第110話 救世主の憂鬱
エルドゥーク王国。
王都にあるエルドゥーク王の居城には、砂漠から戻った救世主パーティーが用意された部屋で休んでいた。
今回の戦いの勝利を祝い、城では戦勝パーティーが開かれる予定となっており、すでに国内から多くの貴族たちが駆けつけていた。
ガナードの性格を考えれば、誰からも尊敬と感謝の眼差しを向けられるであろうこのパーティーは喜ぶべきものなのだが、その表情は冴えない。
「くそっ! アルヴィンめ!」
怒りの矛先はパーティーを追い出した魔剣使いの商人――アルヴィンに向けられていた。
砂漠の城で、砂塵のデザンタと死闘を繰り広げていたはずが、実際はデザンタのペットに苦戦し、挙句の果てには追い出したアルヴィンがデザンタを倒し、さらに自分たちが苦戦していたペットを瞬殺した。
実力差は明白だった。
さらにガナードのプライドを傷つけたのは、アルヴィンが勝利を譲ったという点。
いつも下に見ていた、役立たずの魔剣使いに勝ちを譲られる――ガナードにとってはこれ以上ない屈辱だった。
しかし、ガナードにはそれを突っぱねることができない。なぜなら、聖剣が力を弱め始め、まともに戦うことができなくなっていたからだ。
このまま戦果を挙げられなければ、今度こそベシデル枢機卿に見捨てられるかもしれない。つまり、救世主でいられなくなるかもしれない。
それだけはなんとしても避けたかった。だから、アルヴィンから譲られた勝ちであったとしても、ガナードは手放せなかったのだ。
さらにガナードを苦しめたのが、今後の展開だ。
魔族六将はまだあと五人いる。
デザンタとまともに戦えなかったガナードが、残り五人とどう戦うのか――まったくもって勝機が見えなかった。そうした自分への情けなさも、ガナードがイラついている要因のひとつであると言えた。
そんなガナードを、仲間も冷めた目で見ている。
特に、婚約までしたハイゼルフォード家の令嬢ことリュドミーラは、完全に男選びを失敗したと後悔していた。
同じ御三家でライバル視するフラヴィアとザラは、デザンタを倒すほどの力を持った男を手に入れていた。彼の活躍が世に知れ渡れば、ガナードなどあっという間に見限られるだろう。
危機感を覚えていたリュドミーラであったが、幸運にも当のアルヴィンはあっさりと勝ちを譲ってくれた。そのおかげで、騎士団は救世主パーティーがデザンタを倒したと思っている。
リュドミーラは内心ほくそ笑んでいた。
魔族六将ともまともに張り合えるほどの力を持った若者を引き入れたまではよかったのだが、まさか勝ちを捨てる愚か者だったとは。特にフラヴィアは心底悔しがっていることだろうと少し同情さえ感じた。
しかし、ガナードが実力的に劣っているのは間違いない。
だが、その原因は聖剣の力が弱っていることにある。
ガナードは一向にその事実を認めようとしないが、今回のことでその考えに変化が起き始めていた。あの聖剣さえ元に戻れば、ガナードだって魔族六将を倒せるとリュドミーラは思っていたし、何よりガナード自身もそうだった。
リュドミーラはそのことをガナードへ相談し、ガナードも聖剣を見直す意思を固めたのだった。
一方、タイタスとフェリオは無関心――が、ふたりとも救世主としての役割に疑問を持ち始めてはいた。
そして、アルヴィンの実力を見誤っていたことも。特に、直接アルヴィンと対峙し、成す術なく敗れたタイタスはその思いがフェリオより数倍強かった。
四人がそれぞれに独自の考えを頭でまとめていると、城の使用人が入ってきた。
てっきり、戦勝パーティーの準備が整ったのかと思いきや、その口からは意外な事実が語られた。
「先ほど、ダビンクからもたらされた情報ですが……人間界に来ている魔族六将は他にもいて、攻撃を開始したそうです」
その知らせに、ガナードは驚愕する。
まだ何も対策を練っていないというのに。
力を失くした聖剣はただの剣と変わらない。
生身の実力でぶつかれば、死は免れない。
「? ガナード様? どうかしたしましたか?」
「いや……なんでもない」
平静を装うガナード。
しかし、その顔は嫌な汗でじっとりと湿っていた。
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