第51話 好奇心
生粋のお嬢様であるザラ・レイネス嬢がダビンクの町へやってきた。
その驚愕の事実に俺を含めた一同は大いに驚いた。
しかし、ザラの話を聞くと、どうやらあの子は昔から一般庶民の暮らしを体験してみたいと考えていたらしい。
ただ、護衛団長のクリートさんはこれを許さず、馬車が調達できたのならすぐにでも屋敷へ戻るべきだと主張した。
しかし、ここからレイネス家の屋敷まではまだかなりの距離があるし、そもそも今はもう夜だ。迂闊にうろついて、また野盗に襲われては目も当てられない。さらに、今は先ほどの戦闘で多くの兵士が傷つき、満足に戦えない状況と来ている。悪党にとっては、これほど襲うのにおあつらえ向きな状況はないだろう。
俺とザイケルさんはクリートさんへそのように忠告を送る。
それを受けて、クリートさんは不安な表情を浮かべながらも「一理ある……」とこぼした。
とりあえず、クリートさんを安心させるため、お嬢様には俺たちが護衛としてつくことを条件に挙げた。ザラはシェルニに懐いているし、俺とドルーが付きっきりで見守っていれば大概の敵は返り討ちにできる。
「ア、アルヴィン殿がついていてくれるなら……」
クリートさんはその条件を聞き、初めて安堵した表情を見せた。
本心では強硬が難しいと分かりながらも、ザラのことを考えてすぐにでも屋敷に戻りたい――だが、状況的にやはりそれは無理だと悟り、ダビンクで一泊する道を選んだのだった。
ザラの来訪は極秘扱いとされ、北門からこっそりと貨物運搬用馬車の荷台に隠れて移動することとなった。
護衛の兵士と俺たちは、刺客が狙ってくるかもしれないと警戒を怠らなかったのだが、肝心のお嬢様は町の様子に興味津々といった様子で、荷台の隙間から外を見ては興奮していた。
「ず、随分と好奇心旺盛なお嬢様ですね」
「……致し方ないのだ」
俺が冗談半分にそんなことを言うと、クリートさんはため息を交えながら語り始めた。
「ザラお嬢様は夫妻にとって初めての子……それも、奥様は医者から子どもができないかもしれないと診断されていたのでな」
なるほど。
つまり、目に入れても痛くない愛娘――その度合いは、他の親子と比べて強いってわけか。
「奥様は特に……その……愛情深く接しておられてなぁ」
言葉を選んでいるようだけど、ようは目に余るくらい過保護ってことか。あの子が俺の家――というより、シェルニと一緒にいたいと願っているのは、母親の過保護ぶりからあまり他者と接した経験がないからゆえのことだったのか。
だが、そうなると疑問点があるな。
「そんなに大事な娘を、護衛があるとはいえひとりで戻したんですか?」
「それにも理由があって……実は明日、ガナード様が屋敷を訪れることになっているのです」
「ガナードが?」
それはまた面倒だな。
俺としてはなるべく会いたくはないが……屋敷まで護衛していくって約束しちゃったんだよなぁ。まあ、屋敷の近くへ来たらさっさと帰ればいいか。
そんなことを考えているうちに俺たちの家へと到着。
「わあ~……」
瞳を輝かせながら、レイネス家の屋敷と比べてあらゆる面で見劣りするだろう俺たちの店を眺めているザラ。
「おぉ……まさにお嬢様が夢見ていた家だ」
「そうなんですか?」
単純に大きくて立派な家がいいというわけではないらしい。こればかりは当人の好みがあるだろうからなぁ。
「入ってみてもいいですか!?」
「あ、ああ」
ザラの圧におされて、俺はあっさりと許可してしまう。本当はもっといろいろと周囲を警戒した方がいいんじゃないかとも思ったが、怪しい気配はないし、いざとなれば俺たちがお嬢様を守ればいい。
「わあ~……」
店内に入っても、反応は店先でしたのと変わらず。
キラキラと輝く無邪気な瞳で辺りを見回し、すっかりお姉さん役が板についたシェルニが間取りなどを説明している。
「あんなに楽しそうにしているお嬢様は久しぶりに見る……」
その様子を涙交じりに眺めているクリートさんとその部下たち。
……これはまだまだ何か裏がありそうな予感だな。
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