幸福なる『不幸の手紙』

隅田 天美

第1話 幸福なる『不幸の手紙』

【これは、不幸の手紙です。

この手紙を8人に送らないと、私に災いが訪れるそうですので、申し訳ありませんがあなたに送らせていただきました。

3日以内に、同じ文面で8人に同様の手紙をお送り下さい。そうしなければ、あなたには、想像を絶する不幸が訪れることになります。昭和58年3月に、この手紙を止めた千葉県の柏崎和美さんが、原因不明の死を遂げました。他にも同様の不幸は、多々生じています。

私はあなたに、彼女と同じような不幸を体験してほしくありません。ですから、ぜひとも、この手紙を止めないでいただきたいとおもいます。

最後になりますが、あなたに不幸が訪れないことを、心より、お祈り申し上げます。】


 ある日。

 私が学校の下駄箱の中で見つけた手紙の文面である。

 不幸にならない代わりに誰かを不幸にする。

 教室代わりの会議室で私は下を向いて悩んだ。

「はい、今日もおはようさん……って隅田。何で泣いているんだ?」

 入ってきた担任の男性教師(この人を私は心から「先生」と呼んでいる。詳しくは「今夜、夢で逢いましょう」参照)は多少の驚きの顔で机代わりの長テーブルを挟んでパイプ椅子に座った。

 私は黙っていた。

 気が付いたら泣いていた。

「何でもないです」

「あのな、そんなテンションで勉強したって身になりゃしねぇよ。隅田が話すまで授業も中止だ」


 私と老年の先生、副担以外、このクラスには誰もいない。

――お前はワンツーマンのほうが勉強が出来る

 給食は給食室から直接もらって先生たちと食べる。

 時間割は自由だ。

『体育』と称して散歩したり、『音楽』では自分たちの好きなCDを持ち寄って聞いたり、『数学』や『国語』は様々な会社が提供する試供品などを使い、『英語』は特別講師で外国の教師が来る。

 以前の集団生活では背中に消しゴムのカスを入れられたり、上履きを隠されたりして虐められていた。

 誰も助けようともしなかった。

 先生たち以外は。

 先生たちは校長たちに掛け合い、私のために特別クラスを作ってくれた。

 これ以上求めたら罰が当たる。


 だが、根負けしたのは私だ。

 便箋を出す。

 先生は、頬杖をつき、さも胡散臭そうに一瞥してライターを出した。

 そして、その炎でぶら下げた便箋の端を燃やした。

 私は慌てて取り返そうとするが既に便箋は消し炭になっていた。

 そのライターで先生は煙草を出し、一服吸った。

――ああ、先生。呆れているのかな?

――自己中だと思っているのかな?

――見捨てられるのかな?

 私は半ば混乱していた。

「隅田」

 先生の口が動いた。

 携帯用灰皿に吸殻を入れて真っすぐ私を見た。

「お前の幸不幸はお前が決めろ。でも、俺はお前と会えて幸せだ」

 その言葉に私は冷笑した。

「冗談でしょ? 成績は最下位、運動はダメ、容姿もデブ……みんなから邪魔もの扱い。何をやっても失敗ばかり。こんな役立たず生きていること自体が不幸製造機……まさに不幸の手紙ですよ」

 先生は新しい煙草を出した。

「隅田。お前は誰かの許可がなきゃ生きていけないのか?」

「『自分のために生きろ』ですか? 私が虐めていた奴らの言い訳ですよ、それ。あんな奴らと一緒になるぐらいなら死んだほうがましです」

「だからって、全てを全否定して心に何本ナイフを刺しても自分が辛いだけだぞ」

「何も分からないくせに」

 その言葉に私は口を押えた。

 これ以上言っちゃいけない。

 見捨てられる。

 何度も何度も見捨てられ、傷つき、人が離れていった。

 でも、もう止まらない。

 止められない。

――何も知らないくせに

――勝手に希望を持たせて絶望させて笑いものにするくせに

――私のことを冷やかして笑っているくせに

『ああ、私は先生の心を傷つけている』

 先生の手が近づいてた。

 殴られる。

 思わず、身構える。

 ぽんっ。

 先生の手は私の頬ではなく頭に置かれた。

「隅田天美。お前は生きろ、幸せになれ」

 また、私の頬に涙が伝った。

「大丈夫。お前は背負い込み過ぎるんだよ。あの手紙だって自分と同じ思いをさせたくないから苦しんだんだろ? それはお前の強さだ。自信を持っていい。だから、その矢印をほんの少し自分に向けてみろ」

「でも、私は……」

「お前のいいところはが知っている。何度でも試せ」

 先生は少し声を落とした。

「それにな、お前のファンは意外に多いんだぞ、この人たらし」

「は?」

「無自覚って怖いね……今日は晴れているから午後はさ……いや、体育で副担と一緒に外の空気を吸っておいで」


 給食を食べて私と副担の先生は近くの寺まで散歩をした。

 手をつないだ。

「先生、ごめんなさい」

 私は謝った。

「何が?」

「私、歩くの遅いから」

「別にいいさ」

 先生は言った。

「お前と歩いて話をしていると、とても、面白いし楽しい」

 その言葉にまた、涙が出そうになった。

「先生」

 私も自分の思いを口にした。

「私、凄く幸せです」

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幸福なる『不幸の手紙』 隅田 天美 @sumida-amami

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