第282話 変貌

「ガナード……その姿は……」


 少し前まで、多くの人々から「救世主」と呼ばれていた聖剣の使い手――だが、今はその頃の面影がまるでない。


「なかなかいいだろう? おまえを殺すためのフォルムってヤツだ」


 腕を組み、満足げに語るガナード。

 四本の腕に三つ目の瞳。

 この調子だと、まだまだ何か隠していそうだな。


「さて、もう少しおまえの驚いた面を拝んでいたいところだが……残念だ。時間がなくなってきた。名残惜しいなぁ」


 言いつつ、ガナードは魔剣に魔力を込める。

 濃い紫色――というよりは、どす黒いと表現した方が適切か。とにかく、禍々しい魔力をまとわせて、こちらへと突っ込んでくる。

 

「はあっ!」


 真っすぐに振り下ろされる魔剣。

 それだけでは芸がないように思えるが――当然、そんなあっさりとした攻撃で終わるわけがない。俺が魔剣でその一撃を受け止めると、今度は即座に右脇腹を狙って蹴りが放たれた。

 咄嗟に回避行動へと移る――が、これがいけなかった。


「バカめ!」


 俺はガナードの腕が四本に増殖していることを失念していた。

 そのせいで、回避した直後に追加された二本の腕から放たれるパンチをもろに浴びることとなってしまった。


「がはっ!?」


 予想外の攻撃にガードが間に合わなかった。

 攻撃を食らった反動で、こちらの動きに隙が生じると、ガナードはその隙を逃さずに攻めてくる。

 こういってはなんだけど……魔人族になったことで、これまでの戦いで何度も見られていた、ガナード特有の「相手が誰であろうと最初から見下し、戦い方が雑になる」という悪癖が消えている。


 貪欲に攻め、狡猾にダメージを与える。

 まるで教本に載っているような、基本的かつ理想的なスタイルであった。


 これが魔人族になってできるようになるなんて……皮肉なものだ。


「どうした? もっと俺を楽しませてくれよ!」


 魔剣を手にしたガナードは人差し指をクイクイと動かし、挑発するような言動をとっている。

 聖剣の持つ力に任せて戦っていたあの頃とは――すべてが違う。

 ここからは……俺も本気でいかせてもらう!


「いくぞ、ガナード」

「来い!」


 俺の魔剣とガナードの魔剣。

 そのふたつが、再び激しくぶつかり合う。

 それによって生じた凄まじい衝撃が、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。


「おおおおおおおおおおおお!」

「はあああああああああああ!」


 ガナードと俺は互いの力を魔剣に込めてぶつかり合う。

 純粋な力と力のぶつかり合い。

 結果は――


「うおっ!?」

「ぬうっ!?」


 両者引き分け。

 魔力同士が衝突し、俺たち自身が後方へと弾き飛ばされた格好となった。


「や、やるなぁ、アルヴィン!」


 ガナードはすぐに体勢を立て直し、魔剣を構える。

 負けるかと俺も魔剣を構える。


 ――が、その時、


「むぐっ!?」


 ガナードの体に異変が起きた。


「があっ!? はあっ!?」


 胸を押さえ、突如苦しみだすガナード。

 その苦しみ方は明らかに異常だった。


「ガナード……?」


 最初は、魔人化した反動でも来ているのかと思った――が、違った。ガナードの全身を覆うどす黒い魔力によって、ガナードの体は徐々に蝕まれていっており、どうやら限界に到達したようだ。


「ぐおおぉ……」


 痛みに胸を押さえながらも、視線はこちらへと向けられていた。

 闘志はまだ死んでいない。

 苦しんでいるとはいえ、まったく油断はできなかった。


「お、おのれぇ……このような話は聞いていないぞ……」


 ガナードにとっても予想外の事態。

 果たして、どうなってしまうというのか。


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