3 「世界の広さを知るべきだ。」

 荷台の中は、1つの部屋になっていた。


 壁はピンク色のレースで覆われ、そこに均等な感覚で電灯が取り付けられ中を明るく照らしている。下は赤いバラをモチーフにした柄の絨毯が敷かれ、中心には丸いテーブルが1つに対し小さな椅子が2脚置かれていた。1つの椅子は空白で、もう1つの椅子の上には大きめの可愛らしいクマの人形が置かれている。クローゼットやドレッサーなども見られ、一番奥には赤一色の天蓋てんがいつきのベッドが置かれていた。


 そのベッドに腰掛けるのは、黒一色のアフタヌーンドレスを身にまとった紅い眼の幼女だった。


「あなた、だぁれ……?」


 幼女は舌足らずな声で部屋の侵入者、紗希に問いかける。


 それは幼くも、どこか威圧感を感じる不思議な声であった。それこそ、無邪気が故の残酷さが顔をのぞかせているような雰囲気がある。


「僕は『早乙女さおとめ 紗希さき』だよ。中に入っていいかな?」


 だが紗希は人の気持ちがよくわからないがゆえに拒絶をにじませたような問いかけに平然と答え、閉塞感へいそくかん溢れる部屋にもためらいなく足を踏み入れた。


「っ? い、いいけど、おかわりはいらなぃょ……?」


 幼女は紗希のそのふてぶてしい態度に驚き、声を萎しぼませる。


「? おかわり?」


 幼女の言った単語に首をひねるが、紗希の意識はすぐに別の方向にそれた。


「おっ、クーラーついてるんだここ。どおりで涼しい訳だ。冷気が逃げないようにここ閉めるね。」


 紗希は外と、貴族の1部屋のようなトラックの荷台の中との温度差にすぐに気付き入ってきたドアを閉めた。


「えっ?」


 ドアを閉めたことに幼女はさらに驚いたようで、ベットから立ちあがった。


「? 閉めたらダメだったかな?」


 幼女の驚きに紗希は閉めた扉に手を添えるが、幼女はとまどいつつも首を横に振った。


「ダ、ダメじゃ、ない……。」


「ならいいけどね。 あ、椅子使っていい? ちょっと疲れたから座って休みたいんだ。」


 人形の座っていない方の椅子を指さし言う。


 幼女は急に現れなれなれしい態度をとる紗希に戸惑っているようだが、ぎこちなく首を縦に動かした。


「ありがとうね。」


 紗希は幼女がうなづいたことを確認しすぐに椅子に座った。


「……。」


「……。」


 割と広い部屋に沈黙が生まれる。


「あー……。これ、可愛い人形だね?」


 さすがに幼女と見つめ合いながら黙っているのもきまずいと思ったのか、紗希は対面に座るクマの人形を指さし言う。


「……うん。でも、かぁいいだけ。」


 数秒の間が空き、ようやく幼女は口を開く。


「可愛いだけ?」


「かぁいいだけ……。おはなし、しないし、うごかない。」


「人形なんだからそりゃそうだよ。そここそが人形のいい所だろ?」


「……そんなの、やだ。つまんない。かぁいいだけじゃつまんない。」


 幼女はベットに腰掛けながら不足そうに足をパタパタと動かす。


「そうかなー。人形は可愛がられるだけが目的でつくられたんだから、可愛いだけで充分だと思うんだけど。」


「おはなし! したいの……。」


 紗希のおざなりな言葉に幼女は初めて大きな声を出すが、すぐに元の小さな声にもどってしまう。


「人形にそれを求めるのは酷だって。お話ししたいならそこらの人間としたら?」


「にんげん?」


 幼女は何を不思議に思ったのか、可愛らしく小首を傾げ紗希の言葉を復唱する。


「そうそう人間。」


「にんげんもおはなししない! へんなこというのやめて!!」


 幼女は急に怒鳴り声をあげる。

 その声は、空気をビリビリと震わす鋭いものだった。


「いやいやそんな大声出さないでよビックリするなぁ……。……じゃぁ、僕とお話ししようよ?」


「え! おはなししてくれるの!?」


 幼女は紗希の申し出に眼を丸くする。


「おーするする。っと、お話しするならこれは邪魔だね。」


 紗希はずっとしていたガスマスクを取り、机に置く。


「……!!」


「どうしたのさ?」


 幼女はその行動にまたもや驚き、口をパクパクと動かしている。


「かおとれた! かおとれた!! ……にんげん? にんげん!?」


 幼女は紗希を指さし興奮したように『にんげん』という単語を連呼している。


「えー、僕の顔をガスマスクだと思ってたの君?」


「かおじゃない?」


 幼女は再びベットにボフンッと座り、目と口を大きく開き言う。


「そっ。これは顔じゃなくてマスク。顔につける……なんだろ? 防具かな?」


 コロコロ表情変わって面白いなーと思いながら紗希はガスマスクを手でもてあそびながら言った。


「ぼうぐ? ぼうぐってなに!?」


「防具ってのは色々な怖いものから自分の身を守る道具だね。」


「……じぶんを、こぁいものから、まもる。」


 紗希から防具の説明を聞き、幼女は表情を曇らせた。


「そっ。だから僕は今これをつける意味がないから外したんだ。」


 そんな幼女の表情を紗希は気にせずに話しを続ける。


「まもらなくて、いいの?」


「守らなくていいでしょ。ここには君しかいないし。」


「きみって、エレナのこと?」


「エレナ? 君はエレナって名前なのかな?」


 幼女、エレナは激しく首を縦に振った。


「うんうんわかったわかった。そうだよー。ここにはエレナちゃんしかいないから僕を守るための防具はいらないんだよーっと。」


