≪その後の話し≫

「ふざけやがって……! 結局あのクソ野郎共は俺が生きてて良かったと口で言おうが、自分が危なくなりゃすぐ見捨てやがるじゃねぇか!」


 車が炎上し、ゾンビが集まっていた場所から離れた道に足の折れた白いガスマスクの男がいた。


 離れた道とは言っても、ガソリンの匂いや炎の燃え盛る音が風に乗ってかすかにする程度の距離しか離れてはいない。


「なにが鎮痛剤を打っておきますねーだ! このまま死ぬのなら場所が少し変わっただけであそこで死んだのと同じなんだよ!!」


 男は左足が折れているにもかかわらず壁に手を突きよろよろと歩く。

 だが、すぐにバランスを崩し倒れてしまう。


「なんっで言うこときかねぇんだよ俺の左足だろ!? ……あぁぁぁあああクソクソクソクソッ!! 見てろよあのクソ機関が! お前らが見捨てようとも俺は無様に這いずってでも生き残ってやるからな!」


 倒れても男は怒声をあげまた立ち上がる。

 鎮痛剤を打っているとしても痛みは感じるものだ。

 だが男はその痛みすらも怒りというエネルギーに変え前に進む。

 今男を生かし動かしているのは怒りと言う感情であるといってもいいだろう。


 そうやって進む男の前に1つの影が現れた。


 ゾンビだ。


「ハッ! 血の匂いでのこのこ来やがったなハイエナがぁ……! ぶっ殺してやるよぉ……!!」


 たった1体のゾンビでも足が折れている人間にとっては脅威のはずだ。


 だがガスマスクの下にある男の表情は絶望ではなく笑みで歪んだ。


 明確に怒りをぶつける対象があちらからやって来たのだ。

 笑みは笑みでもその笑みには怒りも同居している。

 その凶暴な笑みは見る者を恐れさせるものであった。


 だがそれはガスマスクで見えないし、そもそもゾンビには恐れなどの感情はない。

 ただただゆっくりと男に大きく口を開けながら近付いて来るだけだ。


 背負っていたバックの中に男は手を入れる。


「もうこれいったいどうなってるの!? どこいってもゾンビみたいな奴らしかいないんだけど!? これが本場のスリラーダンスってやつ!?」


 その刹那、目の前を歩いていたゾンビが後ろから頭を殴られ倒れた。


 倒れたゾンビの頭は目に見えて陥没し、再び動く気配はなかった。


「……女?」


 男は横道から急に現れ、ゾンビを殴り倒した女性に目を向けた。


 その女性は学生服を着ていて、右手にはボコボコと色々な箇所がへこんだ血まみれの金属バットを持ち、左手には学生かばんを持っている。


 肩まで伸びたハネ気味の髪の毛。

 背丈は男と同じとまでは言わないが、女性にしては大きい。体はスレンダーだ。女性にしては出るところが出ておらず控えめなボディ。


 眉をしかめる。

 その女性が着ている学生服は男が怒りを燃やす機関に深くかかわっていたからだ。

 突然の事に呆気にとられ霧散していた怒りがまた静かに顔を出す。


「……なにあのセンスのないガスマスクをつけたゾンビは? とうとうゾンビもファッションに気を使うようになったの?」


 女性はそんな男の怒りに気付かず何処かズレたことをのたまう。


「フンッ。そんなゾンビがいるなら一目見てみたいもんだ」


 学生服は気に入らないが、流石にそれだけで見ず知らずの女性に怒声をあげるということはしなかった。


 だが口調が少しだけぶっきらぼうになってしまっていることに男は気づいていない。


「わお! なんだ喋れるんじゃん! ちゃんと無事に会話ができる人間に会えたのは久しぶりね!」


 女はバットを持ちながらも器用に両手を合わせ大げさに、どこかわざとらしく反応する。


「なにが無事だ。お前の眼は節穴みたいだな。だが、助かった。少し手を貸してくれ。足が見ての通り何でね」


「あらごめんなさい。私の眼はどうやら節穴みたいだから見ての通りと言われても見てあげられないの」


「頭の悪い奴みたいな事を言うのはやめてくれないか?」


「それ遠まわしに私が頭悪いって言ってる?」


