第270話 バイトのジャック
結論から言うと、俺たちはジャックを採用することにした。
とはいえ、試験的な採用という形だ。
「いらっしゃいませぇ!」
翌朝。
店先の掃除を率先して行い、開店と同時に呼び込みを始めたジャック。商いをするのはこれが初めてらしいが……なかなか様になっているな。
ジャックがなぜ俺の店で働きたいのか――その志望動機だが、単純に「そのご活躍は以前から耳に入っておりました。そこで、ぜひとも優れたあなたから商人としてのスキルを学びたいと思いまして!」とのことらしい。
どうやらジャックも商人として働きたいという希望を持っているようだが、ノウハウが一切ないため、学びにきたのだという。
それならば、俺よりも後進の育成に熱心なキースさんを紹介すると言ったのだが、ジャックは「あなたに惚れ込んだのです!」とうちで働くことを熱望。その熱意に押されて、期限付き採用となったのである。
――ただ、どうにも引っかかったので、ある人物に素行調査を依頼した。
「いつでも頼ってくださいよ、旦那」
それは同業者のネモだった。
「店先で威勢よく客引きをしているジャック・ハウザーという男の素性を調べればいいんですね?」
「ああ、頼むよ」
「お任せください!」
なんとも頼もしいネモの言葉。
まあ、受け答えもハッキリしているし、めちゃくちゃヤバいヤツって印象は受けない。何も出てこないのであれば、それに越したことはないが……なんだか妙に気になるんだよなぁ。
「じゃあ、私たちはダンジョンへ行ってくるわね」
「おっと、もうそんな時間か。気をつけてな、レクシー」
「問題ないわ。何せ、今日はケーニルだけじゃなく、ザラお嬢様と精霊たちも一緒だし」
「久しぶりのダンジョン……燃えてきます!」
瞳に焔を宿らせるレイネス家のご令嬢ザラ。
……すっかりたくましくなっちゃって……最初はまだ十代前半ということで、ちょっとホームシックになることもあったが、今ではそんな素振りは一切見せない。これも、フラヴィアやシェルニたちと良好な関係を築けているからこそだな。まあ、あのふたりもやんごとなき一族の出身だから、いろいろと分かり合える部分もあるのだろう。
レクシー、ザラ、ケーニルの三人を見送ると、ネモも俺からの依頼を果たすために店をあとにする。それと入れ違う形でジャックが呼び込んだ新規の客や常連客が店に押し寄せてきた。
今日もまた、忙しい一日が始まるな。
◇◇◇
「たっだいま~」
空が橙色に染まる頃、レクシーたちが帰還。
「今回は数こそ少なかったけど、その分、質はかなりのものよ」
早速成果をお披露目するレクシー。
いつもより量が少ないとはいえ、それでも十分商売ができるだけの量は確保してきてくれた。その点はさすがだな。
「おおっ! これは凄いですね!」
バイトのジャックも冒険の成果に興味津々だった。
みんなで宝箱の中身をチェックした後は、お楽しみの夕食だ。
「お腹空いた~」
「空きましたね~」
ダンジョン探索を終えたケーニルとザラはすっかり腹ペコのようだ。すでにフラヴィアが料理を作り終えており、あとはそれぞれに配るだけ。本日のメニューはシチューなのだが……フラヴィア、料理うまくなったな。
「あっ、お馬さんたちにもご飯あげてきますね」
シェルニは日課としているウマのエサやりのため、店の裏庭へと向かってパタパタと走っていく。
「なら、俺たちは食器出しをするか」
「はい!」
それぞれの役割をこなしながら、今日も平穏に一日が終わっていく。
……願わくば、これからもこんな日々を送り続けたいものだ。
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