第13話
ああ、花を見たからだ。みんな好きだった花、同じものではなくても、家族もおじいさんも、おばあさんも好きだった。ここから、いなくなれば、私は死ぬ。
けれど、それでいいと思った。私が死ねばすべてが解決する。誰かが不幸で悲しむことはないし、私のせいで誰かが死ぬことはない。優しくしてくれたオリヴァーにオギさん、お医者様には悪いけれど、生きていてもどうしようもない。
生きているだけで誰かを殺してしまうような、そんな恐ろしい死神みたいな私は、消えてしまえばいい。
「さ、ょ、ぁら」
車いすをなんとか自力で動かし、バルコニーまで移動する。死んで償える、そんな思いだけが私を突き動かしていた。
「ご、ぇ、ん、ぁ、さぃ」
震える足で柵越しに立ち上がり、力を振り絞ってよじ登る。そして身を投げようと身体の重心を外へずらしていた時だった。
「ユーフェミア! 何を、何をしていたんだ!」
大声とともに身体がグイっと後ろへ持っていかれる。せっかく、柵を乗り越えかけていた身体はあっという間に、バルコニーの内側へ戻ってきてしまった。
「ユーフェミア、死ぬなんて許さない」
「……ぁ、っえ」
だって、と言葉を出したいのに、うまく言えず力もあまり入らない手で拳を作って、自分の足を殴る。
「ユーフェミア」
オリヴァーの真剣な声音、怒っていることを理解できないほど、私は愚かではない。
「ユーフェミア、怒っているわけじゃないよ。たしかに怒っていることもあるけど、大半は俺自身への怒りだ。そこまで、君が苦しんでいるのを俺はちゃんと見ていなかった。ごめん」
だから、今は眠ってくれ、その言葉を最後に、私はスコン、と意識を落とし、夢の世界へと誘われた。
「ユーフェミア、どうして死のうとしたの」
「だって、生きているだけで、誰かの不幸になるから」
いつか見た、花が咲き誇る美しい世界に、私は立っていた。雲一つない青空を見上げ、眩しい日差しを遮るように自由に動く手を太陽にかざす。
「それは、あくまでも言い訳に過ぎない。本当は死んだら楽になれると、そう思っているんだね」
オリヴァーが後ろに立っているのは知っていた。でもあえて前を向いて、顔を合わせないようにする。彼に、図星を指されて辛いから。
「私が、私がいたからみんな殺された! 私一人が死んで、これから私と関わってしまうかもしれない人たちが生きられるなら! 私は喜んで死ぬっ、だって、それが私にできる唯一の償い……だから……」
「ずいぶんと、甘いね」
「そ、れは……」
「そして、君を守ってきたご家族やおじいさんとおばあさんに失礼でもあるんだよ」
「あっ……」
オリヴァーに指摘されて、初めてみんなが守ってくれたことの事実を、自分自身で消そうとしたことに気づいた。
「ユーフェミア、生きるということは辛いね」
「……」
「でもね、君は何としても生きなきゃいけない。それが君にできる、亡くなったご家族たちへの恩返しであり、償いでもあるから」
「つぐない……」
「そう、君が自分の存在は罪であるというのなら、命を懸けて守ってくれた彼らのために、生き続ける。それに、悔しいと思わないかい? 髪の毛と瞳が黒いだけで、他の人間と何ら変わりはないのに、自分だけ虐げられるだなんて。俺は、前に言ったよね。全部、許さなくていい。憎いと思う気持ちだって、持っていていいんだよ」
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