第18話 脱出するために遺跡を探索する
死の荒野の探索は順調とは言い難い。粗方一人で運べるだけの竜の素材は取りつくした。
あまりに大きすぎるものは荷車を使ってなんとか運んだけれど、全部を運ぶなんて無理がある。
だってとても巨大だから。小さなビルよりも大きなドラゴンの死骸。
それでもかなりの金になった。どれくらいかはアリシアに任せているけれど、かなりの財産だろう。
「とりあえず、新しいところだよなぁ……」
といってもどこへ行けばよいのやら。
目印をつけながらあっちへ行ったり、こっちへ行ったりを繰り返す。
目的もなにもない行軍というのは思いのほか疲れるものだった。何か探すものの目星でも付けばいいのだが、そもそもここに何があるのかすら判然としない。
かつての誰かの領地だという話だけれど、それらしい形跡は見つからない。全て死の荒野が風化させてしまったのだろうか。
そう考えながら歩いていたのせいだろう。
注意が散漫だった。敵対する生物なんていないから調子に乗っていたのもあるかもしれない。
だから、地面が崩れるだなんて思いもしなかった。
「うわ!?」
地面は予兆もなく崩れた。何かに捕まるなんて咄嗟の行動は無意味で、捕まろうとした地面ごと俺は落下する。
浮遊感が襲う。ヤバイ、これ死んだのでは……? と思う。
落下する。落下する。落下する。
どこまでも落ちていく。砂や土とともに落ちていく。もしかしたら下に砂山が出来てクッションになってくれるかもという希望的観測をしながら、俺は目を閉じる。
せめて、その瞬間を目にいれないように。なるべく丸まりながら被害が最小で済みますようにと。
祈る。祈る。祈る、祈る祈る。祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る。
神様仏様に必死に懇願する。
そして、ざばんと俺は水に落下した。
「ぐへ――」
衝撃で肺の中の空気が全部出て行って、呼吸が出来ない。
慌ててもがけばもがくほど上に上がらない。
落ち着け。落ち着け。大丈夫、大丈夫。
必死に水面を目指し、何とか頭を出すことが出来た。
「ぐ、げ――」
慌てて、息を吸う。
砂にまみれた空気で、思いっきりむせてしまったがなんとか生きている。
怪我も不思議なことになかった。どうやらここには大量の水が入り込んでいたらしい。
そこに落ちて助かったみたいだ。
「た、たすかったぁ……」
もう少し警戒しなければならない。何もないからと安心しきっていた自分に怒りを覚える。
とにかく反省。次はないように警戒しながらどこか上がれる場所を探す。
丁度、水が来ていない地面があった。そこに上がり、寝転がる。
たっぷりと水を吸ってしまった服が重たいが、生きているからもうどうでもいい。
「けほ……はぁ……あそこから落ちたのか」
事情を見れば遠くに光が見える。おそらく落ちてきた穴だろう。よくもこれだけ落ちて無事だったものだと思う。
五体満足であることに感謝。神様ありがとうだなんてそうお祈りをして。
「ここから脱出できるかなぁ……」
そう立ち上がった時、水が一気に消え失せた。
それは蒸発に近いが、水蒸気は上がらずに消えた。
「なんだこれ……」
何が起きたのか俺にはわからない。もしかして、死の荒野の力であろうか。源素がないから、水も消えた……?
