終章5
日本、あるプレイヤーの朝。
徹夜で遊んでいた彼はようやくゲームを終了し、ゲーム機には初期メニュー画面が表示されていた。お知らせメニューが点滅している。
「久しぶりにゲーム体験版が配信か。ダウンロードだけでもしておくかな」
メニューを選んでダウンロードを開始。
「な、なんだよ、この大容量。体験版のくせして、でかすぎるんじゃないのか」
サイズの大きさに興味をそそられて、ついついダウンロードが終わるまで待ってしまう。
「今日は学校も休みだしな。ま、ちょっとだけ触ってから寝るとしよう」
残念ながら、彼がプレイを終えて寝ることができたのはそれから二日後だった。
イギリス、プレイヤーたち、深夜。
友人の部屋に集まってパーティと騒いでいた彼らは、部屋の片隅でゲーム機をいじくっていた仲間にふと注目した。
「おい、ひとりでゲームやってちゃ盛り上がらないだろ。こっちに来いよ」
「いや…… ちょっと見てくれよ、これ。知らないゲームの体験版なんだけどさ」
ゲームに詳しいひとりが画面を見て、
「う~ん、イギリス未発売ゲームの続編か。体験版にしては、なんの制限もかかっていないね。ちょっと触らせてくれない」
それからすぐにパーティは中断が決定。コントローラーを握り締めて離さない一名を除き、彼らは急いでゲーム機がある自宅へと帰っていった。
台湾、昼近く、ゲーム店。
そろそろ開店時間だ。店員の彼はシャッターを開け、展示のゲーム機に電源を入れる。
テレビに初期メニュー画面が映った。
「なんだこりゃ。体験版? 店舗に案内もなく、こんなもの発表されちゃ困るってことをまだメーカーは分からないのかね。ともかくダウンロードして、予約注文が来る前に確認だけはしておかないとな……」
その体験版をチェックしようとコントローラーを握ってからすぐ、店員は無言になった。
客が入ってきて、なにか言っている。店員は黙ってその客を追い出し、急いでシャッターを閉めてからまたコントローラーに飛びついた。本日は閉店休業に決定だ。店長が文句を言ってくるだろうが、知ったこっちゃない。それどころじゃないのだ。
ケイオスループ社、開発ルーム。
久しぶりに出社の万塔祀は、これまで誰にも見せたことのないような形相で開発ルームに飛び込んできた。無表情といえば無表情。しかしその視線は人を刺し貫かんばかり。
ずかずかと歩み寄り、直木先輩の机に置いてあったコントローラーを握った。ディスプレイには『ラスト・ティターニア体験版』が映っている。
座っている直木先輩に、万塔はゆっくりと、
「これはなんですか」
「プロデューサーからのご指示どおり、体験版ですが……?」
万塔の歯がぎりぎりと音を立てる。
「私は知りません。一切許可していません。認めません」
直木先輩にとって、万塔の反応は驚きではなかった。心の奥で、そういうことなのだと分かっていた気がする。それでも気が付いていないふりをして人を集め、ゲームを仕上げた。
万塔はコントローラーを捨てた。
「直ちにこの全てを削除しなさい」
直木先輩は立ち上がった。
「万塔クリエイター、この体験版は既に全世界配信がスタートしています」
「止めなさい! 消すのです!」
初めて聞く万塔の叫び声に、しかし直木先輩は、
「嫌です」
「許しません! これは万塔の作品ではありません!」
直木先輩は深呼吸した。そして宣言した。
「そうです。これは私たちのゲームです」
答えたのは、開発ルームにいた全員だった。皆が立ち上がっていた。
「なんということ。これでは呪縛が――」
呟き、万塔は開発ルームを飛び出していく。その行き先は、地下へと続く階段だ。
全世界のプレイヤーたちは、ゲームを通じてティターニアの物語を語られ、そしてまた語っていた。
ゲームの中で、プレイヤーたちはティターニアの戦士。
ある者は連合国にあって
またある者はティターニアを救うために遠い異国での放浪から戻ってくる。
ティターニアに残っていた戦力はごくわずか。しかしプレイヤーたちの力が加わっていく。
西方大陸連合国の中央部にそびえ立つ
待ち受ける
一人では戦い抜けない。プレイヤー同士で無数の情報交換がおこなわれ、そのネットワークが人界を覆っていく。人界が
大空を静かに巡航中の
「マビノギオンはね! ささっと布を切って、ちゃちゃっと縫えばできるなんて代物じゃないんだよ!」
怒鳴るホタルに、
「分かってるって。ただ、蒼天組用の配分をもうちょっとだけ増やして欲しいんだよ」
蒼天組の組長が頭を下げてホタルを拝む。
「だったら縫製の手伝いだけじゃなくて、織物部隊にも人を回してもらう。いいね!」
「よし、わたしが回るからさ。頼むよ!」
仲間が続々と現れてくれるのは良いことなのだが、ここまで増えるとはもう現実に頭も体も付いていかない。ティターニアから、連合国の領地から、そこら中から
