第9話

「レイ! レイ!」

 ニーナは必死に呼びかけながらMEUピストルを構えて階段を駆け上がる。

 廊下を走り抜けてドアを打ち壊すかのような勢いで押し開けた、するとそこには真っ赤なベッドの上で鋼板を体から生やしながら死んでいるデリルと、寝室の隅で体育座りのまま震えているレイがいた。

「大丈夫レイ? 怪我はない?」

 ニーナは彼の下に走り寄って体に傷が無いか素早く確認しながら声を掛ける、だが返答の無い彼はひたすら真っ直ぐと虚空を見つめたまま震え続けていた。

 一瞬でかつてのような状態に戻ってしまった彼を見たニーナは息をのみ、刹那の間に目を泳がせてしまっていたが、深く息を吐くと眉間に力を込めた厳しい目つきできつく歯を食いしばった。そして彼の頬を左手で掴みながら強引に目線を合わせる、虚空を見つめていた彼の目にニーナの視線が突き立てられた。

「レイしっかりして! 私がいる、私がいるんだからレイは絶対に助かる! 信じて!」

 虚ろなままに微動だにしなかったレイの目が動き、刹那に戸惑いを見せて視線が揺らいだが、すぐにニーナの目を見つめ直した。

「わ、わかった」

「じゃあ用意しておいた荷物を持ってきて、マスクも忘れないように」

「はい!」

 レイは勢いよく立ち上がってクローゼットの中から非常事態に備えて用意した、ニーナとレイのバックパック、そして二人分のマスクと上着を取り出した。

 その間ニーナは急いでモニタールームに入り、PCを操作しようとするがやはり起動しない、侵入者たちが突入寸前に破壊した自家発電設備に頼っていたPCは電源が入らなかった。ニーナはすぐにPCを諦めて部屋の壁に取り付けられていた金属の箱を開く、そこにはいくつもの起爆スイッチが並んでおり、その上には屋敷に通じる通りや建物の名前が書かれている。ケースを開けた瞬間に一切躊躇することなくすべてのスイッチを入れていく、だが外から聞こえるはずの爆発音が全くない。

「クソ! なんでだ!」

 時間が無いとしてニーナは、何度かスイッチを入れ直して何も起きないと諦めて部屋から出た。そしてガンロッカーからレッグリグを取り出して大腿に着け、5.56mm弾が三十発装填されたPMAGと45ACP弾が七発装填されたMEUピストル用マガジンをリグとズボンのポケットに限界までねじ込んでいく。加えてM67フラググレネードを、安全ピンをベルトの隙間に差し込んで三個取り付ける。最後にマズルをAAC社製ネジ山付きのBlackoutに交換したDanieldefense社製のM4A1を掴み出した。EOTECH製ドットサイトの動作確認を素早く済ませてマガジンを差し込み、勢いよくチャージングレバー引き絞って初弾を薬室に送り込んだ。

 スリングを体に通してM4A1を取り付けると、レイからバックパックを受け取って背負う。そしてドアの前に立つと振り返ってレイを見る。

「絶対に離れるな、腰のベルトを掴んで付いてくるんだ」

 レイが黙って頷くとニーナはM4A1のハンドガード左側面レールに固定されたスイッチを押し、折りたたまれたフロントサイトの真下に取り付けられた黒く小さなSurefire社製M720Vライトを点けてドアを開けた。

 

 屋敷の周囲では室内外問わず爆発音を聞いた感染者たちが血を吐きながら絶叫し、屋敷に向かって全力疾走を始めていた。建物から溢れ出すように飛び出していく感染者で通りは埋まり始め、疾走しながらも止まない絶叫が夜の街に轟く。

 彼らは屋敷に辿り着くと壁に体当たりし、後に続くものがその者を潰すかのようにさらに体当たりということを繰り返す。やがて前を走って壁にぶつかった者を踏み台にして壁をよじ登り、そして敷地の中に続々と侵入し始める。

