第12話 シェルニの戦い
ディンゴさんやザイケルさんをはじめ、ダビンクに暮らす商人たちの今後を背負ってドレット渓谷へとやってきた。
「特に戦闘をしているという様子はありませんね」
「ああ……敵わないとあきらめて撤退したのか?」
周辺になんの気配も感じられない……もしかしたら、討伐は終わったのか? 冒険者たちの話では、最初から彼らを囮にして攻撃するつもりのようだったが、それが見事成功したようだ。
「何もないなら、ダビンクへ戻ろ――」
話の途中で、強烈な気配を感じた。
その方向は――頭上。
「上か!」
見上げると、そこにはこちら目がけて落ちてくる巨大な《足の裏》があった。あれは間違いなく巨猿ギガンドスのもの。俺たちの存在に気づき、隠れて機を待っていたのか。
「ちっ!」
俺はシェルニを抱きかかえて回避しようとする――が、その時だった。
突如、頭上にいたギガンドスが、何かに弾かれるような格好で方向を変え、地面に顔面から激突する。
「! 一体何が――」
まだ俺は攻撃をしていない。
それにも関わらず、敵は吹っ飛ばされる。
その原因は、少し視線をずらした先にあった。
「な、なんとか間に合いましたね」
そこには、両手を天に掲げ、ニコリと微笑むシェルニの姿があった。よく見ると、シェルニと俺を周りには、魔力で作り上げたと思われる半球のシールドが張られている。もしかして――
「今の……シェルニがやったのか?」
「は、はい。私、防御魔法と回復魔法が得意なんです」
なるほど、これが「守ることができる」という言葉の真意か。
防御と回復に特化した能力……だから、丸腰の状態でもダンジョンで怪我ひとつしなかったってわけか。
「ギャッ! ギャッ!」
シェルニの意外な才能に驚いていると、防御魔法で吹っ飛ばされたギガンドスが立ち上がって興奮していた。体長はおよそ五メートル。そのくせ、とてもすばしっこく、攻撃を当てることすら厄介な相手だ。
――そういうヤツには、
「……通常魔法ではダメだな」
俺は魔力を魔剣へと込める。
やがて、剣からは白煙がゆらゆらと立ち込めてきた。
「《無剣》――ヴェアリアス・ブレイド」
属性付きの攻撃魔法を除く、さまざまな用途で使われるバラエティーに富んだ魔法――それが無属性魔法だ。
今回俺が使うのは、その中でもこういった、すばしっこいモンスター相手に効果を発揮する拘束魔法。
「――いけっ!」
こちらへ突進してくるギガンドス。回避されないよう、できるだけ近づけさせてから、魔法を放った。次の瞬間、ギガンドスの両手両足は重り付きの枷が装着され、身動きが取れなくなった。
「ギャギャギャッ!」
暴れて壊そうというのだろうが、それは力だけでは外れない。それに、その必要はない――なぜなら、
「はあっ!」
その首をこの魔剣で斬り落とすからだ。
吹っ飛んだ首は地面を転がり、そのうち胴体と同じように黒い霧となって消滅してしまった。
「す、凄い……」
「大丈夫か、シェルニ」
「あ、は、はい!」
俺は途中から腰を抜かしてペタンと座り込むシェルニへ手を差し伸べる。
「さっきの防御魔法は助かったよ」
「い、いえ、あれしか取り柄がないので……」
謙遜するシェルニだが、あの防御魔法はお世辞を抜きにして凄かった。並大抵の魔法使いでは無理だろう。恐らく、元パーティーメンバーで魔導士のフェリオと肩を並べるくらいの精度だ。
そのことをシェルニ本人にも伝えたのだが、どんどん顔が赤くなっていき、しまいには「も、もういいですから~……」とストップがかかった。
「ともかく、これで渓谷に潜むモンスター討伐は終わったな」
「ですね。これで町も平和になります!」
「そろそろザイケルさんも戻ってくるだろうし……よし、ダビンクへ帰るか」
「はい!」
シェルニ……だいぶ明るくなったな。
最初はまったく喋ろうとしなかったが……ザイケルさんに紹介する際には、その辺の事情も聴いてみようか。
踵を返し、ふたりで町への帰路へ就こうとした時だった。
「――――」
遠くで、誰かの悲鳴が聞こえた。
「ア、アルヴィン様!」
「ああ……分かっているよ」
どうやら……猿はもう一匹いたみたいだな。
俺とシェルニは声の聞こえた方向へ走る。
すると、渓谷を流れる大きな川に行き着いた。その岸辺に、先ほど倒した者と同等クラスの大きさをしたギガンドスが二匹、騎士団を相手に大暴れをしていた。
「ダ、ダメだ! 力が違いすぎる!」
「退却! 退却ぅ!」
騎士たちはギガンドスとの力の差を目の当たりにし、撤退を始めていた――が、相手にとってはそんなことなど関係ない。背を見せて逃走する騎士たちを見つめながら、一匹のギガンドスが手近にあった大きな岩に手をかけた。
「! まずい!」
岩を持ち上げたギガンドス――その狙いは間違いなく、逃げる騎士たちだった。
「《風剣》――ストーム・ブレイド!」
岩を砕こうと斬撃を飛ばせる風魔法を放つが、それよりも先に、
「《守護者の盾》――ハイ・シールド!」
シェルニの防御魔法が、騎士団を覆う。すると、ギガンドスの投げた岩は、騎士団に当たることなく、まるで空中で砕けたような格好となった。
「グギャ?」
何が起きたのか理解が追いつかないギガンドスへ、俺は渾身の風魔法を叩き込む。虚を衝かれたギガンドスは、その大きな体を川の中へと投じた。
「ギギャッ! ギャッ!」
残ったもう一匹も、同じように風魔法で叩き斬る。
とりあえず……終わったか?
「よくやったぞ、シェルニ。今日は大活躍だったな」
「そ、そんな……」
照れ笑いを浮かべるシェルニ。
一方、騎士たちは茫然としながらこちらを眺めていた。
……一応、確認はしておくか。
「あ、ちょっと」
「は、はい!」
一番手前にいた騎士が、ピンと背筋を立てて返事をする。
「猿は今のヤツが最後か?」
「あ、え、ええ……こちらで確認していたのは三匹です」
ふむ。
だったら駆除完了だな。
「なら、これで仕事は終わりだ。あとの処理は任せるぞ」
「わ、分かりました……」
未だに呆然としている騎士たちをそのまま放置して、俺とシェルニは町への帰路へと就く。
これで当面の心配事はなくなったが……あのやかましいお嬢様がまた突っかかってくるかもしれないと思うと、ちょっと気が重かった。
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