ホタルもそれは信じる。だが、このまま長引けば人心もやがては動揺し、かつてのティターニア壊滅が再来するかもしれないのだ。妖精王の帰還はまだか。まだなのか。
連合国中央部に至る大街道。
ここを抜ければ、
新参
サザンカは、マビノギオンを着るのも初めてなら戦いに参加するのも初めて。服から無数の声が語りかけてくるかのような感覚は異様過ぎて、まだ慣れることができない。
さざめき、笑い、詠う声が体を包み込んでいる。いつかこの声と語り合えるようになったとき、マビノギオンを使いこなすことができるという。
もっともサザンカは不安な気持ちではなかった。先輩たちは、マビノギオンを着てさえいれば弾は向こうから避けてくれるし、例え当たってもその威力を別の力に変化させ弾いてしまうと教えてくれた。妖精の声を聞けずマビノギオンを使えなかった不幸な先輩もいたそうだが、自分は大丈夫。
先陣にいるのは
それに、自分は見守られている。少数民族弾圧で苦しめられてきた村に生まれ、隠されていた書物を見つけ出して
サザンカは天を仰ぎ、自分を導いてくれる存在に深く感謝の意を捧げた。
前方に土煙が起こった。こちらに近づいてくると共に、機械音の轟きが大きくなっていく。連合国が新たに開発した自走大砲だ。大口径の大砲と鉄の装甲を持ちながら、馬並の速度で機動できる。歩兵などでは止めるべくもない恐るべき新兵器だ。ただし相手が我々でさえなかったら。
自走大砲の大群は、さらに多くの兵士を随伴しながら
紅蓮が楽しそうに、
「あのデカブツに、紅蓮組の戦いぶりを教えて差し上げましょう」
蒼天が優しげに、
「病み上がりのあなたは無理しなくてよいのよ。蒼天組にお任せなさい」
銀嶺はびくびくして、
「ミナカに病み上がりだなんて、命が惜しくないのかしら」
紺碧は話を聞かず、
「うむうむ、四人の力を見せてやろう」
「……わたしの! 力をです!」
怒りで爆発したか、紅蓮の
「あらら。慌てちゃって」
次に蒼天が、続けて紺碧が突撃を開始した。
「自分たちだけ…… ずるいんだから。さあ皆さん、私のやり方をよく見てから、一緒に落ち着いて行きましょうね」
銀嶺は幼年学校の先生みたいに、サザンカら初心者
「一、二の三!」
銀嶺の
サザンカはおそるおそる駆け出してみる。妖精たちが激しく興奮し、騒いでいるのを感じる。マビノギオンが軽い。軽すぎる。いや、自分の体がまるで風のように軽いのだ。
先輩方によく聞かされていた、マビノギオンを着ると妖精気分、という意味をようやくサザンカは理解する。
前方を行く銀嶺は、もう妖精そのものにしか見えない軽やかさで宙を舞うように進む。
敵陣から空気を切り裂いて銃弾が飛来する。サザンカのマビノギオン腕部に着弾した一発は、軽い衝撃と焔を残して弾かれた。マビノギオンが硬い訳ではない。元素妖精が運動エネルギーを違う形態に変換してしまっただけだ。
兵士の一団に急速接近する。点の群れにしか見えなかったそれが、人形になり、人になり、恐怖でひきつった兵士の顔となった。
「これが見本ですよ」
初心者
サザンカたちも続けて突入し、
「ごめんなさい!」
錫杖を振り回す。錫杖に触れた銃やサーベルは、ネジや留め金がはじけ飛んでしまった。もう使い物にはならない。錫杖に宿る元素妖精は、金属に触れるとその形相に影響し、小さな金属であればたちどころに分子結合を崩壊させてしまうのだ。
武器を失った兵士たちは逃げ散っていく。ベルトのバックルや軍服のボタンが崩れたのか、ズボンがずり落ちるのを必死に手で支えている者が多い。
肝心の自走大砲はといえば、まったく別の戦いに転じていた。
片方には、切り裂かれてスクラップとなった元自走大砲の山。
もう片方は自走大砲を材料にしたオブジェで、内部から爆発して花のように鉄板がねじ曲がっている。
それぞれの頂きには、紅蓮組と蒼天組それぞれの突撃隊長がふんぞり返って立ち、にらみ合っている。
紅蓮は焔をまき散らし、蒼天は旋風を起こしている。
蒼天はあくまでも優しげに、
「ほうら、後から来たわたくしのほうが多く片付けていましてよ。ここは蒼天組で十分、あなたはお姉様のところへお行きになって」
「場所が! 分かっているなら! 行っています!」
紅蓮のマビノギオンから吹き上がる焔が爆発的に広がり、足元のスクラップを溶かし始めた。対抗するように、蒼天を包む旋風が竜巻に成長してオブジェを空に舞い上げる。
銀嶺が頭を抱える。お姉様は禁句だったのに。
ようやく追いついてきたサザンカは、同僚たちと蒼い顔を見合わせた。敵よりも、この人たちのほうがよっぽど恐ろしい。
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