4人で宴会だと豪快に笑うシオンに、いつもの隊長だと静かに呆れるギルティ。

報告のために無線を繋ぐブラスト。




突如、大小様々な破片が彼らの背に降り注ぐ。




「な…何が起きた!?」

「わからねえ…が、まだ終わりじゃなさそうだ」




何とか飛来した破片やMAGUSのパーツから二人を守るために間に入ったシオンが、愛盾ファランクス越しに宙に浮く対象を睨む。

壊したと思ったが、サブAIのどれかが完全に破壊しきれていなかったようだ。


部屋中に散らかったパーツや金属を纏い、今まで剥き出しだったAIが見えなくなっている。

倒さなくては、と足に力を入れるブラスト。

横でシオンの身体がぐらりと傾いた。




「隊長!?」

「悪いな…ちとこのままじゃ戦えそうにねえ」




ギルティが支えるシオンの足には、先ほど飛来した破片が装甲の薄い箇所に貫通して突き刺さっていた。

これではシオンはマトモに歩きも出来ない。




「二人で外に出ろ、コイツは俺が何とかしておく」

「救護班を向かわせました。安全なところまで退避したらその場で休んでください」




聞こえる会話からすぐに手配をかけたのだろう灰田の指示もあり、ギルティと共にシオンが退室する。

さて、とブラストがMAGUSの残骸に向き直る。

残骸と言っても油断ならない。見てくれは悪くとも、先ほどの剥き出し状態だったAIが埋もれているのだから防御力は上がっていることだろう。




破片やパーツを纏ったり、射出したりと単調ではあるが数が多い分厄介だ。

塵程度の大きさならいざ知れず、こぶし大ほどの大きさやそれ以上のパーツも速度をつけて部屋を飛び交っていた。


ブラストはそれらを掻い潜り、塊の中心を目掛けて刀を振る。




「っ、固ぇ…!」




確実に切るものは切ったが、いくつもの層になったパーツ類がAIに到達するまでの行く手を阻む。

何度も攻撃を仕掛けていけばいい。

そう結論付けて下がったところでブラストは何かを踏んで体勢を崩してしまう。




「!? クソ、散らかしやがって…!」




ひしゃげた間接球体がちょうど足元にあったらしい。

その場で崩れてタイムラグを生むよりは、と転がってその先で上体を起こす。


無作為にばら撒かれたものか、狙ったものか。

ブラストの眼前にMAGUSのパーツが迫っていた。

これは当たる。

せめて致命傷にならないようにと腕を交差させて頭を守る体勢に入る。




…しかしいつまでも来るべくした衝撃は感じられなかった。

何が起こったのかそっと腕を外してみれば、天井と床に苦無が刺さり三角形の結界が作られていた。




「危ないところだったな。」

「誰だ…?」




これはその辺に転がってたスサノヲの遺品だ、と結界を指さす。

室内だというのに狙撃銃を携え、似たような恰好をした部下らしき人間を連れている。




「パワードスーツ、極東重工の鉄鬼衆ですか」

SUスーだ。っておい、イヅナのオペレーターか?人の無線に割り込んでくるな」




極東重工、鉄鬼衆一番隊小隊長 SU

無線から聞こえてきた聞きなれない声に思わず突っ込みを入れる。

MAGUS討伐のために力を貸してくださいと言われてしまえば嫌とは言えなくなる。

そもそも元よりそのつもりだった。




「噂の蒼き突風と共闘とはな。使え。これで奴の動きが止まるはずだ」

「楔、なぁるほど。名前から想像はつく」




苦無に掘られた名前を見てブラストはにやりと口角を上げる。

SUの部下はもう一つ落ちていた虚空のチャージを始める。

虚空の準備をしつつブラストの援護を二人で行うという。




結界の効力が失われると同時にブラストが駆ける。

飛び交うMAGUSのパーツをかわし、まずは一本。

ぎちり、と打ち込んだ苦無を起点として動きが縛られたように固まる。

一本でも強い効力だ。

SUたちがブラストの道を作るように浮遊した大きな破片を撃ち落としていく。


二本目、三本目とMAGUSに打ち込めば完全に動きが制限され、浮遊していたパーツも落ちる。




「虚空のチャージは」

「まだです、あと少し」




様子を見ているとMAGUSに打ち込んだ楔がパーツごと弾ける。

自分で考える機械、だからこそAI。自身を覆うパーツを減らしてでも束縛から解放されようという訳だ。

虚空のチャージはあと少しとはいえまだかかる。

SUは装備からEMPを取り出しセット、カウントを始める。




「突風、離れろ!」




SUの掛け声と同時に動きだしたMAGUS。

同じタイミングでEMPが起爆し電磁パルスが放出される。

ブラストもSUたちも瓦礫に隠れ、SUの部下がMAGUSに近いブラストに虚空を託す。


受け取ったタイミングでちょうどチャージは完了。

EMPにより回路が混濁したMAGUSにフル出力のNWK粒子弾を撃ち込んだ。


跡形もなく消え去ったAIを確認し、ようやく任務の完了を無線に伝える。








「ありがとよ、アンタのことは覚えとく。」

「ああ、生きてりゃどこかでまた会えるだろう。じゃあな」




あっさりとした挨拶でお互いがそれぞれの帰路に着く。

普段後方支援はいるものの前線には一人しかいないブラストにとっては、協力して戦うことが新鮮でいい学びのきっかけになった。

だから最初灰田は"珍しい"と言ったのだろう。

SUにとっても、他の企業と協力戦線を張る有意義さに気づいたようだ。





イヅナのオペレーターも事後処理が忙しいのか一言だけ協力のお礼を言って回線を切断される。

稀に回線の混濁で無線が余計な音を拾うことはあるが、今回のように完全に乗っ取られて使われたのは初めてだ。

帰ったら諸々見てもらおう。






報告書や解析などでドタバタとするイヅナ本社の一室。

今回の依頼の裏を集められるだけ集めた灰田がデータを前に一人思考に耽る。




「ツクヨミちゃんも人使いが荒いなぁ」




キサラギ化成、天使教団の文字が並べられたデータをそっと閉じて、さっさとPCの電源も落とす。

深く調べてはいないものの、彼らが関わっているというだけで色々な憶測は出来る。

ほんの少しだけ考えて、やめたやめたと首を振った。

平和が一番の筈なのだ。今不要な事柄は、必要になってから考えればそれで充分。


今から怪我をしたシオン隊長を見舞いに行くのだ。不安な顔は置いていかねばなるまい。



後日、約束通り4人で小さな宴会が開かれたとかなんとか。









「…菓子パン?」

「あ、SU隊長。それ女の子が渡してくれって。名前聞く前に行っちゃいました」




“お疲れさまです!”とだけ書かれたメッセージカードが添えられていた。

カードに名前もない。隊員だけでなく女性にまで困らされるとは…

極東重工で菓子パンを食べるSU隊長はこの後しばらくは話題になった。

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