第14話

「……ほんっ、ほんとうはっ!」


 憎い、どうしても許せない。でも、憎んでもどうしようもないことを、私は知っている。


「うん」


「ゆるしたくない……私に優しくしてくれた人たちを、愛してくれた人たちを、殺して。ゆるせないよ…………」


「うん、それで、いいんだよ」


「だけど、同じ目に遭ってほしいとも、思えないの……」


「そっか、それはユーフェミアのいいところだね。憎むだけじゃない、ちゃんと未来を考えられている証拠だよ」


「っひ、う、あああぁぁああっ!」


 優しく、オリヴァーが相槌を打ってくれて、一つひとつ、丁寧に話をほぐしてくれる。今まで、堰き止められていた感情が一気に溢れたようだった。自由に出せる声を、出る限りの大きさで叫ぶ。


 みんなと生きていたかった、幸せでありたかった、幸せになってほしかった。私のしたことの意味が無意味であると、そう思いたくなかった。


「うん、ユーフェミア。君は、幸せになっていい。生きていることが罪なんかじゃない」


誰かに、存在を認めてほしかったんだ。

ひとしきり、泣き叫んだ私は、ずいぶんと気持ちがすっきりしていた。元に戻らない、失われた命を抱えて、生きていく。


 そして、憎しみも悲しみも、怒りも、すべてを受け入れ、それらが自分の心の中にあることを認めて生きる。


「落ち着いた?」


「うん、ありがとう」


泣き叫ぶ私をずっと抱きしめていたオリヴァー。今度はきちんと顔が見られた。悲しいことも全部、自分の中にあっていいのだと、オリヴァーが教えてくれた。


「起きたらゆっくり、リハビリしようね」


「うん」


 私のペースで事を運ぶオリヴァーの優しさに包まれて、私はまた意識が遠のくような感覚がして目を瞑った。




 苦しく切なく、悲しい、でも穏やかで幸せな夢を見た。



 おじいさんもおばあさんも、家族もみんな生きている、そんな夢。みんなが笑顔で、幸せそうに生活をしている。どこまでも平和な世界で、私が黒髪を晒しても、何も起こらない世界。普通に町に溶け込み、生活を送っていて。


 ああ、そんな世界ならよかったのに。手に入りはしないと分かっていながら、夢であることを認識しながらも、私はそう思って夢の中で泣いた。


「おはよう、ユーフェミア」


「……おはよう」


 自殺未遂を起こしてから、幾分か経った。まだ少し気持ちが落ち込むことはあるけれど、だいぶ吹っ切れ、前よりも積極的にリハビリに取り組んだり、オギさんやオリヴァーだけでなく、お屋敷を歩いて使用人さんたちとも挨拶をするようになった。


 以前は、部屋に閉じこもっていることが多かった。でも、すべてを抱えると決めてからは、外の世界にも目を向けることができるようになったのだ。


「たくさん声が出るようになったね、よかった。それに、もうケガもほとんど良くなっているし、後は体力を戻すだけだね」


「うん、オギさんと今日もお庭をお散歩するつもりなの」


「わかった、転んだりしないようにね。俺も今日は早めに帰ってくるから」


「いってらっしゃい、オリヴァー」


 お城へ、今日も出勤して行ったオリヴァー。ふと、見送っていると、その背中の大きさにドキリとする。記憶にある彼は、まだ私と背丈がほとんど変わらない、少年だった。声だって、声変わりを迎えていたか迎えていなかったか、くらいでもう思い出せもしない。


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