 紗希は遠くにポーイとガスマスクを投げた。


「エレナ、こぁくない?」


 エレナの紅い眼は遠くに飛んで行ったガスマスクを追う。


「全然怖くないよー。むしろ反対。かわいいかわいい。」


 紗希はエレナに近付き、頭を撫でる。

 エレナは勢いよく目線をガスマスクから紗希に移す。


「……どしたの?」


「おかあさんみたい……!」


「お母さん?」


「おかあさん!」


 紗希に撫でられ、エレナは器用に座りながらもおかあさんおかあさんと何度も言いはしゃぐ。そして、ベットの奥の壁にその小さな指をさした。


 指をさす方向。そこには大きな絵画が飾ってあった。


「あー、絵があったのか。気付かなかった。」


 そこには椅子に座る紫色の豪華ごうかなドレスを身にまとった女性が描かれていた。だが、


「……なんで、白いガスマスクをつけてんだろ?」


 顔の部分には本物のガスマスクがひっかけられており、その下が分からなくなっていた。


「あなた、にんげんなのに、うごくしたくさんおはなしするんだね!」


 白いガスマスクに気を取られていると、不意にエレナはおかしなことを口走る。


「そりゃねぇ。」


 だが紗希は特に何も思わず普通に応対をする。


「しらなかった!」


「嘘だー。人間めっちゃ話すし動くよ?」


「みたことないよ! あなたいがいいないよ!!」


「いやいや、外にワラワラいるじゃん人間。」


「エレナは……おそと、でない。」


 エレナはまた声の調子を落とす。


「え、なにエレナちゃん引きこもりなの? あぁ、だからそんなに肌白いのか。」


 しかし、やはり紗希は人の気持ちがわからない。だから、言わなくていい事も普通に言う。


「おそと、いっかいでたけど、すぐここにいれられて、またでてない……。」


「外に出してもらえてないの? だとすると、引きこもりと言うよりかエレナちゃんは囚われのお姫様かな?」


「エレナ、おひめさま?」


 紗希の言った『お姫様』にエレナは過剰に反応した。


「そうそう。お姫様。」


「おひめさま! エレナおひめさましってる!」


「おゎっとと!?」


 エレナは紗希を押しのけベットの下に手を入れる。


 紗希はエレナに押しのけられバランスを崩すも、壁にぶつかり転ぶのを回避する。


「これー!」


「顔に似合わず力強いねぇ君。主食プロテインかな? ……これって絵本か。沢山あるねぇ。」


 紗希は壁にぶつかった痛みによりその美しい顔を渋い表情にさせながらエレナを見る。するとそこにはエレナと、エレナの小さな腕に抱えられた沢山の絵本があった。


「これ!」


 エレナは1つの絵本を開き、絵本の主人公らしき人物を指さした。


 その人物は、豪華なドレスを身にまとう笑顔の女性であった。その女性の横にはこれまた豪華な服を着た笑顔の男性がいて、その2人を取り囲むように様々な人物が楽器や食べ物を手に持ち笑顔で踊っている絵が描かれていた。


「絵本の最後のページかな? ……まぁそうだね。皆の笑顔の中心にいられるようなのがお姫様だね。」


「エレナもおひめさま?」


「うーん……。まぁ、ドレス着てるし、可愛いし囚われてるしお姫様の素質ならあるんじゃないかな?」


 紗希は顎に手を添え少し考え、ずれたことを言う。


「おひめさま! エレナおひめさま!!」


 だが、紗希のそんな言葉にエレナは顔を綻ばせ小さな体で喜びを表現するかのようにはしゃぐ。


「やっぱり、女の子ってお姫様がすきなんだなぁ。………。……ねぇエレナちゃん。外、出てみる?」


 紗希はそんなエレナを見て、何を思ったのかこう言った。


「そと? おそと?」


「そう。おそと。」


「いいの?」


 エレナは外に繋がる扉に視線を向ける。


「いいもなにも、自分のする事でしょ?」


「怒られない?」


「怒られる怒られないじゃないんだよ。自分自身がやりたいかやりたくないかだよ。エレナちゃんはお外にでたいのかい?」


 紗希は身体をかがめ、エレナと目線を合わせる。


「おそとでたい! でもおこられるのはやっ!」


 紗希の眼から逃げるようにエレナはそっぽを向いた。


「なんで自分がしたいことを他人に止められなきゃいけないのさ?」


 紗希はそっぽを向かれても気にせず言葉を吐く。


「他人の事を優先して自分のしたいことを我慢するなんて人生損してるよ。自分の人生を他人の糧にされてどうすんのさ?」


「うー……。なにいってるの! むつかしい!!」


 紗希の言葉がうまく理解出来ないエレナは、大声で紗希の言葉に応戦する。


「……そっかー。エレナちゃんにはまだわからないかぁ。……よし!」


 紗希はかがめた背を伸ばし、大きく息を吸う。


 そして、エレナを抱き上げた。


「よいっしょっと!」


「ふぁぁぁああ!?」


 エレナはされるがままに抱きかかえられた。

 眼を白黒させ、戸惑いからか身体を一切動かせない。


 そして、


「エレナちゃん自身は『おそとでたい!』って言ったよね? なので、とりあえず強引だけど外に連れ出します! もし誰かに怒られたら僕のせいにしていいからね!!」




 紗希は胸にエレナを抱き、勢いよく閉まっていた扉を開いた。

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