 正面ゲートも殺到した感染者で完全に隙間すらなくなっていた、彼らは庭の芝生を踏み潰し、吐き続ける血反吐で真っ赤に汚しながら屋敷に向かって一心不乱に疾駆する。


 M4A1のピストルグリップとフォアグリップをきつく握りしめたニーナは、寝室を出る前に素早く部屋の外の様子を照準越しに確認、それから真っ直ぐ階段に向かって降りていく。既に屋敷の周りから感染者の咆哮と走る音が無数に聞こえてくる。

「ガレージに向かう、車に乗って脱出するからな」

 ニーナは両脇を締めて肩に押し付けたストックに頬を当て、薄い透明のプレートに緑色のドットが浮かぶホロサイトを覗き込みながら階段を降りる、そして真っ先に玄関へドットが示す照準と射線を向ける。

 その瞬間四人の男女の感染者が我先にと玄関を駆け抜けてきた。一人残らず胸辺りから腹まで茶色に見える血の染みで汚れた服を着ており、充血した目から血の線を頬に伸ばしながら、唾液の混ざったネバついた血を唇から垂らしている。

「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛‼」

 水しぶきの如く血を吐く口から絶叫する感染者たちは両腕を振り、限界まで早く動かした足の全力疾走でニーナ達に向かって行く。

 ニーナは緑のドットを敵の胸に合わせた瞬間に二発撃つ。マズルに取り付けられたフラッシュサプレッサーの三又の隙間から発砲炎の閃光を噴出させ、一秒にも満たぬ速度で四人の胸に75グレインの.223MHPレミントン弾が叩きつけられた。先端の窪んだ柔らかい鉛が露出している弾頭は着弾すると花のように広がり、胸骨を粉砕して心臓と肺を歪み切った弾頭で直撃、もしくは衝撃によって粉砕した。背中から真っ赤なベールのような血が肉と骨、内臓と共に噴き出す。胸の激しい被弾の衝撃で感染者は背中から倒れ込み、何人かは心臓が着弾の衝撃で停止する。

 階段を降り切った彼女は一旦銃口を下げつつ、疾く振り返ると再び銃口を持ち上げて裏口から雪崩れ込んできた絶叫する感染者たちの胸に次々と弾丸を撃ち込んでいく。走り寄りながら被弾した彼らは体勢を崩し、吹き飛ぶように床に転がり、または壁に衝突してから床に叩きつけられていく。

「行くぞ!」

 並んだ二人は裏口の方向に進んでいく、ニーナは奥から駆け寄ってくる敵の胸に瞬きする暇も無い速さで二発か三発撃ち込み、走ってくる敵の勢いが僅かにでも弱くなると足元の敵の頭にも撃ち込む。着弾の衝撃で突っ伏していた頭は跳ね、後頭部に穴が開いて顔が弾ける。

 レイは必死に転ばないように注意し、死体も踏みつけないように足を動かして彼女の後についていく。

 廊下を進んでいくとニーナから見て左側にリビングに通じる入り口が見えてくる。彼女は右側に寄って入り口から距離を取りつつ、覗き込むように素早くかつ慎重に鋼の如く堅牢な構えで照準をリビング内に向けていく。

 その瞬間窓から溢れ出していた敵が濁流のようにニーナに駆け寄る、銃口と敵の間には数メートルの隙間しかない。彼女は機械的な動きで照準を素早く敵の顔から顔に動かして二発ずつ撃ち込んでいく。ぽっかりと消し飛ぶように顔に穴が開き、その後頭部から血肉の花が爆散すると後方に彼らは倒れ、何人かは死にながらも前のめりに突っ込んでくる。ニーナはそれを避けながらひたすらに正確無比な照準で敵の顔を撃ち抜いていった。

 リビングに侵入していた敵を全員射殺し、窓に新しい敵がしがみ付きよじ登ろうとしている中、M4A1のボルトが後退したままストップし、薬室と空っぽのマガジンが露わになる。左側の玄関と右側の裏口からは次々と敵が現れ、ニーナは人差し指でマガジンリリースボタンを押しながら手首のスナップでマガジンを抜き捨て、同時にポケットから引き抜いていた新しいマガジンを差し込んでボルトリリースボタンを叩いた。

