第39話 謎多き騎士団長

「ジェバルト騎士団長……なぜあなたがここに?」

「うーん……散歩かな?」


 いつもと変わらず、ニコニコと愛想のいい笑顔を振りまきながら、ジェバルト騎士団長は俺たちの方へと近づいてくる。

 ……この人は昔からそうだ。

 柔らかな物腰ににこやかな表情――一見すると、優しそうだが、俺は昔からそのつかみどころのない笑顔がどうにも胡散臭く思えていて、何か裏があるんじゃないかと勘繰ることもあった。

 実際はそういったことなどなく、勤勉で部下からの信望も厚い。史上最年少で騎士団長になったわけだが、それについて悪い噂も耳にしたことがなかった。


「そっちのモンスターと仲が良さそうだね」

「えぇ……実は、このリザードマンのドルーは人間に興味があるらしく、会話もできるんですよ」

「ど、どうも……」


 ジェバルト騎士団長の放つ異様なオーラに気圧されているドルー。

 ……それにしても、なぜこんなところに騎士団長がいるんだ? それも単独で。


「言葉を話すモンスターとは実に珍しいね」


 何やらドルーに関心を抱いているが、俺はその真相を確かめるため、声をかけようとした。――と、


「そういえば、アルヴィンくんは救世主パーティーを抜けたんだって?」


 不意打ちのように、そんな言葉が突如投げかけられる。


「きゅ、救世主パーティー!?」

「救世主パーティー?」


 救世主パーティーの存在を知っているレクシーは目を見開いて驚き、知らないシェルニは首を傾げた。


「あ、あなた! あの救世主パーティーの一員だったの!?」


 ザイケルさんやリサ、それに宿屋のディンゴさんあたりは俺がガナードのパーティーにいたことを知っているから、てっきりレクシーも聞いているものだとばかり思っていたのだが……初耳だったのか。


「……まあな。でも、今の俺はただの商人だ」

「世界でも稀な魔剣使いである君が、『ただの』と名乗るには……少し強すぎるね」


 ジェバルト騎士団長はそう言うが、俺としては商人として生きていくつもりだ。戦うことを念頭に置いて動くことはもうしない。そういうのは、ガナードたちの仕事だし。


「君がパーティーを抜けたと聞いた時は我が耳を疑ったよ。僕が見る限り、君はあのパーティーのメンバー中では群を抜いて有能だったからね」

「抜けたと言っても、俺はクビにされただけですよ」

「らしいね。何をしてガナードを怒らせたんだい?」

「俺が役立たずだからですよ」


 愛用の魔剣を使えなければ、俺は並みの剣士だ。師匠に拾われた頃から、魔術と剣術を組み合わせた魔剣使いとしての修行をしてきたというのに……今さら普通の剣を振るったところで、力はたかが知れている。


「君が役立たずなんて――ああ、そうだ」


 ポン、と手を叩いて、ジェバルト騎士団長は語り始める。


「だったら、うちで騎士をやらないかい?」

「エルドゥーク騎士団へ? ……騎士団長自らのお誘いは身に余る光栄ですが、今の俺は魔剣使いの商人としてダビンクに残るつもりです」

「それは残念だ。――次期騎士団長の座を約束すると言っても無理かい?」

「「!?」」


 俺とレクシーは一斉に視線をジェバルト騎士団長へ向けた。その動きがおかしいと感じたシェルニは不安そうにこちらを見つめている。状況を呑み込めないドルーはあたふたと挙動不審な動きを繰り返していた。


 しばらく沈黙が流れ、


「やだなぁ、冗談に決まっているじゃないか」


 ジェバルト騎士団長はいつもの調子でニパッと笑ってみせた。


「君が商人をしたいというなら、それを邪魔する権限はないよ。本音を言えば、とても残念だけどね」

「騎士団長……」

「あ、ちなみに、僕が来た理由はこの辺に古代遺跡があるということが王都の考古学者チームによって判明したから、本当かどうか確かめに足を運んだんだ。さらに、彼らの話によると、強力な古代魔法についての記述もあるらしい」

「お、おひとりで来たんですか?」

「まあね。本当は隊を編制して来る方が安全なんだろうけど……いても立ってもいられなくて」


 ……そういえば、前に会った時、歴史物の小説が好きって言っていたな。こういった古代遺跡にロマンを感じるタイプなんだろう。


「あっ! もしかしてそれって――むぐぐ」


 シェルニがジェバルト騎士団長へ、俺が見つけた古代魔法文書のことを知らせようとするが、口をふさいでこれを阻止。


 というのも……やはり怪しいところだらけだという一言に尽きる。


 ジェバルト騎士団長はどこまで本気なのか――心の内側がまったく読めないこの人に古代魔法文書を預けるのはどうなのだろうかという疑問が浮かんだ。

 立場のある人だから、おかしなマネはしないだろうという気持ちもあるが、どうにもここですんなりと渡してしまうのは少し怖かった。


 ――意外にも、俺のこの考えを察知してくれたのか、レクシーとドルーが助け舟を出してくれる。


「ここにはそれっぽい物はなかったけどなぁ」

「吾輩も長らくここに住んでおるが、そういった類の品は見たことがないのぅ」

「え~、そうなんだぁ……」


 ジェバルト騎士団長は深く落ち込み、ため息をついた。


「ジェ、ジェバルト騎士団長……?」

「ああ、ごめんね。――うん。分かった。ここへはまた改めて調査に来るとしよう。魔法に関するお宝がなくても、歴史的価値はあるだろうからね」


 新しい目標を立てて、ジェバルト騎士団長は爽やかに笑う。



 ……果たして、その笑顔は信じていいのかどうか……

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