第57話 ザラ、救世主と出会う
アルヴィンたちが新しいダンジョンへ潜っている頃――ザラ・レイネスは、護衛騎士の他、ザイケルたちダビンクの自警団にも守られながら、無事に屋敷へと到着した。
屋敷にはすでに両親が戻っており、無事に戻ってきた娘を強く抱きしめながら、安堵の涙を流す。それから、母はザラを連れて部屋へと向かい、父はクリートやザイケルから詳しい事情を聞くこととなった。
「ザラ、どこか怪我をしていない?」
「平気よ、お母様」
襲撃を受けた直後こそ恐怖で震えていたが、アルヴィンたちに救出されてから、ダビンクの町で過ごした時間はとても楽しいもので、ザラにとって忘れ得ぬ思い出となっていたのだ。
「そうそう。前に話した救世主様だけど、間もなくこちらに着くそうよ。間に合って本当によかったわ。救世主様をお待たせするわけにはいかないもの」
上機嫌に語る母だが、ザラはそのことをすっかり忘れていたため、思わず表情が引きつってしまった。
「どうかした?」
「い、いえ、なんでもないです」
両親が推し進めた救世主との縁談。
最初はそれが貴族に生まれた自分の運命だと思っていた。
しかし、ダビンクの町で過ごした時間が、その考えに変化をもたらしていた。アルヴィンたちとの楽しい時間の他、あのいつも優雅なたたずまいをして、周囲を圧倒していたフラヴィアが、まるで自分と同じくらいの年の子どものように無邪気な振る舞いでアルヴィンたちの前に現れたことも、ザラの思考の変化に大きく関与していた。
「はあ……結婚しちゃったら、ダンジョンへなんていけないよね……」
母が部屋を出た後、愛用の机に肘を置き、大きなため息と共に叶わなくなってしまう夢を語るザラ。
花嫁修業で忙しくなるというのはあるが、今の立場でも、ダンジョンへ潜ることは十分よろしくない行為ではある。ただ、フラヴィアが嬉々としてダンジョン探索に加わろうとしている光景を見ているため、そういった抵抗感がなくなっていた。
「私もフラヴィアお姉様みたいに、みんなでダンジョンを冒険して回りたいなぁ……」
せめて、その雰囲気だけでも味わいたいと、水の精霊アクアムにこっそりアルヴィンたちをつけさせて、体験談を話してもらうことになっている。
と、その時、部屋の扉をノックする音が響き、
「ザラ様、救世主ガナード様がいらっしゃいました」
メイドがガナードの到着を告げた。
「分かりました。すぐに行きます」
ザラはそう答えると、簡単に身支度を整えて部屋を出る。屋敷の中心にある大きな階段をおりていき、応接室へと向った。扉の前まで来ると、すでに何やら盛り上がっている様子で、笑い声が漏れ聞こえる。
「失礼します」
部屋に入ると、ガナードはソファにゆったりと腰かけ、お茶の淹れられたカップに手をつけているところだった。
「あなたがザラ様ですね?」
ニコリ、と柔和な笑みを浮かべるガナード――が、それは決して心からの笑顔でないということを、ザラは瞬時に見破った。
「さあさあ、こっちへ来なさい、ザラ」
「今、ガナード様から旅のお話を聞いていたところなのよ」
両親はガナードの「笑っていない笑顔」に気づいているのか、それとも気づかないふりをしているのか――真意は定かでなかったが、とりあえず、ガナードに対して悪い印象を持っているわけではなさそうだった。
それはそうだろう。
なぜなら、レイネス家は【とある事情】から、窮地にあった。そのため、娘のザラを救世主の妻にして、揺らぎ始めた地位を不動のものにしようと画策していた。
だが、肝心のザラは浮かない表情だった。
時折話を振られて、相槌を打ったり笑顔を見せたりしたが、それは本心からではなかった。今、ガナードがしているように、偽りの反応だった。
この時――ザラはある決意をした。
それを実現するためにはいろいろな準備がいる。
両親とガナードの話の内容は頭に入ってこない。
代わりに、今後の計画を密かに練っていたのだった。
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