 そして裏口から現れた敵の胸や顔を瞬く間に撃ち抜き、振り返って玄関を走り抜けてきた敵の顔や胸を撃った。もう一度振り返って裏口に向き直ると今度はさらに大量の敵が溢れ出していた。彼らは何重にも重なって表れ、廊下を埋めるかのような数で駆け込んできている、端の敵は壁に押し付けられて潰されかけながらも両手を激しく動かして、壁に爪を立ててニーナ達に向かって突っ込もうとしていた。

「クソ! 下がれ下がれっ!」

 裏口に銃口を向けながら後退するニーナはM4A1のセレクターをフルオートに切り替えて5,6発ずつ連射していく。マズルの隙間から三方向に発砲炎を繰り返し吹き出しながら、弾丸が敵の体に飛び込んでその動きを止めながら吹き飛ばし、即死や意識の喪失を引き起こして無力化する。

 それでも死んだ者を踏み越えてさらに沢山の敵が壁のように迫寄って距離を詰めてくる。

 数えきれない程の敵が撃ち抜かれて射出孔から噴き出した血肉が壁や床に散らばり、M4A1からポップコーンの如く次々と排莢された金の薬莢が血溜まりの中に落ちていく。屋敷の中は一瞬で地獄のような惨状になり果てていた。

 屋敷内とその周りから響き渡る低い叫び声は止まらない。

 ニーナは裏口への廊下に壁ができたかと見間違えるかのような敵に向かって撃ち続けていたが、弾が切れてボルトが後退してストップ。すると腰からM67破片手榴弾を取り出して、安全ピンを親指で引き抜いてから裏口に向かって投げた。彼女はレイの襟首をつかんで大きな窓の無いキッチンに飛び込む、レイが何が起きたか認識するより早く動き出した彼女はマガジンの交換も済ませる。

 キッチンの奥に転がり込んだ二人はシンクの下に背中を預けて廊下を見る。左右からは次々と敵が飛び出してくるが、ニーナがそれを人間の反応速度限界とも思わせるような目にもとまらぬ速さで撃ち抜いていく。左から飛び出してきた者は右へと転がり、右から来て撃たれたものは左へ倒れ込む。その時長く感じられた五秒が経ち、廊下から屋敷全体が揺らぐ音が轟き、千切れた手足や指といった血の流れている肉片が飛び散って壁や床に叩きつけられた。

 だが手榴弾で粉々に砕け散った死体を踏み越えてさらに咆哮を上げる敵が雪崩れ込んでくる、キッチンの二人に向かって窓の空いたリビングや廊下を駆け抜けていく。

 すんでのところでキッチンに踏み込んでくる敵の胸や頭を的確に撃ち抜いていくニーナだったが、さらに隅にレイを押しやってもう一つM67を取り出すとピンを抜いた。

 今度はキッチンの壁のすぐ下に手榴弾を転がしてからレイに覆い被さり、すぐそばに転がっていた頭の大部分が欠けた死体を引きずり込んで盾にする。

 M67が炸裂してざくろのように細かい粒が敷き詰められた内面が爆散、その破片が衝撃波に押し出されて全方位に飛び散ると壁や床、死体に突き刺さった。

 ニーナに覆いかぶせられて視界が真っ暗なレイだったが、地響きのような爆発音と衝撃で一瞬だけ意識が飛びかける。だがなんとか歯を食いしばって耐える、爆発してからも動きが無いので体をモゾモゾと動かして片腕と顔だけを突き出して辺りを見回した。

 キッチンはどこもかしこもが手榴弾の破片でズタズタに引き裂かれ、その直前までキッチンに踏み込んでいた敵の死体が飛び散って壁や床にこべりついていた。ほんのわずかの静寂に包まれた中、レイは視線を降ろして未だに動かないニーナを見る。すると彼女は衝撃で飛翔してきたコンクリートか手榴弾の破片を側頭部に受け、真っ赤な血を今なお垂らし続けていた。彼女は呻き声を漏らしながら頭を押さえ、なんとか動こうとするも脳震盪で意識と視界がハッキリしていなかった。

 廊下の向こうから走る音と絶叫が聞こえ始める、レイは慌ててバックパックに手を突っ込んで練習にも使ったP938を掴み出した。スライドを引いてサプレッサーが取り付けられた銃口を前方、廊下に向ける。すると既に眼前まで一人の感染者が前のめりに走り寄っていた。