そんなことがあるのだろうか。源素について一度説明を受けたけれど、それ以上のことはなにもわからないから、この事態になるのか説明できない。
あるいはこの場におけるなんらかの魔法が発動したとかそういうものかもしれない。そっちの方がありえそうだ。
どちらにせよ、これで進む道が出来た。
「通路か……外に繋がってるよな……頼むぜ……」
水がなくなったそこにあったのは通路だった。どこに続いているのかもわからないけれど、とにかく進むことにする。
ここにあるのはきっとお宝だ。そう思いながら通路を進む。
そこにあったのは古代遺跡。石造りの。大きく広がった大空洞の中にマヤ文明にもにた巨大な遺跡が鎮座していた。
こんなものが地下にあるというのは不思議だったが、ここは異世界。そういうこともあるはずということにしておく。
深く考えるよりはまずは探索だ。もしかしたら、昔の文明が地面の下に埋まっただけかもしれないのだ。
下手したら崩れてきそうなのが怖いが、背に腹は代えられない。脱出できる場所を探すのとお宝を見つける。
この二つの目的で探索をしていくことにする。
「良し、逆に考えれば大儲けできるチャンスだ! 良し、良し!」
竦みそうな足、立ち止まってしまいそうな脚をテンションを上げることで無理矢理に叱咤して前に進む。
ランタンの灯りは不確かで、遠くを見通すには足りない。ここがもし死の荒野と同じでなければ魔物がいる可能性もある。
そうでなくとも何かが住み着いている可能性があるかもしれない。
「なにも、いないよな……」
ごくりと唾を嚥下して、一歩一歩注意しながら進む。
静寂の大音量は精神の内壁をがりがりと削ってくるかのようであった。
ここにあるのは俺の足音と俺の荒い息遣いだけ。整えられた石畳を何かを求めて徘徊する俺だけだ。
生活感が残っている。まるで少し前にここにいた人間が急にいなくなってしまったかのような。
食卓に並べられた皿。転がったゴブレット。誰かがやっていたであろうチェスのような遊戯板とその駒。
「なにがあったんだ、この遺跡……」
何か答えはないかと入れる場所に入って手がかりを探す。
脱出もそうだが、この場所に対する好奇心が俺にそうさせた。結果は何もない。ここには誰かの日記も、この場所の歴史をつづった書物もなかった。
「なにもないか……なにかあるならやっぱりあそこか?」
マヤのピラミッドか、それに類するような遺跡。神殿ともいうか。あるいは王の城とも。
俺は意を決してそこへ向かう。長い階段を昇る。
振り返ればこの場所を一望できる。半分土に埋まった部分もあるが、ほとんどは空洞の中に納まっている。
エントの街とは根本から造りが違う。ここはいったい何なのだろう。
俺はそう思いながら答えを求めて石段を上る。
「はあ……はあ……ふぅ……」
神殿の階段を昇り切る。超常には祭壇のようなもの。そこにはミイラのひとつでもあれば神聖な場所と言えただろうが、そこには何もない。
代わりに、内部へ下る階段があった。祭壇を動かした形跡。最近ではない、すごく昔。誰かがここに入っていったのだろう。
この街の人か。あるいはこの遺跡を見つけた誰かか。もしかしたら死体とか罠とかあるかもしれないから、慎重に。
ランタンを掲げて、もう片手のこんぼうを強く、強く握りしめる。
階段は螺旋階段になっているよう。壁面にはなにもない。ただ暗い階段をどこまでもどこまでも降りていく。
「まるで食べられてるみたいだな……」
それこそ竜に食べられているかのよう。
きちんと人工物だ。そんなことはない。そんなことはないはずだ。
けれど。けれど、一度湧いてしまった想像はどうしても俺にまとわりつく。頭を振って、振り払おうとしてもどこまでもついてくる。
早く終わってくれ。
その祈りが天に通じたのか、階段の終わりはすぐにやってきた。
「ここは……」
どう見ても神殿の中とは思えないような場所に出た。
大きな空洞。大回廊と呼ぶべき場所。ただファンタジーな世界というよりはどこかSFチックな意匠を感じないこともない。
壁を走る光の線はまだここが生きているのだと告げている。
「……」
無言で俺はその光を追うように回廊を進む。
回廊の先では開け放たれたままの扉が俺を待っていた。
そこに入る。罠の類はない。変な匂いもない。ただ――。
――ただ燃えるような眼があった。
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