第193話 シェルニと過ごす夜

「ふぅ……いい風呂だった」


 さすがは天然温泉だ。

 今日一日の疲れが根っこから吹っ飛んだ感じがする。

 部屋に戻ると、ふたつあるベッドのうちのひとつにシェルニが腰かけていた。部屋を出る時はシーツにくるまっていたが、どうも出てきたらしい。


「寝られないのかい?」

「あっ、そ、その……はい」


 俺と目を合わせようとしないシェルニ。

 うーん……やはり俺と同部屋というのは厳しかったかな。今からでもフラヴィアかレクシーに――いや、この場合、ザラの方が一番平和に終われるか?


「あ、あの!」

「うん?」

「私は大丈夫ですから……そ、そろそろ寝ましょう!」

「シェルニ……」

 

 なんだろう。

 嫌がっているわけじゃなくて、単に緊張しているだけか。

 それとも……やはりレクシーに何かを吹き込まれたか? フラヴィアが変なことを言うとは思えないし、やるならレクシーだよなぁ。

 そんなことを考えていると、


「き、緊張しているだけで、それ以外は問題ありませんから!」


 シェルニが少し声のボリュームを上げてそう訴える。

 かなり力が入っているなぁ……よし。


「……なら、一緒に寝るか?」

「!?」


 いかん。

 場を和ませようとした結果、とんでもないことを口走ってしまった。シェルニほどではないが、俺もテンパっているのか?

 すると、



「い、いいんですか!?」


 

 シェルニ……まさかの乗り気!?


「あ、あの、何か粗相をしてしまったら言ってくださいね」

「えっ? えっ?」


 シェルニはそれまで腰かけていたベッドから俺の方にあるベッドへと移ってきた。……えっ? まさか本気で寝るのか?


「シェ、シェルニ……」


 よく見ると、その体は震えていた。


「……最近、アルヴィン様とあんまり話していないと思って」

「!」


 ……そういうことか。

 思えば、昔はシェルニとふたりだけだった。

 店で働く人が増えてから、話す機会は昔に比べて減ったからなぁ。

 でも、昔と言えば――


「ふふふ……」

「? どうしたんですか?」

「いや、昔を思い出したんだ。初めて会った頃のシェルニは本当に無口で、今みたいに『話をしていない』なんて言葉が出てくるとは思いもしなかったよ」

「あ、あの頃は記憶もなくて……」


 恥ずかしさに顔を赤らめ――しかし嬉しそうに語るシェルニ。

 どうやらこの選択肢は正解だったようだな。


「シェルニ」

「はい?」

「俺もベッドに入るから、少し詰めてもらっていいかな」

「! ど、どうぞ……」


 俺はそう断ってから、ベッドへ入る。

 ただ、仰向けになるのではなく、上体は起こしたまま。眠くなるまでの間、俺はシェルニとこれまでのことを話し合った。


 ダビンクで店を開いたこと。

 新しい仲間が加わったこと。

 魔族六将との戦いのこと



 そして――両親と再会を果たしたこと。


 

 シェルニはそれらの思い出話を楽しそうに語った。

 気がつけば、シェルニは俺の腕にしがみつくような格好になっていた。かなり距離は近いのだが、それをまったく気にしていないようだ。

 



 ――やがて、喋り疲れたシェルニはいつの間にか眠ってしまっていた。


「ありがとう、シェルニ」


 そう呟いて、俺はシェルニの体をベッドに寝かせる。そして、俺もそのまま横になって目を閉じた。


 …俺は明日目覚めた時に驚かないよう、「シェルニが隣で寝ている」と念じながら眠りにつくのだった。

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