「ひっ――」

 短く小さな叫び声を上げたレイは無我夢中で引き金を何度も引く、サプレッサーで減音された空気が弾けて高圧で抜けるような銃声が響く。ホローポイントの22LR弾が飛び出して目の前の敵の腹を中心に胸や腰、大腿に直撃。だが弾頭は近すぎて着弾しても拡張しきらないまま体内に潜り込んで、骨に当たらないモノは貫通していった。骨に直撃しても弾頭は大きく勢いを殺されるのみ、砕くこともできず体内にとどまる。

 瞬く間に十個の空薬莢が薬室から蹴り出されて宙を舞い、全弾を撃ち切ったP938はスライドを後退させたまま静止した。それに気が付かず何度も引き金を引くレイ。

 目の前に敵が消えた空っぽの空間が広がる、レイは茫然とP938を突き出したまま見つめた。

 その時、骨盤に穴が開いて腸が裂けながらも生きていた感染者は上半身を跳ね上げ、レイの突き出された右手首に噛みついた。

 顎の力だけで手首の関節を砕き、上下の歯を突き立てて皮膚を裂いて筋肉に差し込んでいく。皮膚に食い込む歯の隙間からは鮮血が溢れ出した。

「アアアアアアアア!」

 少女と聞き間違える程に甲高い叫び声を上げるレイ、涙溢れる目は見開かれて唾液が唇から滴る。

 その声を聴いた瞬間にニーナは目を開いた。頭部から流れる血が眼球を伝うことすら気に掛けず、覚醒したと同時に彼女はバックパックの側面に取り付けられていた鞘からマチェットを引き抜く、そして無表情のまま躊躇なくレイの腕に振り下ろして切断した。

 レイは噛みつかれた痛みをもはるかに上回る切断の激痛にさらに甲高い絶叫を上げ、上体をよろめかせた。切断面からは蛇口を捻ったような勢いで血が噴き出し、全身に汗を滲ませるレイは胸を上下に動かし、不規則で荒い呼吸をする。

 ニーナは切り落とされた腕に喰らいつき続ける、血の涙を流す感染者の髪を左手で鷲掴みし、振り下ろしたマチェットを突き出して喉の上部に、下顎骨のU字型の隙間に差し込んで脳幹を縦に切断した。

 そして勢いよくマチェットが引き抜かれた喉からは血が噴き出し、彼女はその頭を叩きつける様に放り投げて、すぐさまレイの体を抱きとめた。

「レイ! レイ!」

 切断した瞬間の冷め切った表情とは打って変わり、今にも号泣しだしそうな顔のニーナは呼びかける。そして転がっているバックパックから止血帯を取り出し、レイの右腕の付け根をきつく縛って固定した。それからアドレナリンの注射器を大腿に突き刺して注入する。

「ごめんね、本当にごめんね……」 

 ニーナは静かに涙を流し、嗚咽を漏らして唾液を垂らしながら涙を溢れさせ続けるレイを左肩に担ぎ、右腕だけでM4A1を持ち上げてストックを肩に押し付けると立ち上がった。

 手榴弾で吹き飛ばした壁の穴を越えてガレージに向かう、ガレージに通じるドアに辿り着くが左右の廊下からは死体を踏み越えて敵の奔流が近づいて来ている。血をほとばしらせる口から発せられる絶叫が轟く。

 ニーナは持ち上げたM4A1を左右に向けてフルオートで撃ち放ち続ける、雷のような銃声が響きながら発砲炎で光るマズルから弾丸が発射されていき、先頭に並んで駆けていた敵が心臓や肺、内臓を破壊されると即死する。軽やかな金属のぶつかり跳ねる音と共に薬莢が雨のように床に降り注ぐ。

 ドアを蹴り開けてガレージに踏み込み、一番大きなシルエットの車から灰色のカバーを掴み捨てると、カバーの下からOSHUKOSHU製L-ATV多目的装甲車が姿を現す。全体が黒色で統一されてフロントガラスの前面には格子状の金属パーツで補強、フロントバンパー自体にも装甲が追加されている。

