第289話 ひと時のやすらぎ
ブライス王子は城に戻らなかった。
モンスターたちの襲撃により、廃墟と化したダビンクに残ったブライス王子は、率先して働いた。まず、ギルドへ避難してきた者たちへ食事の準備をしていたのだが、王子はパンやスープを人々に配って回った。
今回は城から来たということもあり、町で働いていた時とは身なりが違う。だから、町の人々もすぐに王家の関係者であることは分かったようだ。
「あ、あなたは……」
「俺のことは気にしないでくれ。さあ、これを」
額に汗をため、服や顔が汚れても気にせず、ブライス王子は奔走した。
一方、俺は次元転移魔法について、魔法のスペシャリストであるオーレンライト家の出であるフラヴィアから説明を受けていた。
リシャール第二王子率いる連合軍とは別手段で魔界へ乗り込もうと計画する俺たちにとって、一番ネックとなるのが魔界への移動方法だ。
こちらで戦力を整えても、肝心の戦場へ向かえないとなったら意味はない。
そこで、俺とフラヴィアを中心に、大規模な次元転移魔法を実行しようと考えていた。
しかし、そのためにはしばらくの時間を要する。
それほど、次元転移魔法の扱いはデリケートかつ複雑であったのだ。
「これは……なかなかハードだな」
ギルドから少し離れた場所でフラヴィアからの説明を受けると、思わず苦笑いが込み上げてくる。
「とはいえ、これはほんの触りの部分……今、使い魔を実家に向かわせていますわ。――より詳しい解説の載った魔導書を持ってくるために」
……そうなんだよ。
これはまだ序の口。
それに、俺とフラヴィアだけじゃ、まだ魔力が足りない。この辺の解決策もまだ不透明であった。
ブライス王子から聞いた連合軍の動きを見るに、俺たちに残された時間はおよそ三日。魔界到着後、すぐにでも魔王城へ乗り込みたいと考えるだろうが、作戦によると行動を起こす前に地盤を固めるという。
リシャール王子は――魔界で何かをしようと企んでいる。
俺を新生救世主パーティーに誘った時、リシャール王子の言葉を信じられることができなかった。それとまったく同じことをブライス王子は感じ取っているようだ。
「……やるしかないか」
今回の戦い……下手をすれば、戦う相手は魔王軍だけではないかもしれない。
ガナードたちとはベクトルの異なる危険性をはらんでいる気がしてならないのだ。
「アルヴィンさん……大丈夫ですか?」
考え込んでいたこともあり、表情が険しかったせいもあってフラヴィアが声をかけてくれた。
「心配ないよ、フラヴィア」
「それならいいのですが……」
――と、言いつつ、もっと追及したいって顔をしているな。
「本当に大丈夫だから」
「! わ、わたくし、そこまで顔に出ていましたか?」
慌てて自分の顔を手でおさえるフラヴィア。
自覚なしだったか。
フラヴィアはひとしきり恥ずかしがったあと、「コホン」とわざとらしい咳払いを挟んでから話し始める。
「ブライス王子の話では、連合軍が魔界へと乗り込んでから、本格的に動き出すまでには時間があるようですわ」
「……その間に、なんとか俺たちも魔界へ行かないと。リシャール王子は、魔王討伐以外に何か別の目的を持っているはずだ」
「そうですわね。わたくしもそう思いますわ」
それから、俺とフラヴィアは見つめ合って――自然と笑みがこぼれた。
やるべきことは多い。
うまくいくとは限らない。
それでも……成功させなくてはいけない。
強い意志を固めると、俺たちは腹ごしらえのため、みんなのいるギルドへと戻って行った。
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