「そんなわけねぇだろ。いいから早く手を貸してくれ。死にたくねぇんだよ」


「私だって死にたくないわよ。そして死にたくない私が足が一本使えていない足手まといにしかならなそうなあなたを助ける理由があるの?」


 女は肩をあげてやれやれと心底迷惑そうに言う。


 いちいち行動が大げさな女だ。


「……お前も、俺を見捨てるのか?」


 男の声が低くなる。

 身体から隠し切れない怒気がまるで血のように滲みだす。


「『お前も』? 何あんた見捨てられたの? でもそれは仕方ないんじゃない? むしろゾンビ達へのデコイとして使われなくて良かったじゃない」


 だが女は男の怒気が怖くないのか、はたまた怒気に気付かないだけなのか挑発するようにおどける。


「何が良かっただ!」


 男はそんな女の態度に我慢できず怒声をあげた。


「いいか俺はなぁ! 気に入らない奴らでも我慢して守ってやってたんだぞ!? めんどくせえ任務もやったし、腹が立つ上司の命令にも文句を言わず従ってやった! それをあいつら、足が折れたからってすぐ見捨てやがって!」


「そんなの私に言われても困るわ。それにあんたが我慢してたとかもどうでもいい。嫌だったなら関わらなきゃよかったんじゃないの?」


「ふざけんな! 俺にはあそこ以外に居場所なんてなかったんだぞ!?」


「じゃぁよくわかんないけど、あんたが自分で決めてそこにいたんじゃない」


「自分で決めてだと!? 俺は死なないために仕方なくなぁ!」


「仕方なくでもあんたが決めてそこにいたのは確かでしょ? それに死なない為って、人間どうせ何処にいようが生きてりゃいつか死ぬわ。その『いつか』を少しでも伸ばすためにあんたは『我慢』を受け入れてたんじゃないの? 私はねぇ、『自分で考えて』『自分で決めて』『自分の決めたことを信じて行動した』にもかかわらず結果が悪かったらまるで自分が悪くない。この世で自分が一番アンハッピーなんだみたいな面であたりに喚き散らす奴って、控えめに言って死ねばいいと思ってるから」


 女は呆れたように言う。

 そして実際に呆れているのだろう。つまらなそうに男を見ながら持っている金属バットを手でもてあそんでいる。


「分かったような口聞きやがってこのガキが! お前に俺の何が分かる!!」


「逆にあんたに私の何が分かるのよ?」


「分かる訳ねぇだろ! あんまり適当なこと抜かしてるとそのよく動く口に鉛玉ブチ込むぞ!」


 男はバックに再度手を突っ込み、さきのゾンビに対して出そうとしていた『武器』、銃を取り出して女に向けた。


「ハッ! 笑わせるんじゃないわよ! 私の口に鉛玉詰めるより、あんたのその空っぽな頭の中に鉛玉詰め込んだほうがよっぽど有意義なんじゃないの!」


 だが女はその怒り狂う男から向けられた銃に一切ひるまない。

 ひるむどころか女は左手で銃の形を作り自分のこめかみに当てて男にそう言い放った。


 さすがにこれには男も面を食らい言葉を無くす。


 まさか銃を向けた相手にこんなふうに言われるとは予想もしていなかったのだ。


「……あぁほらあんたが大声出すからオーディエンスが来ちゃったじゃないの」


 そんな所に、ゾンビの群れが現れた。

 2人の怒声につられてか、はさみうちの形でやって来たのだ。


「ワラワラ湧いてきやがって……!」


「ほんとコバエとゴキブリのハイブリッド並みに湧いてくるから嫌になるわね」


 女は一番前を歩いていたゾンビに近付き、その顔にためらいなくバットを叩き込んだ。

 ゾンビは後ろにわずかに吹っ飛び、そのまま後ろのゾンビを巻き込んでまるでドミノ倒しのように倒れていく。


「……お前、仮にも人間の姿した奴によくためらいもなくバットを叩き込めるな」


 男は近付いて来るゾンビから離れながら言う。


「なによ。状況が状況でしょ? 人間を殺しちゃいけないって神様が決めたの? 違うでしょ? 神様はなんにも禁止にしてないわ。人間に禁止事項を作ったのは人間よ。で、その人間がこんなことになってるんだもの。人間だって許してくれるわ」


