第283話 執念
「ぐおあああああああああああっ!」
突如苦しみだしたガナード。
……無理もない。
俺は息を呑み、魔剣を下げた。
人間が魔人族へと変貌を遂げたなど、恐らく前例がない。そもそも、人間と魔人族では魔力の質が違いすぎる。それを俺はケーニルを通してよく知っていた。
体質に関して言えば、人間と魔人族は相容れない存在と言えるだろう。
だが、ガナードはそれを知ってか知らずか、魔剣を手にするためその危険な賭けにすべてを投じた。
その結果が……今の苦しみというわけだ。
「お、おおぉ、おぉおお……」
やがて、ガナードの発するそれは言葉ではなくなる。
感情の読み取れない、音のような声。
咆哮か。
それとも嗚咽か。
とにかく、騒音をまき散らしながら、ガナードは一直線に俺へと向かってきた。
「っ!?」
突然の攻撃に慌てつつも、俺はこれをなんとかかわす。
そして、振り向きざまに魔剣の属性を【雷】へ変えると、ガナードへ雷撃を放つ。
「がああああああああっ!」
直撃を食らいながらも、ガナードはすぐに体勢を立て直し、魔剣と残った三本の腕を振り回して攻撃を仕掛けてくる。
そこに、思考のようなものは感じられない。
ただ、本能の赴くままに戦っているようだ。
「自我さえ失ったか……」
かつて、救世主と呼ばれ、頂点に立っていたガナード。
それが今では、見る影もないバケモノと化している。
俺を不当にパーティーから追放し、タイタスやフェリオとともに好き勝手し放題だったガナードだが……さすがに憐れみを覚えるな。
――だが、同情して加減などできない。
このままガナードがモンスターたちと暴れ続ければ、このダビンクは取り返しのつかないほどのダメージを負う。
俺にとって、ここは新しい故郷。
本当の仲間たちと過ごす、大切な場所なんだ。
それを……奪われてたまるか!
「ガナードォォォォォォ!」
俺は魔剣に魔力を込める。
さっきの雷撃のようにチマチマした攻撃では埒が明かない。
ヤツに決定的なダメージを与えるためにも、魔力は惜しみなく注ぎ込む。
「ぐぅ……」
気配に気づいたガナードが身をかがめた。
また飛びかかってくる気だ。
そこが、攻撃のチャンス。
人間だった頃のガナードも、思慮深く戦うってタイプじゃなかったが、今のガナードはそれに輪をかけてパターンが単調だった。
異なる点といえば、魔人族と化したことでその威力は数倍に跳ね上がっているということだった。
一撃食らっただけでも大ダメージは避けられない。
恐らく、ガナードは本能で俺が何をしようとしているか察知したのだろう。それをさせまいと、猛攻撃を仕掛けてくる。こちらに攻撃の隙を与えないつもりだ。
だけど、その程度じゃ引き下がらない。
ここで確実にヤツを叩いておかなくては。
豪雨のごとく降り注ぐガナードの連撃を回避しつつ、俺はジッと気をうかがう。そして生じたわずかな隙――ここだ!
俺は魔力を注ぎ込んだ雷撃をガナードの脇腹に叩き込む。
その衝撃で、ガナードの体は「く」の字に折れ曲がった。
「!?」
声も出せないまま吹っ飛ばされていったガナードは、近くにあった家屋の壁に激突し、そのまま動かなくなる。
これで終わったのか――そう思っていたが、
「……まだか」
ゆっくりと、ガナードが立ち上がる。
頑丈さもアップしているようだが……すでに虫の息。
あと一押しで倒せる。
そう思い、再び剣を構えた直後だった。
「そこまでにしてもらおうか」
これまでに聞いたことのない男の声がした。
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