 後部席にレイを素早く横に寝させてドアを閉め、ガレージに雪崩れ込んでくる敵をM4A1でボルトストップして弾が切れるまで迎え撃つ、そして弾が切れると手榴弾を放り込んで。遮蔽物に身を隠しつつ再装填した。

 爆音が轟いて真っ赤な血を染み込ませた肉片が散乱して転がってくる、ニーナはそれをブーツで踏み潰しながらガレージ内に設置されている小型の自家発電装置を起動し、ガレージのシャッターを開けようとする。しかし地面から三十センチ程上がったところでシャッターは止まってしまう、ニーナはM4A1を構えてドットサイトを覗き込みながら、体を九十度横に倒してしゃがんでシャッターの隙間を覗き込む。そこには何十人分もの足が垣間見えた。彼女は一つ一つ左右の足首を素早く撃ち抜いていく、関節を形作る骨や軟骨が血を纏いながら砕け散る。

 シャッターがゆっくりと上がり始めて助手席に飛び乗る、弾切れだったM4A1から手を放してスリングで提げ、MEUピストルを引き抜いて次々と屋敷の中から走り寄ってくる敵の胸や下半身を撃ち、続けて顔を撃つという動きを機械的に正確無比な動きで一瞬の間でこなす。

 ドアを閉めて助手席から運転席に移り、エンジンを起動してLATVがガレージを飛び出した。重量六千四百キロ以上の車体に耐えるタイヤが倒れた敵を片っ端から踏み潰して肉片に変えていく、頭を潰されてトマトのように脳をひねり出し、骨盤や肋骨を踏み潰されて裂けた体からは腸が千切れたミミズの如く飛び出しのたうちとぐろを巻く。

 もはや原型が無くなるほどに踏み潰された死体は真っ赤なヨーグルトじみた液体になり、敷地を疾走するLーATVのタイヤに絡みついては撒き散らされる。

 感染者たちはたとえ相手が装甲車であろうと容赦なく全力疾走で向かって行く、そして強固な装甲に包まれた300馬力の車に触れた瞬間、己の持っていた運動エネルギーと車の莫大な運動エネルギーに挟まれて魔法のように砕け散っていった。吹き飛ばされた死体は車に頭を割られるか、または地面に叩きつけられて頭骨を潰される。

 微かにスリップさせながらも正面ゲートに向かって行くLーATV、全方位から突進してる感染者が弾け飛んでいき車体は真っ赤に染まる。

 スリップして車体が横転しないように必死にハンドルを操作するニーナと、その背後で泣きながら胸元の服を左手で握りしめて痛みに耐えようと歯を食いしばるレイ。

 やがて車は形容するのもおぞましい肉の潰れる裂ける、飛び散る水音を車体下からわめかせながら屋敷の敷地から飛び出した。

 屋敷に繋がる大通りを走っていくと黒い煙と炎が上がっているのが見える。ニーナが幾つもの通りに仕掛けた爆薬は侵入してきた武装サルベージャーに鹵獲されてしまったが、設置されていた火炎放射器は残されていた。

 圧縮空気で噴出された火のついたゲル化油が通りとそこを走る感染者に降りかかり、べっとりと彼らの体と地面にこべりついて燃え続けていた。

 感染者たちは全身を焼かれて皮膚は焦げ付き干からびた地面のようになり、バリバリと皮膚や筋肉の一部を崩れさせながらも強引に動こうとし、大抵は失敗して地面に転がって這っている。

 LーATVは地面を覆い尽くす程の這いつくばる黒焦げの感染者たちを踏み潰して疾走する、セミを踏み潰した音を派手にしたような不快な音が車外から絶え間なく聞こえた。

 やがて火炎放射器などといった設備を配置していたエリアを脱し、LーATVは廃車を弾き飛ばしながら大通りを駆け抜けて街の外へと向かっていた。

 真夜中の街をライトを点けた車が駆け抜けていき、いくつもの閉鎖されていたバリケードや隔壁を越えていくと段々大きな建物が減っていく。車は時折走り寄ってくる敵をピンボールかビリヤードのボールのように砕き弾き飛ばしつつ、サンフランシスコの街を走り進めていた。

 そしてついさっきまで全く出るつもりの無かった街からニーナとレイは去ることになった。

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