50話 不落城攻略【18】

 バーリントン城での事後処理はなかなか大変なものであった。


 城内火災のため、戦うことなく投降したとはいえ、敵対の姿勢を崩さない兵士達が多くいたからだ。


 そういったやからは数カ所に分散させて監禁し、軍門にくだる者は受け入れ、個々の指揮官の下に配置する。


 一カ所に固めておいた方が監視は楽であるが、彼ら同士で連絡は取りやすいうえ、大人数で一気に反乱されたら鎮圧するのに大変だからだ。


 そしてジーグフェルドが一番頭を痛めたのは、自分達が次の地へ進軍し南下する際、ここを誰に任せるかであった。


『さて…。どうしたものかな…?』


 先のガラナット伯爵家はファンデール侯爵家親族の者に任せてきた。


『あそこはファンデール侯爵領のすぐ隣で、昔から色々と領民同士の間で親交があったし。城下町の者達が此度のガラナット伯爵家の陰謀には大いに怒り、我々にとても協力的だったから、全ての面で楽だったが……』


 しかし、この地は全く違う。


 全てが正反対である。


 難攻不落という要塞に住んでいるという変な自尊心が住民達にあり、他を見下みくだしているところがあるうえ、たった一夜にしてはなはだ不本意な方法で落とされてしまった。


 更に結構広範囲で焼けてしまった城下町の復興などにも時間がかかり、不自由な生活を余儀なくされる。


 そんなやり場のない気持ちが、北西域連合軍に対する敵意や憎悪となり、何日経っても衰えることはない。


 今はまだ大人しくしているが、いつ何をきっかけにして暴走しだすか分からない、非常に危険かつ治める側の力量が問われる領地である。


『この混乱に乗じてここを手に入れようと襲撃してくるやからもいるかもしれないし。南東へ進めば進むほど危険度は増すが、せっかく苦労して落としたのだから、何としても維持しておきたい城だ……』


 ジーグフェルドは外を眺めた。


『本当ならば今回の先陣をきったプラスタンス殿に頼みたいところだが…。この先のことを考えるとここで手放すわけにはいかない人材だし……。戦闘経験の豊富なジオ殿も同様だ……』


 かといってその子供達のジュリアとエアフルトとなると、力不足なのは否めない。


 変な馴れ合い感情で管理を頼み、制御できず反乱を起こされたうえに、殺されてしまったらとんでもないことだ。


 さりとて他者に任せるにもその人選に苦労する。


 先陣をきった一番の功労者を差し置いて、他をたてれば必ず不平不満が生じてくるからだ。


 ジーグフェルドが悶々と悩んでいると、そこへプラスタンスとジオがやってきて、思わぬ朗報をくれた。


「スカビオサ殿が!?」


「ええ今し方、二千の軍勢と共に到着致しました」


 スカビオサとは、プラスタンスの従兄弟に当たる人物であった。


 彼女の父であった故レオナルド=セイ=テ=アフレック伯爵の妹の子供である。


 プラスタンスよりも二歳年下で、アフレック伯爵家で何度も顔を合わせている、ジーグフェルドにも馴染みのある男であった。


 自分よりも一回りほど小柄で、剣術の方はさして華やかな技量はないが、知略・戦術においては素晴らしい才能を持っている。


「いつの間に……」


「陛下がこのバーリントン城を攻略すると決められた時、食料の調達も含め、人員も増強するようにと、領地へ伝令を出しておりました。流石に長期戦になるであろうと考えましたから……。それなのに、まさか援軍到着よりも先に陥落させておしまいになるとはね」


 そう言ってプラスタンスは苦笑した。


「いや……、まあかなり正攻法からは離れた技でしたが……ゴホン…」


 ジーグフェルドはバツが悪そうに、咳払いで誤魔化す。


 いまだにどうやって落としたかを、教えないからだ。


「まあ宜しいですよ。我々にとっては歓迎すべきことですから。それで提案があるのですが」


「はい、何でしょう?」


「ここの管理を、そのスカビオサに任せては頂けませんでしょうか? 無論彼だけでは私も不安ですので、新たに到着した二千の我が軍と、ジオを残していこうかと思います。如何ですか?」


「それは、願ってもないことですが……。その宜しいのですか?」


「何がです?」


「何がって…、その……」


 ジーグフェルドが微妙に顔を歪ませた。


調教師ジオがいなくなったら、誰も叔母上を止めてくれる者がいないのですが……』


 まあ、このことも心配であったが、二人が離れても大丈夫なのだろうかとも思ったのだ。


 口喧嘩など日常茶飯事ではあるが、常にワンセットで行動する夫婦だったから。


 ランフォード公爵によって首都ドーチェスター城にジオが足止めされていた時、彼女の怒りようはとても恐ろしいものだったし。


 そんな彼の胸中が分かったのか、今まで黙っていたジオが援護する。


「ご心配には及びませんよ。ここが落ち着いたら、スカビオサに任せて私は陛下達と合流致しますから。彼ならさほど時間をかけずとも統治してしまうでしょう」


「そ…そうですか……。でしたらお願いします。念のためファンデール侯爵家の方からも、ここへ一千動かしておきましょう」


「それはありがたい。感謝致します」


 難問解決でホッとするジーグフェルドに、プラスタンスが奇妙な表情をする。


「何をそんなに心配しておるのですか?」


「いや…、お気になさらず」


 苦笑いをするしかない彼は、どれほど地位が上になろうとも、彼女には一生頭が上がらないのではないかと思うのだった。


 そして一行はバーリントン城をあとにし、数日後連なる山脈のうちのひとつでカナスタ山中腹に位置する、マーレーン男爵家の城へと到着する。

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