第132話 ローグスク王国へ

 記憶を失くしたシェルニを故郷へ帰すため、奴隷商と手を組んで彼女を遠方に売り飛ばそうとした者の正体を探る――それを、俺とレクシーで行う。


 今回、俺たちはシェルニの情報を持つ普通の商人という形でローグスク王国へと入る予定だ。一緒にパーティーを組んであちこちのダンジョンで大冒険を繰り広げる――そこまでバレると、俺たちがこちらにいる間に、黒幕が兵を送り込んでシェルニをさらっていく危険性もあった。

 

 俺たちはあくまでも、目撃情報を届け、そのついでに商売の話をする。

 そのスタンスを貫くつもりだ。


 ……まあ、できれば黒幕を捕まえておきたいところだが。


「……ねぇ、アルヴィン」


 馬車での移動中、向かいの席に座るレクシーが声をあげる。


「もし、シェルニをさらおうとしている連中を全員捕まえて、あの子が安心してこの国へ来られるようになったら……あの子は私たちのもとを離れてここで暮らすのかな?」


 不安げな声で、レクシーは言う。


 シェルニが安心して故郷で暮らせるようになるなら、俺たちと一緒にいる必要性はなくなる。俺たちの仕事は危険が伴う。現に、シェルニは魔族六将との戦いを二度も経験しているのだ。


 いずれも俺が勝利できたからよかったものの、一歩間違えたらどうなっていたか分からない。実際、レティル戦では配下のカンナにさらわれていたし。


「……それを決めるのはシェルニだ。あの子が故郷で両親と共に暮らしたいと願えば、それを尊重してやらないと」

「そうよね……」


 しまった、と俺は後悔した。

 レクシーには、少し意地の悪い聞き方になってしまった。


 両親を早くに亡くし、辛い幼少期を過ごしたレクシーにとって、両親と仲良く暮らすというワードはまずかったかな……。


「シェルニがそれを望むなら、私たちは応援してあげないと!」

「っ! ああ……そうだな」


 だが、レクシーは前向きだった。

 すでに自らの暗い過去とは決別しており、真っ直ぐと未来を見据えている。

 どうやら、俺は彼女という人間――ではなく、エルフを見誤っていたようだ。



 馬車に揺られること数時間。


 たどり着いたその国は、事前に聞いた通り、とても穏やかで牧歌的な雰囲気が漂っている。個人的には非常に好ましいタイプの国だ。

 馬車は王都へ入る。

 これも話に聞いていた通り、小さな国というわけで、王都と言ってもエルドゥークでは都市扱いとなっているダビンクよりも小さかった。


「私は一旦城へ戻り、今回の件を報告してまいります。宿屋については手配をしておくので、ご心配なく」

「じゃあ、しばらくこの辺りを見て回っても?」

「ええ。ただ、王都から出ないでいただけると助かります」

「了解だ」

 

 俺とレクシーはコナーを見送り、王都探索へと向かった。

 もちろん、ただ観光目的で周辺を歩き回るつもりではなく、情報収集という名目も兼ねていた。


「本当に綺麗な場所ね、ここ」


 レクシーは「うーん」と深呼吸をしながら、ローグスク王都の感想を述べる。

 確かに、深呼吸したくなるほど環境のいい国だ。


「ねぇねぇ、あっちのお店からおいしそうな匂いがするわよ!」

「そうだな。腹も減ったし、ちょっと行ってみるか」

「大賛成♪」


 レクシーは俺の腕を取り、「早く!」と急かす。


「そんなに焦らなくても、お店は逃げないぞ」

「そうかもしれないけど♪」


 満面の笑みで言うレクシー。なんていうか、


「なんだか楽しそうだな」

「そう? ていうか、アルヴィンは楽しくない?」

「俺? うーん……シェルニのためになんとかして黒幕を捕まえようって気持ちが――」

「それも大事だけど! これまでずっと戦い詰めだったんだから、今くらい楽しんでもいいんじゃない?」


 ……なるほど、そういう考え方もあるか。

 とりあえず、コナーが戻ってくるまでの間は、レクシーの言う通り、少し楽しんでみることにしようかな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る