「もし許してくれなかったらどうするんだ?」


「そんなの簡単よ! 人間を殺すのを許してくれない人間がいるなら殺せばいいの!!」


「さてはお前頭おかしいな!?」


「なに? あんたもモラルとか倫理とか大切に持っちゃってるタイプ? やめときなさいよそんなの今じゃただのお荷物よ。見てみなさいよこの人間が人間を食う状況。論理とかそれ役に立つと思ってるの? 世界が通常通りの時は皆仕方なく持っていたようなものよそんなもの。時間がたてば、いわゆる平和主義者? とかもすぐそんなもの捨てるはずだから、そう考えると私は頭がおかしい訳じゃなくていらないものはすぐに捨てるタイプなだけ!」


 女は高らかに言う。

 その自信ありげな表情は、自分は何一つ間違っていないと確信している者の顔であった。


「なんか、お前みたいなやつを最近見たような気がするぜ」


「ほら! 頭がおかしい奴が何人もいる訳ないじゃない。つまり私は頭はおかしくない。ところで、あんたのその銃は何発あるの?」


 女は男のそばに寄り、銃を指さす。


「さっき補充して7発だ」


「オッケー! なら作戦はこうよ。あんたはむかってくるゾンビに発砲して、私はそのすきに逃げる。どう?」


「完璧な作戦だな。弾を撃ち尽くした俺はあいつらに身体を食われ苦しんで死ぬという点を除けばな!」


「なら6発だけ撃てばいいじゃない!」


「なぜ6発だけなんだ?」


「7発目で自分の頭を撃てば苦しまず楽に死ねるわ」


「なるほどな。ならあいつらに5発。俺に1発、そしてお前に1発撃つことにしてやるよ!」


「なにあんたレディに優しくするって常識も知らないの!?」


「俺は今さっきモラルや倫理のついでに常識ってやつも捨ててやったからそんなの関係ないな!」


 男は獰猛に笑いながら言う。


「……あぁもうめんどくさいのに捕まったわぁ」


 それに対し女は最初と同じように、心底迷惑そうに言った。


「とにかくここにいる奴らはぶっ殺すわ。で、とりあえずあんたを安全な場所まで……そうね。マイハウスまで連れてくわ。」


「なんだお前。いい女だったんだな。めんどくせえがいい女にはプレゼントを渡すのが紳士ってやつだ」


 男はバックに手を入れ、警棒のようなものを取り出し女に渡した。


「何これ」


「特殊棍棒ってやつだ。そのゴミみたいなバットよりかははるかに役に立つ」


「つまりあんたより役に立つってことね。もう1本ある?」


 どういう意味だと女に文句を言いそうになるが、黙って男はもう1本の特殊棍棒を取り出し女に渡す。


「いいわぁワンダフルね。やっぱあんたが持ってる銃なんかよりこういう人間を直接殴れるウェポンの方が気持ち良いのよねぇ」


 恍惚とした、どこか艶めかしい表情で女は両手に持った特殊棍棒を鮮やかに振る。


 まるで『重さ』『長さ』『使いやすさ』を確かめるように。


「こんな世界になったからモラルや倫理を捨てたみたいな事を言っていたが、実はお前はこんなことになる前からモラルや倫理を捨ててただろ」


「そんな訳ないじゃない。最初から持ってなかっただけよ。……あぁそうだ。助ける代わりに2つあんたに言っておかなきゃいけないことがあるわね」


「なんだ?」


「まず1つ。私に2度と銃口を向けるな」


「分かった。もう1つは?」


「私に2度と銃口を向けるな」


「オーケーだ。なら俺もお前に2つ言いたい事がある」


「なに?」


「まず、俺の名前は『デイブ』だ」


「あらそう? 短い付き合いになることを祈るわデイブ」


「それから2つ目。お前、ヒーローに興味はないか?」


 そう言いながら男、いやデイブはカバンの中に沢山ある厳重に封をされた小さな箱の1つを取り出す。






 その箱のラベルには、『人類進化薬』と書かれていた。

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